オカルト耐性Sランクの私に、ビビりな男子がついてくる件について

結城 雅

文字の大きさ
40 / 53
第3章《新たな怪異》

第40話《偽物の輪郭》

しおりを挟む
 小さな鏡に映る顔は、確かに俺自身だった。

 けれど、その顔には決定的な違和感があった。見れば見るほど、細かな違いが積み重なって、いつしか『俺』とは別の何かになっていく。

「……拓海?」

 彩華の声が聞こえる。

 しかし、返事をする余裕はない。

 俺はじっと鏡を見つめていた。

「……違う、これは俺じゃない……」

 無意識に、言葉が漏れる。

「何が違うんだ?」

 久瀬先輩が、淡々と問いかける。

「わかりません。でも、何かが……」

 頭の奥が重くなり、思考が霞んでいく。

 何かを見落としているような気がした。

「相沢、よく思い出せ。お前が知っている自分の顔と、鏡の中の顔は一致してるか?」

「一致してるはず、です……でも、何かが違う」

「何かって、何?」

 彩華が不安そうに尋ねる。

 わからない。説明できない。だが、この違和感は『俺』にとって致命的な気がする。

「鏡が割れたのに、まだ俺たちは『向こう側』にいるってことですか?」

「可能性は高いな」

「じゃあ、さっきの鏡は……?」

「あれは、単なる入口の一つにすぎない。『向こう側』は、どこにでも繋がっている」

 久瀬先輩の言葉が、さらに不安を煽る。

 俺は焦燥感に駆られながら、周囲を見渡した。

 廊下の壁、床、窓——そこに映る自分の姿が、どれも微妙にズレている気がする。

「どうすれば戻れるんですか?」

 彩華の声が震える。

「ここから抜け出すには、自分が誰なのかを『完全に確信』する必要がある」

「確信……?」

 俺が呟くと、久瀬先輩は頷いた。

「鏡の世界に入った者は、自己の輪郭が曖昧になる。曖昧になった自己は簡単に書き換えられるんだ。お前たちが『こちら』に囚われているのは、自分の存在を疑っているからだ」

「つまり、自分が『自分』だと確信すれば、元の世界に戻れるってことですか?」

 彩華が鋭く切り込む。

「理論上はな。でも、それが簡単にできれば、誰も囚われたりしない」

 確信——。

 その言葉が、重く胸に刺さる。

 俺は、自分自身の名前すら疑い始めている。確信なんて、どこにある?

「どうすれば、自分を取り戻せるんでしょうか?」

 俺の問いに、久瀬先輩は少し間を置いてから答えた。

「自分を確信するためには、他人の存在が必要だ。他人からの認識が、自分という存在を補強する」

「それって……」

「そうだ。拓海、お前に必要なのは、『他者からの認識』だ」

 他者——それが、彩華や久瀬先輩ということなのか。

「彩華、俺のことをどう認識してる?」

「……どうって、相沢拓海でしょ? 気が弱くてホラーが苦手な、ちょっと頼りない中二男子」

 即答され、俺は苦笑する。

「それ以外に、俺を説明できるか?」

「説明って……」

 彩華は少し困惑したような表情を見せる。

「私にとって拓海は、怪異に巻き込まれるたびにビビりながらも、ちゃんと逃げずに一緒にいてくれるやつだよ。それに……」

「それに?」

「なんだかんだで、私は拓海のこと、信頼してるし」

 彩華は小さく微笑む。

 その言葉が胸に響く。

 信頼されている。その事実だけで、自分の輪郭が少しはっきりした気がする。

「……久瀬先輩は、俺のことをどう認識してますか?」

「俺にとって、お前は……」

 久瀬先輩が何かを言いかけた瞬間だった。

 廊下に突如として響いたのは——鋭いチャイムの音だった。

 授業の始まりを知らせる、聞き慣れた音。

 だが、その響きはどこか歪で、耳障りなものだった。

「何だ……?」

 俺たちが周囲を見渡した瞬間、視界の端に何かが映る。

 廊下の奥から、一人の生徒がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。

「……悠真?」

 彩華が小さく呟いた。

 確かに、それは神谷悠真だった。

 だが、悠真の表情はいつものそれとは明らかに違っていた。

 無表情で、虚ろな瞳。機械的に動く足。

「……おい、悠真!」

 俺が叫んでも、悠真は反応しない。

 ただ、まっすぐに俺たちの方へ歩いてくる。

「……神谷くん、どうしたの?」

 彩華が戸惑いながら問いかける。

 しかし、悠真は無言のまま立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。

「お前たちは、誰だ?」

 低く、響くような声。

 その一言が、俺の心臓を強く締めつける。

 それは悠真の声のはずだった。だけど、なぜか『別人』のような響きを帯びている。

「……悠真?」

 俺の問いかけにも応じず、悠真は淡々と続ける。

「お前たちは、本当に『向こう側』から来たのか?」

 その言葉に、俺たちは息を呑んだ。

 彼が言う『向こう側』は、俺たちの世界なのか、それとも——。

「答えろ。お前たちは『本物』なのか?」

 悠真の問いが、俺の輪郭をさらに揺さぶる。

 俺は、何も答えられなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...