九異世界召喚術

大窟凱人

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一部 皆殺し編

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 超遠距離のレーザーライフルの射撃により、ライドの窮地を救ったミリーは、ひとまず安堵していた。世界樹の枝の広範囲にわたってジャンクロイドお手製のプラズマシールドを張り巡らせ、数十キロ離れた相手を射殺せるほどの武器まである。ドローンの報告映像では、王国軍もライドの攻撃によって壊滅状態。 
 もはや、勝利は手にしたも同然だった。

「ジャンクちゃん、これ、勝ったっぽい?」

 ミリーがジャンクロイドに問いかけたその時、返事の代わりに、耳をつんざくアラームが鳴り響いた。

「なに?なんなの?」
「ミカクニンヒコウブッタイ、セッキンチュウ。キケン、キケン。シールド、ゼンホウイテンカイシマス」

 ジャンクロイドは言った。すると、世界樹の枝に設置したいくつものシールド発生装置が作動。シールドが展開され、水色の薄い膜のように、世界樹を包み込んだ。次に彼は、困惑しているミリーのためにドローンの映像をホログラムで展開。そこに映っていたのは
空を裂いて高速で飛ぶ巨大な一頭のドラゴンだった。

「アトゴフンデトウチャクシマス」
「ウソ…急にどっから来たの…」
「ハルカクモノウエヲイドウシテキタノデショウ。ソノタメ、ハッケンガオクレマシタ。ミリー、ワタシヲヒョウイシテウダサイ」
「わ…分かったわ…」

 ミリーはジャンクロイドを憑依させた。
 特段、見た目は変わらない。

「ジャンクちゃん、憑依できてる?」
「デキテイマス。イママデセッチシタソウチスベテニアクセスデキルヨウニナリマシタ。ブキヤシールドモテンカイカノウデス。デモイマハ、ニゲマスヨ」

 すると、体が変形し、掌と足の裏と背中からブースターが現れた。

「え?え?」
「キンキュウジタイニツキ、ワタシガソウサシマス」
「ちょ、ちょっと待ってジャンクちゃん!私が今逃げたら、あのドラゴンが攻撃してきた時、どうするの?シールドだけで守り切れるの?ギーちゃんの世界樹は?」
「ソレハ…」
「ギーちゃん、世界樹がもし破壊されたら、ギーちゃんはどうなるの?」
「うむ。存在が消えてなくなし、召喚も出来なくなるであろう。ジャンクロイドが置いて行った機械やアイテムはそのまま残るが」
「ならダメじゃない!踏ん張るよ!ジャンクちゃん、まだうまくコントロールできないから指示に従って」
「リョウカイシマシタ」

 そいうしている間に、ドラゴンは世界樹の前に到着して制止した。

「ドラゴンノタイナイカラ、ネツハンノウヲタンチシマシタ。セカイジュヲヤクツモリデス」
「設置したシールドを出力全開!私の身体からも、最高レベルでシールドを張って頂戴」

 ミリーが指示すると、体から4つの小型ファンネルが発射され、大きな四角形のシールドが形成された。炎のダメージがより強い場所を適切に守れる。ファンネルはドラゴンの前方に設置された。その後ろを水色のプラズマシールドが固める。
 やがてドラゴンの身体は真っ赤に染まり、紅い炎が放出された。その威力はすさまじく、ファンネルを使った第一シールドはものの十数秒で破られ、第二シールドそのまま破壊されてしまった。
 ミリーも焼かれてしまう寸前のところで、ジャンクロイドの自動操縦が発動。ブースターを一気に噴射させて上空へと脱出。ドラゴンの放出する火炎は留まることを知らず、世界樹はどんどん焼かれていく。彼女は咄嗟に、ジャンクロイドを解除し、水女を召喚、憑依させた。そして、ありったけの水を世界樹に放つ。
 だが、多少は効果があるものの、焼け石に水状態だった。
 あのドラゴンを叩くしかない!
 放出している水を一手に集め、巨大な水の塊をつくったミリーは、それをドラゴンの顔めがけて飛ばした。
 水塊はドラゴンの顔を包み込む。窒息死させる作戦だ。しかし、高温状態になっているドラゴンに水をいくら送っても、水は一瞬で蒸発。ドラゴンは標的をミリーに変更した。どす黒い闇の深淵に覗き込まれた彼女は、戦慄し、身動きが取れなくなった。

「ドラゴンはこちらを狙っています。逃げてください!」

 水女が語り掛けるも、震える彼女の耳には届いていない。
 ドラゴンは口を開け、炎を腹に貯める。辺りが真っ赤に染まっていく。
 その業火が放出される寸前、ミリーの隣に空間に亀裂が入り、そこから血の狩人を憑依させたライドが顔を出した。亀裂からは血が滴り、悲痛な叫びが聞こえる。

「こっちだ!」
 
 ミリーはライドの声を聞き、我に返った。二人の視線が交差する。彼女は異空間の中に入り、亀裂は閉じた。

・・・・

 血の狩人ジャックが切り裂いて入ることができる異空間は、闇の世界の箱庭と呼ばれる空間で、大きな洋館と広い庭、その外には静かな町があった。ただ、箱庭の柵の外にはライドたちの住んでいる世界とはまた違った種類の魔物が辺りをうろついているのが見える。魔物と言うより、死霊に近い。いるだけで精神力を削る毒霧のような霊気が漂っており、常人がこの世界にきたらものの数分で発狂してしまうか死霊に憑りつかれてしまうだろう。
 
「ここは?」
「血の狩人の能力で入れる異空間…らしい。俺も初めて来た。それより、あのドラゴン、どっから来たんだ?!早く何とかしないと」

 ガタガタ震えているミリー。その異様な様子にやっとライドは気付いた。

「ミリー、どうした?」
「目‥‥目が…」
「もしかして、あのドラゴンにも…?」

 ライドは、王国軍の最後尾にいたあの小男のことを思い出した。あの恐ろしい眼を。
 ドラゴンにも、あの眼があったのか?雷虎憑依・閃光モードで一瞬だったし、その後落ち着く時間があったから俺は無事だったけど、ミリーは何秒も…
 彼は絶望した。
 見られるだけで精神力が奪われる。そんな魔眼を持っている相手に勝てるのだろうか。いや、召喚者たちの中で唯一、ジャンクロイドだけは機械。おそらく魔眼による精神攻撃は通用しないはず。戦鬼はまだわからないが、確かめている余裕はない。それに…
 ライドはギールの方を見た。世界樹が燃やされてから、ギールの頭が少しづつ炭になってパラパラと空中に散っていっている。

「一か八かだ」

 ライドは立ち上がった。一旦村の地下シェルターに行き、ミリーを非難させた後、ジャンクロイドを召喚して戦うつもりだ。
 ライドは再び、空間を切り裂く。

・・・・

 異次元の鉈で空間を切り裂いた穴から出て村に戻ると、世界樹の被害はより一層ひどくなっていた。見上げると視界のほとんどを炎が埋め尽くしていて、ギールの顔の左部分が大きく消えていた。燃え広がるスピードに比例しているのか、灰になるのがどんどん早くなっている。とはいえ、ドラゴンの全長400mに対して、世界樹は直径500kmにも及ぶ。ドラゴンがどんなに火炎を放射しようと、まだ時間はあるはずだ。
 しかし、こんな強力なドラゴンがいるのに、わざわざ軍隊を寄こしたんだ?
 ライドは、自分が殺してしまった大勢の兵士たちに思いを馳せたが、今はゆっくり考えている場合ではないと我に返った。
 周辺に村人は1人もいない。
 ライドはジャックの召喚を解除してからミリーとギールと一緒に教会の裏に回り、地下への扉を開けて階段を降りていく。箱庭にいた時より、ずっと足取りは重い。
 地下シェルターに着くと、パワースーツを着たイトラが出迎えてくれた。

「ライドさん!よかった無事で…ミリーさん?!」
「イトラ、すまない。ミリーを休ませれる部屋はどこだ?」
「え、あ、はい!こちらです!」

 イトラは地下シェルター2階層にあるライドとミリーの部屋に3人を案内した。
 扉を開けミリーをベッドに寝かせると、カナリアが後からやってきた。

「ミリー…!ああ、なんてこと」

 カナリアは嘆き、看護体制に入った。

「カナリア姉ちゃん、ありがとう。ミリーを頼む」

 ライドはそう言い残して足早に部屋を出た。
 部屋を出ると、村長ハースとダタール達が待ち構えていた。

「ライド、ミリー、ギール。生きてたか…よかった…。戦況はどうだ?」

 村長ハースは言った。他の男衆も心配そうにライドを見ている。

「王国軍を倒して、ナルタナ王を殺すまでは、達成した。でも、あいつが…ドラゴンが突然現れた。攻撃したけど、ドラゴンには、見ただけで相手の精神力を奪う魔眼が備わっていて、それにミリーはやられてしまった。それに、世界樹を凄い勢いで燃やそうとしている。おそらくレバル王が放ったドラゴンだ。もし世界樹が燃やし尽くされてしまったらギールは死に、召喚も出来なくなる…ジャック!」

 ライドは早口で説明した後、ジャックを再度召喚憑依。血の狩人モードになり空間を切り裂き村への入り口を作る。

「だから、時間がない。急いであのドラゴンを殺す。もし俺が戻らなかったら…その時は逃げろ」

 そう言い残し、ライドは地下シェルターから地表にある村に移動した。村人たちはそんな彼を見送るしかなかった。

・・・・

 疲弊しきっているヤステナ王国軍の夜営基地から少し離れた場所で、コーマンはドラゴンが山脈のように巨大な世界樹を燃やしている様を見ていた。徐々に火の手は拡大しているが、まだ10分の1にも達していない。まだまだ時間がかかりそうだ。

「ぞっぞっぞっ。絶景、絶景ぞい」

 コーマンは愉快そうに言った。
 すると、ドラゴンを操っている途中のレバルから通信が入る。

「コーマンよ。状況を報告しろ」
「はっ。召喚士は2人いました」
「2人?」
「農民の夫婦でございます」
「ふむ。世界樹が祝福を与える召喚士は1人だと思い込んでいたが、そういうこともあるのか。して、問題はあるか?」
「2人いるせいで村の防御をかなり強化されましたが、問題はありません。女の方はドラゴンの魔眼で戦闘不能に陥り、あとは男の方だけです。定石通り憑依せず、召喚した機械人形を遠隔で使ってくるでしょう」
「よし。では、実行しろ」
「かしこまりました」

 通信が切れると、コーマンは深呼吸した。
 はじめるぞい。
 彼が魔眼を見開き、両手を天に掲げると、冥界の門が出現した。いくつもの苦悶に満ちた表情やポーズをしている死者が埋め込まれた、おどろおどろく仄暗い茶色の巨大な扉だ。コーマンがさらに力を込めると、埋め込まれている死者たちの悲鳴と共に扉がゆっくり開き、暗黒の深淵から無数の死霊が降りてくる。いずれも骸骨姿の青白く揺らめく魂魄たちが雪崩のように、または地獄から解放された罪人のように勢いよく外へ飛び出していく。彼らはいっせいにヤステナ王国軍のいる戦場に散っていった。

・・・・
 
 ヤステナ王国軍、飛鮫の部下のマウネ隊長は絶望していた。大隊長の飛鮫は帰ってこないし、攻撃は止んだとはいえ軍隊は屍の山。ナルタナ王は首を切られて殺されていたし、おまけに今回の行軍の目的であるあの巨大な樹は突然現れたドラゴンによって燃やされている。
 あんなの聞いていない。あんなドラゴンが用意できるなら、俺たちの犠牲は必要なかったんじゃないのか?
 彼は兵士たちの治療に奔走しながらも怒り、これからどうすればいいのか途方に暮れていた。
 そんな矢先、西の暗がりから奴らはやってきた。
 大勢の、青白く透明な、数えきれないくらいの死霊が。
 奴らは現れるやいなや、手あたり次第、怪我をしている兵士にも死んでいる兵士にも、そして無傷の兵士にも容赦なく憑りついていった。
 憑りつかれた兵士は正気を完全に失い、身体を死霊に乗っ取られた。目を覚まさせようとすると、通常では考えられないような力で攻撃をしてくるため、うかつには近寄れない。それに、死霊たちはまるで津波のように押し寄せてくる。
 最初は、魔導士たちの光魔法で抵抗していたが、狡猾な死霊たちは弓や槍、魔獣の突進を駆使して王直属の護衛魔導士たちを蹴散らし、彼らにも憑りついた。
 こうして、瀕死だった王国軍は完全に死に、死霊の軍団と化した。
 俺も、もう持たない。必死に耐えていたが、どうやら無駄な抵抗みたいだ…あっ…あっ…あっ…
 仲間たちが死霊に成り代わっていくのを眺めながら、マウネ隊長もやがて、その死霊の行軍の一部となった。
 死霊たちは、もの凄い勢いでスロガ村へと歩みを進める。
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