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「……ちょっと、公爵様。あんた、それ私の分だってば!」
私は、アンナが持ってきた特大肉サンドイッチの最後の一切れを巡って、冷徹公爵と火花を散らしていた。
公爵ともあろう者が、人の皿から獲物を奪おうとするなんて。
しかも、その動きが無駄に洗練されていて腹が立つ。
「いいや。テーブルに置かれた瞬間、これは共有財産だ。交渉の余地はないな」
ケインは、まるで重要な軍事機密でも扱うかのような真剣な面持ちで、肉サンドを口に運んだ。
その咀嚼音すら優雅なのが、さらに私の神経を逆なでする。
「はぁ!? 共有財産なわけないでしょ、私の家の肉よ! 大体、あんたの家にはもっと高い肉が山ほどあるんじゃないの?」
「量はあっても、こういう『野蛮な味』はなかなかなくてね。癖になりそうだ」
ケインは満足げにナプキンで口元を拭った。
その横で、父様が「公爵様に野蛮な味だなんて……!」と泡を吹いて倒れそうになっている。
母様はと言えば、面白そうに私たちを眺めながら、自分のお茶を楽しんでいた。
「いいじゃない、ミミー。公爵様がこれほど我が家の食事を気に入ってくださるなんて、光栄なことよ。ねえ、公爵様、よろしければお昼も食べていかれます?」
「母様! 余計なこと言わないでよ!」
「ああ。午後は予定を空けてある。ぜひご相伴に預かりたい」
ケインが即答する。
この男、帰る気がない。
私は大きなため息をつき、背もたれに体を預けた。
「……好きにすれば。でも、私はこれから忙しいの。昨日、パーティーをあんな風に飛び出してきたんだから、そろそろ王宮から『正式な』沙汰が来るはずでしょ」
私がそう言うと、リビングの空気がわずかに緊張した。
婚約破棄、暴言、そして国外追放の宣告。
公の場であれだけの騒ぎを起こしたのだ。
ランバート侯爵家がただで済むはずがない。
そこへ、執事のセバスが重々しい足取りで手紙を盆に乗せてやってきた。
「旦那様、お嬢様。王宮の特使が参りました。ウィルフリード殿下からの親書でございます」
父様の手が震える。
だが、私がその手紙を横からひったくった。
「どれどれ……。『ミミー・フォン・ランバート。昨夜の君の乱心ぶりには失望した。リリアンに対する数々の悪逆非道な振る舞い、および王族への不敬罪により、一週間以内に国外へ退去せよ。なお、抵抗する場合は武力行使も辞さない』……だってさ。プッ、武力行使って何よ。あのヒョロヒョロ王子が剣でも振るうつもり?」
私は手紙を二つに破り、クシャクシャに丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。
「ミ、ミミー! なんてことを! それは王命と同じなんだぞ!」
「王命? ただの『振られた男の八つ当たり』でしょ。大体、私がリリアンをいじめた証拠は? 一個も書いてないじゃない。そんな紙切れ、トイレットペーパーの代わりにもなりゃしないわよ」
私は鼻で笑った。
すると、隣で黙って聞いていたケインが、低く心地よい声で口を開いた。
「……武力行使、か。面白い。もし彼らが兵を動かすというのなら、私の私兵をこの邸の周りに配置してもいいが?」
「はぁ!? 公爵、あんた何言ってるの? それじゃあ反乱になっちゃうじゃない」
「いや。私はただ、『個人的な友人』の家に遊びに来ているだけだ。友人が不当な暴力に晒されそうなら、助けるのは貴族の義務だろう?」
ケインは事も無げに言った。
友人。
昨夜まで、一度もまともに話したことすらなかった相手が。
「……公爵様。なぜ、そこまで娘に構うのですか?」
父様が、決死の覚悟で尋ねた。
冷徹で知られる彼が、スキャンダルの渦中にいる令嬢に肩入れするなど、普通では考えられないからだ。
ケインは私をじっと見つめ、その薄い唇をわずかに歪めた。
「……この国には、自分を偽って笑う人形ばかりが溢れている。そんな中で、これほど鮮やかに、かつ楽しそうに『自分』を曝け出した人間を、私は初めて見た。彼女を国外へ追いやるのは、この国の唯一の娯楽を失うに等しい」
「要するに、見世物として面白いってことね」
私が吐き捨てると、彼は否定しなかった。
「ああ。だが、ただの見世物ではない。私は、その『素』の君が、この腐りかけた社交界をどう踏み荒らしていくのか、特等席で見たいんだ」
「……性格悪いわね、あんたも」
「最高の褒め言葉だ」
ケインは優雅に一礼した。
どうやら、この冷徹公爵は、私の最大の味方になるか、あるいは最大の厄介者になるか、どちらかしかないらしい。
「分かったわよ。勝手にしなさい。でも、私は誰の助けも借りずに、あの王子と女狐をギャフンと言わせてやるんだから。公爵様は、おとなしく高みの見物でもしてなさいよ」
「ああ、期待しているよ。……さて、お昼は肉料理だったかな?」
この男の図太さに、私は呆れを通り越して感心してしまった。
国外追放の期限まで、あと七日。
私の「猫を被らない」反撃は、ここから加速していく。
私は、アンナが持ってきた特大肉サンドイッチの最後の一切れを巡って、冷徹公爵と火花を散らしていた。
公爵ともあろう者が、人の皿から獲物を奪おうとするなんて。
しかも、その動きが無駄に洗練されていて腹が立つ。
「いいや。テーブルに置かれた瞬間、これは共有財産だ。交渉の余地はないな」
ケインは、まるで重要な軍事機密でも扱うかのような真剣な面持ちで、肉サンドを口に運んだ。
その咀嚼音すら優雅なのが、さらに私の神経を逆なでする。
「はぁ!? 共有財産なわけないでしょ、私の家の肉よ! 大体、あんたの家にはもっと高い肉が山ほどあるんじゃないの?」
「量はあっても、こういう『野蛮な味』はなかなかなくてね。癖になりそうだ」
ケインは満足げにナプキンで口元を拭った。
その横で、父様が「公爵様に野蛮な味だなんて……!」と泡を吹いて倒れそうになっている。
母様はと言えば、面白そうに私たちを眺めながら、自分のお茶を楽しんでいた。
「いいじゃない、ミミー。公爵様がこれほど我が家の食事を気に入ってくださるなんて、光栄なことよ。ねえ、公爵様、よろしければお昼も食べていかれます?」
「母様! 余計なこと言わないでよ!」
「ああ。午後は予定を空けてある。ぜひご相伴に預かりたい」
ケインが即答する。
この男、帰る気がない。
私は大きなため息をつき、背もたれに体を預けた。
「……好きにすれば。でも、私はこれから忙しいの。昨日、パーティーをあんな風に飛び出してきたんだから、そろそろ王宮から『正式な』沙汰が来るはずでしょ」
私がそう言うと、リビングの空気がわずかに緊張した。
婚約破棄、暴言、そして国外追放の宣告。
公の場であれだけの騒ぎを起こしたのだ。
ランバート侯爵家がただで済むはずがない。
そこへ、執事のセバスが重々しい足取りで手紙を盆に乗せてやってきた。
「旦那様、お嬢様。王宮の特使が参りました。ウィルフリード殿下からの親書でございます」
父様の手が震える。
だが、私がその手紙を横からひったくった。
「どれどれ……。『ミミー・フォン・ランバート。昨夜の君の乱心ぶりには失望した。リリアンに対する数々の悪逆非道な振る舞い、および王族への不敬罪により、一週間以内に国外へ退去せよ。なお、抵抗する場合は武力行使も辞さない』……だってさ。プッ、武力行使って何よ。あのヒョロヒョロ王子が剣でも振るうつもり?」
私は手紙を二つに破り、クシャクシャに丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。
「ミ、ミミー! なんてことを! それは王命と同じなんだぞ!」
「王命? ただの『振られた男の八つ当たり』でしょ。大体、私がリリアンをいじめた証拠は? 一個も書いてないじゃない。そんな紙切れ、トイレットペーパーの代わりにもなりゃしないわよ」
私は鼻で笑った。
すると、隣で黙って聞いていたケインが、低く心地よい声で口を開いた。
「……武力行使、か。面白い。もし彼らが兵を動かすというのなら、私の私兵をこの邸の周りに配置してもいいが?」
「はぁ!? 公爵、あんた何言ってるの? それじゃあ反乱になっちゃうじゃない」
「いや。私はただ、『個人的な友人』の家に遊びに来ているだけだ。友人が不当な暴力に晒されそうなら、助けるのは貴族の義務だろう?」
ケインは事も無げに言った。
友人。
昨夜まで、一度もまともに話したことすらなかった相手が。
「……公爵様。なぜ、そこまで娘に構うのですか?」
父様が、決死の覚悟で尋ねた。
冷徹で知られる彼が、スキャンダルの渦中にいる令嬢に肩入れするなど、普通では考えられないからだ。
ケインは私をじっと見つめ、その薄い唇をわずかに歪めた。
「……この国には、自分を偽って笑う人形ばかりが溢れている。そんな中で、これほど鮮やかに、かつ楽しそうに『自分』を曝け出した人間を、私は初めて見た。彼女を国外へ追いやるのは、この国の唯一の娯楽を失うに等しい」
「要するに、見世物として面白いってことね」
私が吐き捨てると、彼は否定しなかった。
「ああ。だが、ただの見世物ではない。私は、その『素』の君が、この腐りかけた社交界をどう踏み荒らしていくのか、特等席で見たいんだ」
「……性格悪いわね、あんたも」
「最高の褒め言葉だ」
ケインは優雅に一礼した。
どうやら、この冷徹公爵は、私の最大の味方になるか、あるいは最大の厄介者になるか、どちらかしかないらしい。
「分かったわよ。勝手にしなさい。でも、私は誰の助けも借りずに、あの王子と女狐をギャフンと言わせてやるんだから。公爵様は、おとなしく高みの見物でもしてなさいよ」
「ああ、期待しているよ。……さて、お昼は肉料理だったかな?」
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