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第1章 アバター:シノヤ

千年後の世界

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(レベル、カンストしてる……なぜ?)

 F.W.Oのゲーム世界には、ゲーム内用語での才能限界――つまりレベル上限がある。
 これは、敵味方、NPCやモンスター問わず設定されているもので、その限界レベルまでは誰でもレベルが上がるというものだ。
 個々に変化を持たせることで、状況に応じて難易度が変動したり、偶発的に思わぬ強敵が生まれたりと、凡常に陥りやすいゲームを飽きさせず、プレイに幅と奥行きを持たせるためにある。

 プレイヤーのレベル上限は、一律で999。
 つまりこれは、プレイヤーの強さに”限界がない”という表われで、通常ではカンストなどありえない。

 各国の王――魔族なら魔王、神族なら新王、精霊族なら精霊王のラスボスたちは、当時の公式の発表では、レベル上限で500程度、通常レベルでは300ほどであったはずだ。

(もしかして、バグ?)

 一番考えやすいのはそれだ。
 リアル業務での一番の天敵、バグ。
 どこにでもいて、ひょっこり顔を出しては、こっちの休日や寝る時間を奪っていきやがる。しかも、客のクレーム付きときたもんだ。

「あの……シノヤ様……?」

 シノヤが腕組みをして熟考モードに入ってしまったので、エミリアが若干あたふたして問いかけてきた。

「え? え? 私、なにか粗相でも……?」

 難しい顔をしたままシノヤが凝視したものだから、今度は可哀相なくらいにエミリアはおろおろしていた。

(そういや、この娘の話しぶり……なんか、おかしくなかったか……?)

 ゲーム内でずっと稼動していたNPCにしてみれば、10年前にいっせいに神人や魔人、精人が消えたことになる。
 ただそれにしては、あまりにエミリアは神人のことを知らなさ過ぎる。近年のVR概念では、生老病死が当然をされ、NPCも誕生以降は成長するのが常だ。F.W.Oも現状はそのルーチンで動いているわけだから、エミリアは10年前は6歳。普通に神人を見かけていてもよさそうなものだ。

 思い返すと不可解なことはまだある。
 この10年間で新興され滅んだという、ゲーム時代にはまったく聞いたこともないファシリア王国。
 三界戦争だってそうだ。ゲームを動かす役割のプレイヤーがいない状況で、特定の陣営があっさりと負けるようなゲームバランスにするものだろうか。

(これだってそうだよな)

 周囲の朽ちた遺跡を見渡す。
 最初から気になってはいたのだが、シノヤというアバターがログアウトしたのは、ゲームシステム上のルールで町中のはず。
 となると、ここは『はじまりの町カトゥール』でないといけないのだ。
 今ようやく思い出したが、サービス終了となる最後の日、感傷もあってわざわざここ、ゲーム開始の町でもあったカトゥールの町に戻ってログアウトした。痛々しいことに、広場のオブジェだった手頃な台座の上に、当時は格好いいと思っていた、王に拝謁する騎士のポーズで。

 近年では、特定の場合を除いて、現実を忠実に再現するロジックが一般的となってきたVRMMO業界。
 このF.W.O世界にも、”風化”という概念も盛り込まれているのは確かで――そうなるとこの遺跡は、かつてのカトゥールの町に他ならないわけだが、どう控えめに見ても、10年やそこらでこうも朽ちるとは考えづらい。

 人差し指と中指の2本指で左から右にスライド、薬指を加えた3本指で右から左に戻すという指定動作を行なうと、空中に半透明のコンソール画面が表示される。
 シノヤは手早く画面をスクロールさせ、目的の場所にたどり着いた。

(ああ、なるほどね……そういうことか……)

 シノヤが見ているのは、クロック画面だ。

 2段階の表示に分かれ、上の段にはリアルでの時間――大晦日の23:45が表示されている。
 下の段は、ゲーム内での時間だ。ゲームによっては都合上、1日が6時間しかなかったり、逆に24時間よりも長かったりと、独自の世界観を持つものが多い。大抵は、プレイヤーのプレイ時間を考慮し、遊びやすくするための対処だが、それにより実際の時間と混合しないように、通常のVRMMOではこうした2段階表示が常識となっている。

 それ自体はもちろん問題ないのだが――今ここでの問題は、そのゲーム内の時間表示だ。
 F.W.Oでは、今となっては珍しい1日24時間制が取られている。そして、その年代表示は――ゲーム終了時から千年が経過していた。

(ゲーム内では千年も経過していたとは……そりゃあ、こうなるわな)

 ログインと同時に持ち物が耐久限界を迎えたのも納得だ。千年もあれば、どんな耐久度を持つ物だって朽ち果てる。
 それに、それだけの時間があれば、国のひとつやふたつ興亡もあるだろう。
 むしろ、千年もの歳月で三界戦争が終結しなかった、驚異のゲームバランスを評価すべきかもしれない。

 同時に、レベルカンストの謎も解けた。

 シノヤの持つスキルの中に<経験増加>というものがある。
 ゲーム初心者用のスキルで、F.W.Oのサービス開始時、登録先着1000名に贈与されたおまけスキルだ。
 効果は5分ごとに経験値が1貰えるささやか過ぎる効果で、これがあると、戦闘で勝てなくても初日にレベル2にはなれる。
 しかし、レベルが5くらいからは次のレベルアップの必要経験値が4桁くらいになるため、単なるネタスキルに成り下がり、記念以外の何物でもなかった。

(塵も積もればなんとやらか……さすがに千年ってーのは、運営も想定してなかったんだろうなぁ)

 図らずも労せずチートになってしまったわけだが、サービスもとっくに終了して他のプレイヤーがいない以上、誰に責められるわけでもなし、それはいい。

 問題は『知覚加速ジェネレーターシステム』のほうだ。
 この機能こそ、一時期、VRMMOの存在を危うくさせた技術で、もとは医療方面からの技術流用だったらしい。

 簡単に言うと、VR内で起こるすべての現象を加速させ、時間経過を擬似的に短縮するというものだ。仮に加速度を倍にすると、リアルでの1時間はVR内での2時間に相当する。

 これだけなら、従来の開発系SLGにもあるような単なる倍速機能に過ぎないが、このシステムを用いることで、VR内にいる人間の思考反応速度まで加速できるようになった。
 仮に知覚加速ジェネレーターを10倍に設定すると、VR内に体感で10時間経過したとしても、実際には1時間しか経っていないことになる。
 VRMMOとの相性も抜群で、『ゲームは1日30時間まで』なんてキャッチフレーズが流行したほどだ。

 しかし、夢のような新技術も欠陥が露見し、このシステムを用いたVRは一部を除いて全面禁止となった。
 F.W.Oもその煽りを受け、サービス開始後わずか1年にて、停止する羽目になってしまったのだ。

 シノヤがログインしてから、なんだかんだで軽く1時間は経過している。
 にもかかわらず、現在、コンソールでのリアルの時間表示では、23:45。ログインする際に腕時計で確認したときの時間も、23:45だった。1分も経っていない計算になる。

(ってことは、知覚加速ジェネレーターが100倍くらいに設定されているってことか……)

 中学時代のF.W.Oは10倍くらいだったはずだ。100倍というと最大値だろう。

 こうなってくると、このF.W.Oサーバーが稼動し続けていたのが、偶然だったとは考えづらい。

 大方、途中で停止することを惜しんだ、当時の担当だった社内の誰かが、ゲーム内の加速を最大にして、三界戦争の結果を見届けようとも思ったのだろう。
 いまだ放置しているのは、戦争の結果が確定していないからか、本人が忘れてしまったかはわからないが。

「……シ、シノヤ様ぁ~」

 目の前にしゃがみ込むエミリアが、涙目で情けない顔になっていた。
 いろいろ黙考する余り、すっかり存在を忘れてしまっていた。

「あ! ごめん、つい考え込んじゃってて……面目ない。はは」

 なんにせよ、今のシノヤはレベル999。ラスボスよりも遥かに強い存在だ。
 しかも、知覚加速ジェネレーターシステムのおかげで、時間の猶予もたっぷりある。

(これは、本気で神族側を逆転勝利させて、英雄になれるかもな)

 エミリアのふわふわの金髪頭に、ぽんっと手を置いてから、シノヤはほくそ笑んだ。
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