恋して、愛して、変になる

まなづるるい

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第四章 終わりと始まり

能面男子との接触

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『ごめんね、先に帰るね』

 放課後。ちょっと待っててって言ったのに、私が先生に呼ばれてるうちに由乃が先に帰ってた。別にまた明日会えるからいいんだけどね。なんて悠長に構えてたら、また由乃の様子がおかしくなっちゃった。

 なんていうか、何かを警戒するような素振りばかりするようになった気がするんだよね。

「由乃、どうしたの? 顔色悪くない?」
「だ、大丈夫だよ。それより次移動だったよね、早く行こぉ」

 いったい何から逃げてるんだろう。由乃の視線の先を見てみると、その正体にすぐに気が付いた。

 名前は覚えてないけど、由乃の隣の席の男子と目が合った。

 いや、正確には合ってない……と、思いたい。

 今までちっとも気にしたことなかったから気付かなかったけど、もしかしていつもこっちを見てたのだろうか。

 ううん、そんなはずないよ。仮にそうだったとすれば、私が気付かないはずがないもの。こんだけ視線を感じれば、嫌でも分かるはず。

 誰だっけ。一年の時から由乃の隣の席にいたのは覚えてるんだけど。由乃もこいつからの視線を感じたから、気持ち悪くなって逃げたのかな。

 だけど、どうして急に由乃に視線を向けるようになったんだろう。私の知らないうちに、由乃を好きになるような出来事があったとか。

 そういえば由乃、昨日は先に帰ったよね。もしかしてそれと何か関係があったりして。

 うん。タイミング的にも何かあるとしたらそこしか考えられないし、多分そうだ。あいつと由乃の間に昨日、何かあったんだ。例えばあいつに告白されたとか。

 彼氏がいるのでごめんなさいって、由乃ならきっと断るはず。振られても昨日の今日じゃ好きな気持ちを断ち切れないあいつは、今日もじっとりと由乃に熱い視線を向けてしまう。

 成程ね、それなら確かに辻褄は合う。

 だったら私が由乃を守らなきゃ。由乃には彼氏がいるんだからいい加減、諦めろって言わなくちゃ。

 そんなふうに思っていると、隣でスマホを見てる由乃の顔が綻んだ。

 あの表情はきっと、彼氏から連絡があったんだろうな。良かった。上手くいってるみたい。だったら私の出る幕はないね。

 そう思ったのは一瞬で。




 次の日、由乃は学校を休んでいた。

 彼氏と喧嘩でもしたのかな。それで由乃の心が折れて、学校にこなくなったのかなって、最初はそう思ってた。

 あいつは何食わぬ顔で今日もそこにいるし、あいつが由乃に何かするとしても、立て続けにするわけないだろって、心の何処かで勝手に決めつけていた。

 どうしたのって、私が由乃に会いに行って直接聞けばいいじゃないか。それが確実であり、一番手っ取り早いんだから。

 だけどもし。もしもだよ?

 あいつが何か知ってるんだとしたら。私は一度、何か知らないかと聞いてみたくなった。

 これは単なる直感だ。思い違いならそれでいいの。

 あいつは何か知っている。

 本当になんとなくだけど、一瞬でも思ってしまった以上、確かめずにはいられない。

 私はあいつの席の前に立つと、初めて自分から話し掛けていた。

「ねえ、どうして由乃が学校休んでるか知らない?」

 あいつの視線が私に向くと、初めてちゃんと目が合ったような気がした。

「はい?」

 なんだろう、この沈黙は。私の言ってることが伝わってないのかな。

 もしかして結構やばいやつだったりする?

 それこそサイコパス的な感じで、キレたら何するか分からないような類いの人間なんじゃ。

 私はごくりと唾を飲むと、あいつの出方を待った。

「どうして僕が知ってると思ったの?」
「え……だってあんた昨日、由乃のことずっと見てたじゃん」
「牧瀬が今日学校を休んでることと、僕が昨日牧瀬を見てたことが関係してるって、どうして思ったの?」

 やっぱり昨日、由乃のことを見てたんだ。それはそれで問題だし理由を知りたいと思うけど、今はそれよりも由乃がどうして学校を休んでるのかが知りたいんだ。

「だ、だって、昨日は元気そうだったのに、急に休むなんておかしい」
「体調を崩す時はいつも突然だよ。きみは牧瀬が急に休んだからって、その理由が僕にあると思い込んでるだけじゃない?」

 図星だった。図星だったから何も言い返せなかった。

 急に学校を休んだのなら、普通は風邪だと思うだろう。それなのに私は風邪だと思わずに真っ先にあいつを疑った。あいつが由乃に何かしたんだって、直感がどうとか理由を付けて、勝手な思い込みで聞いた。

「やっぱりそうなんだ。きみは牧瀬のことが大好きなんだね」
「……え?」
「牧瀬が風邪を引くわけないとでも思っているのかな。人間なんだから、体調を崩すことだってあるのにね。きみはあれだ、牧瀬を神様だと思っているのかもしれないよ。だから牧瀬の近くにいることで、自分が騎士にでもなったつもりなんだろうね」

 由乃が神様だなんて一度も思ったことないのに。

 由乃は友達で、憧れで、ステータスで。

 なんか私、馬鹿にされてる?

 頭良さそうな言い方で、そこはかとなく馬鹿にされてる?

「ああ。もしかしてきみ、異性として牧瀬のことが好きなの?」
「……由乃のことが好きなのはあんたの方だろ」
「僕? どうして僕が牧瀬のことを好きだと思うの?」
「だって、あんたが由乃に好きだって告白したんじゃないの? それで由乃に振られて、振られたけど諦めきれないから私にまで意地悪言ってるんだ」
「成程。きみの中ではそういうストーリーが始まっているんだね」
「す、ストーリーって」
「なら聞くけど、牧瀬がきみにそう言ったの? 僕に告白されたけど振ってやったって」
「そ、れは違う、けど」
「違うよね。ならそれはきみの頭の中のストーリーだよ。きみの勝手な思い込み。妄想。ありもしないことを僕に押し付けないでくれるかな。はっきり言って、迷惑だ」

 ぐうの音も出ないくらいに論破された。

 本当だ。私の勝手な思い込みで、いつの間にかありもしないストーリーが頭の中で出来上がっている。あいつは絶対に悪人だから、あいつが何かしたに違いないって思ってる。

 真相は分からないけど多分こう。

 よく分かんないからこれでいいや。

 そんなふうにいつも歪なパズルに気付かないまま、形の合いっこないピースを嵌めていたのかも。
 
「聞きたいことはそれだけかな。ああそうだ、勘違いされたままだと困るから教えてあげる。僕は牧瀬に告白なんてしてないよ。牧瀬が間違った選択をしたから、ちょっと忠告してあげただけ」
「……間違った選択って?」
「牧瀬は自分の彼氏よりも僕を選んだんだ。だからそれは間違いだと言ってあげただけ」
「は?」

 適当なこと言わないで。彼氏とちょっと会えないだけで別人みたく元気がなくなる由乃が、彼氏よりもあんたみたいな男を選ぶわけないじゃん。

「ああ、言い方が悪かったかな。まあいいや。面白いから訂正はしないでおくね」
「色々……聞きたいことがあるんだけど……あんたは由乃に、それは間違いだって言っただけってこと? そしたら由乃は、なんて言ってたの?」

 自惚れんのもいい加減にしろとか、それこそあんたの妄言なんじゃねえのとか、色々……本当に色々と思うことはあったけど、妄言云々はひとまずおいといて、それについて由乃がどう返したのかが重要だと思った。だから聞いた。

「怒ってる顔も可愛くて……僕は牧瀬にキスをしたよ。そしたら慌てちゃって、僕から逃げだそうとした。僕の腕の中でジタバタして、背中をゴンゴン、グーで殴ってた。だから僕は牧瀬をギュッと抱き締めたんだ。僕の全てを全身で押し当てた。そんなに照れなくたっていいのに。可愛いよね、牧瀬って」

 終始無表情の癖に饒舌で、推しを語るオタクみたいに早口で、聞いてもいないことをペラペラと。変で、変で、変だった。

 怒った由乃が可愛いと思ったからキスしたの?

 告白はしてないけどキスをするってことは、やっぱり由乃のことが好きってこと?

 それとも由乃の反応を見て面白がってるだけ?

 私は「由乃はなんて言ってたの」って聞いたんじゃん。由乃にキスをしたかなんて聞いてない。どうして質問に答えないの?

 私の質問に答える気がないってこと?

 私のことおちょくってんの?

 それとも話が通じてないの?

 なんかこいつ、気持ち悪い。

「……僕の言ったこと、嘘だと思う?」
「し、知らない」
「きみみたいに最初から全て妄言だと思う?」
「私は妄言なんて」
「きみに妄言を語る癖があるように、僕にも妄言を語る癖があると思う?」
「だから私は妄言なんて!」
「きみは僕と同じだよ。自分は違うかのように言ってるけど、それはきみが認めたくないだけ」
「ちが」
「きみと違って僕は認めるよ。さっきのは全部僕の嘘。牧瀬にキスなんかしてないよ。するわけないじゃないか、彼氏がいるのに」

 嘘で良かったと安堵するよりも前に、あれが嘘だったんだと身の毛がよだつ思いがした。饒舌で、早口で、聞いてもいないことをペラペラと喋ってた癖に、あれが全部嘘だったなんて。

 私があいつと同じなんて嘘。私は違う。全然違う。一緒になんてしないでほしい。

「いいね、きみ。思ってることが顔に出る。きみも僕にキスしたくなったらしてもいいよ。きみが望むならそれ以上のことだってしてあげる」
「あんたとなんて、するわけないでしょ」
「そうだよね、そんな気がする。でも牧瀬は僕にしたよ」
「は……どうせそれも妄言」
「どうかな。気になるなら直接牧瀬に聞いてみるといいよ。こんなところで僕に聞いてないで、学校が終わったら牧瀬に会いに行けばいい。友達なんだから、家くらい知ってるでしょう」

 あいつの言うことなんか真に受けちゃ駄目。だけど後者に関しては本当にそう。今日、学校が終わったら由乃に会いに行こう。あいつに聞くだけ無駄だった。ちゃんと由乃の口から真実を聞かないと。




 放課後、私は由乃の家の前にいた。インターフォン越しに由乃の声がして、私がお見舞いにきたと告げると「ちょっと待ってて」と言われたので待っていた。

 あいつには『友達なんだから家くらい知ってるでしょ』みたいに言われたけど、実は家にきたのは初めてで、今日こうしてこれたのは先生に教えてもらったからなんだよね。

 なんだかあいつには見透かされてるような気分になる。きみは牧瀬の家を知らないよねって。友達なのに知らないよねって。私がいくら誤魔化そうとしたって無駄。僕は全部知ってるよって言われてるみたい。そんなはずないのにね。

 待っていると玄関のドアが開いた。由乃、本当に元気がないみたい。いつにも増して目が死んでるような。

「……入って」

 部屋まで案内されると、適当に座るよう促される。フローリングの床には白のモフモフのカーペットがテーブルの下に敷いてあったので、私はとりあえずそこに座ることにした。

「お茶でもいい?」
「あ、うん。ありがとう」

 透明のグラスに冷たいお茶が入ってる。テーブルにグラスがふたつ。ありがたく口にすると、私は他愛もない話をし始めた。

 体調はもう平気らしい。絶対嘘だと思うけど、由乃が平気って言ってるんだから、水を差しちゃ駄目だよね。

 あとは今日配られたプリントを渡したところでどう話を切りだそうかと考えていると、由乃の方から初めて私に話を振ってきた。

「……あ、あの、ね」
「え、な、なに?」

 今の反応は少しぎこちなかったかもしれない。これでなんでもないと言われたら、私はそれ以上突っ込んで聞けないかも。

「私……もう、彼氏と駄目かもしれない……」
「……へ?」

 てっきりあいつの話を持ち掛けてくるものだとばかり思ってた私は、心の底から間抜けな声が漏れてしまっていた。

「……昨日、彼氏に会ったんだけど、色々あって、怒らせちゃったんだよね」

 色々の詳細は聞かない方がいいだろう。だから今は相槌を打つだけにしておいた。

「ラインを送っても既読が付かないし、このまま連絡がこなかったらどうしようって、寝ても覚めても不安で落ち着いていられないの……」

 最後の方は声が震えていた。本当に精神的に参っているんだと思う。そりゃ学校にも行けないわ。あいつとのことを聞くまでもないな。

 私が由乃にしてあげられることは、話を聞いてあげること。きっと何か話してないと彼氏のことばかり考えちゃうから駄目なんだと思った私は、由乃の話に全力で耳を傾けていた。




「今日はきてくれてありがとう」
「ううん。またくるね」
「うふふ、またね」

 最後は笑顔で解散した私は、このまま寄り道もせずに帰ろうと思い、右足を一歩前へ出す。

 いち、にい、さん、し。前を向いて歩いていると、前方に愛しい人の姿があった。

「そ、奏太くん?」

 私は白昼夢でも見ているのだろうか。こんなところに奏太くんがいるはずないのに、何度瞬きをしても奏太くんに見えてしまう。

 もしかして奏太くんのそっくりさん?

 ほら、世の中には自分と似た顔の人が三人いるって言うし、きっとこの人もそうなんだ。

 よく言われませんか、中野奏太にそっくりですねって。何度も間違われていい迷惑だって思いませんか。思いますよねごめんなさい。私も奏太くんだと思っちゃいました。

 私は敢えて声を掛けずに通り過ぎようとした。

 だって絶対人違いだもん。奏太くんはお仕事で忙しいんだから、こんなところにいるはずないの、私が一番分かってる。

「あ、愛子さん」

 良かった。今日は目を合わせてくれるみたい。奏太くんってたまに私を避けようとするから、シカトされたらどうしようかと思ったよ。

「……似てるだけかと思った……こんなところでなにしてるんですか?」

 うわ、うわわわわ。まさか奏太くんから質問が飛んでくるなんて。こんなのもう絶対好きじゃん。奏太くん、私のこと絶対好きじゃん。超好きじゃん。

 顔がにやけそうになるのを堪えるので精一杯なんだけど。やめてよ急にデレてくるの。

「……わ、私の友達が最近学校にきてなくて……心配でお見舞いに行った帰りなの」
「そう、ですか」

 質問に答えたのにその場から立ち去ろうとしないのはなんで?

 まだ何か言いたいことがあるの?

 奏太くんてば、私に興味津々なの?

 いいよなんでも答えてあげる。奏太くんの話ならいくらでも聞いてあげる。

「……友達、大丈夫でしたか?」
「あ、うん。なんか、彼氏と上手くいってないみたいで……精神的にちょっと、ね」

 あ、言っちゃった。大丈夫でしたかって聞かれただけなんだから、大丈夫だったよって答えればいいだけなのに。

 どうしよう、ソワソワする。もしかしてえっちするチャンスなんじゃ。幸い、ポケットには穴の空いた避妊具が入ってるし。

 今度こそ妊娠したい。その為に毎日持ち歩いているんだから、使わなきゃ損だよ。

 でも、折角普通に話してくれるのに、私がえっちしたいなんて言いだしたら奏太くんはまた一線引こうとするんじゃない?

 そんなのはもう嫌だ。彼女がいるとかわけの分かんない理由で拒絶されるとか本当に無理。そしたら私、今度こそ奏太くんを誘拐して一生監禁しちゃうかも。

「奏太くんは、どうして此処にいるの?」

 落ち着いて。がっついちゃ駄目。今の奏太くんは、こちらの様子を伺うようにそろりそろりと近付いてくる猫ちゃんなんだから。いきなり歩み寄って警戒されたら困るよ。

「……俺はこの辺に用があって」

 なんだか含みのある言い方だなぁ。お仕事ならお仕事だって言えばいいのにそう言わないってことは、プライベートなのかな。

 でもこの辺りってコンビニも何もなくて、この先は住宅街なんだけど。

 もしかして誰かの家に行こうとしてたとか?

 奏太くんってお友達いたんだね。ってそれは流石に失礼か。普段は多忙な奏太くんにだって、お友達くらいいるよねぇ。

 お友達と約束してるなら残念だけど、今日は大人しく帰ろうかな。また日を改めて誘いに行こう。下着も可愛くないしね。

「そうなんだ。じゃあ私は帰るね。またね、奏太くん」
「あ、ああ」

 本当は奏太くんが何処に行くのか気になるけど、ついていきたいけど、今日はやめとくね。感情をセーブできた私、偉い。自分へのご褒美にプリンでも買って帰ろう。

 私は一度も後ろを振り返らずに前進すると、ルンルン気分で笑みを浮かべていた。
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