転生受付嬢はもう恋なんてしない――なのに最強剣士からの溺愛が止まりません!

人妻あず。

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 ──気が付くと、柔らかな光がまぶた越しに差し込んでいた。

(あ……気づかないうちに眠ってた)

 ぼんやりと天井を見上げる。
 
 隣に視線を向ける。
 あたたかさの残り香だけあって、彼の姿はもうなかった。

 寝ぼけた頭を起こしながら、ふらりとリビングへ向かう。

 すると──
 カチャ、という控えめな音。
 テーブルには湯気を立てるコーヒー、焼きたてのパン、彩りのいいサラダ。
 その向こうでレンがエプロンを外していた。

「おはよう、リーナ。よく眠れたか?」

 振り返ったレンは、朝の光の中にいて、どこか優しい。
 その大きな手が当たり前のように私の頭を撫でてくる。

 けれど──気づいた。

「……レン、隈できてる」

 驚いて指摘すると、レンはほんの一瞬だけ動きを止め、視線をそらした。

「ああ、これか。環境変わって寝付けなくてな。大した問題じゃない」

「大した問題じゃないって……」

 言いながら、胸が少しぎゅっとなる。
 眠れなかったくせに、私を寝かせるためにはずっとそばにいてくれて──
 挙げ句、朝食まで用意してるなんて。

 レンは気まずそうに咳払いし、コーヒーのカップを私の前に置いた。

「ほら、冷める前に食べるぞ。サラダはアレクがくれたやつだ」

 私は椅子に座り、ぱくりとパンをかじる。
 こんがり焼けた表面と、ふわふわの中身の香ばしさが広がった。

「……おいしい」

「そうか、よかった」


 そう言うと、レンはちょっと照れくさそうに口元を緩めた。

「食べ終わったら一緒にギルドに行こう」
 
「うん。……レン」

「ん?」

「今日、ちゃんと眠れなかった分……帰ったら、ちゃんと寝てね」

 言うと、レンの目が一瞬だけ柔らかく揺れた。

「……ああ。お前が隣にいれば、いくらでも休める」

 照れたように目を逸らしながら、低い声で続ける。

「だから……ずっとそばにいてくれ」

 レンと手を繋いでギルドへ向かう道は、朝の光が眩しいほど穏やかだ。繋いだ手は大きくて温かくて、歩くたびにその温度がじわりと伝わってくる。

「……そんなに握ってたら、離れられないだろ」

 からかうように笑われて、私は慌てて指を緩める。
 ――でも、レンは逆に、指を絡めてきた。

 心臓が跳ねた。

 そんな甘さを抱えたままギルドの扉を開けた瞬間――

「リーナ!!」

 甲高い声とともにマリアがすっ飛んできた。目がまん丸になって、私とレンの手を交互に見つめる。

「え、ちょっ……朝から一緒って……え……お泊り??」

「う……うん……」

 言った瞬間、顔が一気に熱くなる。
 隣のレンの手が、ぽすん、と優しく私の背に添えられた。

 マリアは口元を押さえて、にやーっと笑った。

「もう……ちゃんと話、あとで全部聞かせてよね?」

 誰にも聞こえないような小声で囁かれ、私は思わず肩をすくめる。

 ギルドの中は、いつも通りの活気と喧騒に満ちていて、冒険者たちの怒号と笑い声が飛び交っていた。
 だけど、私の耳にはまだ、マリアの含み笑いがくすぐるように残っていた。
 昼休み、ギルド食堂のざわめきの中。
 マリアがトレイを置くなり、身を乗り出してきた。

「じゃあレンと一緒に暮らしだしたんだ! やるぅ~!」

 声が大きい。周りの冒険者がちらっと振り向く。
 私は慌てて手で制しながら、思わず俯いた。

「う……うん……」

「ほら見てよその反応! 絶対幸せじゃん」
 マリアはにやにやしながら、私の左手をぱっと掴んだ。

「あ、え、ちょっ……」

「この指輪も……レンから?」

 視線を落とすと、薬指で小さく光る指輪。
 まだ見慣れないのに、胸の奥がふわっと温かくなる。

「……うん」

「きゃーー!! いいなぁ~リーナ! 羨ましい~!!」

 マリアは身をよじり、足をばたつかせて大騒ぎだ。

「この間まで“男? いや別に……”みたいな顔してたのに!
 なんなら恋愛フラグ全部折ってたのに! もう結婚秒読みじゃん!」

「け、結婚なんてそんな……!」

 思わず声が裏返った。顔が一気に熱くなる。

「ねね、新居遊びに行かせてよ! リーナの家、絶対かわいいでしょ」

「来ていいよ……何にもないけど」

「やったー!!」

 キャッキャと女子高生みたいに盛り上がる。
 こんなふうに笑ってる自分が不思議で、だけど心地よくて――

(……多分、幸せだ。今すごく)

 そんな思いに浸っていた時――

「楽しそうだな」

 低い声がすっと割り込んできた。
 振り向くとアレク。後ろにはレンとソーマもついてくる。

 レンと目が合った瞬間、胸がくすぐったくなる。
 けど、仕事モードの空気が一気に押し寄せる。

「カイル見なかったか? 今日勝手にギルド休んでやがるんだ」

 ソーマが腕を組んで不機嫌そうに言う。

「そういえば見てないなぁ……。マリア、見た?」

「今日は見てない。寝坊じゃない? あの子ならあり得るし」

 マリアが肩をすくめた。

「そうか。見かけたら教えてくれ」

 アレクは軽く顎を上げ、レンとソーマを連れて歩き去っていった。

 賑やかな食堂の中で、その背中が妙に緊迫して見えた。

 午後。いつものようにカウンターで依頼書を整理していたはずなのに――
 ふと、視界の端がじわりと滲んだ。

「……え?」

 足元がぐらりと揺れ、思わず膝が折れた。
 体の奥から熱がせり上がる。呼吸が浅くなる。

(やだ……また熱? どうして……)

「リーナ、大丈夫!? 顔真っ青だよ、医務室行こ!」

 マリアが飛びつくように支えてくれて、そのまま腕を取られる。

 ふらつく足取りのまま医務室へ入ると、補佐官のヴェルナーが静かにこちらを向いた。

「あれ、ギルド医は……?」

 問いながら奥を見る。
 次の瞬間――その光景に息が止まった。

 ギルド医がベッドに拘束され、手錠でがっちり縛られていた。

「え……いったい、どういう……?」

 戸惑った声が震えた、その瞬間。

 バチィッ!!!

「きゃっ――!」

 背中に鋭い電撃が叩き込まれ、身体が跳ねる。
 床に崩れ落ちる私を、世界がゆっくりと見下ろしていく。

 何が起きたのか理解できない。
 だけど、目を向けた先に――信じられない姿があった。

「マ……リア……?」

 マリアの指先から、青白い魔力がほとばしっていた。

 いつもの笑顔ではない。
 淡々とした、作業をこなすような表情。

「ごめんね、リーナ」

 優しい声で。心底申し訳なさそうに。
 なのに、魔法の光は容赦なく私に向けられる。

「鎮静」

「マ……リア……どうして……?」

 答えは聞けなかった。
 視界の縁が真っ暗に染まり、音も光も遠ざかっていく。

 温度のない闇が、私を完全に飲み込んだ。


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