命の番人

小夜時雨

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報復の念

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「あなたが作ると言わぬなら、私はここから動かぬ」

 そう言って腰を下ろし、目を瞑る。頑としてここを動かぬと言う固い意思を示すためだった。さぁ、向こうはどう出るだろうか。目を閉じたまま、相手の気配を探るが、相手は全く動く気配がない。
 確かに、客が入ってきて応えられぬ注文をした挙げ句、できぬならできるまでここに居ると言うのだから、戸惑うのも当然である。
 しかし、これも全ては男の仇を討つためのこと。だからこそ譲れないものが男にも多くあるのだ。
 男はもともとこの国の民ではなかった。もともとは隣にあった国で生きてきた。それがこの国に侵略され、女子供も無慈悲に殺戮され、生き残りはほんの一握りになってしまった。美しい自然と文化で名の知れた国だった自分の故郷は数日にして血に濡れた墓場となったのだ。
 男は自身の父母によって隠され、生き延びたが、その代わり父母は男のために死んでいった。男は幼い腕で父母を掻き抱きながら誓ったのだ。いつか必ずこの国の仇を討つと。
 男が暗い復讐心に捕らわれた始めの頃、男は自分の両親を手にかけた者の存在を知った。それはこの国の将軍とも呼ばれる存在で、国の王の右腕でもある存在らしいと耳にした。男の故郷では一夜に千人もの相手を倒し、悪逆非道とされた人間が、この国の民の間では英雄として語られていた。
 そして並んで誉めそやされるのが、その将軍の持つ刀だった。その刀は今までのどの刀よりも鋭く、軽く、国の主力の武官に与えられていた。その刀を持つ彼らの功績は、一軍隊にも勝るとの話も聴いたことがある。
 男は許せなかった。国の長が、他国を次々と飲み込む軽率さを、殺しを名誉とする武官たちも、そしてその武官に手を貸す刀工も。みな民一人の命を軽んじ、人を嘆きの海へと突き落とす。そんな人間たちに心底腹が立ったのだ。
 もちろん、男一人で何ができるという訳ではないことは知っている。しかし、この国の王や武人たちに一矢報いることさえできれば、ほんの少しでも彼らから恐れられさえすれば、この抑えきれない怒りを少しでも静めることができると思っているのだ。
 そしてこの戦の被害をさらに大きくさせたこの刀工には、王殺しの刀と名誉に泥を塗ろうと決めたのだった。彼に何としてもあの戦で使われたものと同じものを作らせ、その刀を携えて王を倒しに行く。男は復讐ために自分の人生を捧げたのだ。

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