異世界プロレス

なぐりあえ

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王国大会編

漆黒のエルロン対破壊神ボルガン

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エルロンは控え室にいた。勿論先程のバフェットの試合を観ていた。それを観て何かを感じたのだ。
 控え室にはカズマとベアルもいた。エルロンの雰囲気を察して二人は黙っている。
 沈黙の破ったのはエルロンであった。
「どうすればいい試合が出来ますか?」
 エルロンは非常にシンプル且つ難しい悩みを口にした。
「勝てないのは分かっているんです。バフェットさんがあらゆる手段でバンカーさんを倒そうとしましたが敵いませんでした。それは僕だって同じです。でもさっきの試合と違って、ボルガンさんとは試合にもならない気がするんです」
 エルロンはこの数ヶ月間で本物のプロレスラーになっていた。自身の勝利ではなく、会場を盛り上げる事を優先していた。
 しかし今回はそうはいかない。ボルガンはプロレスラーではない。彼はあくまで戦いが好きなのだ。プロレスをやらないボルガンとの試合は一方的にエルロンが蹂躙されるのは目に見えていた。それでもエルロンはプロレスとして試合を盛り上げたかった。
「打撃も僕は出来ないし、ボルガンさんを投げる事も出来ません。カズマさんから教わったルチャリブレも効かない筈です。僕は何をすればいいんですか?」
 エルロンはカズマにすがるように話しかけた。そんなエルロンの気持ちにカズマは答えた。
「俺に言うな」
「え?」
「これはお前の試合だ。負けるつもりなら好きにしろ。あっさり負けるか、しぶとく負けるか、反則して負けるか、好きに選べ。それを決めるのは俺じゃなくてエルロン、お前しかいないんだ」
 カズマの言葉にエルロンは唖然としていたが徐々にその言葉受け入れてきた。
「お前は立派なプロレスラー。それだけだ」
 カズマは言いたい事を言ったらしい。会場ではボルガンの入場で盛り上がっている。
「さあ、もう入場だ。早くいかないと不戦敗になるぞ」
「あっ、はい!」
 エルロンは慌てて控え室から出て行った。その後ろ姿をカズマとベアルは見送った。
「お前さんは厳しいのか甘いのか分からんの」
「俺もいつまでこっちにいるか分からないからな。何でもやってやる訳にはいかない」
 その言葉にベアルは驚いた顔をした。
「また消えるのか?いや、戻ると言うべきか?」
「さあな、だがいつそうなるか分からないって話だ」
「そうか、なら別れの挨拶くらいはちゃんとしてやるんだぞ。あの子も悲しむ」
「善処する」
 二人はエルロンの応援をする為に控え室から出た。そこにはカナード、ジャイロ、バフェットがいた。
「いなくなるのか?聞くつもりはなかったんだかな」
 カナードがカズマを問いただした。
「大丈夫だ。お前との試合は必ずやる」
「それを聞いて安心した」
 カナードは納得しているがジャイロとバフェットは二人でアワアワ話している。
「また消えるのか?」
「いえ、その可能性があるだけです、落ち着きない」
 そんな浮ついた中集団は応援席に向かった。

 エルロンは入場口の近くで待機していた。そこから聞こえるボルガンへの声援は凄まじい。圧倒的な力で相手を倒すその姿は誰もが魅了されるだろう。非力なエルロンにとってもそれは同じでありボルガンへの憧れもある。
 ボルガンへの声援が落ち着いてきたところでエルロンは動き出した。まだその心には迷いがある。どうすればいいのか答えは未だに出ていない。しかし進まなくてはならない。勝てない事は分かりきっている、誰も期待をしていない明らかな負け戦。そんな敗者への道をエルロンは自ら進んでいく。
 
 会場に入場曲「旋風」が流れた。これはエルロンがヘルウォーリアーズに入る前に流れていた曲である。
「空中殺法でリングを舞い相手を仕留める必殺仕事人!不吉な漆黒の羽根が今日は誰を仕留めるのか!ヘルウォーリーアーズの小さき戦士!漆黒のエルロン!」
 エルロンの入場に観客は声援で応えた。それはボルガンより小さいが確かにエルロンに向けられている。何より子供達の声が会場に良く響いていた。花道沿いにはエルロンと同じような格好をした小さな子供が必死に声を上げてエルロンに手を伸ばしている。
「頑張れエルロン!」
 エルロンは子供の前に立ち止まり、子供の額に自分の額を合わせた。
「見ててくれ」
 そう一言子供に呟いた。エルロンは決めた。この子の為に試合をしよう。会場全体なんておこがましい事をせずに目の前にいる一人のファンの為に戦う決意をした。
 エルロンはリングを見た。そこには圧倒的な存在感を発する大男が立っていた。
 エルロンはリングに上がりボルガンと向き合った。その体格差は歴然である。身長差もありエルロンは見上げる様な形になってしまった。
「いい目をしている。あのバンカーって奴よりもな」
 ボルガンが何か言ったがエルロンは何のことか分からなかった。しかし考えても仕方がない事であった。
「さあ!両者出揃いました!大会二日目第四試合!本日の最終戦です!ボルガン対エルロン!試合開始です!」
 会場にゴングが鳴り響いた。ボルガンの顔面にエルロンの両足が突き刺さった。まさにゴングと同時であった。
「ドロップキック!まさかの先制は!ゴングと同時のエルロンによるドロップキックで幕開けだ!怖いもの知らずか!この男は!」
 エルロンはロープまで下がり反動をつけてボルガンに向かって走り出した。ボルガンはラリアットの構えで応戦したがエルロンはその下を潜り抜けてボルガンの背後に回った。そして反対側のロープで反動をつけてボルガンの背後からドロップキックをかました。
「またもやドロップキック!速い!速いぞ!エルロン!最初から飛ばしております!」
「最初から全力でいってますね。それだけボルガン選手を警戒しているのでしょう」
 流石のボルガンも背後からのドロップキックに体勢を崩してロープまで押されてしまった。
 そして背後からエルロンが走っていく。ボルガンの隣をすり抜けてロープの間で回転してボルガンに膝を立てた。
「619!立て続けの大技をボルガンにぶちかます!勝つのか!勝ちに行くのか!勿論そうだよな!ならやってみせてくれエルロン!」
 エルロンはトップロープに飛び、反動をつけてボルガンの上に飛び両足を突き立てた。スワンダイブ式のミサイルキックをボルガンの顔面に当てようとした瞬間、ボルガンはエルロンの伸ばされた足を持った。そしてそのまま振りかぶりエルロンをリングに叩きつけた。
「そんなまさか!そんな反撃見た事ない!暴力!まさに名前の無い暴力であります!これは技ではありません!力任せにエルロンを叩きつけました!」
「人間ってあんな簡単に振れるものなんですか……」
 ボルガンは倒れているエルロンの髪を掴んで起き上がらせた。そして思い切り自身の膝にエルロンの顔面を叩きつけた。

 ココナッツクラッシュ
 相手の頭を持ち、自身の膝の打ち付けながら振り下ろすプロレス技。頭への激しい衝撃がある事から人に使用してはならない大変危険な技である。

「ココナッツクラッシュだ!ボルガンがエルロンの頭をかち割る!一気に形勢が逆転しました!何と言うことだ!」
「あの長身からのココナッツクラッシュは恐ろしい威力の筈です」
 ボルガンはエルロンを掴んだままである。そのエルロンをまるで物を投げ捨てるかの様にコーナーポストに投げつけた。
 ボルガンとエルロンの間に距離が出来てしまった。ボルガンはエルロンに向かって肩を突き出して走り出した。そしてエルロンに突っ込んでいった。
「ショルダータックルだ!しかもコーナーポストと挟み撃ち!こんな事やってはいけない!エルロン逃げ場がない!」
「力の逃げ場も無く、受け身も取れない筈です。これは想像以上の凄まじい衝撃です」
 ボルガンがエルロンから離れるとエルロンはポルガンの胸目掛けて逆水平チョップを繰り出した。しかし非力なエルロンの逆水平はボルガンに全く効かなかった。
 ボルガンはお手本とばかりにエルロンに向けて逆水平チョップをかました。その音は破裂音の様に凄まじくエルロンと同じ技とは思えなかった。
 もう一発入れようとボルガンが構えた瞬間、エルロンの口から毒霧が噴射された。
「毒霧だ!ボルガンの目を潰した!ベアルに続いてエルロンも毒霧を使っています!」
「ヘルウォーリーアーズはみんな使えるのでしょうか?」
 至近距離の毒霧にボルガンは前が見えなくなりフラフラと足取りが覚束ない。
「テメーもすんのかよ」
 ボルガンが片手を振り回してエルロンを探すが見つからない。エルロンはボルガンの背後にいた。
 エルロンはボルガンの右足を両腕で持ち、自らの体を反らしてボルガンを背面に投げた。
「足抱え式のバックドロップ!なんとエルロンがボルガンを投げた!自身の全ての力を使って投げ飛ばした!これはとんでもないぞ!」
「ボルガン選手も完全に不意を突かれましたね」
 起きあがろうとするボルガンにエルロンは今度は後ろから飛びつき首に腕を回した。
「チョークスリーパー!完全に入っております!両足を胴体に絡めて完全におぶられております!これは抜け出せない!」
「ボルガン選手の腕も背後には届きません!これはまさかあるのでしょうか!」
 ボルガンは必死に肘打ちをするが、流石のボルガンも背後への攻撃は威力はなくエルロンのチョークスリーパーは極まり続けている。
 ボルガンは立ち上がるとコーナーポストに背中から体当たりをしてエルロンを挟み込んだ。エルロンも必死で極め続けているが何度も挟まれるうちに遂に手を離してしまった。
 ボルガンはエルロンの方を向き、両手をリングにつくエルロンの腰を抱えて持ち上げた。
「パワーボムの体勢だ!まさかコーナーポストに当てるのか!」
 エルロンを頭上に持ち上げたボルガンだったが、エルロンはその隙をついた。ボルガンの肩に両足を掛けボルガンの頭を足で挟み込んだ。そしてエルロンは体を反らしてボルガンをコーナーポストに投げつけた。ボルガンも勢いをつけてエルロンを叩き付けようとした為、自らの力も加わってしまった。
「フランケンシュタイナーが決まった!!ボルガンの巨体が浮いたぞ!ボルガンがコーナーポストに叩きつけられた!凄い!凄いぞエルロン!その小さな体で我々を魅了していく!」
「ボルガン選手の力をうまく利用しましたね」
 まさかの大技に会場は熱狂した。誰もがエルロンは何も出来ずに負けると思っていたからだ。それがどうであろう。ボルガンの巨体をバックドロップで投げ、フランケンシュタイナーでコーナーポストに叩きつけた。今や会場はエルロンを応援する声で溢れていた。その声は勿論エルロンに届き自らの力に変えていた。
 ボルガンはコーナーポストに叩きつけられて動かなかった。まさか自分が投げられると思っていなかったからだ。
 ボルガンはゆっくりと立ち上がり笑った。
「驚いたぜ、だが威力が足りないな」
 そう言うとボルガンはエルロンにラリアットをかました。助走無しの腕の力だけでぶち抜いた圧倒的な暴力である。
「ラリアットだ!エルロン避けれない!この距離でのラリアットは避けれない!エルロン、リングに叩きつけられた!腕を振り抜いただけでこの威力!」
「たった一発で形勢を逆転しましたね」
 ボルガンはリングに倒れ込むエルロンの首を掴んで持ち上げた。
「これは!やるのか!やるのか!トドメを刺すのか!」
 ボルガンはエルロンをリングに叩きつけた。その衝突音は会場全体に響き渡る程の大きさであった。
「チョークスラムが決まった!完璧に決まってしまった!ボルガン、エルロンに背を向ける!強者!圧倒的強者!全ての相手をその力でねじ伏せる破壊神!一体誰がこの男に勝てると言うのだ!大会二日目!第四試合!エルロン対ボルガン!ボルガンのしょう……!」
「どうしました?」
 マネッティアの実況が止まった。それと同時に会場が騒めき始めた。
「立ってる……」
 マネッティアは自身が実況であることを忘れて呟いた。
 リンクの上にはエルロンが立っていた。顔は上げる事も出来ず、力無く腕も垂れ下がっているがエルロンは確かに己の両足で立ち、ボルガンの方を向いていた。
「立っております!エルロンが立ち上がりました!まだ負けていない!その闘志は燃え尽きていない!ならばやってくれ!その闘志が燃え尽きるまで!」
 エルロンはゆっくりと歩きボルガンに弱々しい逆水平チョップを当てた。それは誰が見ても効いていないと分かる攻撃ですら無い技であった。
「まだやるか」
 ボルガンはそう言うとエルロンの首元にエルボーを当てる。エルロンの体は大きく揺れるがそれでも倒れない。そうしてエルロンはまた逆水平チョップを繰り出す。
 誰もエルロンが勝利するわけない。それでも観客達はエルロンを応援した。
「勝って!」「負けるな!」「頑張れ!」「エルロン!」「エールーロン!」「エールーロン!」
 リング中央では一方的な殴り合いが行われていた。
「逆水平!エルボー!逆水平!エルボー!それでもエルロンは倒れない!不屈の闘志で戦い続ける!何で倒れないんだ!何で戦えるんだ!もう限界だろ!これはプロレスなのか!これもプロレスなのか!ならば我々は見守る事しか出来ないのか!」
 エルロンが逆水平チョップを当てると、ボルガンは呆れた様に後ろに下がり腕を横に伸ばした。エルロンとの距離は十分ある。
「これはラリアットの構え!これで決めるつもりだ!エルロンは避ける体力もない!これを喰らったら終わりだぞ!避けてくれ!避けてくれ!エルロン!」
 ボルガンはエルロンに向かって走り始めた。誰もが目を瞑りその惨劇から目を背けようとしたその時、
「やめねーか!!」
 野太い怒号が会場に響き渡った。その声にボルガンの動きは止まった。ボルガンのラリアットは後数センチなとこまでエルロンに迫っていた。
 観客が声をした入場口の方を見る。そこにはバンカーが立っていた。
「これはバンカーだ!バンカーが乱入してきました!これは一体どう言う事なのでしょう!」
 バンカーはリングに向かって歩き出した。
「エルロンはもう気を失っている。それ以上やらなくていいだろ」
 エルロンは立ったまま気絶していた。バンカーはこれ以上試合をしない様に止めに来たのだ。
「邪魔すんじゃねえ、これは俺とこいつとの勝負だ」
 ボルガンはリングの下にいるバンカーに怒りを露わにした。
「そんなに戦いたいなら俺がやってやる」
 ボルガンの言葉にバンカーは目を逸らさずリングに上がりそう返した。
「ただその前にコイツを連れて行かないとな」
 そう言うとバンカーはエルロンを担ぎ上げてリングから降りて行った。
「えっと、思わぬ展開になりましたが試合はボルガン選手の勝ちで間違い無いでしょう!エルロン対ボルガン、ボルガンの勝利です!」
 ボルガンが勝ちはしたが皆運ばれていくエルロンを見てそれどころではない。花道沿いにいる観客はバンカーに運ばれていくエルロンに声を掛けている。
「よくやった!」「ゆっくり休め!」「凄かったぞ!」
 大観衆の労いの言葉を浴びつつ敗者であるエルロンはリングを去って行った。
 ボルガンも不完全燃焼なのであろう。納得できないと言った顔で退場するエルロンを見送った。
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