9 / 109
episode1 『王国ドラストニア』
7話 派閥(挿絵アリ)
しおりを挟む
夜、会食の場にて高官や王家との初めて顔見せとなる。そう―……お披露目と聞かされていたはずだったのだけれど。
「あれ……私メイドさんでしたっけ??」
現代で言うメイド服。こういうときは女中の制服といったほうがいいのかな。というよりも私のサイズに合う服があったことに驚いている。どうして私がメイド服を着るのかという疑問に対して陽気な声が返ってくる。
「いきなりお嬢を継承者第一位として説明するよりもまずは見つかったとだけ報告さ」
私の事はラインズさんの中では『お嬢』という呼び名で定着してしまったようだ。子供扱いされてるみたいでちょっと不満はあったけれど、堅苦しくされるのもかえって居心地が悪くなる。これくらいが丁度いいのかもしれない。
「さっきの話みたいにいきなり演説なんて出来ないって言ってたろ?」
私は力いっぱい何度も頷いて応える。確かにそんな場に担ぎ出されても困惑することは必至。その場の勢いに飲み込まれてしまいそうで逃げ出したくなってしまうかもしれない。というかとんずらしてしまう。その隣でセルバンデスさんは不満げな様子。
「陛下となるお方がハウスキーパーなどと……」
「おいおい腰元も立派な仕事だぞ? 大体ウチのメイドはみんな募集して選んだ志願者ばかりで良いとこのお嬢様ばかりなんだぞ」
「へぇ……なんか意外かも」
王家の召し使いというイメージが先行していたためか、ここでのメイドさんの扱いに違和感を覚える。みんな国王や偉い人によって連れてこられたり奴隷みたいに無理矢理……というのを想像してしまっていたためになんだか意外だった。最初に誘拐しようとしていた密猟者達を見てしまった後だと、尚更そう思ってしまう。
「他の国じゃどうか知らないが、そういうことには随分と気を遣ってる方だよ」
「確かに……元は王妃殿下を選ばれる指標でもありましたから、良家から選ばれることもごさいますが、王家の人間が致すこととでは話が違います」
「そういう融通は利かせろよ。他に何か試案があるのか?」
そう言われ半ば強引に言いくるめられてしまうセルバンデスさん。でもメイド服は可愛いしちょっと気に入ったかも。私がくるくると回って見せてスカートの丈をたくし上げるとラインズさんからは似合っていると好評。セルバンデスさんは少し呆れ気味に了承していた。
「そういえばお妃さまを選ぶって言ってましたけど花嫁修業みたいなものですか?」と尋ねる私に対して「鬼嫁育成みたいなもの」と冗談で茶化そうとするラインズさん。反応に困ってしまったが慣わしというか仕来りみたいなものだと納得する。そう考えると平民からの王子様に気に入られて、ゆくゆくはお姫様になんて――……というシンデレラストーリーのように思えてちょっとだけ憧れを抱いてしまう。ただ、この皇子様との結婚というのを考えると幻想とは程遠いものになりそう。
「中には憧れて来るなんて人もいるんじゃないんですか?」
可能性としてありえるのではないかと悪戯っぽく好奇心で訊ねてみる。ラインズさんは少しうんざりしたような冷笑を浮かべて、本気で嫌そうな様子。
「本気で勘弁してもらいたいけど、そんな簡単な話ならまだマシな方だよ。中流家庭でもハウスキーパーは雇ってるのに王族となると競争率も異常だからな。未だ王族とのコネクションが持てることに固執してる地方の有力者達は多い」
やっぱり王族に憧れるのはどの時代も変わらないと感じた。私は自分の衣装のサイズを気にしながらそんなことを呟くとセルバンデスさんが意味深な返事をする。
「『君主』という象徴そのものが国民の中で絶対的で揺るがない。だからこそ従う民衆も多く、先代は特に内政を上手く治めておりましたので影響力は未だ健在です」
「だからこそ本人に意志が無くても有力者の家主が嫁がせるために接触してくることもございました」
それを聞いて思わず動きを止めてしまう。
「それって……」
昔、といっても私のいた現代でだけれどドラマで家族の人間がお金持ちの家に娘を売り渡す、というような話を観たことがあった気がする。内容は覚えていなかったけどそのシーンだけは印象に残っていた。そう考えるとなんとなく、この制服があった理由がわかった気がする。
「そういう人間もいるってことよ」
ラインズさんは吐き捨てるように呟いた。
◇
定例会議は『円卓』と呼ばれる場所、或いは玉座の謁見の間で行われる。しかし今回は食堂で招集されるらしくその席で改めて紹介、というよりも初仕事の現場となった。
「こちらが新たに一緒に働くことになったロゼット・ヴェルクドロールです。まだこちらの仕来りはよくわかっていないので皆で教え合うこと。以上です」
「えっと、ロゼット・ヴェルクドロールです。よろしくお願いいたします」
メイド達の集まりの場で自己紹介。彼女たちがこれから私の同僚と先輩になる人達。小さな拍手で迎えられ、早速仕事に取り掛かることとなった。私は簡単な配膳の手伝いを任され、先輩メイドさん達の後に付いていく。食堂では大まかな準備がすでに終わっており、あとはナイフ、フォーク等と食事の配膳だけだ。順番に配膳をしていくと徐々に高官の人たちが集まってくる。その中には城内を逃げ回っていた際に見かけた人もチラホラと目に入るが慌てて目を逸らし、配膳を続ける。けれどその中で意外にもセルバンデスさんの姿はなかった。
(あれ、セルバンデスさんも高官だったはずじゃ……?)
単純に多忙のせいで遅れているのかもしれない。少し疑問に思いつつ、配膳を行いながら恐る恐る各々の顔を横目に見ていた。ラインズさん達から事前に言われていたことは、まず人の顔を覚えておくということ。誰がどんな発言をしたのかちょっとしたことでも構わない、まずは物事をよく見るということが私の『王族としての仕事』だった。ちょうどラインズさん含む他の高官、そして王族と思わしき人達も入室してきた。フィンガーボールを配膳している横でラインズさんがこっそりと「水を飲むためのものじゃないぞ」と悪戯に耳打ちしてくる。ひそひそと声を忍ばせて「それくらい知ってますよっ」と慌てて答えると見覚えのある人が入室してくる。他の高官もその人物の元に集まり、挨拶を交わしている。
「おいでなさったぞ、お前が気になっていた皇女様だ」
少し身を乗り出してその人を見るや否や、驚愕した。見覚えのある一際目立ったのはカール掛かった栗色の美しい髪。大きく鋭そうな目つきに長い睫毛。そして私と同じ碧眼の女性。どう考えても城内で出会ったあの女性であった。私の様子の変わりように心配になったラインズさんが声を掛けてくれるが、私は慌ててラインズさんの後ろに隠れる。
「何かあったのか?」と訊ねられ、答えようとしたところで彼女がラインズさんの元へと向かってきた。
慌ててメイドの仕事に戻り、粗相がないように振る舞う。ラインズさんと顔を合わせるその表情は城内で出会った時の冷たくも温かさのあるものではない。突き刺すような冷ややかな目を向けて挨拶を交わす。
「今日は随分とご機嫌のようね」
「そりゃあご機嫌ですよ、皇女。今日の食事は自分のイチオシです。その氷のような瞳もきっと溶けきることでしょう」
「気を遣っていただきありがとうございます。期待しておきましょうか」
柔らかな話し方の中に棘を一々入れてくるラインズさん。それは皇女様も同じだった。というよりも二人の話から察するに、私でも対立していることが簡単に伺えた。手汗を握りながら配膳を続けていると皇女様が間近を横切る。心臓はもうバクバクと今にも爆発してしまうんじゃないかと思うくらいに鼓動が激しさを増していた。手もかたかたと震えて、食器がカチカチと音を立てる。
香水の香りがほのかに漂い、花の蜜のようなすごくいい匂い。横切る際に私を一瞥、漂う冷たい雰囲気がより一層近寄りがたく感じさせる。彼女は冷ややかな視線をすぐに戻して自身の席へと歩いていく。ほんの数秒の間の出来事だったのに、私にとっては数分、それ以上に感じた。一通りの配膳を終えてそそくさとその場を後にした。
◇
一堂に会し、首脳陣の着席と出席が確認された後に料理が運ばれてくる。その間、王位継承権について話題が切り出された。周囲もざわつき始め、端を発したのは長老派に属する一人の男からであった。
「殿下、事態は火急を要しております。悠長に食事をされるわけにも……」
口髭を蓄えた軍人とも思える風貌。まっすぐと見据えた眼差しに威風を感じさせる。その男の言葉に同調し、緊張の空気が立ち込める。
「王位継承はもうすでに決まってます。第一位がいる以上、その者に委ねること。先代の遺言はそうだったはずです」
「では、その継承者は一体どちらへ? どうしてここに姿形もないのか?」
彼の疑問にあやかる高官も各々の意見を述べている。質問者の男に対して『ポスト公爵』と呼び、返答するラインズ。
「今はお連れすることが出来ません。ですが我々がさる場所にて保護しております。とだけ言っておきましょうか」
ラインズの返答に騒然とし、ロゼットに緊張が走る。この反応がどういった状況を表しているのか、彼女には計り知れぬもの。長老派の高官達は露骨に表情を曇らせていたが、件の皇女シャーナルと先ほどのポスト公爵。そしてもう一人――。
「殿下、つまりはまだ政権を担える状態ではない。そういうことでしょうか?」
色白の優男がラインズに質問を投げ掛ける。彼は長老派からはロブトン大公と呼ばれていた。
「大公のおっしゃる通りです。では誰がその前任となるか、ここでそれを決めようとしたとして、恐らく平行線になるだけでしょう」
これまでも幾度となく議論が交わされてきた王位継承権。長老派もシャーナル皇女という王族を抱えている以上引き下がることはなかった。ここで名の上がったポスト公爵、ロブトン大公も親族に王家縁の者がいることから数少ない王位継承権があるのではないかとも言われた。
「実務経験では大公と公爵、この二人に連なる者もそうおりますまい。皇子殿下の元には如何ほどおいででしょうか?
高官の一人が訊ねる。国王派には現状王位継承権を持つ者はラインズのみ。ロゼットは実質的な国王になるとはいえ、先の話から表舞台に立つことはまだできない。国王派も黙っているわけではなく、これに反発の声も上がる。会議が荒れ模様を見せ始めたところでポスト公爵とロブトンが制止する。
「静粛に。殿下の御前で不敬にあたる!!」
ポスト公爵が声を上げて制止する。周囲はどよめき、重たい空気が流れる。対立関係にあるとはいえ、王家に対する不遜な態度は容認されるべきものではない。彼らの陣営にはシャーナル皇女もいる手前、軽はずみな言動は徹底される。相手が対立している王族であったとしても、それを許してしまえば『王』の権威そのものが損なわれる。『王』の価値が失われれば、当然反旗を翻す輩も出てきてしまう。
「少し、空気を変えましょうか」
重苦しくなった空気を変えるべく、ラインズが鈴を鳴らして合図を送る。メイド達が次々と食事が運び、その中にはロゼットの姿もあった。
(こんな空気の中で配膳するこっちの身にもなってよ……)
心の中でロゼットはラインズに悪態をつくが、彼には届かない。それどころか運ばれてきた食事を呑気に楽しそうにしていた。配膳を順番ずつ回っていくと時折、一瞥される。銀色の髪ということもあり、かなり目立ち、今いるハウスキーパーの中でも最年少。怪しんでいるのか警戒しているのか、時折眉を顰める者もいるため彼女の中で疑心が強くなる。警戒心を強めながら配膳をしていると、すぐ横で声をかけられる。
「貴女、出身は何処?」
声の主はシャーナル皇女。周りの顔色を伺い考えすぎていたせいか、シャーナル皇女の傍まできていたことに全く気付かなかったロゼット。彼女にとって一番警戒していた人物からの不意打ちに戸惑う。波風を立てぬようロゼットはまず謝罪をする。
「あ、も、申し訳ございません。な……何かて、手違いでもございましたか?」
「出身を聞いただけなのになぜ謝るの? 別にミスなんてしてないでしょう」
彼女はロゼットの方を見ることなく、持参した書面に目を通してながら訊ねる。冷たい声色に気押され、狼狽える少女。すると、今度は鋭い目を彼女に向けて「で、出身は?」と少し強めの口調で再度訊ねるシャーナル皇女。すると見兼ねたラインズがロゼットを呼びつける。彼らの前で紹介を行なった。
「そういえば紹介が遅れておりました。彼女はさる有識者からお預かりしたご息女。出身はアザレストですが、地方では名の知れた貴族でして……」
「あの田舎に名の知れた貴族なんていたかしら?」
「向こうでは、ですけどね。ただ、両親が亡くなられ、家督を継ごうにもまだ幼子。彼女の後見人となった地主からこちらで教育の機会を頂きたいという依頼で王都に招いたわけです」
再び周囲がどよめく。王都へ招かれる貴族の者など異例中の異例。大きな問題を抱えている時にわざわざ招くことに疑問の声が散見された。シャーナル皇女もその点を指摘する。
「こちらが招いたということは後見人もよほどの名家か、有識者ということ?」
これにラインズは『ヴェルクドロール』という名を出す。ロゼットは少し動揺しつつも平静を装う。シャーナル皇女曰く、ヴェルクドロールの名は隣国『フローゼル』の名家として知られている。ラインズはその「分家」だと答え、アザレストでは有識者として細々と活動していたと語る。
「王都には伝わっていないのだから、本当に大人しくしていたようね」
シャーナル皇女はカップに入った紅茶を揺らしながら、言葉を溢した。それに反応した周囲の高官からはひそひそと笑い声が漏れる。ロゼットは恥ずかしさと同時に自分の本来の『姓』まで馬鹿にされたように感じ俯き、表情が曇る。ラインズが周囲を宥めながら、彼女を仕事へと戻らせる。その頃には他のハウスキーパー達が作業を終えて共に退出したのであった。
「あれ……私メイドさんでしたっけ??」
現代で言うメイド服。こういうときは女中の制服といったほうがいいのかな。というよりも私のサイズに合う服があったことに驚いている。どうして私がメイド服を着るのかという疑問に対して陽気な声が返ってくる。
「いきなりお嬢を継承者第一位として説明するよりもまずは見つかったとだけ報告さ」
私の事はラインズさんの中では『お嬢』という呼び名で定着してしまったようだ。子供扱いされてるみたいでちょっと不満はあったけれど、堅苦しくされるのもかえって居心地が悪くなる。これくらいが丁度いいのかもしれない。
「さっきの話みたいにいきなり演説なんて出来ないって言ってたろ?」
私は力いっぱい何度も頷いて応える。確かにそんな場に担ぎ出されても困惑することは必至。その場の勢いに飲み込まれてしまいそうで逃げ出したくなってしまうかもしれない。というかとんずらしてしまう。その隣でセルバンデスさんは不満げな様子。
「陛下となるお方がハウスキーパーなどと……」
「おいおい腰元も立派な仕事だぞ? 大体ウチのメイドはみんな募集して選んだ志願者ばかりで良いとこのお嬢様ばかりなんだぞ」
「へぇ……なんか意外かも」
王家の召し使いというイメージが先行していたためか、ここでのメイドさんの扱いに違和感を覚える。みんな国王や偉い人によって連れてこられたり奴隷みたいに無理矢理……というのを想像してしまっていたためになんだか意外だった。最初に誘拐しようとしていた密猟者達を見てしまった後だと、尚更そう思ってしまう。
「他の国じゃどうか知らないが、そういうことには随分と気を遣ってる方だよ」
「確かに……元は王妃殿下を選ばれる指標でもありましたから、良家から選ばれることもごさいますが、王家の人間が致すこととでは話が違います」
「そういう融通は利かせろよ。他に何か試案があるのか?」
そう言われ半ば強引に言いくるめられてしまうセルバンデスさん。でもメイド服は可愛いしちょっと気に入ったかも。私がくるくると回って見せてスカートの丈をたくし上げるとラインズさんからは似合っていると好評。セルバンデスさんは少し呆れ気味に了承していた。
「そういえばお妃さまを選ぶって言ってましたけど花嫁修業みたいなものですか?」と尋ねる私に対して「鬼嫁育成みたいなもの」と冗談で茶化そうとするラインズさん。反応に困ってしまったが慣わしというか仕来りみたいなものだと納得する。そう考えると平民からの王子様に気に入られて、ゆくゆくはお姫様になんて――……というシンデレラストーリーのように思えてちょっとだけ憧れを抱いてしまう。ただ、この皇子様との結婚というのを考えると幻想とは程遠いものになりそう。
「中には憧れて来るなんて人もいるんじゃないんですか?」
可能性としてありえるのではないかと悪戯っぽく好奇心で訊ねてみる。ラインズさんは少しうんざりしたような冷笑を浮かべて、本気で嫌そうな様子。
「本気で勘弁してもらいたいけど、そんな簡単な話ならまだマシな方だよ。中流家庭でもハウスキーパーは雇ってるのに王族となると競争率も異常だからな。未だ王族とのコネクションが持てることに固執してる地方の有力者達は多い」
やっぱり王族に憧れるのはどの時代も変わらないと感じた。私は自分の衣装のサイズを気にしながらそんなことを呟くとセルバンデスさんが意味深な返事をする。
「『君主』という象徴そのものが国民の中で絶対的で揺るがない。だからこそ従う民衆も多く、先代は特に内政を上手く治めておりましたので影響力は未だ健在です」
「だからこそ本人に意志が無くても有力者の家主が嫁がせるために接触してくることもございました」
それを聞いて思わず動きを止めてしまう。
「それって……」
昔、といっても私のいた現代でだけれどドラマで家族の人間がお金持ちの家に娘を売り渡す、というような話を観たことがあった気がする。内容は覚えていなかったけどそのシーンだけは印象に残っていた。そう考えるとなんとなく、この制服があった理由がわかった気がする。
「そういう人間もいるってことよ」
ラインズさんは吐き捨てるように呟いた。
◇
定例会議は『円卓』と呼ばれる場所、或いは玉座の謁見の間で行われる。しかし今回は食堂で招集されるらしくその席で改めて紹介、というよりも初仕事の現場となった。
「こちらが新たに一緒に働くことになったロゼット・ヴェルクドロールです。まだこちらの仕来りはよくわかっていないので皆で教え合うこと。以上です」
「えっと、ロゼット・ヴェルクドロールです。よろしくお願いいたします」
メイド達の集まりの場で自己紹介。彼女たちがこれから私の同僚と先輩になる人達。小さな拍手で迎えられ、早速仕事に取り掛かることとなった。私は簡単な配膳の手伝いを任され、先輩メイドさん達の後に付いていく。食堂では大まかな準備がすでに終わっており、あとはナイフ、フォーク等と食事の配膳だけだ。順番に配膳をしていくと徐々に高官の人たちが集まってくる。その中には城内を逃げ回っていた際に見かけた人もチラホラと目に入るが慌てて目を逸らし、配膳を続ける。けれどその中で意外にもセルバンデスさんの姿はなかった。
(あれ、セルバンデスさんも高官だったはずじゃ……?)
単純に多忙のせいで遅れているのかもしれない。少し疑問に思いつつ、配膳を行いながら恐る恐る各々の顔を横目に見ていた。ラインズさん達から事前に言われていたことは、まず人の顔を覚えておくということ。誰がどんな発言をしたのかちょっとしたことでも構わない、まずは物事をよく見るということが私の『王族としての仕事』だった。ちょうどラインズさん含む他の高官、そして王族と思わしき人達も入室してきた。フィンガーボールを配膳している横でラインズさんがこっそりと「水を飲むためのものじゃないぞ」と悪戯に耳打ちしてくる。ひそひそと声を忍ばせて「それくらい知ってますよっ」と慌てて答えると見覚えのある人が入室してくる。他の高官もその人物の元に集まり、挨拶を交わしている。
「おいでなさったぞ、お前が気になっていた皇女様だ」
少し身を乗り出してその人を見るや否や、驚愕した。見覚えのある一際目立ったのはカール掛かった栗色の美しい髪。大きく鋭そうな目つきに長い睫毛。そして私と同じ碧眼の女性。どう考えても城内で出会ったあの女性であった。私の様子の変わりように心配になったラインズさんが声を掛けてくれるが、私は慌ててラインズさんの後ろに隠れる。
「何かあったのか?」と訊ねられ、答えようとしたところで彼女がラインズさんの元へと向かってきた。
慌ててメイドの仕事に戻り、粗相がないように振る舞う。ラインズさんと顔を合わせるその表情は城内で出会った時の冷たくも温かさのあるものではない。突き刺すような冷ややかな目を向けて挨拶を交わす。
「今日は随分とご機嫌のようね」
「そりゃあご機嫌ですよ、皇女。今日の食事は自分のイチオシです。その氷のような瞳もきっと溶けきることでしょう」
「気を遣っていただきありがとうございます。期待しておきましょうか」
柔らかな話し方の中に棘を一々入れてくるラインズさん。それは皇女様も同じだった。というよりも二人の話から察するに、私でも対立していることが簡単に伺えた。手汗を握りながら配膳を続けていると皇女様が間近を横切る。心臓はもうバクバクと今にも爆発してしまうんじゃないかと思うくらいに鼓動が激しさを増していた。手もかたかたと震えて、食器がカチカチと音を立てる。
香水の香りがほのかに漂い、花の蜜のようなすごくいい匂い。横切る際に私を一瞥、漂う冷たい雰囲気がより一層近寄りがたく感じさせる。彼女は冷ややかな視線をすぐに戻して自身の席へと歩いていく。ほんの数秒の間の出来事だったのに、私にとっては数分、それ以上に感じた。一通りの配膳を終えてそそくさとその場を後にした。
◇
一堂に会し、首脳陣の着席と出席が確認された後に料理が運ばれてくる。その間、王位継承権について話題が切り出された。周囲もざわつき始め、端を発したのは長老派に属する一人の男からであった。
「殿下、事態は火急を要しております。悠長に食事をされるわけにも……」
口髭を蓄えた軍人とも思える風貌。まっすぐと見据えた眼差しに威風を感じさせる。その男の言葉に同調し、緊張の空気が立ち込める。
「王位継承はもうすでに決まってます。第一位がいる以上、その者に委ねること。先代の遺言はそうだったはずです」
「では、その継承者は一体どちらへ? どうしてここに姿形もないのか?」
彼の疑問にあやかる高官も各々の意見を述べている。質問者の男に対して『ポスト公爵』と呼び、返答するラインズ。
「今はお連れすることが出来ません。ですが我々がさる場所にて保護しております。とだけ言っておきましょうか」
ラインズの返答に騒然とし、ロゼットに緊張が走る。この反応がどういった状況を表しているのか、彼女には計り知れぬもの。長老派の高官達は露骨に表情を曇らせていたが、件の皇女シャーナルと先ほどのポスト公爵。そしてもう一人――。
「殿下、つまりはまだ政権を担える状態ではない。そういうことでしょうか?」
色白の優男がラインズに質問を投げ掛ける。彼は長老派からはロブトン大公と呼ばれていた。
「大公のおっしゃる通りです。では誰がその前任となるか、ここでそれを決めようとしたとして、恐らく平行線になるだけでしょう」
これまでも幾度となく議論が交わされてきた王位継承権。長老派もシャーナル皇女という王族を抱えている以上引き下がることはなかった。ここで名の上がったポスト公爵、ロブトン大公も親族に王家縁の者がいることから数少ない王位継承権があるのではないかとも言われた。
「実務経験では大公と公爵、この二人に連なる者もそうおりますまい。皇子殿下の元には如何ほどおいででしょうか?
高官の一人が訊ねる。国王派には現状王位継承権を持つ者はラインズのみ。ロゼットは実質的な国王になるとはいえ、先の話から表舞台に立つことはまだできない。国王派も黙っているわけではなく、これに反発の声も上がる。会議が荒れ模様を見せ始めたところでポスト公爵とロブトンが制止する。
「静粛に。殿下の御前で不敬にあたる!!」
ポスト公爵が声を上げて制止する。周囲はどよめき、重たい空気が流れる。対立関係にあるとはいえ、王家に対する不遜な態度は容認されるべきものではない。彼らの陣営にはシャーナル皇女もいる手前、軽はずみな言動は徹底される。相手が対立している王族であったとしても、それを許してしまえば『王』の権威そのものが損なわれる。『王』の価値が失われれば、当然反旗を翻す輩も出てきてしまう。
「少し、空気を変えましょうか」
重苦しくなった空気を変えるべく、ラインズが鈴を鳴らして合図を送る。メイド達が次々と食事が運び、その中にはロゼットの姿もあった。
(こんな空気の中で配膳するこっちの身にもなってよ……)
心の中でロゼットはラインズに悪態をつくが、彼には届かない。それどころか運ばれてきた食事を呑気に楽しそうにしていた。配膳を順番ずつ回っていくと時折、一瞥される。銀色の髪ということもあり、かなり目立ち、今いるハウスキーパーの中でも最年少。怪しんでいるのか警戒しているのか、時折眉を顰める者もいるため彼女の中で疑心が強くなる。警戒心を強めながら配膳をしていると、すぐ横で声をかけられる。
「貴女、出身は何処?」
声の主はシャーナル皇女。周りの顔色を伺い考えすぎていたせいか、シャーナル皇女の傍まできていたことに全く気付かなかったロゼット。彼女にとって一番警戒していた人物からの不意打ちに戸惑う。波風を立てぬようロゼットはまず謝罪をする。
「あ、も、申し訳ございません。な……何かて、手違いでもございましたか?」
「出身を聞いただけなのになぜ謝るの? 別にミスなんてしてないでしょう」
彼女はロゼットの方を見ることなく、持参した書面に目を通してながら訊ねる。冷たい声色に気押され、狼狽える少女。すると、今度は鋭い目を彼女に向けて「で、出身は?」と少し強めの口調で再度訊ねるシャーナル皇女。すると見兼ねたラインズがロゼットを呼びつける。彼らの前で紹介を行なった。
「そういえば紹介が遅れておりました。彼女はさる有識者からお預かりしたご息女。出身はアザレストですが、地方では名の知れた貴族でして……」
「あの田舎に名の知れた貴族なんていたかしら?」
「向こうでは、ですけどね。ただ、両親が亡くなられ、家督を継ごうにもまだ幼子。彼女の後見人となった地主からこちらで教育の機会を頂きたいという依頼で王都に招いたわけです」
再び周囲がどよめく。王都へ招かれる貴族の者など異例中の異例。大きな問題を抱えている時にわざわざ招くことに疑問の声が散見された。シャーナル皇女もその点を指摘する。
「こちらが招いたということは後見人もよほどの名家か、有識者ということ?」
これにラインズは『ヴェルクドロール』という名を出す。ロゼットは少し動揺しつつも平静を装う。シャーナル皇女曰く、ヴェルクドロールの名は隣国『フローゼル』の名家として知られている。ラインズはその「分家」だと答え、アザレストでは有識者として細々と活動していたと語る。
「王都には伝わっていないのだから、本当に大人しくしていたようね」
シャーナル皇女はカップに入った紅茶を揺らしながら、言葉を溢した。それに反応した周囲の高官からはひそひそと笑い声が漏れる。ロゼットは恥ずかしさと同時に自分の本来の『姓』まで馬鹿にされたように感じ俯き、表情が曇る。ラインズが周囲を宥めながら、彼女を仕事へと戻らせる。その頃には他のハウスキーパー達が作業を終えて共に退出したのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
