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ハッピーバースデイ
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小さなオフィスで古賀大芽は、怒号を浴びせられていた。
仕事のミスを真っ赤な茹蛸のような顔で責め立ててくる遠橋の声が、今にもひび割れそうな古賀の腹の中で木霊している。
「すみませんでした!」
「すみませんすみませんって、そんな問題じゃないんだよ!何回同じことを繰り返すんだボケ」
彼が遠橋フォトスタジオに入社して2年、最初は小さなミスから始まりひたすら怒鳴られるような日々が続いていた。それが今もなお続いているのは、遠橋が委縮しきっている彼の気持ちを考えることもなく、厳しく指導すれば改善するだろうと思っていることが原因だが、このスタジオで一番偉くて横暴な性格の遠橋に助言する者は誰もいなかった。
「申し訳ありません!」
その言葉とは裏腹に古賀は薄ら暗い計画を立てている。今ここで遠橋を勢いに任せて殴り倒すこともできるが、それだと自分が訴えられてしまう。
こいつは確実に殺す。そのために自分は犠牲にしない。
その日の仕事が終わり、彼は家に帰るとクローゼットに急いだ。スーツを脱ぎ捨て、黒いニット帽にスウェッとジーンズに着替え、マスクと手袋を身に着けた。次は台所から包丁を取り出し家を出る。車に乗り込み遠橋の家に向かう。
22時、古賀は住宅地の空き地に停めた車の中から遠橋の住むアパートの部屋を見ていた。遠橋が家を出てから30分ほどたった頃、コンビニ袋をぶら下げて帰ってきた。アパートに入って行くその姿を確認し、気付かれないように古賀は車のドアを開け、後を追う。
遠橋は鼻歌交じりで階段を上り、2階にある自分の部屋前に到着した。ポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵を開けた瞬間、古賀は柱の影から飛び出して行き遠橋を部屋に押し込んだ。
ガチャ。
ドアが閉まると同時に、玄関で倒れる遠橋が起き上がろうとする遠橋の背中を刺す。叫び声が上がるが気にしない。続けて何度も何度も刺し続ける。少しづつ声にも身体にも力が無くなっていく遠橋の身体から流れていく赤い血で玄関中が赤く染まっていく。
やがて遠橋は完全に息絶えた。
ざまぁ。
彼は唾を吐きかけたいのを我慢し、その場を立ち去る。ドアを開け階段を駆け下り、車に乗り込み、エンジンをかけて出発。暗い住宅地を抜け、国道に出た。流れていく色とりどりのネオンがまるで誕生日ケーキのロウソクの灯りの様だ。彼の口からは、無意識に笑みがこぼれていた。
まるで俺を祝福しているみたいじゃないか。そうだ。今日、俺は生まれ変わったんだ。
・・・・・
「おい、聞いてんのか古賀!」
遠橋の罵声で古賀ははっと我に返る。
「え、あ…すみません、ちょっと飛んでました」
「飛んでたじゃねえんだよ!いつになったらちゃんとやってくれるんだ?次やったら絶対クビだからなクビ!」
「はい!以後気を付けます」
怒りの感情を古賀にぶつけ切った遠橋は荒い足音を立てながらジュースを買いに事務所を出て行った。古賀は力なく自分の机に座り込む。幾度となく繰り返されてきた光景。
「お疲れ様。気にすることないよ」
葉月陽菜は古賀に優しく語りかけた。3年先輩の彼女は薄いが色白で整った顔立ちの女性だ。黒のスーツがよく似合っている。
「ありがとうございます」
古賀はしおれた声で言い、彼女はそんな彼にこっと優しく笑いかけまた仕事に戻った。彼女がいなかったらとっくにこの会社を辞め、今みたいに社長を殺す妄想にふけってストレスを発散させることもなかっただろう。
次の日の朝、遠橋の罵声のように鳴り響く目覚ましの音で古賀は目を覚ました。築30年のボロアパートの壁は薄く、隣の住人が壁をドンっと叩く。以前、目覚まし音で揉めてしまい、それ以降は小さな音量で設定していたはずだったのだが。今度謝らなくてはならないなと彼は思った。でも今はそれどころじゃない。出勤まで時間が迫っている。
朝の日差しは暴力的にまぶしくて、身体がだるい。昨日は事務作業が中心で現場はなかった。精神的な苦痛があるとはいえ、こんなにも身体にも影響するものだろうか。
レトルトの米パックに生卵と醤油をかけ、朝食を済ませてから、風呂に入りスーツに身を包む。今日も不安だが、委縮せずに頑張るしかない。彼には写真家として一人前になるという夢があるのだ。
今日は午後から商品撮影があるからそこで遠橋のアシスタントをする予定だ。そのセッティングを間違いなくこなす。その段取りを頭でイメージし、古賀は勢いよく事務所の扉を開けた。
「おはようございます!」
しかし、彼の挨拶を返す者は誰もいなかった。スタッフは全員テレビ前に集まっていた。そこには葉月もいて、深刻そうな面持ちをしている。
「どうしたんですか?なにかあったんですか?」
狼狽える古賀に葉月が目でニュースを見るように促す。テレビのニュースでは、キャスターが殺人事件があったことを報道していた。
「…昨夜未明、八見市内のアパートで男性が刃物で刺し殺され、死体が発見されました。警察は犯人を捜索を続けていますが、未だ逃走中の模様です」
テレビ画面右上のテロップには、遠橋の名前がはっきりと表示されていた。
仕事のミスを真っ赤な茹蛸のような顔で責め立ててくる遠橋の声が、今にもひび割れそうな古賀の腹の中で木霊している。
「すみませんでした!」
「すみませんすみませんって、そんな問題じゃないんだよ!何回同じことを繰り返すんだボケ」
彼が遠橋フォトスタジオに入社して2年、最初は小さなミスから始まりひたすら怒鳴られるような日々が続いていた。それが今もなお続いているのは、遠橋が委縮しきっている彼の気持ちを考えることもなく、厳しく指導すれば改善するだろうと思っていることが原因だが、このスタジオで一番偉くて横暴な性格の遠橋に助言する者は誰もいなかった。
「申し訳ありません!」
その言葉とは裏腹に古賀は薄ら暗い計画を立てている。今ここで遠橋を勢いに任せて殴り倒すこともできるが、それだと自分が訴えられてしまう。
こいつは確実に殺す。そのために自分は犠牲にしない。
その日の仕事が終わり、彼は家に帰るとクローゼットに急いだ。スーツを脱ぎ捨て、黒いニット帽にスウェッとジーンズに着替え、マスクと手袋を身に着けた。次は台所から包丁を取り出し家を出る。車に乗り込み遠橋の家に向かう。
22時、古賀は住宅地の空き地に停めた車の中から遠橋の住むアパートの部屋を見ていた。遠橋が家を出てから30分ほどたった頃、コンビニ袋をぶら下げて帰ってきた。アパートに入って行くその姿を確認し、気付かれないように古賀は車のドアを開け、後を追う。
遠橋は鼻歌交じりで階段を上り、2階にある自分の部屋前に到着した。ポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵を開けた瞬間、古賀は柱の影から飛び出して行き遠橋を部屋に押し込んだ。
ガチャ。
ドアが閉まると同時に、玄関で倒れる遠橋が起き上がろうとする遠橋の背中を刺す。叫び声が上がるが気にしない。続けて何度も何度も刺し続ける。少しづつ声にも身体にも力が無くなっていく遠橋の身体から流れていく赤い血で玄関中が赤く染まっていく。
やがて遠橋は完全に息絶えた。
ざまぁ。
彼は唾を吐きかけたいのを我慢し、その場を立ち去る。ドアを開け階段を駆け下り、車に乗り込み、エンジンをかけて出発。暗い住宅地を抜け、国道に出た。流れていく色とりどりのネオンがまるで誕生日ケーキのロウソクの灯りの様だ。彼の口からは、無意識に笑みがこぼれていた。
まるで俺を祝福しているみたいじゃないか。そうだ。今日、俺は生まれ変わったんだ。
・・・・・
「おい、聞いてんのか古賀!」
遠橋の罵声で古賀ははっと我に返る。
「え、あ…すみません、ちょっと飛んでました」
「飛んでたじゃねえんだよ!いつになったらちゃんとやってくれるんだ?次やったら絶対クビだからなクビ!」
「はい!以後気を付けます」
怒りの感情を古賀にぶつけ切った遠橋は荒い足音を立てながらジュースを買いに事務所を出て行った。古賀は力なく自分の机に座り込む。幾度となく繰り返されてきた光景。
「お疲れ様。気にすることないよ」
葉月陽菜は古賀に優しく語りかけた。3年先輩の彼女は薄いが色白で整った顔立ちの女性だ。黒のスーツがよく似合っている。
「ありがとうございます」
古賀はしおれた声で言い、彼女はそんな彼にこっと優しく笑いかけまた仕事に戻った。彼女がいなかったらとっくにこの会社を辞め、今みたいに社長を殺す妄想にふけってストレスを発散させることもなかっただろう。
次の日の朝、遠橋の罵声のように鳴り響く目覚ましの音で古賀は目を覚ました。築30年のボロアパートの壁は薄く、隣の住人が壁をドンっと叩く。以前、目覚まし音で揉めてしまい、それ以降は小さな音量で設定していたはずだったのだが。今度謝らなくてはならないなと彼は思った。でも今はそれどころじゃない。出勤まで時間が迫っている。
朝の日差しは暴力的にまぶしくて、身体がだるい。昨日は事務作業が中心で現場はなかった。精神的な苦痛があるとはいえ、こんなにも身体にも影響するものだろうか。
レトルトの米パックに生卵と醤油をかけ、朝食を済ませてから、風呂に入りスーツに身を包む。今日も不安だが、委縮せずに頑張るしかない。彼には写真家として一人前になるという夢があるのだ。
今日は午後から商品撮影があるからそこで遠橋のアシスタントをする予定だ。そのセッティングを間違いなくこなす。その段取りを頭でイメージし、古賀は勢いよく事務所の扉を開けた。
「おはようございます!」
しかし、彼の挨拶を返す者は誰もいなかった。スタッフは全員テレビ前に集まっていた。そこには葉月もいて、深刻そうな面持ちをしている。
「どうしたんですか?なにかあったんですか?」
狼狽える古賀に葉月が目でニュースを見るように促す。テレビのニュースでは、キャスターが殺人事件があったことを報道していた。
「…昨夜未明、八見市内のアパートで男性が刃物で刺し殺され、死体が発見されました。警察は犯人を捜索を続けていますが、未だ逃走中の模様です」
テレビ画面右上のテロップには、遠橋の名前がはっきりと表示されていた。
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