九異世界召喚術

大窟凱人

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一部 皆殺し編

要塞村

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 レバル王の「目」コーマンはその閃光を見逃さなかった。
 彼の眼球はとうの昔に入れ替えられていて、レバル王が開発した対世界樹用の魔眼が取り付けられている。それはもちろん、世界樹ギールによって生まれる召喚術士の力を熟知したうえで作られた。ということを意味していた。
 やはり、召喚術士はいたか…。
 コーマン自身にはほとんど戦闘力がないため、現状どうすることもできないが、彼は自分の身を守るために防御魔法をいつでも出せるように気を引き締めた。

 その十数分後、突然、炎の壁が王国軍の右サイドに立ちはだかった。そして、間髪入れずに炎の壁から火の龍が現れ夜営基地めがけて突進してくる。
 火の龍はこの世界にいるドラゴンとは多少形状が違っていて、大蛇のように細く長い。火で出来ているため生物と言うより、炎の精霊という方が近いものの顔はドラゴンそのもので、体から短い手足が生えている。
 火龍の狙いは、恐らく夜営基地中央にある大量の火薬。あれを爆発させれば大ダメージは免れない。先程の偵察で見つけたのだろう。
 コーマンがそう分析していると、飛鮫が夜営基地から飛び出した。海を縦横無尽に泳ぐ鮫のように、火龍に向かっていく。
 身を挺して火龍を止めるのかと思いきや、彼は火龍の脇をすり抜け、火の壁に向かって駆けていく。無論、火龍の勢いは止まらない。まっすぐに夜営基地中央の火薬置き場に突き進む。そこに、十数名の魔導士が立ち塞がる。彼らは呪文を唱えると、大きな魔法障壁を出現させ、火龍はその壁に激突。火薬が置かれている車は守られた。この対応の早さは、飛鮫が事前に臨戦態勢と取っていなかったら成し得なかっただろう。
 急遽方向転換を余儀なくされた火龍は計画を変更。少しでも王国軍の戦力を削ぐことにし、魔導士の隙を伺いつつ近くの兵士や物資をなぎ倒していく。
 戦場は火の海と化した。

・・・・

 火龍を躱し、火の壁に走っていく飛鮫。その距離約2キロ。後方では叩き起こした魔導士たちが何とか火龍を防いだようだ。
 飛鮫は、召喚術士が死ねば火龍が消えることを知っていた。死ななくても、危機的状況に陥れば引っ込めるはず。加えて、あの火の壁が術者本人に戦闘力がないことを如実に表していた。
 ギリギリギリ…首の皮一枚繋がった。後は、火の壁の向こうに隠れている臆病者の召喚術士を俺が仕留める。それで終わりだ。匂うぜ…土くれに塗れた卑しい農民の匂いだ。
 飛鮫はもの凄いスピードで早くも火の壁の手前までやってきていた。彼の異常なまでの嗅覚はライドの位置を的確に察知していた。背中の大剣を抜き、魔力を込めて火の壁を切り裂き、飛鮫は難なく壁の向こうへと降り立つ。
 いた。
 飛鮫とライドの目が合う。ところが、彼が剣を構え、口を歪ませギザギザの歯を露わにした次の瞬間、火の壁が無くなった。逃げるつもりだと思い、急いで追撃しようとしたが、距離を詰める間にライドは姿を消してしまった。匂いもない。
 基地で感じたあれだな…あのコーマンという男に召喚術士の能力について問い詰めた方がいいかもな。でもうちのバカ王がなあ。
 そんなことを考えながら、飛鮫は火龍がいなくなった基地に戻っていった。

・・・・

 飛鮫に火の壁を破られたライドは火龍を解除。雷虎を憑依させ雷光モードになり、迫りくる飛鮫から距離を離し、草原地帯から一気に後退して森林地帯まで下がっていた。冷や汗が体中から滴り落ちている。
 あれが飛鮫…想像以上だな…。たぶん、匂いも覚えられてしまったし…。
 奇襲を図ったとしても、異常なまでの嗅覚で居場所を特定され、詰め寄られて攻撃される。ライドは戦闘経験もないただの農民。あれだけの戦士に襲われたら一瞬で殺されてしまう。また、召喚人達とライドの距離は長くても2、3キロメートルが限度で、離れれば離れる程力が弱くなる。それ故、火龍との攻撃時はギリギリまで王国軍に近づいていた。
 憑依した状態で直接攻撃するか、離れた距離からヒットアンドアウェイを繰り返すか…。どちらの方が俺の生存率は高いかな…。いや、今は命大事に。だ。飛鮫の鼻が届かない範囲からの攻撃+先回りしてトラップを仕掛ける。しかし、どうやって?
 彼は森の中で新たな作戦を練り始めた。

・・・・

 これまでの殺人的な猛暑とは打って変わって、世界樹が生えてきてからのスロガ村は木漏れ日と清涼な空気、そしてそよ風のおかげでかなり涼しく、心地良い。そのうえ、ギールが大陸中から収穫してきた兎や鹿や鳥が村の中央広場に集められていた。生け捕りも含めて。そのおかげもあり、これから戦争という名の地獄が始まるというのにも関わらず集まっている村人たちは落ち着いていた。

「すげえ…ギールが狩ってきたのかこれ…」

 樹の檻に入れられた十数匹の兎と鹿を見て、牛飼いイトラは感嘆としている。

「これだけじゃないよ」

 ミリーは皆の衆を中央広場のさらに真ん中にある井戸へ誘導した。この井戸はだいぶ前から枯れ始めていて、泥で濁った汚水を我慢して使っていた。が、ギールが世界樹の根を使い、地下水脈を井戸まで繋げたことにより、澄み切った水で井戸の中は満たされていた。
 村人たちが歓喜の声を上げている。水問題はかなり深刻だったのだ。

「そしてもう一つ」

 彼女は広場の端を指さした。そこには、大きな木の建物があった。普通の民家の半分くらいの大きさ。入り口は二つある。村人たちが疑問に思っていると、ミリーが嬉々として喋り出した。

「あれは、トイレというものです!みんな、今まで肥溜めに行ってたでしょ?私、あれ嫌だったの。これを機に、ジャンクちゃんにいろいろ聞いて、機械の世界から取り寄せてもらいました!男と女で入り口は別ね。ちなみに肥溜めは潰しました。衛生上良くないし。とりあえず、戦いの間だけ簡易的に設置しただけだから、終わったらみんなの家にも改めて作ります!それと、パワーアーマーっていう防具兼武器を人数分揃えました!腹ごしらえが済んだら、戦えそうな大人は各自装着して使えるように練習しててください。私は、その間、防壁を作っているので!おじいちゃんおばあちゃんと子供達は休んでてください。地下に大きなシェルターを作って避難してもらおうと考えているので、出来上がり次第、連絡します」

 口早に村人たちに指示を出し終わったミリーは、ジャンクロイドと村長ハースと一緒に村の入り口の方まで行った。そこでは、無数の作業用アンドロイドたち山積みになった鉄くずを使ってせっせと作っていた。カンカンと鉄を打つ音や電気カッターで鉄を切きり火花が飛び散る音が辺りに鳴り響いている。

「まず、村をぐるっと取り囲むように高い壁を製作中。そこに武器や大勢の機械兵士たちも配備予定よ。村人たちは元々非戦闘員だから、極力、戦わなくて済む方向にするつもり」
「こいつはたまげた…だんだん驚き慣れてきたよ。しかし、向こうにはあの飛鮫や大勢の魔導士、魔獣を従えていると聞く。壁くらいでなんとかなるものなのか?」

 ミリーは不敵な笑みを浮かべた。

「世界樹の枝葉は、この村よりずーと先まで伸びてるでしょ?その枝の中に兵器やフィールド発生装置を付けたりしてさらに強化していこうと考えてるの。弾丸の雨と防壁の傘って感じで。ジャンクちゃん達には悪いけど、大急ぎの突貫工事。遠くて見えないけど、同時進行で作業してるわ。今作っている壁は最後の砦って思ってて。いやー、ジャンクちゃん様様だね」
「オヤスイゴヨウデス」

 ジャンクロイドはノイズ混じりのデジタル音声で言った。顔のモニターがピコピコと青く点滅している。

「後は、ライドがどれくらい王国軍の戦力を削ってくれるのか」

 2人は、ライドが戦っている地平線の向こうを心配そうに眺めた。

・・・・

「あああああああああああ!!」

 火龍の攻撃によってダメージを受けたヤステナ王国軍のテントの中で、ナルタナ王は狂乱していた。側近アランが困り果てながらもなだめようとしているがナルタナの機嫌は一向に収まらない。

「なんっっっだあれは!飛鮫!仕留めたのか?!」
「王、落ち着いてください」
「うるさい!」

 テントの入り口付近で立っている飛鮫が口を開いた。

「取り逃がしましたが、匂いを覚えました。次接近して来たら確実に仕留めます。ギギ」

 ナルタナ王は飛鮫ににじり寄る。

「相変わらず耳障りな歯ぎしりだ。…まあいい。次はぬかるなよ。行軍を再開させろ」
「王よ。一旦引くべきです。見たでしょう。あの火の龍の凄まじさ。コーマンが言っていた通りなら、あれ並みの召喚がいくつもできる召喚術士が相手なのです。ここから先はさらに犠牲者が増えます」

 アランはナルタナ王に言った。すると、物陰からコーマンがのっそりと現れる。

「つまり、貴様はレバル王の命に背くと言うのか?」

 空気がビリつく。バランサリア王国は実質、この世界を支配している王国なのだ。レバル王に逆らったら死。それは誰もが判っている。
 アランは失言をした。

「と…とんでもない。一旦体制を整えてから。という意味で申しました」
「言い訳はよい!どう落とし前をつけてくれるのだ?ナルタナ王?」

 コーマンは不気味な威圧感を持って告げた。
 彼は、暗に二者択一を迫っている。

「ど…どうすれば…」
「殺せ」
「は…?」
「殺せと言っているのだ。今ここで。その不届き者を」
「それは…」
「出来ぬか?であれば、レバル王に報告するぞい」

 蛇に睨まれた蛙のように縮こまっているナルタナ王の額から、汗が滴り落ちてくる。ぽた…ぽた…と、地面に雫が落ち、消えていく。アランはナルタナ王が王座に着く前からの側近で、役職以上に大切な友人でもあった。

 長年刷り込まれ続けてきた恐怖と夏の暑さが、彼の思考力を奪っていく。
 この選択に、ヤステナ王国の命がかかっている。

 気が付くと、ナルタナ王は剣を握っていた。刀身は赤く染まっていた。
 地面に倒れているアランの物悲しい目が、彼を見つめた。世界がぐにゃりと歪み、コーマンが笑い声を上げ何かを言っているが、彼には届いていなかった。

 あぁ…暑い。

「それで、ナルタナ王よ、どうします?」

 飛鮫は言った。彼は戦いにしか興味がないようだ。
 過度なストレスにより、感情と記憶が失せてしまったかのような虚無な顔で、ナルタナ王は答えた。

「行軍を再開しろ」
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