インペリウム『皇国物語』

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episode1 『王国ドラストニア』

7話 派閥(挿絵アリ)

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 夜、会食の場にて高官や王家との初めて顔見せとなる。そう―……お披露目と聞かされていたはずだったのだけれど。

「あれ……私メイドさんでしたっけ??」

 現代で言うメイド服。こういうときは女中の制服といったほうがいいのかな。というよりも私のサイズに合う服があったことに驚いている。どうして私がメイド服を着るのかという疑問に対して陽気な声が返ってくる。

「いきなりお嬢を継承者第一位として説明するよりもまずは見つかったとだけ報告さ」

 私の事はラインズさんの中では『お嬢』という呼び名で定着してしまったようだ。子供扱いされてるみたいでちょっと不満はあったけれど、堅苦しくされるのもかえって居心地が悪くなる。これくらいが丁度いいのかもしれない。

「さっきの話みたいにいきなり演説なんて出来ないって言ってたろ?」

 私は力いっぱい何度も頷いて応える。確かにそんな場に担ぎ出されても困惑することは必至。その場の勢いに飲み込まれてしまいそうで逃げ出したくなってしまうかもしれない。というかしてしまう。その隣でセルバンデスさんは不満げな様子。

「陛下となるお方がハウスキーパーなどと……」

「おいおい腰元も立派な仕事だぞ? 大体ウチのメイドはみんな募集して選んだ志願者ばかりで良いとこのお嬢様ばかりなんだぞ」

「へぇ……なんか意外かも」

 王家の召し使いというイメージが先行していたためか、ここでのメイドさんの扱いに違和感を覚える。みんな国王や偉い人によって連れてこられたり奴隷みたいに無理矢理……というのを想像してしまっていたためになんだか意外だった。最初に誘拐しようとしていた密猟者達を見てしまった後だと、尚更そう思ってしまう。

「他の国じゃどうか知らないが、そういうことには随分と気を遣ってる方だよ」

「確かに……元は王妃殿下を選ばれる指標でもありましたから、良家から選ばれることもごさいますが、王家の人間が致すこととでは話が違います」

「そういう融通は利かせろよ。他に何か試案があるのか?」

 そう言われ半ば強引に言いくるめられてしまうセルバンデスさん。でもメイド服は可愛いしちょっと気に入ったかも。私がくるくると回って見せてスカートの丈をたくし上げるとラインズさんからは似合っていると好評。セルバンデスさんは少し呆れ気味に了承していた。

「そういえばお妃さまを選ぶって言ってましたけど花嫁修業みたいなものですか?」と尋ねる私に対して「鬼嫁育成みたいなもの」と冗談で茶化そうとするラインズさん。反応に困ってしまったが慣わしというか仕来りみたいなものだと納得する。そう考えると平民からの王子様に気に入られて、ゆくゆくはお姫様になんて――……というシンデレラストーリーのように思えてちょっとだけ憧れを抱いてしまう。ただ、この皇子様ラインズとの結婚というのを考えると幻想とは程遠いものになりそう。

「中には憧れて来るなんて人もいるんじゃないんですか?」

 可能性としてありえるのではないかと悪戯っぽく好奇心で訊ねてみる。ラインズさんは少しうんざりしたような冷笑を浮かべて、本気で嫌そうな様子。

「本気で勘弁してもらいたいけど、そんな簡単な話ならまだマシな方だよ。中流家庭でもハウスキーパーは雇ってるのに王族となると競争率も異常だからな。未だ王族とのコネクションが持てることに固執してる地方の有力者達は多い」

 やっぱり王族に憧れるのはどの時代も変わらないと感じた。私は自分の衣装のサイズを気にしながらそんなことを呟くとセルバンデスさんが意味深な返事をする。

「『君主』という象徴そのものが国民の中で絶対的で揺るがない。だからこそ従う民衆も多く、先代は特に内政を上手く治めておりましたので影響力は未だ健在です」

「だからこそ本人に意志が無くても有力者の家主が嫁がせるために接触してくることもございました」

 それを聞いて思わず動きを止めてしまう。

「それって……」

 昔、といっても私のいた現代でだけれどドラマで家族の人間がお金持ちの家に娘を売り渡す、というような話を観たことがあった気がする。内容は覚えていなかったけどそのシーンだけは印象に残っていた。そう考えるとなんとなく、この制服があった理由がわかった気がする。

「そういう人間もいるってことよ」

 ラインズさんは吐き捨てるように呟いた。



 ◇



 定例会議は『円卓』と呼ばれる場所、或いは玉座の謁見の間で行われる。しかし今回は食堂で招集されるらしくその席で改めて紹介、というよりも初仕事の現場となった。

「こちらが新たに一緒に働くことになったロゼット・ヴェルクドロールです。まだこちらの仕来りはよくわかっていないので皆で教え合うこと。以上です」

「えっと、ロゼット・ヴェルクドロールです。よろしくお願いいたします」

 メイド達の集まりの場で自己紹介。彼女たちがこれから私の同僚と先輩になる人達。小さな拍手で迎えられ、早速仕事に取り掛かることとなった。私は簡単な配膳の手伝いを任され、先輩メイドさん達の後に付いていく。食堂では大まかな準備がすでに終わっており、あとはナイフ、フォーク等と食事の配膳だけだ。順番に配膳をしていくと徐々に高官の人たちが集まってくる。その中には城内を逃げ回っていた際に見かけた人もチラホラと目に入るが慌てて目を逸らし、配膳を続ける。けれどその中で意外にもセルバンデスさんの姿はなかった。

(あれ、セルバンデスさんも高官だったはずじゃ……?)

 単純に多忙のせいで遅れているのかもしれない。少し疑問に思いつつ、配膳を行いながら恐る恐る各々の顔を横目に見ていた。ラインズさん達から事前に言われていたことは、まず人の顔を覚えておくということ。誰がどんな発言をしたのかちょっとしたことでも構わない、まずは物事をよく見るということが私の『王族としての仕事』だった。ちょうどラインズさん含む他の高官、そして王族と思わしき人達も入室してきた。フィンガーボールを配膳している横でラインズさんがこっそりと「水を飲むためのものじゃないぞ」と悪戯に耳打ちしてくる。ひそひそと声を忍ばせて「それくらい知ってますよっ」と慌てて答えると見覚えのある人が入室してくる。他の高官もその人物の元に集まり、挨拶を交わしている。

「おいでなさったぞ、お前が気になっていた皇女様だ」

 少し身を乗り出してその人を見るや否や、驚愕した。見覚えのある一際目立ったのはカール掛かった栗色の美しい髪。大きく鋭そうな目つきに長い睫毛。そして私と同じ碧眼の女性。どう考えても城内で出会ったあの女性であった。私の様子の変わりように心配になったラインズさんが声を掛けてくれるが、私は慌ててラインズさんの後ろに隠れる。
「何かあったのか?」と訊ねられ、答えようとしたところで彼女がラインズさんの元へと向かってきた。
 慌ててメイドの仕事に戻り、粗相がないように振る舞う。ラインズさんと顔を合わせるその表情は城内で出会った時の冷たくも温かさのあるものではない。突き刺すような冷ややかな目を向けて挨拶を交わす。

「今日は随分とご機嫌のようね」

「そりゃあご機嫌ですよ、皇女。今日の食事は自分のイチオシです。その氷のような瞳もきっと溶けきることでしょう」

「気を遣っていただきありがとうございます。期待しておきましょうか」

 柔らかな話し方の中に棘を一々入れてくるラインズさん。それは皇女様も同じだった。というよりも二人の話から察するに、私でも対立していることが簡単に伺えた。手汗を握りながら配膳を続けていると皇女様が間近を横切る。心臓はもうバクバクと今にも爆発してしまうんじゃないかと思うくらいに鼓動が激しさを増していた。手もかたかたと震えて、食器がカチカチと音を立てる。
 香水の香りがほのかに漂い、花の蜜のようなすごくいい匂い。横切る際に私を一瞥、漂う冷たい雰囲気がより一層近寄りがたく感じさせる。彼女は冷ややかな視線をすぐに戻して自身の席へと歩いていく。ほんの数秒の間の出来事だったのに、私にとっては数分、それ以上に感じた。一通りの配膳を終えてそそくさとその場を後にした。


 ◇


 一堂に会し、首脳陣の着席と出席が確認された後に料理が運ばれてくる。その間、王位継承権について話題が切り出された。周囲もざわつき始め、端を発したのは長老派に属する一人の男からであった。

「殿下、事態は火急を要しております。悠長に食事をされるわけにも……」

 口髭を蓄えた軍人とも思える風貌。まっすぐと見据えた眼差しに威風を感じさせる。その男の言葉に同調し、緊張の空気が立ち込める。

「王位継承はもうすでに決まってます。第一位がいる以上、その者に委ねること。先代の遺言はそうだったはずです」

「では、その継承者は一体どちらへ? どうしてここに姿形もないのか?」

 彼の疑問にあやかる高官も各々の意見を述べている。質問者の男に対して『ポスト公爵』と呼び、返答するラインズ。

「今はお連れすることが出来ません。ですが我々がさる場所にて保護しております。とだけ言っておきましょうか」

 ラインズの返答に騒然とし、ロゼットに緊張が走る。この反応がどういった状況を表しているのか、彼女には計り知れぬもの。長老派の高官達は露骨に表情を曇らせていたが、件の皇女シャーナルと先ほどのポスト公爵。そしてもう一人――。

「殿下、つまりはまだ政権を担える状態ではない。そういうことでしょうか?」

 色白の優男がラインズに質問を投げ掛ける。彼は長老派からはロブトン大公と呼ばれていた。

「大公のおっしゃる通りです。では誰がその前任となるか、ここでそれを決めようとしたとして、恐らく平行線になるだけでしょう」

 これまでも幾度となく議論が交わされてきた王位継承権。長老派もシャーナル皇女という王族を抱えている以上引き下がることはなかった。ここで名の上がったポスト公爵、ロブトン大公も親族に王家縁の者がいることから数少ない王位継承権があるのではないかとも言われた。

「実務経験では大公と公爵、この二人に連なる者もそうおりますまい。皇子殿下の元には如何ほどおいででしょうか?

 高官の一人が訊ねる。国王派には現状王位継承権を持つ者はラインズのみ。ロゼットは実質的な国王になるとはいえ、先の話から表舞台に立つことはまだできない。国王派も黙っているわけではなく、これに反発の声も上がる。会議が荒れ模様を見せ始めたところでポスト公爵とロブトンが制止する。

「静粛に。殿下の御前で不敬にあたる!!」

 ポスト公爵が声を上げて制止する。周囲はどよめき、重たい空気が流れる。対立関係にあるとはいえ、王家に対する不遜な態度は容認されるべきものではない。彼らの陣営にはシャーナル皇女もいる手前、軽はずみな言動は徹底される。相手が対立している王族であったとしても、それを許してしまえば『王』の権威そのものが損なわれる。『王』の価値が失われれば、当然反旗を翻す輩も出てきてしまう。

「少し、空気を変えましょうか」

 重苦しくなった空気を変えるべく、ラインズが鈴を鳴らして合図を送る。メイド達が次々と食事が運び、その中にはロゼットの姿もあった。

(こんな空気の中で配膳するこっちの身にもなってよ……)

 心の中でロゼットはラインズに悪態をつくが、彼には届かない。それどころか運ばれてきた食事を呑気に楽しそうにしていた。配膳を順番ずつ回っていくと時折、一瞥される。銀色の髪ということもあり、かなり目立ち、今いるハウスキーパーの中でも最年少。怪しんでいるのか警戒しているのか、時折眉を顰める者もいるため彼女の中で疑心が強くなる。警戒心を強めながら配膳をしていると、すぐ横で声をかけられる。

「貴女、出身は何処?」

 声の主はシャーナル皇女。周りの顔色を伺い考えすぎていたせいか、シャーナル皇女の傍まできていたことに全く気付かなかったロゼット。彼女にとって一番警戒していた人物からの不意打ちに戸惑う。波風を立てぬようロゼットはまず謝罪をする。

「あ、も、申し訳ございません。な……何かて、手違いでもございましたか?」

「出身を聞いただけなのになぜ謝るの? 別にミスなんてしてないでしょう」

 彼女はロゼットの方を見ることなく、持参した書面に目を通してながら訊ねる。冷たい声色に気押され、狼狽える少女。すると、今度は鋭い目を彼女に向けて「で、出身は?」と少し強めの口調で再度訊ねるシャーナル皇女。すると見兼ねたラインズがロゼットを呼びつける。彼らの前で紹介を行なった。

「そういえば紹介が遅れておりました。彼女はさる有識者からお預かりしたご息女。出身はアザレストですが、地方では名の知れた貴族でして……」

「あの田舎に名の知れた貴族なんていたかしら?」

「向こうでは、ですけどね。ただ、両親が亡くなられ、家督を継ごうにもまだ幼子。彼女の後見人となった地主からこちらで教育の機会を頂きたいという依頼で王都に招いたわけです」

 再び周囲がどよめく。王都へ招かれる貴族の者など異例中の異例。大きな問題を抱えている時にわざわざ招くことに疑問の声が散見された。シャーナル皇女もその点を指摘する。

「こちらが招いたということは後見人もよほどの名家か、有識者ということ?」

 これにラインズは『ヴェルクドロール』という名を出す。ロゼットは少し動揺しつつも平静を装う。シャーナル皇女曰く、ヴェルクドロールの名は隣国『フローゼル』の名家として知られている。ラインズはその「分家」だと答え、アザレストでは有識者として細々と活動していたと語る。

「王都には伝わっていないのだから、本当に大人しくしていたようね」

 シャーナル皇女はカップに入った紅茶を揺らしながら、言葉を溢した。それに反応した周囲の高官からはひそひそと笑い声が漏れる。ロゼットは恥ずかしさと同時に自分の本来の『姓』まで馬鹿にされたように感じ俯き、表情が曇る。ラインズが周囲を宥めながら、彼女を仕事へと戻らせる。その頃には他のハウスキーパー達が作業を終えて共に退出したのであった。
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