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七話
緑竜とゴマスリ男
ノイガー王国の会議室はいつもと違い緩い空気が蔓延していた。誰しも表情が緩み切り、朗らかな顔をしている。
「問題は多々ありましたが何とか赤竜の要請に応えられそうですね」
一人の男が嬉しそうに話している。緑竜を無事説得でき、ノイガー王国は安泰になったと考えているからだ。
その発言からダムが決壊したかの如く、一同は口々に勝手に喋り出した。
「緑竜殿はどうしている」
「離宮で過ごしておられる」
「大人しくしていてもらおう」
「緑竜殿の力の影響か、周りに生えている木々が成長して離宮を覆っており、庭師も手を出せないようで放置されてます」
「緑竜がそうしているなら放っておけば良いだろ」
「国民の反応はどうだ?」
「はい、緑竜殿を歓迎しています。赤竜に対してこちらも大きな戦力を得られたと考えているようです」
会議に参加している面々は和やかな表情になり笑い合っている。これで赤竜に悩まされる事はない。対等な立場になり自信と希望に溢れていた。
その中でメイクーンだけは眉間に皺を寄せてジッと考えていた。
「だが現実はそうではない。緑竜殿は我々の為に戦ってくれる保証はないのだ。緑竜殿には頼らず我々に出来る事は我々だけで解決しよう」
メイクーンが完全に緩み切った場を締める発言をした。しかし、それでもメイクーンの言葉は安心しきっている大臣には届かない。
「ですが緑竜がいると言う事実が重要なのです。そうすれば攻め込んで来る国はいないでしょう。我々は最高の抑止力を手に入れたのです」
「城に住むと言い出した時は困惑したが結果的には良い方に転んだな」
「全く竜は我々を好き勝手に振り回す」
「コービンはどうやって赤竜を動かしているのやら」
一人の疑問に一人の若い男が自らの考えを口にした。
「その事ですが相変わらずコービンとの接触は出来ていないのでしょう?本当にいるのですか?」
「何を突然」
「緑竜を間近で見た身からすると竜を御するなど不可能だと思います」
「ではコービンなんて人物は存在しないと?」
「いや、そこまでは言っていません。赤竜がコービンと言う人間を傀儡にして国を治めているのでは?」
若い男の考えに一同何処か腑に落ちた気がしていた。
「なるほど、コービンが赤竜を御しているのではなく、コービンを赤竜が操っていたのか」
「確かに理由はどうであれ、その方が納得出来る」
「我々はまんまと騙されていたと」
思わぬ方向に進んだ会議をメイクーンは止めて本来の議題に戻した。
「コービンの正体はどうであれ、赤竜と会談出来るまたとない機会だ。その時に緑竜殿に赤竜の思惑を探ってもらう」
そこからは緑竜と赤竜の会談について真剣に話し合った。それでも皆緩んでおりメイクーンを除いて何処か上の空であった。
「七日後、緑竜様が城に到着します。それまで少し城内騒がしくなりますがご容赦下さい」
コービンは今後の予定を伝えたがアレクサンドラはキャンバスを立て絵を描いている。コービンが話しかけても果物が入った籠から目を離さなず筆を動かしている。その絵はまだ途中であったが素人目から見ても上手かった。
アレクサンドラはコービンに顔を向けず答えた。
「あの老ぼれにそんな気を使わなくてもよいぞ」
「そうはいきません!緑竜様はノイガー王国からの国賓として招いています。それにアレクサンドラ様と同じ竜に失礼な態度をとるなど考えられません」
コービンは慌てているがアレクサンドラは全く気にしていない。
「まあ、人間どもはそうだろうな」
「そこでなのですが、緑竜様について何か気に留めておく事はございますか?例えば好みですとか……」
コービンはアレクサンドラに恐る恐る聞いてみた。しかし、
「知らん」
「失礼しました」
アレクサンドラはバッサリと話を切った。コービンも特に追求せずあっさり引き下がる。
コービンもアレクサンドラとはそこそこの付き合いになっているのでダメな時はダメだと理解していた。
「ただ奴は温厚だがキレたら我でも手が付けれんぞ」
「ひえ……き、肝に命じておきます。誠心誠意対応させていただきます。では私はこれで失礼します」
コービンは顔を引き攣らせながら下がっていった。そんな時アレクサンドラは何か思い出したように答えた。
「ああ、そういえば奴は昔、水が美味いだの不味いだのよく言っていたな」
アレクサンドラの返答にコービンはこれでもかと顔を明るくして喜んだ。全く情報の無い緑竜の僅かだが非常に有益な発言であった。
「ありがとうございます!アレクサンドラ様!やはりお優しいお方だ!貴方様について来れて本当に光栄です!」
「分かった、分かった、早く行け」
「はい、失礼します!」
コービンは先程とは打って変わって明るい表情で部屋を後にした。
扉が閉まると扉の向こうでバタバタと走り去っていく音が聞こえた。コービンが大声で何やら指示する声も聞こえてくる。
「騒がしい奴だな」
アレクサンドラはそんな事を気にも止めずに絵を描き続けた。
コービンが大広間から移転した執務室に戻ると直ぐにサノーと打ち合わせを始めた。
「私は緑竜様を持て成しに必要な物を揃える為に各地を飛び回ります。その他の準備はサノー様がお願いします」
「それは部下にやらせれば良いのでは?」
サノーは当然の質問をした。各地に赴いて土産物を集めるなんて下働きがする事である。
「前回の様な妨害があるかもしれません。ここは念には念を入れて私が召喚竜で運びます」
「持て成しはいいとして、その他の通常業務は?」
「誠に申し訳ないと皆さんに謝ります。後で私が徹夜をしてでも終わらせますから。とにかく緑竜様に対して粗相があればこの国は滅びます」
コービンの目は真剣そのものである。それもいつも以上にギラギラしている。
「随分と恐れていますね」
「当然です。私は目の前でアレクサンドラ様の戦いを見ました。いや、あれは戦いと言うより災害に近いです。もしあんな事がこの王都で起きればいったいどれほどの人間が死ぬのか……」
コービンは怯えた表情でサノーに訴えた。その圧力にサノーは折れた。
「分かりました。コービン様の指示に従います」
「ありがとうございます。何かあればサノー様の判断で動いて下さい。責任は全て私が取ります」
そう言うとコービンは他の部下に指示を出してバタバタと城から出ていった。
――もう少しコービン様には堂々として欲しいのだが……いや、アレクサンドラ様が堂々としているから丁度いいのか?
サノーが窓に目をやると召喚竜に乗って飛んで行くコービンが見えた。
赤竜と緑竜の会談は城の庭園で行われた。
それもいつもアレクサンドラが寛いでいる中庭ではなく、木々が生い茂る広い庭である。
本来その様な場で会談などする訳がないのだが、緑竜の好みに合わせ外での開催になった。
そもそも何か国同士の交流ではなく知り合いに会いに来ただけなので形式ばったものもない、これに反発する者は竜も人間もいなかった。
そして次の問題はその会談の場に着く人間が誰一人いなかった事だ。
誰も赤竜と緑竜のいる空間にいたくなかった。それはノイガー王国でもアレキサンドライト王国の人間であってもだ。
だが誰かはその場にいなければいけない。そうなると適任者はコービン、一人しかいなかった。
木々が生い茂りながらも芝生は綺麗に整えられた庭園にある東屋でアレクサンドラとコービンが待っていた。東屋の直ぐ隣に池がありアレクサンドラはそれをじっと眺めていた。
すると遠くから石畳をカツカツと歩く音が聞こえた。
石畳の上を一人の老人が歩いてくる。
長く伸びた白い髭に眉毛、真っ白な長髪は後ろで一つに纏められており、ローブに腰巻きとシンプルな身なりな関わらず品と威厳が溢れていた。
緑竜は老人の姿に変えてきた。
「久しいのう赤竜」
「お前もまだ生きていたのだな」
アレクサンドラは不敵な笑みを浮かべて緑竜に返したが緑竜は気にする事なく向かいの椅子に座った。
「相変わらず口が悪い。それよりどうした?ワシを呼び出して」
「気まぐれに会おうかと言ったらそこの人間が真に受けてな」
アレクサンドラはチラリとコービンの方を見た。コービンはペコペコと頭を下げている。
「若いのに苦労させるのう、すまんな」
緑竜は手を少し上げて謝った。そうなれば当然コービンはへりくだる。
「いえ滅相もございません!私がやりたくてした事です!緑竜様のお気を使わせ申し訳ございません!」
コービンは頭を下げてペコペコしながら自己紹介をした。
「遅れましたが私アレキサンドライト王国宰相を務めますコービン・ヘツラウェルと申します。この度は緑竜様にお会いでき光栄でございます」
「若いのにしっかりしてるのう。赤竜に愛想が尽きたらうちに来るか?」
「おい、勝手な事をするなよ」
緑竜の冗談にアレクサンドラは不機嫌そうに口を出した。
「大変ありがたいお言葉ですが私はアレクサンドラ様に命を助けられて以来、この命燃え尽きるまで忠誠を誓った身でございます。緑竜様のご期待に添えなくて誠に申し訳ございません」
「よいよい、少しからかっただけじゃ」
「お前こそ若い奴を虐めているのでないか?」
「どうじゃ?ワシは虐めておるのか?」
緑竜は何とも答えづらい質問を平気な顔で悪気なく言ってきた。
「虐めだなんてそんな、緑竜様とこうして直接お話が出来ているだけで私は代え難い経験でございます。そしてアレクサンドラ様に緑竜様のお二人がこうして並んでいる歴史的瞬間に立ち会えて感無量でございます」
コービンは全力でゴマを擦った。それは赤竜だろうと緑竜だろうと関係はない。
「赤竜よ中々面白い奴を見つけたのう」
「ふ、やらんぞ?」
「分かっておるわい」
アレクサンドラは自慢する様な笑みを浮かべた。
コービンは緑竜の前に水の入ったグラスを置いた。ただの水を出すなど考えられない行為だが緑竜は気にせずそれを口に運んだ。
「うむ、美味い水じゃ」
「こちらケワーシー山脈の山嶺で採れた地下水でございます。緑竜様は水に拘りがあるとお聞きしたので今朝湧き出た物を取り寄せました」
「最近は城の井戸から採れた水ばかり飲んでいたからのぅ……うむ、これは本当に美味いのう」
緑竜は水を喜びながら堪能した。そんな緑竜をアレクサンドラは冷ややかな目で見ていた。
「水如きでそれだけ騒げて羨ましいな」
「この美味しさが分からぬ小娘が何を言いよる」
「おい、我にはないのか?」
「はい、アレクサンドラ様は同じ土地で作った葡萄酒でございます」
コービンはアレクサンドラの前にグラスを置き葡萄酒を注いだ。注がれたグラスをアレクサンドラはさっと手に取り口に運んだ。
「ほう、美味いな。水が違えば酒も味が変わるのか」
「流石アレクサンドラ様!水の違いで味を見分けるとは舌が肥えてらっしゃる」
美味しそうに酒を飲むアレクサンドラとそれをヨイショするコービンを見ながら緑竜は呟いた。
「それにしてもお前さんが国王か……」
「何だ?何か文句でもあるのか?」
「竜は大いなる存在。人間との関わらず大地に生きなければならん」
緑竜はアレクサンドラに対して説教をするつもり手前ここに来たのだ。
「そう言うお前はどうだ?城に住み着いてると聞くぞ?」
「お前が王になったからじゃ。言わば抑止力よ。お前が好き勝手しないようにな。お前が大地に帰ればワシも森に帰る」
「帰るなら一人で帰れ。我はまだここで過ごす」
「やれやれ、少し痛い目を見ないと分からんか」
その言葉にアレクサンドラを取り巻く空気が明らかに変わった。
「お前が我に敵うと思っているのか?それともそんな事が分からぬほど耄碌したか?」
アレクサンドラの言葉に今度は緑竜から凄まじい威圧感が溢れ出した。
「小娘が口の聞き方を弁えろ。力尽くで山に帰しても良いのだぞ?」
「やってみろ老ぼれ。五百年は動けなくしてやる」
木々から鳥が一斉に飛び立ち必死に翼を羽ばたかせ我先にと逃げていく。
両者が発する威圧感は城の中でも感じられた。
その重く押し潰してくる様な威圧感に城内では混乱が起きていた。何が起きたかは誰も分からない。ただ竜の仕業だと誰もが感じていた。
城の中でサノーは自身も震えながら必死に周りを落ち着かせようしていた。
サノーは縋るような目で庭園がある方向を見て呟いた。
「コービン様……一体何が……」
そんな城の中の人間などお構いなしに竜達は殺気を溢れ出している。
双方が立ち上がり、どちらが先に手を出してもおかしくないそんな張り詰めた空気の中……
ざっばーーん!!ドプン!
池に何かが落ちる音がした。
アレクサンドラと緑竜が音のした方を見るとコービンが池に落ちて手をバタバタと動かして必死に池から脱出しようとしていた。
「アバ!アバアバ!!」
そんなおかしな状況を竜は呆然と眺めていた。
池から上がったコービンは整えられた髪も水浸しになり乱れ、服にも水草が絡まりみっともない姿であった。
それでもコービンは笑顔を絶やさなかった。
我に帰ったアレクサンドラがようやく疑問を口にした。
「何をやっている?」
アレクサンドラはコービンが何で池に落ちたのか全く理解が出来なかった。それは緑竜も同じであった。
両者は睨み合っていたが視界の端でコービンが池に向かって飛び込んでいるのをしっかり捉えていた。
故に竜は思った。こいつ何をやっているんだ?と。
「はぁ……はぁ、お二方のあまりの迫力に足がすくんで池に吹っ飛んでしまいました。情けない姿をお見せして申し訳ございません。まさか体が浮き上がる程の迫力とは……流石偉大なる竜でございます」
理由を聞いてコービンの行動の半分は理解できた。おそらく竜同士の争いを止めたかったのだろう。
だが視界の端で捉えたコービンの姿は浮き上がると言うより自分から池に突っ込んでいた。わざとなのか焦っているのか分からないがあまりに露骨な嘘である。
そんな一連のコービンの行動を見て緑竜とアレクサンドラは……
「何だか気が抜けたわい」
「我もだ」
両者完全に戦意を無くしていた。先程までの人を殺す事が出来そうな威圧感はすっかり消えていた。
「いや、申し訳ございません!私が水を差したばっかりに!偉大なるお二方の勇姿をこの目で目撃出来るかと思ったのですが大変残念ございます。やはり伝説は簡単にお目にかかれないのですね!」
コービンの露骨なゴマ擦りに緑竜は呆れて笑ってしまった。
「今日は身を挺して争いを止めた其奴に免じてワシが引こう」
「そうするがいい」
そうして両者は大人しく席に座り他愛もない雑談を始めた。
コービンは直ぐに着替えた方が良いのだが、自身が不在中にまた何か揉め事が起きれば止める者がいなくなるので、全身水浸しのまま会談の最後までその場に留まった。
会談を終えた緑竜は馬車の中にいた。馬車の中にはアンバー・オーツ大使も座っている。
アンバーは会談中に起きた異変について恐る恐る緑竜に質問した。
「緑竜様、会談中に凄まじい威圧感がありましたが、いったい何が起きたのですか?」
その時アンバーは城内にいたのだが庭園から感じられる恐ろしい威圧感に足が震えていた。
「すまんの、少し赤竜と揉めただけじゃ」
緑竜の言葉にアンバーの顔から血の気が一瞬で引いた。そして信じられない程足が震え出した。
「まさか!外交問題に!赤竜と!」
「心配するでない。何も起きとらん」
「そうですか……」
緑竜がそう言うのでアンバーはそれ以上追求出来なかった。
「それよりあの小僧、コービンと言ったか?お前さんがどんな奴か気になっていると言っていた」
「はい、その通りコービン・ヘツラウェル宰相です。何かお言葉交わしましたか?」
アンバーは緑竜に尋ねると緑竜は悪そうな笑顔をした。
「中々楽しませてもらったわい」
「な!」
緑竜の言葉にアンバーは確信した。
――やはりコービン宰相は本物だ。彼には竜を御する秘密がある……あの殺気もコービンが止めたに違いない!
上機嫌の緑竜とは反対にアンバーの表情は眉間にシワがより、思い詰めた表情をしていた。
「問題は多々ありましたが何とか赤竜の要請に応えられそうですね」
一人の男が嬉しそうに話している。緑竜を無事説得でき、ノイガー王国は安泰になったと考えているからだ。
その発言からダムが決壊したかの如く、一同は口々に勝手に喋り出した。
「緑竜殿はどうしている」
「離宮で過ごしておられる」
「大人しくしていてもらおう」
「緑竜殿の力の影響か、周りに生えている木々が成長して離宮を覆っており、庭師も手を出せないようで放置されてます」
「緑竜がそうしているなら放っておけば良いだろ」
「国民の反応はどうだ?」
「はい、緑竜殿を歓迎しています。赤竜に対してこちらも大きな戦力を得られたと考えているようです」
会議に参加している面々は和やかな表情になり笑い合っている。これで赤竜に悩まされる事はない。対等な立場になり自信と希望に溢れていた。
その中でメイクーンだけは眉間に皺を寄せてジッと考えていた。
「だが現実はそうではない。緑竜殿は我々の為に戦ってくれる保証はないのだ。緑竜殿には頼らず我々に出来る事は我々だけで解決しよう」
メイクーンが完全に緩み切った場を締める発言をした。しかし、それでもメイクーンの言葉は安心しきっている大臣には届かない。
「ですが緑竜がいると言う事実が重要なのです。そうすれば攻め込んで来る国はいないでしょう。我々は最高の抑止力を手に入れたのです」
「城に住むと言い出した時は困惑したが結果的には良い方に転んだな」
「全く竜は我々を好き勝手に振り回す」
「コービンはどうやって赤竜を動かしているのやら」
一人の疑問に一人の若い男が自らの考えを口にした。
「その事ですが相変わらずコービンとの接触は出来ていないのでしょう?本当にいるのですか?」
「何を突然」
「緑竜を間近で見た身からすると竜を御するなど不可能だと思います」
「ではコービンなんて人物は存在しないと?」
「いや、そこまでは言っていません。赤竜がコービンと言う人間を傀儡にして国を治めているのでは?」
若い男の考えに一同何処か腑に落ちた気がしていた。
「なるほど、コービンが赤竜を御しているのではなく、コービンを赤竜が操っていたのか」
「確かに理由はどうであれ、その方が納得出来る」
「我々はまんまと騙されていたと」
思わぬ方向に進んだ会議をメイクーンは止めて本来の議題に戻した。
「コービンの正体はどうであれ、赤竜と会談出来るまたとない機会だ。その時に緑竜殿に赤竜の思惑を探ってもらう」
そこからは緑竜と赤竜の会談について真剣に話し合った。それでも皆緩んでおりメイクーンを除いて何処か上の空であった。
「七日後、緑竜様が城に到着します。それまで少し城内騒がしくなりますがご容赦下さい」
コービンは今後の予定を伝えたがアレクサンドラはキャンバスを立て絵を描いている。コービンが話しかけても果物が入った籠から目を離さなず筆を動かしている。その絵はまだ途中であったが素人目から見ても上手かった。
アレクサンドラはコービンに顔を向けず答えた。
「あの老ぼれにそんな気を使わなくてもよいぞ」
「そうはいきません!緑竜様はノイガー王国からの国賓として招いています。それにアレクサンドラ様と同じ竜に失礼な態度をとるなど考えられません」
コービンは慌てているがアレクサンドラは全く気にしていない。
「まあ、人間どもはそうだろうな」
「そこでなのですが、緑竜様について何か気に留めておく事はございますか?例えば好みですとか……」
コービンはアレクサンドラに恐る恐る聞いてみた。しかし、
「知らん」
「失礼しました」
アレクサンドラはバッサリと話を切った。コービンも特に追求せずあっさり引き下がる。
コービンもアレクサンドラとはそこそこの付き合いになっているのでダメな時はダメだと理解していた。
「ただ奴は温厚だがキレたら我でも手が付けれんぞ」
「ひえ……き、肝に命じておきます。誠心誠意対応させていただきます。では私はこれで失礼します」
コービンは顔を引き攣らせながら下がっていった。そんな時アレクサンドラは何か思い出したように答えた。
「ああ、そういえば奴は昔、水が美味いだの不味いだのよく言っていたな」
アレクサンドラの返答にコービンはこれでもかと顔を明るくして喜んだ。全く情報の無い緑竜の僅かだが非常に有益な発言であった。
「ありがとうございます!アレクサンドラ様!やはりお優しいお方だ!貴方様について来れて本当に光栄です!」
「分かった、分かった、早く行け」
「はい、失礼します!」
コービンは先程とは打って変わって明るい表情で部屋を後にした。
扉が閉まると扉の向こうでバタバタと走り去っていく音が聞こえた。コービンが大声で何やら指示する声も聞こえてくる。
「騒がしい奴だな」
アレクサンドラはそんな事を気にも止めずに絵を描き続けた。
コービンが大広間から移転した執務室に戻ると直ぐにサノーと打ち合わせを始めた。
「私は緑竜様を持て成しに必要な物を揃える為に各地を飛び回ります。その他の準備はサノー様がお願いします」
「それは部下にやらせれば良いのでは?」
サノーは当然の質問をした。各地に赴いて土産物を集めるなんて下働きがする事である。
「前回の様な妨害があるかもしれません。ここは念には念を入れて私が召喚竜で運びます」
「持て成しはいいとして、その他の通常業務は?」
「誠に申し訳ないと皆さんに謝ります。後で私が徹夜をしてでも終わらせますから。とにかく緑竜様に対して粗相があればこの国は滅びます」
コービンの目は真剣そのものである。それもいつも以上にギラギラしている。
「随分と恐れていますね」
「当然です。私は目の前でアレクサンドラ様の戦いを見ました。いや、あれは戦いと言うより災害に近いです。もしあんな事がこの王都で起きればいったいどれほどの人間が死ぬのか……」
コービンは怯えた表情でサノーに訴えた。その圧力にサノーは折れた。
「分かりました。コービン様の指示に従います」
「ありがとうございます。何かあればサノー様の判断で動いて下さい。責任は全て私が取ります」
そう言うとコービンは他の部下に指示を出してバタバタと城から出ていった。
――もう少しコービン様には堂々として欲しいのだが……いや、アレクサンドラ様が堂々としているから丁度いいのか?
サノーが窓に目をやると召喚竜に乗って飛んで行くコービンが見えた。
赤竜と緑竜の会談は城の庭園で行われた。
それもいつもアレクサンドラが寛いでいる中庭ではなく、木々が生い茂る広い庭である。
本来その様な場で会談などする訳がないのだが、緑竜の好みに合わせ外での開催になった。
そもそも何か国同士の交流ではなく知り合いに会いに来ただけなので形式ばったものもない、これに反発する者は竜も人間もいなかった。
そして次の問題はその会談の場に着く人間が誰一人いなかった事だ。
誰も赤竜と緑竜のいる空間にいたくなかった。それはノイガー王国でもアレキサンドライト王国の人間であってもだ。
だが誰かはその場にいなければいけない。そうなると適任者はコービン、一人しかいなかった。
木々が生い茂りながらも芝生は綺麗に整えられた庭園にある東屋でアレクサンドラとコービンが待っていた。東屋の直ぐ隣に池がありアレクサンドラはそれをじっと眺めていた。
すると遠くから石畳をカツカツと歩く音が聞こえた。
石畳の上を一人の老人が歩いてくる。
長く伸びた白い髭に眉毛、真っ白な長髪は後ろで一つに纏められており、ローブに腰巻きとシンプルな身なりな関わらず品と威厳が溢れていた。
緑竜は老人の姿に変えてきた。
「久しいのう赤竜」
「お前もまだ生きていたのだな」
アレクサンドラは不敵な笑みを浮かべて緑竜に返したが緑竜は気にする事なく向かいの椅子に座った。
「相変わらず口が悪い。それよりどうした?ワシを呼び出して」
「気まぐれに会おうかと言ったらそこの人間が真に受けてな」
アレクサンドラはチラリとコービンの方を見た。コービンはペコペコと頭を下げている。
「若いのに苦労させるのう、すまんな」
緑竜は手を少し上げて謝った。そうなれば当然コービンはへりくだる。
「いえ滅相もございません!私がやりたくてした事です!緑竜様のお気を使わせ申し訳ございません!」
コービンは頭を下げてペコペコしながら自己紹介をした。
「遅れましたが私アレキサンドライト王国宰相を務めますコービン・ヘツラウェルと申します。この度は緑竜様にお会いでき光栄でございます」
「若いのにしっかりしてるのう。赤竜に愛想が尽きたらうちに来るか?」
「おい、勝手な事をするなよ」
緑竜の冗談にアレクサンドラは不機嫌そうに口を出した。
「大変ありがたいお言葉ですが私はアレクサンドラ様に命を助けられて以来、この命燃え尽きるまで忠誠を誓った身でございます。緑竜様のご期待に添えなくて誠に申し訳ございません」
「よいよい、少しからかっただけじゃ」
「お前こそ若い奴を虐めているのでないか?」
「どうじゃ?ワシは虐めておるのか?」
緑竜は何とも答えづらい質問を平気な顔で悪気なく言ってきた。
「虐めだなんてそんな、緑竜様とこうして直接お話が出来ているだけで私は代え難い経験でございます。そしてアレクサンドラ様に緑竜様のお二人がこうして並んでいる歴史的瞬間に立ち会えて感無量でございます」
コービンは全力でゴマを擦った。それは赤竜だろうと緑竜だろうと関係はない。
「赤竜よ中々面白い奴を見つけたのう」
「ふ、やらんぞ?」
「分かっておるわい」
アレクサンドラは自慢する様な笑みを浮かべた。
コービンは緑竜の前に水の入ったグラスを置いた。ただの水を出すなど考えられない行為だが緑竜は気にせずそれを口に運んだ。
「うむ、美味い水じゃ」
「こちらケワーシー山脈の山嶺で採れた地下水でございます。緑竜様は水に拘りがあるとお聞きしたので今朝湧き出た物を取り寄せました」
「最近は城の井戸から採れた水ばかり飲んでいたからのぅ……うむ、これは本当に美味いのう」
緑竜は水を喜びながら堪能した。そんな緑竜をアレクサンドラは冷ややかな目で見ていた。
「水如きでそれだけ騒げて羨ましいな」
「この美味しさが分からぬ小娘が何を言いよる」
「おい、我にはないのか?」
「はい、アレクサンドラ様は同じ土地で作った葡萄酒でございます」
コービンはアレクサンドラの前にグラスを置き葡萄酒を注いだ。注がれたグラスをアレクサンドラはさっと手に取り口に運んだ。
「ほう、美味いな。水が違えば酒も味が変わるのか」
「流石アレクサンドラ様!水の違いで味を見分けるとは舌が肥えてらっしゃる」
美味しそうに酒を飲むアレクサンドラとそれをヨイショするコービンを見ながら緑竜は呟いた。
「それにしてもお前さんが国王か……」
「何だ?何か文句でもあるのか?」
「竜は大いなる存在。人間との関わらず大地に生きなければならん」
緑竜はアレクサンドラに対して説教をするつもり手前ここに来たのだ。
「そう言うお前はどうだ?城に住み着いてると聞くぞ?」
「お前が王になったからじゃ。言わば抑止力よ。お前が好き勝手しないようにな。お前が大地に帰ればワシも森に帰る」
「帰るなら一人で帰れ。我はまだここで過ごす」
「やれやれ、少し痛い目を見ないと分からんか」
その言葉にアレクサンドラを取り巻く空気が明らかに変わった。
「お前が我に敵うと思っているのか?それともそんな事が分からぬほど耄碌したか?」
アレクサンドラの言葉に今度は緑竜から凄まじい威圧感が溢れ出した。
「小娘が口の聞き方を弁えろ。力尽くで山に帰しても良いのだぞ?」
「やってみろ老ぼれ。五百年は動けなくしてやる」
木々から鳥が一斉に飛び立ち必死に翼を羽ばたかせ我先にと逃げていく。
両者が発する威圧感は城の中でも感じられた。
その重く押し潰してくる様な威圧感に城内では混乱が起きていた。何が起きたかは誰も分からない。ただ竜の仕業だと誰もが感じていた。
城の中でサノーは自身も震えながら必死に周りを落ち着かせようしていた。
サノーは縋るような目で庭園がある方向を見て呟いた。
「コービン様……一体何が……」
そんな城の中の人間などお構いなしに竜達は殺気を溢れ出している。
双方が立ち上がり、どちらが先に手を出してもおかしくないそんな張り詰めた空気の中……
ざっばーーん!!ドプン!
池に何かが落ちる音がした。
アレクサンドラと緑竜が音のした方を見るとコービンが池に落ちて手をバタバタと動かして必死に池から脱出しようとしていた。
「アバ!アバアバ!!」
そんなおかしな状況を竜は呆然と眺めていた。
池から上がったコービンは整えられた髪も水浸しになり乱れ、服にも水草が絡まりみっともない姿であった。
それでもコービンは笑顔を絶やさなかった。
我に帰ったアレクサンドラがようやく疑問を口にした。
「何をやっている?」
アレクサンドラはコービンが何で池に落ちたのか全く理解が出来なかった。それは緑竜も同じであった。
両者は睨み合っていたが視界の端でコービンが池に向かって飛び込んでいるのをしっかり捉えていた。
故に竜は思った。こいつ何をやっているんだ?と。
「はぁ……はぁ、お二方のあまりの迫力に足がすくんで池に吹っ飛んでしまいました。情けない姿をお見せして申し訳ございません。まさか体が浮き上がる程の迫力とは……流石偉大なる竜でございます」
理由を聞いてコービンの行動の半分は理解できた。おそらく竜同士の争いを止めたかったのだろう。
だが視界の端で捉えたコービンの姿は浮き上がると言うより自分から池に突っ込んでいた。わざとなのか焦っているのか分からないがあまりに露骨な嘘である。
そんな一連のコービンの行動を見て緑竜とアレクサンドラは……
「何だか気が抜けたわい」
「我もだ」
両者完全に戦意を無くしていた。先程までの人を殺す事が出来そうな威圧感はすっかり消えていた。
「いや、申し訳ございません!私が水を差したばっかりに!偉大なるお二方の勇姿をこの目で目撃出来るかと思ったのですが大変残念ございます。やはり伝説は簡単にお目にかかれないのですね!」
コービンの露骨なゴマ擦りに緑竜は呆れて笑ってしまった。
「今日は身を挺して争いを止めた其奴に免じてワシが引こう」
「そうするがいい」
そうして両者は大人しく席に座り他愛もない雑談を始めた。
コービンは直ぐに着替えた方が良いのだが、自身が不在中にまた何か揉め事が起きれば止める者がいなくなるので、全身水浸しのまま会談の最後までその場に留まった。
会談を終えた緑竜は馬車の中にいた。馬車の中にはアンバー・オーツ大使も座っている。
アンバーは会談中に起きた異変について恐る恐る緑竜に質問した。
「緑竜様、会談中に凄まじい威圧感がありましたが、いったい何が起きたのですか?」
その時アンバーは城内にいたのだが庭園から感じられる恐ろしい威圧感に足が震えていた。
「すまんの、少し赤竜と揉めただけじゃ」
緑竜の言葉にアンバーの顔から血の気が一瞬で引いた。そして信じられない程足が震え出した。
「まさか!外交問題に!赤竜と!」
「心配するでない。何も起きとらん」
「そうですか……」
緑竜がそう言うのでアンバーはそれ以上追求出来なかった。
「それよりあの小僧、コービンと言ったか?お前さんがどんな奴か気になっていると言っていた」
「はい、その通りコービン・ヘツラウェル宰相です。何かお言葉交わしましたか?」
アンバーは緑竜に尋ねると緑竜は悪そうな笑顔をした。
「中々楽しませてもらったわい」
「な!」
緑竜の言葉にアンバーは確信した。
――やはりコービン宰相は本物だ。彼には竜を御する秘密がある……あの殺気もコービンが止めたに違いない!
上機嫌の緑竜とは反対にアンバーの表情は眉間にシワがより、思い詰めた表情をしていた。
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