婚約破棄で、猫を被るのをやめたら何故か執着されています

黒猫かの

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「んんんー! この生クリームの暴力的なまでの密度! これよ、これを求めていたのよ!」


私は今、王都でも評判の甘味屋で、三段重ねのベリーパンケーキと格闘していた。
口いっぱいに甘いものを詰め込み、頬をリスのように膨らませる。
かつては「あらぁ、わたくし少食なんですのぉ」と、小鳥がついばむような量で満足したふりをしていたが、そんな我慢はもう過去の遺物だ。


「……君、さっき肉串を三本食べたばかりだろう。その胃袋は異次元にでも繋がっているのか?」


向かいの席で、小さなスコーンをこれまた優雅に口に運んでいるケインが、呆れたように私を見た。


「失礼ね。甘いものは別腹に決まってるでしょ。それに、頭を使うと糖分が必要なのよ」


「頭? 君が今、何を考えているというんだ。次の肉のことか?」


「違うわよ。さっきのリリアンちゃんの顔を見て確信したわ。あの女、来週の『建国記念祭』の予算配分、絶対に目を通し忘れてる」


私はフォークをペンに見立てて、テーブルの上で空中の計算式を描いた。


「建国記念祭? それがどうした」


「どうしたもこうしたもないわよ! あの祭りの予算は、三つの神殿と五つの騎士団、それに商業ギルドが複雑に絡み合ってるの。それぞれの顔を立てつつ、裏で余剰金を土木工事に回す……。あの『繊細な調整』を、リリアンちゃんができると思う? 絶対、どこかのギルドを怒らせて、祭りが中止になるわね」


私はパンケーキを飲み込み、鼻で笑った。
かつて私が「完璧な婚約者」だった頃、ウィルフリードが居眠りしている横で、その手の書類をすべて影で処理していたのは私だ。
あの馬鹿王子は、書類が勝手に魔法で完成しているとでも思っていたのだろう。


「……ほう。君、神殿とギルドの利害関係まで把握しているのか?」


ケインの瞳が、スッと細くなった。
冷淡な観察者の目ではなく、価値ある獲物を見つけた狩人のような目に変わる。


「当たり前じゃない。ランバート侯爵令嬢として三年間、あの無能王子のケツを拭き続けてきたんだから。おかげでこの国の物流網と裏帳簿、全部頭に入ってるわよ。……あーあ、損な役回りだったわ」


私は最後の一切れを口に放り込み、椅子の背もたれにドカッと寄りかかった。


「なるほど。ただの『猫をかぶった毒舌令嬢』だと思っていたが……。君は、王国の財務と政務を一人で回せるほどの、一級の事務官でもあったわけだ」


「事務官なんて地味なもんじゃないわよ。影の支配者とでも呼んでちょうだい」


私が冗談めかして言うと、ケインは突然、テーブル越しに身を乗り出してきた。
長い指が私の頬に触れようとして、寸前で止まる。


「……君、本当に面白いね」


「な、なによ。急に気味の悪いこと言わないでよ」


「いや、本気だ。私はこれまで、女性を『政治的な道具』か『観賞用の花』としてしか見てこなかった。だが、君は違う。……君のような人間が、なぜあのような低俗な男に尽くしていたのか、それだけが理解できない」


ケインの声が、わずかに熱を帯びている気がした。
昨夜、パーティー会場で私を「面白い」と言った時とは、明らかに熱量が違う。


「尽くしてたわけじゃないわよ。ただの責任感と、あとは……この国を潰したくなかっただけ。でも、もうやめた。あとのことは知ったこっちゃないわ。国が傾こうが、祭りが中止になろうが、私は私の好きなように肉を食うの!」


「……素晴らしい。その潔さ、嫌いじゃない」


ケインは満足げに頷くと、懐から一枚のカードを取り出し、私の前に置いた。


「これは?」


「私のプライベートな別邸への招待状だ。王宮の騒がしい連中に飽きたら、いつでも来るといい。……君のような『賢明な野獣』を、檻の中に閉じ込めておくのは国家的な損失だからな」


「……野獣って何よ。せめてレディって呼びなさいよ、この冷徹公爵」


私は文句を言いながらも、そのカードをひったくってポケットに突っ込んだ。
ケイン公爵の瞳には、明らかな「執着」の色が混じり始めていた。
だが、今の私はそんな彼の視線すらも、自由を謳歌するためのエッセンスに過ぎない。


「ごちそうさま! さあ、公爵。次はあそこの武器屋に行きましょう。護身用のナイフが欲しいの。国外追放されるなら、せめて野盗を返り討ちにするくらいの装備は整えないとね!」


「……まだ遊ぶつもりか。付き合おう、君が飽きるまでな」


ケインを従え、私は街へと再び飛び出した。
猫を被るのをやめただけで、世界はこんなにも色彩豊かで、そして思い通りに動かせる。
ウィルフリードたちが絶望的な事務作業に沈んでいる一方で、私は最高に楽しい一日を過ごしていた。
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