恋して、愛して、変になる

まなづるるい

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第二章 千変万化

痴話喧嘩だと思ったのに

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 奏太くんと漫画喫茶でえっちした。えっちしたあとに漫画を読んで、ドリンクバーでコーラを飲んで、会計を済ませて外に出た。

 夢のような時間だった。

 ううん、私と奏太くんは付き合ってるんだから夢じゃない。これから先もずっと、これが当たり前の時間になっていくんだ。

「じゃあ俺はこれで」
「ね、次は何処に行く?」

 外に出てそそくさと帰ろうとする奏太くんの話を遮ると、奏太くんは無言になった。

 まさかこれで解散なんて言わないよね?

 という私の無言の圧に、言葉を失っているのだろう。

「あの、俺、明日も早いんで帰ります」
「私だって早いよ?」
「……仕事なんで」
「もうちょっと一緒にいようよ」
「帰りますね」

 それでも帰ろうとする奏太くんの腕を掴むと、簡単に腕を振り払われてしまう。

「え、なんで腕を振り払うの?」
「誤解されたくないですから」
「誤解って? ファンの子たちに見られたくないってこと? いいじゃん別に。私達の関係なんて、隠す必要ないよ」
「……私達の関係?」
「うんそうだよ。私達、こんなに愛し合ってるんだから、隠さなくたっていいんだよ」

 すると私の言葉に驚いたのか、奏太くんが見たこともないような表情をした。

 例えるならそう、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「え、なにその顔。奏太くんてそういう顔もするんだね」

 私はキラキラと瞳を輝かせた。

 色んな奏太くんが見れて嬉しいな。誰も知らない奏太くんの裏の顔を知れるなんて、これは間違いなく彼女の特権だよね。

 奏太くん、大好き。

「あ、あの」
「なあに? 奏太くん」
「俺は貴女と愛し合ってるんですか?」

 何を素っ頓狂なことを言っているのだろうか。

 幸せボケ?

 あらあらまあまあ奏太くんたら♡

 あんなに何度も身体を重ねてきた癖に♡

 私のこと、愛子って呼んだ癖に♡

 私はニヨニヨと顔の筋肉を緩めてみせた。

「えへへぇ♡」

 それだけで私が何を思ったかを察してくれたのか、ますます苦虫を噛み潰したような顔をしている奏太くんが愛らしくて堪らなかった。

「私は奏太くんが好き。奏太くんも私が好き。だからなんの問題もないよね」
「あの、俺、彼女いるんで」
「……は?」
「いや、だから彼女いる……います」

 彼女?

 彼女って?

 奏太くんの彼女は私でしょう?

 私が奏太くんの彼女でしょう?

 は?

 ちょっと意味が分からないですね。ちょっと意味が分からないですね。

 もしかして私の気を引く為の嘘?

 恋の駆け引きってやつ?

 そんな回りくどいことしなくたって、私の奏太くんへの愛は揺るぎないものなのに。

 どうしてそういうことするの?

 どうしてそういうこと言うの?

 どうして、どうして、どうして、ねえねえねえねえ奏太くん、どうして、どうして、どうして。

「やだなあもう、冗談は、めっ♡」

 落ち着け私。こういう時こそ愛らしく、慎ましく、彼女らしく。私は笑って流してみせた。

 彼女とは常に余裕であるべきだ。彼女とは何が起ころうとも、決して取り乱さないであるべきだ。

 そうでなければ引かれてしまう。

 そうでなければなんだこいつ、と思われてしまう。

 大丈夫、まだなかったことにできる。今の発言は聞かなかったことにできる。

 ううん。できるんじゃない、しなきゃ駄目。

 守れ守れ守れ全力で私を守れ。

 でなければ先に待つのは死のみであるぞ。

 私は気を取り直してもう一度、奏太くんの腕を掴んだ。

 それなのにまた、奏太くんが私の腕を振り払うから。

「……本当に、こういうの、困ります」

 だったら最初からそう言えばよくない?

 どうして今まで何も言わなかったの?

 私が奏太くんの彼女じゃないなら、私は奏太くんのなんなの?

 私が尻尾振って股を開くから抱いてやっただけ?

 私がしつこいから下の口を塞いでやっただけ?

 負の感情が、一気に私の心を支配する。

「……いいよ、私、二番目でも」
「え?」
「彼女なんて何人いたっていいよ。私は全然気にしない」

 いいよ、大丈夫だよ。だから怖がらないで、奏太くん。私は心を広く持つからね。空よりも高く、海よりも深く、奏太くんを愛してるから。

 だから奏太くんが浮気したって許すよ。世界中全ての女を抱いたって許すよ。

 それが彼女じゃん。それくらい許せなきゃ彼女じゃないじゃん。奏太くんの彼女は私だよ。

 そもそも奏太くんは有名人で、えーぶい男優で、しいえむにも雑誌にも出てて、今度は某アニメの声優をやるんだよ?

 そんな凄い人なんだから、他に彼女がいたっておかしくないよ。普通だよ。

「い、いや。貴女に申し訳なくて言ってるんじゃなくて、本当に困ってるんだ。いい加減、俺に付き纏うのはやめてほしい」

 俺に付き纏うのはやめてほしい?

 つまり奏太くんは、私の存在が迷惑だって言いたいの?

 好きでいることさえも許してくれないの?

 本当は迷惑だと思いながらいつも抱いてたの?

 それとももう飽きちゃった?

 飽きちゃったから私を捨てたいの?

 分かんないよ奏太くん。そんなんじゃ全然分かんない。

「私のこと、好きって言ってくれたじゃん」
「い、言ってない」
「私のこと、愛子って呼んでくれた」
「それは……ごめん」
「え、なんで謝るの? いいじゃん謝らなくたって。奏太くんに愛子って呼ばれて、私は嬉しかったよ?」

 自分の胸に手を当てながら、それがどれ程嬉しかったことか、私は訴えた。

 訴えたのに、奏太くんはもう私のことすら見ようとはしなかった。

 それが何よりも苦しくて、これが現実だと受け入れたくなくて、愛の言葉を振り撒いては悪足掻きをしてしまう。

「奏太くん、愛してる」
「俺は愛してない、です」

 奏太くん、ねえ奏太くん。

 こっちを向いて、私はそこにいないよ。ねえ奏太くん。

 奏太くんは踵を返すと、私をおいて、どんどんと歩いていってしまった。

 不思議と涙は出なかった。あの時もっと泣いて取り乱していればとも思ったけど、汚い泣き顔を晒してお別れなんて嫌だった。

 私は電車に乗ると、誰もいない車両の隅っこの席にぽつんと座った。電車が閉まると同時に誰かが乗ってきて、私の隣に座ったみたい。

 他にも席は空いてるのに、どうしてわざわざ隣にくるんだろう。

 そんなことをぼうっと考えていると、太股に知らない人の手が触れていた。

 力なく振り向けば、やっぱりそこには知らない人がいて、そいつは誰もいないのをいいことに、堂々と私に痴漢をしてきた。

 顔は地味めの、別れたあとすぐに忘れてしまいそうなくらいありふれた顔。歳は多分、三十代。白シャツに黒いズボンという、これまた何処にでもいるような、サラリーマンみたいな格好をした男の人だ。

 もはや抵抗する気力もなかった私は、相手の好きなように触らせてあげることにした。

 それを暗黙の了解と捉えたのか、私の太股をゆっくりと撫で回すという奇妙な手の動きが始まった。

 そしてあまりにも短すぎる前戯のあと、その手がスカートの中へと侵入し、パンツの上から嗜み始める。

 全然気持ち良くない。

 私は完全に虚無だった。

 好きでもない、今日出会ったばかりの知らない人に、スカートの中をまさぐられている。

 だけど、知らない人がクリトリスだと思っているであろうそこは、完全に位置がずれていた。

 ヘタクソ。

 電車が揺れると、隣でベルトを外す音がした。

 こんなところで出して、誰かが乗ってきたらどうするんだろう。

 ズボンのチャックから芽を出した知らない人のおちんちんは、奏太くんの奏太くんよりもずっと小さいおちんちんだった。

 知らない人は私の下半身に触れながら、自分のおちんちんを懸命に扱いている。

 早漏なのだろうか。でなければ私がどのタイミングで降りるかも分からないのに、こんな大胆なことはしないだろう。

 我慢できなくなったのか、雑にスカートを持ち上げられ、今日のパンツが丸見えになる。

 すると、思ってたのとは違ったのか、私のパンツを見て短く喘ぐ知らない人。

 喘ぐと同時におちんちんを扱く手の動きが早くなる。

 なんだ。パンツを見せるだけでいいのか、この痴漢野郎は。

 随分と楽な仕事だと思った。これでお金が貰えれば、こちらとしては万々歳なのだが。

「あっあっ、ああっ」

 どうやら終わったらしい。やっぱり早漏だった。

 痴漢野郎は自前のポケットティッシュで精液を拭くと、足元にある黒いスーツバックから黒い長財布を取りだし、私に諭吉を一枚、渡してきた。

「これで美味しいものでも食べてね」

 幸か不幸か、声は嫌いではなかった。

 電車が止まると、声だけはいい痴漢野郎が降りていく。

 私は諭吉をくしゃりと握り締めると、小さな声で「きも」と呟いた。




 家に帰ると、もはや無意識の領域で心の奥底へと溜まったモヤモヤを吐きだすように、ラインで鬼連しまくっていた。

 汚い言葉。由乃には絶対言えない言葉。

 私はこれを響には言えるんだ。

『今すぐこい』
『五分でこい』
『一秒でも遅れたらぶっ殺す』
『早く』
『早く』
『早くしろ』
『遅えよ』
『まだ既読付かないのかよ』
『あと四分』
『早く』
『まだ?』
『早く見ろ』

 私は毎秒、スマホをタップする。画面に爪が当たって、カチカチいうのが心地良くてやめられない。

 既読が付いたのは『あと一分』と送ったあとだった。

 一秒でも遅れたらぶっ殺すなんて勿論、嘘だ。そんなことで私が法に触れるような問題を起こすわけがないだろう。

 例え五分過ぎたって、既読が付くまで送り続けるつもりだった。

 五分を過ぎたところで響もそれに気付いたに違いない。たった一文字『り』と返しただけで、あとは一生既読スルー。

 私はそれだけで満足した。賢いやり方だと思ったからだ。

 返信をしないことで急いで準備してますよ、向かってますよ、とアピールしつつ、既読を付けたままでいることによってちゃんとライン見てるから、無視してないから、と言っている。

 だから私は許したし、いくらでも待とうと思えたんだ。

 響がくるまでの間、ずっとスマホをタップしては罵詈雑言を浴びせるこの時間が、今の私にとっては至福の時だった。
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