相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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三章.意識と無意識

7.不安

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 基本的に、四朗は学校であまり目立たない。

 授業中以外教室にいることも少ない。
 トイレも、皆と同じ場所にはいかない。毎日お弁当持参(※ 清さんが毎日作って持たせてくれる)から、食堂に行くこともない。お気に入りの校舎の影で昼食を手早く済ますと、授業が始まるまで読書をしたりする。そうそう、トイレに唯一行くのもこの時だけだ。多目的トイレが車椅子用のスロープの先にある。そこが校舎脇に一番近いトイレだった。
 すぐ脇に駐車場があるだけの、何もない場所だ。
 正面玄関のある正門と違い、来客が使うことはない職員専用の駐車場は、四朗の昼食時には、全く人の出入りがない。だから、四朗は誰にも気兼ねせずに昼食と読書ができるので気に入っている。夏は涼しく、風雪が避けられるのがいい。

 今日の四朗は、読書にもあまり身が入らなかった。
 本に目を落とすと、何か別のことに気を取られて集中できない自分に気が付いた。

 ‥なんで、こんなに体力がないんだろう。

 今更ながら、思う。今までも何度も思って来た。
 思って‥悔しくなって‥だけど、悔しがるだけじゃなく努力だってして来た。だけど‥筋肉はつかない。体力も他の男子に比べて劣っている。‥それが「筋肉増量計画」の邪魔をする。
 今日も四朗は自分の細い腕をつかんでため息をつく。

 筋肉が付きにくい体質なのかな‥。

 そして相崎が言っていた、目のこと。
 覚えのない記憶。そして、あの女の子の幻影。男の声での幻聴。
 おかしなことばかりが起こる。
 倒れて、相崎が家まで送ってくれて、そのあとすごく気分が悪かった。だけど、目が覚めたら驚くほどどうでも良くなっていた。母さんやみんなが言う通り疲れていたのだろう。

 母さんは
「あんまり無理をしないほうがいい」
 って、涙を浮かべながら言って心配してくれたけれど、そればかりは従うわけにはいかない。だって俺は、長男で相生家の跡継ぎなんだから。

 祖父が、相生家の歴史みたいな話をしたことがあった。
 祖先は四人兄弟の四番目だったらしい。(だから、四朗だ。安直だね)
 そして、兄弟それぞれ独立して家を持った。それが相崎(長男)相模(次男)相馬(三男)相生(四男)だった。
 兄弟は「独立しても、兄弟協力して支え合っていこう」って言って、一緒に仕事をするようになったらしい。一緒に仕事するならなんで独立したんだ? って思うけど‥そこら辺は色々あるんだろう。相崎みてたらなんとなくわかる。きっと、一緒に住んでたら色々喧嘩が絶えなかったんだろう。だけど、家同士の付き合いだったら‥なんとかうまく付き合っていけるって感じかな? 
 相生は、もともとはただ観察力が人より鋭いだけの一族だった。そう言っていた。
 例えば、東京出身と語っている者と目を合わせて話ている内に、地方の土地出身者と分かる。どんなに相手が隠しても‥だ。はじめそれをご先祖様は「どんなに隠してもなまりは隠せないからな」とくらいにしか思ってなかった‥という。だけど、そのことを何かの折に一番仲のよかった三男(相馬)に話したところ‥三男は
「それは‥お前が思う以上に重要なことだぞ? 
 何のために出身地を偽装する必要があるのか。それが、単なる見栄であったら、別に構わない。しかし、そうではなく理由があって偽装する場合‥。例えば、敵の間者ではないか。例えば、自分の素性を何か理由があって隠している者ではないか」
 って言ったんだ。ご先祖様は
「成程そういう考え方もあるんだな」
 って気付き、それからは相馬に「相手と話していた時に気付いた違和感」について相談するようになった‥と言うことらしい。
 もっとも、この話を知っているのは相馬と相生だけだ。
 ご先祖様は、仲の悪かった(この頃から)長男にはこの話をしていなかったらしい。
「どうせ、何を言ったところで兄さんは、私のことを何も出来ない無能者だって思ってるだろうから」
 ということらしい。 
 ‥仲が悪いっていうより、「認めてくれないから諦めてた」って感じなんだろう。
 この頃から次男(相模)は長男(相崎)のアドバイサーで相談役だった。
 次男が
「こんな仕事はどうだ? 」
 って提案して、長男が
「じゃあ、情報を集めてきて」
 って三男四男に投げる‥って感じ。
 四男は人懐っこさで対象者に近寄って情報を聞き出し、三男に報告し、三男が分析して「足りない」と感じた情報については、また四男に指示を出し、収集させる。そうして出来た報告書を次男に渡し、次男が計画を立ててから‥ 長男に商談をさせる。
 もともとは、ただ、そんなような感じだったという。
 近年の相生みたいにホストよろしく対象者を誑し込んで‥って感じは昔は無かったんだ。まあ‥相手に取り入るのが上手かったのかもしれないけどね。

 だけど、‥それだけではない何か別の要因があるのかも。
「消えたのか‥」
 って祖父は言ったんだ。
 消えたったことは元々何かがあったって訳だ。それは、史実には残っていない、だけど確かに「何かが」あって、それは祖父には分かっていた。そして、それこそが相生の後継者として必要な力だった。
 それが何かは分からないが、祖父を失望させたってことはわかった。そのことは、ずっと心の奥底で癒えない傷となって残っていた。

 あんなに相生を愛している祖父。相生の後継ぎとして何ら力のない自分。せめてもうこれ以上失望されたくない。だから、できる限りのことをして頑張ってきたつもりなのだ。

 なのに、最近では、自分が自分でわからない。

 自分がどうにかなってしまったような焦りや苦しみ。こればっかりは、誰にも相談できない。
「どうしたらいいんだろう‥」
 思わず口に出して呟いていた。自分の声とは思えないほどの、か細い声だった。
「‥っ」
 丁度通りかかった相崎が、掛けようとした声を飲み込み、校舎に身を隠した。
 気を使わせたんだ‥ってことは分かったけど、わざわざ引き留めて相崎と関わりたいとは思わなかったので、そのまま放っておいた。
 
 相崎じゃ役に立たない。
 誰なら役に立つとかは無いけど‥絶対相崎じゃ役に立たない。
 なら‥今は「気が付かない振り」して放っておいた方がいい‥。
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