婚約破棄で、猫を被るのをやめたら何故か執着されています

黒猫かの

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婚約破棄から三日。
私の自由な隠居生活(仮)は、予想外の「侵入者」によって乱されていた。


「お嬢様、またザルツベルク公爵様がお見えです。……それと、本日のお届け物はこちらでございます」


侍女のアンナが、呆れを通り越して無表情になりながら、リビングのテーブルに巨大な木箱を置いた。
私がソファーに寝そべりながら中身を確認すると、そこには見事な霜降りの塊肉が、これでもかと詰め込まれていた。


「……また肉? あの男、私のことを肉食獣か何かだと思ってるわけ?」


「いえ、お嬢様が昨日『王都の高級肉は食べ飽きたわ、もっと野生味のあるやつを寄こしなさいよ』と仰ったので、公爵様が自領の秘境で狩らせた『山岳ドラゴンのフィレ肉』だそうでございます」


ドラゴンの肉。
一般人なら一生に一度お目にかかれるかどうかという超高級希少食材だ。
それを、朝の挨拶代わりに持ってくる男がこの世にいるだろうか。


「おはよう、ミミー。顔色が良さそうで何よりだ。肉の鮮度は問題ないか?」


リビングの入り口に、相変わらず隙のない美貌を湛えたケインが立っていた。
冷徹公爵と呼ばれた威厳はどこへやら、今の彼は「意中の相手に貢物を持ってくる熱心な求愛者」にしか見えない。
ただし、持ってくるものが花束ではなく生肉という点が、致命的にズレているが。


「おはようじゃないわよ。あんた、公爵の仕事はどうしたの? 毎日毎日、うちの敷居を跨ぎやがって。近所の噂になったらどうしてくれるのよ」


私はソファーから跳ね起き、行儀悪く膝を抱えて彼を睨みつけた。
するとケインは、私の隣に平然と腰を下ろし、勝手にお茶を注ぎ始めた。


「噂? 構わない。むしろ、私が君に執着していることを国中に知らしめる良い機会だ。……それとも、昨日のパンケーキでは足りなかったか? 今日は王宮御用達のパティシエを一人、拉致……もとい、借りてきたのだが」


「拉致って言ったわよね、今!? あんた、冷徹っていうよりただの暴君じゃないの!」


私は詰め寄ったが、ケインは微動だにせず、むしろ楽しげに私を見つめ返した。


「君を振り向かせるためなら、暴君にでも何にでもなろう。……どうだ、ミミー。そろそろ、私の求婚を受け入れる気にはならないか?」


「お断りします! 何度言ったら分かるのよ。私は、誰の所有物にもならない自由を手に入れたばかりなの。結婚なんて、二度と御免だわ」


私はきっぱりと言い放った。
王太子の婚約者として過ごした三年間は、私にとって「自分を殺す時間」だった。
ようやく手に入れた、このガサツで毒舌で自由な日々。
それを、別の男のために手放すなんて、正気の沙汰ではない。


「……自由、か。ならば、私の妻として自由になればいい。私の領地では、君が何を言おうと、誰を殴ろうと、何を食おうと、誰も文句は言わせない。私が君の『盾』になろう」


「盾ねぇ……。あんたが盾になったら、私が暴れ回るたびに後ろで面白そうに観察するんでしょ? 性格の悪い観客はいらないわよ」


私が鼻で笑うと、ケインは私の手を不意に掴んだ。
その大きな手のひらは驚くほど温かく、そして力強い。


「観察だけでは満足できなくなった。……ミミー、君は私が思っていた以上に、この世界を鮮やかに塗り替えてくれる。君のいない毎日は、あまりに無彩色で退屈だ」


至近距離で見つめられる、深い紫色の瞳。
その中にあるのは、冷徹さではなく、剥き出しの「独占欲」だ。
流石の私も、少しだけ心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「……な、なによ。急に真面目な顔して。肉で釣れないからって、次は色仕掛け?」


「効いているか?」


「全然! 一ミリも! ……あー、もう、分かったわよ。その肉、料理させるから、あんたも食べていきなさいよ。ただし、食べてる間は口説き文句禁止! いいわね!」


私は照れ隠しに声を荒らげ、アンナに肉の調理を命じた。
ケインは満足げに頷き、ようやく手を離してくれた。


「ああ。君と一緒に食べる肉は、最高のご馳走だ」


この男、本当にしぶとい。
国外追放まであと四日。
王太子からの追撃よりも、この公爵の猛アタックの方が、私の自由な生活にとって最大の脅威になりつつあった。


キッチンから肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
私は、隣で優雅に微笑む「厄介者」を横目で睨みながら、とりあえず今は目の前の最高級ドラゴンの誘惑に身を任せることにした。
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