婚約破棄で、猫を被るのをやめたら何故か執着されています

黒猫かの

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王宮からの脅迫状(自称・親書)を破り捨ててから、数時間が経過した。


私は今、中庭のガゼボで、母様と向かい合ってお茶……ではなく、キンキンに冷えた炭酸水を煽っていた。
もちろん、足は行儀悪く組んでいる。
隣には、なぜか当然のようにケイン公爵が座り、これまた優雅にナッツを口に運んでいた。


「あー、喉にくるわね。これよ、これ! お上品な紅茶なんて、飲んだ気がしないわ!」


私はプハァ、と豪快に息を吐き出した。
すると、対面に座る母様が、くすくすと肩を震わせ始めた。


「いいわねぇ、ミミー。あんたがそんな風に笑うのを、母様はずっと待っていたのよ。あの『おほほ』なんて笑い方、聞くたびに背中が痒くなって困っていたんだから」


「母様……。あんた、実は私のことバカにしてたでしょ」


「バカになんてしてないわよ。ただ、あんまりにも無理をしているから、いつか爆発するんじゃないかって、父様と賭けていたの。私は『卒業パーティーで暴れる』に全財産を賭けていたから、今回の大勝利でヘソクリが増えたわ。ありがとうね」


母様は、見た目こそ「たおやかな貴婦人」そのものだが、中身は相当に肝が据わっている。
いや、むしろ私以上に過激なところがある。


「お、お前たち……! なんて不謹慎なことを! 我が家は今、存亡の危機なんだぞ!」


そこへ、青い顔をした父様が、書類の束を抱えて飛び込んできた。
父様は、この家で唯一の良識人……というか、一番の心配性なのだ。


「公爵様! 申し訳ありません、このような見苦しい家庭の事情をお見せして。ミミー、お前もだ! 破り捨てた手紙の写しを今作らせているが、一刻も早く王宮へ謝罪に行かないと……」


「父様、うるさい。謝罪なんてしたら、あのバカ王子の思うツボじゃない。それに見てよ、公爵様だって楽しそうにしてるわよ」


私が顎で示すと、ケインは無表情のまま頷いた。


「ああ。ランバート侯爵、心配には及ばない。王太子の独断による国外追放など、法的な効力は極めて薄い。むしろ、あのような根拠のない脅迫文を送ること自体が、王族としての品位を疑われる行為だ」


「そ、それはそうかもしれませんが……しかし、相手は次期国王ですぞ!?」


父様がオロオロと右往左往する。
それを見かねた母様が、トン、とテーブルを叩いた。


「あなた。ミミーがせっかく『猫』を脱いで自由になったんですもの。ここはドーンと構えていなさいよ。もし本当に家が取り潰されるなら、その時は私、昔取った杵柄で、傭兵団でも立ち上げてあなたを養ってあげるわ」


「よ、傭兵団……!? 君、何を言っているんだ!?」


「あら、言ってなかったかしら? 私、実家では剣術の天才って呼ばれていたのよ。あんな軟弱な近衛兵、指一本でひねり潰せるわ」


母様が、さらりと恐ろしい告白をした。
……初耳だ。
私は、自分の「ガサツ」な血がどこから来たのか、今、完全に理解した。


「……ねえ、公爵。あんた、こんな家に関わってて大丈夫なの? 今ならまだ、無関係なフリをして帰れるわよ」


私が呆れ半分で尋ねると、ケインは私の目をまっすぐに見つめ返した。


「帰るわけがないだろう。これほど興味深い……いや、生命力に溢れた一族を、私は他に知らない。君がなぜ、あの程度の王子に媚を売る必要があると思っていたのか、今となっては不思議なほどだ」


「それは……。この家の将来とか、色々考えてたのよ。私が我慢すれば、全部丸く収まると思ってたし」


「我慢、か。それは最も非効率な選択だな」


ケインが淡く笑う。
その笑みは、昨夜よりも少しだけ柔らかい気がした。


「ミミー、君はそのまま突き進め。王宮が兵を出そうが、法を捻じ曲げようが、私がすべて叩き潰してやろう。君のその『毒舌』が、どこまであの不愉快な連中を追い詰めるのか、最後まで見届けたい」


「……あんた、本当に物好きね。でも、助けはいらないって言ったでしょ。私は私のやり方で、あの女狐のメッキを剥がしてやるんだから」


私は炭酸水のグラスを高く掲げた。
国外追放まで、あと少し。
悲劇のヒロインを演じる時間は、もう一秒だって残っていない。


「よし、決めた! 明日、街に出るわよ。アンナに言っておいて。一番派手で、一番動きやすくて、一番『悪役令嬢』らしいドレスを用意しろって!」


「あら、お買い物? いいわね、母様も付き合うわ!」


「……ああ、もう、勝手にするがいい! 私は、地下のワイン蔵で現実逃避してくる!」


父様の嘆きをBGMに、私たちの「反撃作戦」は賑やかに幕を開けた。
隣でケインが、まるで自分のことのように楽しそうに計画を聞いているのが、少しだけ癪だったけれど。
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