俊哉君は無自覚美人。

文月

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46.悪事の全容

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 リリアンがクラシルさんのページを指さして、王子様に見せる。
 一週間に一回。
 クラシルさんがここに来てから、スケジュールによると4回。リリアーナさんの名前だけが書いてある。
 時間は、一回につき10分程度だ。
「クラシルさんがここで初めて「お話し」したのがリリアーナさん。で、その次もリリアーナさん。‥クラシルさんはリリアーナさんとしか会ってない」
 声に出してリリアンが言う。
 リリアンの表情は硬く、険しい。

 でも、そんなことに関係なく、僕のこころがまたぎゅっと痛くなった。

 クラシルさんはそんなに‥
 リリアーナさんのことが気に入ったの? 
 ‥そんな場合じゃないのにそんなことを思った。そして、そんな自分が嫌になった。

 落ちつけ‥。

「それは‥クラシルさんがリリアーナさんのこと気に入ったってことじゃないの? 」
 痛む心を堪えながら僕が言うと、リリアンが首を振った。
 そして僕を気遣うように。僕に向けて優しく微笑んだ。
「いいえ。そういうことじゃないの。
 初めの「お話し」はね。あくまでも慣れてもらうのが目的だから、花姫の中でもベテランの人が担当することになるの。お互い緊張しないように、顔を隠してね。データ収集っていうか‥好みを聞いたりするのが目的ね」
 と、いつもよりうんと優しい口調で言った。
 それは‥でも、僕に聞かせるのが第一の目的ではなかったようだ。リリアンは、言い終わって、チラリとオーナーを見る。その目が‥冷たい。
 オーナーは俯いている。
 オーナーの肩越しに見える背中に、汗染みが出来るほど汗をかいている。首元も、汗びっしょりだ。
「? 」
 僕はオーナーとリリアンの顔を見比べた。
 オーナーの顔色は白く、リリアンの顔は怒りで真っ赤だ。
 口元に、うっすら‥笑みを浮かべているがその笑みが‥逆に怖い。
「リリアーナは勿論のことながらベテランじゃないわよねぇ‥」
 ‥つまり、この地点で既に不正だって事か‥。
 僕が小さく頷くと、リリアンが話を続けた。
「そして、実際に会ってお話しするんだけど、一人目と二人目が同じってことは絶対にない」
 そうよね? ってリリアンがオーナーに確認を取る。オーナーは俯いたまま微かに頷く。
 ‥リリアン。可愛そうだから、もうやめたげて‥。
 僕は苦笑いだ。
 リリアンは、「俊哉や王子殿下はご存じないかと思いますので説明させていただくと‥」と断わってから、秘宝館のシステムについて説明し始めた。
 初回: (さっき言ったみたいに)ベテランが担当。お互い顔を隠したまま話をする。客の趣味や興味のあることといった情報収集が目的。
「二回目以降は、お試しで色んな人とお話しするんだけど、最初の2,3回は、オーナーとベテランが話し合ってその人に合いそうな人をpickupするの。‥初めは緊張して顔も上げられない人が多いらしいけど、二人目、三人目と会って‥やっと顔を上げて話せる様になったりする‥そんな人も多いって聞いたことがあるわ。
 クラシルさんやベルクは騎士という職業柄人と話すのは慣れてるから、まだマシよね。研究職やなんかで普段人と接することが少ない人なんかは、大変みたいよ? 
 その人の好みは参考にされたりするのかって? 昨日まで女とまともに話したことない人間にそんなものがあるわけないでしょ? 自分で選んだらやっぱり顔で選びがちでしょ? 結婚ってそういうのじゃないじゃない。その為に担当者決定会議があるらしいわよ。だから、客の方からのそういう希望が通るのは、早くても4回目以降ね」
 ‥成程。ベテランさんの責任重大だな‥。
 だけど、わりとしっかりしたシステムだってことが分かって‥なんか、安心した。
 お店に置いてある写真見て「この子がいい」とか言うのか? とか思ってた。
「そして何度か会って、お客さんの方で「この子がいいな」ってなったら、花姫本人やオーナーと相談して、仮のお付き合いが始まる。仮のカップリングね。それが成立した花姫は、もう他の人に会えないことになるの」
 ふむふむ。
 そりゃね、自分の(いうならば)彼女が他の人と会うの嫌だもんね。
 成程。
「仮カップルが成立したら、オーナーが花姫の意思を再確認して、お外デートが実現する。お外デートで「やっぱりダメだわ~」ってなるカップルも勿論いる。‥出会いから結婚までは結構時間が掛かるのよ。私たちの場合は、ベルクが比較的女慣れしてたってこともあって異例の速さだったけど‥」
 クラシルさんも速い。
 選択肢がなかったから迷うこともなかったから。 
 でも、クラシルさんは「どうしても結婚したかった」らしいから、「それでもいいか」って‥急いじゃったんだろう。
 そう思ったら、ホント、リリアーナさんには悪いことした。
 初めっから「誰でもいい」って態度だったってことだよね? だから‥
 クラシルさんはリリアーナさんに対して後ろめたさもあっただろう。
 僕はため息をつく。
 不正って言っても‥小さなことだ。
 確かにきっかけに不正はあったかもしれないけど‥最終的に選んだのはクラシルさんだったわけだから。ベルディヴィヒ伯爵は「きっかけ」を与えたに過ぎない。
 ‥そして、(自分で選んだにも関わらず)弟に婚約者が奪われてもそれを止めなかったのは、クラシルさんだ。
 クラシルさんも悪い。(かなり、悪い)
 そう思った、
 が、リリアンとリリアンの話を聞いた王子様は「そうじゃない」と言う。
「オーナーは、本来だったらクラシルを諫める立場にあったはずだ。「結婚はそんな気持ちでしてはいけない」って。自分の為にならないだけじゃなく、「それはかえって相手にも失礼だ」って。
 秘宝館に来る者たちは、クラシル程じゃなくても、結婚に対して希望を持てず受け身で「選んでくれたなら‥誰でも」って思う人間は多いだろう。「自分なんかが選ぶ立場じゃない」って思ってしまうんだな。だけど、それは違う。‥違うって知ってもらうことが大事だ。だから、秘宝館では慣れることや結婚とは何か‥を考えさせる時間を取ることを最重視するんだ。‥普通の人間と同じではない。私も含めてね」
 王子様は苦笑いして僕に言った。
 ‥確かにそうかも。
 別に‥クラシルさんだけじゃない‥。自分に自信が無いから「僕なんかを選んでくれたんだから‥」「断ったりしたら悪い」って思う。‥その気持ち、わかる。
「‥悪いのは、オーナーだけじゃない。ここのスタッフ皆だ。そういうシステムになってたはずだ。
 そのシステムを無視しろって指示したのは、ベルディヴィヒ伯爵だ。
 国の‥変えさせたんだ。‥その罪は決して軽いもんじゃない」
 王子様が、珍しく険しい表情で、冷たく言い張った。
 ‥いつの間に、秘宝館が王子の監修になって、いつの間にオーナーは王子が任命したことになったのか。ツッコミどころ満載だけど、そこは勿論突っ込まない。
 オーナーは、黙って俯いている。
 背中の汗染みがまた広がった様だ。
 王子様は容赦なく、冷たい声で
「ベルディヴィヒ伯爵に頼まれたの? 担当をリリアンにするようにって。リリアン以外に会せるなって」
 畳みかけるように‥質問を重ねる。
 オーナーは低く「ひぇっ! 」っと叫び声をあげた。
 分かる。美形の静かな怒り怖いよね。
 (だけど、僕もリリアンも不謹慎ながらドキドキだ。密かに脳内で「クールビューティー‥最高‥っ! 」ってなってた)
 だけど、慣れているとはいえ、生粋の「この国の普通の人」であるオーナーはそうでもなかったようだ。
 きっと、ただただ怖かったに違いない‥。
 王子様はじっとオーナーを見つめている。
 ‥冷たい視線を外そうとしない。
「‥‥‥」
 オーナーは無言で頷いた。
 ふっと‥王子様が黒く微笑む。すると、それに伴い、ぐっと王子様の周りの気温が下がった(気がした)。
 蛇に睨まれたカエルってこういうのをいうんだろうな~って‥周りで見てるだけの僕も冷や汗が止まらなかったよ。
「私利私欲で不正を働くタイプじゃないと思っていたんだが‥ああそうか‥君の娘の嫁ぎ先はベルディヴィヒ伯爵家と縁のある家だったか‥。娘の婚家に危害を与えると脅されたのか? 」
 こくり、とオーナーが無言で頷く。王子様が小さくため息をつく。
「‥卑怯だな。
 だけど、不正は不正だ。君には、裁判でこのことを証言してもらう。オーナーも客との約束を破ったとなったら信用問題に関わるだろうけど‥。これからは‥こんな犯罪に加担しないで‥まっとうに業務を行って、失った信用を取り戻していって欲しい。

 だけど‥私がもっとしっかりしていたなら、ベルディヴィヒ伯爵から話があった時に、先に私に相談してもらえたのかな」
 そう言って席を立った。
 最後の言葉は少し寂しそうだった。
 僕とリリアンも無言で席を立つ。
 オーナーは顔を上げ、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、
「‥申し訳ありませんでした」
「‥ありがとう‥ございます‥! 」
 と何度も‥僕らが部屋を出るまでずっと謝っていた。

 これからは‥つまり、これで終わりじゃない。

 王子様はここでオーナーの首も切れたのに‥そうしなかった。
 これからは脅しに屈するな。自分で信用の回復に務めろ。‥これからは自分を頼って欲しい。
 王子様のからの叱咤激励なんだけど、‥王子様自身にも思うところがあったんだろうな。
 自分に対する反省もあったのかもね。

 これからは、人に頼られるような王子に‥王になっていく。

 そういう決意表明だったんだろう。
 胸がほっこりとあったかくなった。

 王子様は秘宝館を出たところで護衛騎士の一人に
「オーナーの身辺を見張っていて。ベルディヴィヒ伯爵の手の者が何かしたらいけないから。‥あと、彼自身も心配だ」
 と指示した。
 指示された護衛騎士は「は」って一礼してその場に待機する。
 僕らと王子様、残った護衛騎士とで帰りながら、僕は王子様に
「ベルディヴィヒ伯爵の罪って結局何になるんですか? 」
 って聞いてみた。
 王子様は頷くと、「そうだね‥」って首を傾げて
「まずは、ことを大きくしたいから‥王家に対する不敬罪かな。後は‥王家直轄の事業に対する営業妨害と、オーナーに対する脅迫罪ってところかな。クラシルは彼に対して慰謝料を請求できるだろうが、そこは彼の弟のこともあり難しいだろう。だけど、きっとクラシルにその気はないだろう? 」
 僕が代わりに頷く。
 きっと、クラシルさんはそんなこと思わないだろう。
 寧ろ‥リリアーナさんに対して後ろめたい気持ちを持っているだろうから。
 今回のことは、クラシルさんもよくなかったし、リリアーナさんも悪かった。だからお互い様‥とはでも、絶対にクラシルさんは思えないんだろうな‥って思った。
 今まで有耶無耶にして「まあいいか」で放っておいたけど‥今回のことでそうはいかなくなった感じ。

 モヤモヤする。

「クラシルには悪いけど、示談で済ます気はない。
 裁判を起こして、ベルディヴィヒ伯爵の罪を訴える」
 きっと、クラシルさんとリリアーナさんの為には示談にする方が良いんだろう。
 裁判でクラシルさんが他の人たちから
「そりゃ結婚したくないに決まってるよね」
「あんな醜い者だから‥」
 って誹謗中傷されるのは‥正直聞きたくないし、何より聞かせたくない。

 ‥クラシルさんは何も悪くないのに、‥傷つけられるのはクラシルさんだ。

 そう思ったら悲しくて悲しくて‥今すぐにでもクラシルさんに会いたいって思った。
「王子様‥。今すぐ僕をクラシルさんに会わせてください‥」
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