九異世界召喚術

大窟凱人

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一部 皆殺し編

世界樹の下で

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 夏の日差しが降り注ぐ中、ライドが畑を耕していると林の暗がりで何か動いた。
 彼は驚き、身構える。イノシシが出るか、魔獣が出るか。イノシシであってくれ。ライドはそう心の中で願った。
 茂みがガサゴソと動く。彼は手に持っているクワをより一層強く握る。しかし、茂みの中から現れたのは傷だらけでボロボロのローブを身にまとった見知らぬ男。身長は165cmくらい、血で一部が赤く染まっている白髪のショートヘア、年齢は60過ぎくらいだろうか。男は杖を付き、右わきには何かを大事そうに抱えている。

「あ…あ…ぐが…」

 声帯が切断されていて喋ることのできない喉から声の代わりに血が吹き出た。男は力なくその場に倒れ込む。ライドは緊張を解き、傷だらけの男に駆け寄って肩を貸し、畑のすぐ横にあるライドの家に中に連れていく。男はその間も右わきに抱えている、大きく膨らんだ皮の肩掛けカバンを決して離さなかった。
 幸い、ライドは身長180㎝で大柄、若く力もあったので汗だくのオーバーコートが多少匂う以外は、男一人運ぶくらいまったく問題なかった。

「おーい!ミリー!手を貸してくれ!」

 彼はドアを開けると妻のミリーを呼んだ。年季の入った自宅の奥から、ステイズペティコートの上に白茶のショートガウン、腰にエプロンを着た赤毛のミリーがやってくる。

「ひどいわね…とりあえず寝室へ」

 過去に戦闘経験のあるミリーは一瞬驚いたものの、すぐに冷静になって先回りし寝室のドアを開けた。ライドがベッドの上に傷だらけの男を寝かせてた。ミリーは回復呪文をかけるために男の手をかざし、白い光が彼を包む。だが、回復する気配はない。

「ダメね、効かないわ。おそらく、呪いがかけられてる」
「そんな…呪いを解けるような高度な回復魔法が使える村人はいないし、医者も町まで行かないと…。それにうちにはそんな金…。とにかく出来る限りの処置をしよう」
「うぅ…」

 傷だらけの男はライドの手を掴み、訴えかけるような眼差しを向ける。

「どうしたんだ?」

 男は震える手を動かし、文字を書くジェスチャーをした。苦しそうな表情を浮かべている。

「何か書いて伝えたいんだな。待ってろ」

 ライドは部屋の机の引き出しから羊皮紙と羽ペン、木の板を持ってきて男に持たせた。
 男は、震えながらメッセージを書き始めた。

 カバンの中に、種が入っている。この種を、あなた達に託そうと思う。安全な場所に埋めて育ててやってくれないか。この種は…

 男はメッセージを書き切る前にこと切れてしまった。見開いたその目をミリーが優しく閉ざす。
 
 翌日、ライドとミリーは村長の許可を経て、男は村の墓地の一角に埋めた。神父と、ライドとミリー3人だけの葬式だった。
 この名も知らぬ男は、いったいどんな人生を歩み、何から逃げてきたのだろう。家族はいたんだろうか。
 埋葬を終え、家に帰ってきたライドとミリーは男が残した種を見つめていた。
 男のカバンの中に入っていたのはこの種のみで、大きさはスイカ程の大きさ。もしかしたら猛毒の植物や食人植物に成長したり、生態系が崩れる可能性もあったが、それは芽が出て早い段階で判断しもし有害だったら申し訳ないけど処分する。ライドとミリーはそう話し合い、管理が行き届く家の庭に埋め、種を育て始めた。

「ふふ。どんな植物が生えてくるのかしらね」
「うーん。見当もつかない。楽しみではあるがな」
「そうね。なにか食べれる実が生ったりするとうれしいんだけなぁ。あ、お腹空いてきた。そろそろご飯にしましょ」
「ああ」

 家の中に戻る2人。

 その日の夜、種は土に埋められたことを認識し、成長を始めた。種から伸びていく根は作物の育ちにくいスロガ村の地を耕しながら、さらに遠くまで伸びて行った。地下水脈やマグマに到達するとそこから養分を吸い、広大なヤステナ大陸全域にぐんぐん進んでいく。そして、ヤステナの地下を耕しつくしたところで一旦動きが止まった。
 眠りについていたライドは庭からの物音に気付き、目を覚ます。

「おい、ミリー、起きろ。何か物音がする」
「ん~なんなのよ~」

 寝ぼけ眼のミリーが目を擦りながら体を起こした。 
 彼は窓から庭の様子を伺ったものの、窓の外は真っ暗で何も見えない。辺りはすっかり静まり返っていた。

「なにもないじゃない。寝るわ」

 ミリーはそう言って再び眠りについた。しかし、ライドは首を傾げた。
 おかしい。あまりにも暗すぎる。

「うーん。一応外の様子見てくるよ」

 種のこともあり、不安になって彼は部屋を出た。
 外に出ると、夜目が効いてきて真っ黒だった視界の正体がぼんやりわかってきた。巨大な樹の幹だ。彼はその全容を知るために、走って庭から遠ざかった。彼は家から数十メートル離れたところまできて、振り返った。そこには巨大な…と形容するにはあまりにも大きすぎる、満天の星空を覆いつくさんばかりの大樹がそびえ立っていた。
 ライドは茫然と立ち尽くしている。これは、あの種から一夜にしてここまで成長したのか?彼は家に戻り寝ているミリーを起こして再び大樹を見た。おそらく、村の裏にある魔獣の森と山々まで完全に飲み込まれているだろう。そのくらい規格外の大きさだ。森の方に向けて成長してくれたおかげで村は無事だったが、ライドは成長の仕方が不自然だと感じていた。

「うぬらが種を植えてくれたのか?」

 木の枝や根が絡まり合ってできたような体をしている全長2mほどの、大樹の精霊が現れ、ライドとミリーに話しかけた。無造作に散らばった枝と根の髪型が印象的だ。

「そ…そうだが」
「うむ、ありがとう。村や人里は避けながら成長させておいて正解であった。お礼にうぬらに力を授ける」
「え…力…?」
「そうだ。この樹は世界樹ギール。九つの世界に通じていて、それぞれの世界の住人を召喚させ命令したり、自らに憑依させることができるようになる」

 ライドは少し考えれてミリーの方を向いた。

「なあミリー、これ、なんなん?大丈夫なのか?」
「これは精霊との契約よ。この場合祝福って感じだと思うけど、とっても珍しく光栄なことなの。それに樹の精霊って基本的に優しいから、たぶん大丈夫」
「たぶんって…」
「いいからいいから。損することもないし、凄い能力だったらラッキーじゃない」

 2人はこそこそと密談している。それを不思議そうに見ている世界樹の精霊。

「わかった!ありがとうよ、世界樹の精霊さん。もらえるもんは、ありがたくもらっておくよ!」
「うむ。よかろう。契約成立である」

 ギールはそう告げると、右手を上に振りかざし、彼の身体は黄金色のうねりに包まれいく。それに呼応するように、背後にそびえ立つ世界樹も輝きだす。次第にうねりは、まるで巨大な黄金の蛇のような形を成し、ライドとミリーの元へ進んでいった。

「うわああ!」

 2人は驚き、防御する姿勢を取ったが痛みはなく、目を開けてみると自分たちの身体も少し光り輝いているように見えた。が、少しづつ光は消えていった。

「これで、うぬらと世界樹がリンクした」
「なんか…そんな実感全然しないけど…」
「それは追々、学んでいこうよ。今日はもう真夜中だし。そうだ。自己紹介がまだだったわ。私はミリーよ」
「俺はライド。あんたの名前は何て言うんだ?」
「世界樹と同様、我が名もギールである。そう呼ぶが良い」
「ギールか…なら、ギーちゃんね!これからよろしくね!」
「これからよろしくって…」
「契約した精霊とは一緒に暮らすのよ。冒険者なら冒険するし」
「え…えー!」

 こうして、ライドとミリーとギールの新生活は始まったのである。
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