ウルバノ王子のハッピーエンド

百目鬼笑太

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第1話

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 私が男になったのは今から10年ほど前、17歳のころだ。

 より正確に言えば17歳だった私は、気が付くと美少年の姿へと変わっていた。
 ……つまりどういうことだって?
 正直な話、自分の身に起きたことを把握はしていても私自身もよく分かっていない。
 私という人間は確かに花も咲かない17歳の女であったはず……それなのに気が付いたときには金髪の髪に青い瞳のおとぎ話に出てきそうな絵にかいたように美しい王子様になっていたのだ。


 見慣れない赤と茶を基調とした豪華な……それでいて落ち着けるよう工夫の施された一室。
 天蓋付きの大きなベッドにベルベッドの張られたソファーや椅子。
 横幅すら身長以上もある衣装ダンスにはこれまた豊富な衣装たち。
 そしてその横に置かれた姿見には金髪碧眼の美少年が映り込んでいた。
 訳も分からず頬を抓った。
 鏡の中の少年も同じように頬を抓って、同時にじんとした痛みが生じた。
 美少年は私だった。

「うっそだろ!!?」

 思わずさけび、声すら聞き覚えのない少し高めのソプラノで頭を抱えた。

 あのあと、そんな叫びを聞きつけた爺やがやってきて騒ぎになったものだ。
『ウルバノ王子がご乱心だ!』

 なーんて叫んで、え、自分、王子なんすか!? とさらに驚かされた。

 すぐに宮廷医師が部屋に呼ばれて、あれよこれよと記憶喪失であると診断されて……。
 しまいには父である国王までやってきて……今から思い返せば一国の王子が突然、それまでの記憶をなくしてしまったのなら騒ぎにもなるというものだろう。
 むしろあれだけで済んでもしや、幸運だったのでは?
 よくやったよ、あのときのみんな。
 私はベッドで寝かされていただけだからね。

 あの王子記憶喪失事件から10年の月日が流れた。
 私は何もわからないまま、ともかく現状に慣れようと努力してきた。
 思っていたよりも王子って大変なんだ。勉強や剣術に魔法(!)
 その他にも覚えなきゃいけないことが山のようにあった。
 幸いなことにウルバノ王子は優秀らしく、かつて高校生だった私よりもはるかに記憶力も運動能力も上だった。
 おかげであのころより不便さを感じたことはない。
 そんな風にどうにか10年を男の体で乗り切った。

 とはいえだ。
 もう数日で現在の私、ウルバノは17歳の誕生日を迎える。
 平均年齢が私の知る社会よりも少しだけ低い王国では17歳で成人と数えられる。
 王族が成人したらどうなるの?
 他は知らないが少なくともこの国では婚約である。
 王族、とくに王子ともなれば縁を結びたいという方々は数多い。
 ファウスト国王も王妃とは成人と同時に婚約をしたそうだ。
 例にもれず私にも婚約話が山のようにやってきている。
 自室の机の上には山となった貴族令嬢、大商家の娘さんたちの描かれた肖像画が放置してある。
 
 まあまあ、また正直な話をしよう。
 10年ほど男として過ごしましたが、私は元々女でしてね?
 あの、ちょっと、女性を恋愛対象としては見られないといいますか、性的な対象とも見られないといいますか。

 まあ、なんだ。
 これで男を好きになったらゲイとか言われてしまうんですか? 
 私、これでも女なんです。
 見た目はちょっと鍛えすぎてマッチョなんですけど、女なんです。
 昔はお子様だったから、まだなんとかなっていたけど今では大人になってしまっているからね。
 自分のイチモツにすら嫌悪を抱くのに、女を抱けますか?
 抱けるわけないよねえ。
 そんな風でも立派に反応はするわけで……毎朝毎朝、私は……私は!!
 いっそ殺せ。
 いや痛くないように殺してほしい。
 ベッドに寝ころび、天蓋を見上げる。
 ごろんごろんと、転がったりしてみる。
 それでもどうにもならないわけだけど。


「私はもう駄目だ。頼む。殺してくれ」
「はいはい」


 表向きでは記憶喪失になってから、本当は私が目覚めてから城にやってきたメイドのメイメイに告げる。
 メイメイは手元の縫い物から顔も開けずに空返事だけを返してきた。
 我、王子ぞ? ……一応だけども。

「そんなに嫌なら、どれもこれも断ればいいじゃないですか」
「それが出来たらここまで悩まねえんだわ」
「と、いいますと?」
「自分の娘がお断りされたらさあ、どうしてだ! 訳を教えろ! ってなるのが親じゃん?
 軋轢なくお断りするには、あの中から一人を選んでからじゃないと納得してくれないのよ」
「一人でも選んでたら、納得するんですか」
「そ。一人だけでも選んで断るのと、一人も選ばずに断るのじゃ反応が変わってくる」

 たぶん、うちの娘が選ばれなかったのはたまたまだな、とかそういう納得をして今度は妾として紹介してくるそうだ。
 この件では先達である国王から聞いた。
 メイメイは縫い物の手を止めて、首をかしげる。
 一瞬だけ机の上の肖像画の山に視線を移した。


「どうしてあの中から選ばないんです? どのご令嬢も傷の一つもないきれいな体をした美人ばっかりですよ」
「女の子とセックスはできない……できそうにない」


 天蓋を見上げながらぼやくと、衣擦れの音がする。
 メイメイの顔がのぞき込んできた。
 メイメイは黒髪に褐色の肌、鮮やかな緑の目が目を引く、背の低いかわいらしい少女だ。私がデザインしたロングスカート。
 可憐なクラシカルタイプのメイド服を身に着けている。
 前職は実力のある暗殺者だとかで私の専属のメイドになったのは護衛の意も含まれている。
 顔の半分を覆う古傷を気にしていたようだが、私はそんな傷もメイメイの魅力を増幅させているように思う。
 さらさらふわふわの黒髪の上で白いヘッドドレスがちょこんと乗っている。
 可愛い。
 目が合うと三白眼気味の瞳が細まる。最近ではよく笑うようになって、さらに可愛さが増した気がする。


「じゃあ、男とならセックスできるわけですか?」
「………………」


 メイメイの言葉に、少しだけ想像をしてみる。どうしてか想像の中の私はウルバノのままで、相手はゴリゴリのマッチョメンで、背景に薔薇の花びらがブワリと乱れ散った。
 どっと嫌な汗と動悸が止まらなくなり、体を起こす。


「無理です! 男でも女でもセックスは無理! セックスできません!」


 セックスなんて一度もしたことないけど、したことないから一生できない気がする。
 したくないとすら思う。
 だって、人の性器って気持ち悪いだろ。
 それをなめたり、さわったりするんだろう?
 無理無理無理無理。
 とりあえず私には無理。
 するとメイメイは満足そうに頷くと笑みを浮かべた。


「あなたはずっとそのままでいてくださいね。ウルバノさま」
「……それってもしかして口説いていたり?」
「また、お戯れを。それより早く肖像画を捨てるなり焼くなりしたらどうです。あなたにはいらないんでしょう」


 窓際の日のよく当たる椅子の上で楽しげに縫い物を再開したメイメイ。
 その背は低く凹凸のない体に、少年とも少女ともつかない背格好で成長の止めた姿は中性的だ。
 元暗殺者であるメイメイは幼いころに周りの都合で去勢されてしまってから長いらしい。
 あらゆる個の痕跡を魔法でかき消されて、もう自分の本当の性別も覚えていないらしい。
 ……今は私の趣味でメイド服を身に着けて貰っているけどね。
 私とは少し違うかたちで己の性を見失った。
 私たちの間にあるのはどちらでもないという共通点だけであるが、心を砕くには私はそれだけでも十分のように感じる。


「もしも、メイメイが結婚するときが来たら私はすごく泣いちゃうんだろうなあ」
「そんな物好きはいませんよ」
「私のメイドはこんなにかわいいのに」
「そうおっしゃるのはウルバノさまくらいなものです」


 さすがに燃やすことはできないけれど、肖像画を手に取る。


「捨てないんですか?」
「捨てられないよ……国王に迷惑をかけてしまうもん。
 ……一応、私も王子だしねえ。でも、やっぱり……一度くらい会ってから決めたいよなあ」


 肖像画をひとまとめに確認していく。
 絵の中では、どの令嬢もきれいなドレスに身を包み美しくかわいらしい。
 きっとこれまで王子に選ばれようとより自分を磨いて努力してきたに違いない。


「……せめて会ってからならなあ……国王に頼んでみようかな。どう思う? メイメイ」
「ウルバノさまのなさりたいようになさいませ……ウルバノさまのしたいことを、メイメイは反対しませんよ」
「うん、ありがと」


 メイメイの言葉に励まされ、すぐにファウスト国王に実際に会ってから婚約者を選びたいと申し出た。
 国王は思案のあと、私の頼みを受け入れてくれた。
 成人の儀が終わったあと、例のご令嬢たちと父親たちを集めてお披露目舞踏会という名の婚約パーティーを開くことに決まった。
 なんかシンデレラみたいな展開だけど、せめてそこで気の合う子と出会えればいい。
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