婚約破棄ありがとうございます! お礼いたしますわ!

黒猫かの

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煌びやかなシャンデリアが輝く夜会の中心で、その怒声は響き渡った。

「キャメル・ド・ヴァニラ! 貴様のような冷酷で醜悪な女との婚約を、私は今この瞬間をもって破棄する!」

第一王子アルフレッドは、隣に寄り添う可憐な男爵令嬢リリアンの肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。

周囲の貴族たちは息を呑み、静まり返る。

視線の先に立つのは、派手な紫のドレスに身を包んだ公爵令嬢キャメル。

彼女は、釣り上がった鋭い瞳をさらに細め、扇で口元を覆いながら微動だにしない。

「……婚約、破棄。左様でございますか」

低く、響く声だった。

その迫力に、アルフレッドは一瞬怯んだが、すぐに虚勢を張って声を荒らげる。

「そうだ! 貴様がリリアンに行った数々の嫌がらせ、もはや看過できん! 階段から突き落とし、教科書を破り、あまつさえ彼女のお茶に激辛スパイスを混入しただろう!」

「ひどいですわ、キャメル様……。私はただ、アルフレッド様と仲良くお話ししたかっただけなのに」

リリアンが瞳に涙を浮かべて、王子の胸に顔を埋める。

会場からは「なんて恐ろしい女だ」「公爵令嬢の風上にも置けない」と、キャメルを糾弾する囁きが漏れ始めた。

しかし、当のキャメルは、内面で猛烈な葛藤を繰り広げていた。

(やったああああああああああ!! 自由だ! ついに自由が来たわ!!)

(王妃教育? 知りません! 礼儀作法? 窓から投げ捨てなさい! これからは毎日、昼まで寝て、好きなものを食べて、たまに庭を全力疾走しても誰にも文句を言われないのね!)

(……いけない、顔に出そう。私の顔は放っておくとすぐ般若みたいになるんだから。落ち着け、キャメル。ここは「悪役」らしく、余裕を見せなきゃ)

キャメルはゆっくりと扇を閉じ、一歩前へ踏み出した。

その瞬間、アルフレッドとリリアンは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。

「アルフレッド殿下。そんなに怯えないでくださいませ。私は、あなたに感謝の気持ちを伝えたいだけですのよ」

「な、感謝だと……!? 気が狂ったのか?」

「いいえ。むしろ今、人生で一番頭が冴え渡っておりますわ。これまで私を縛り付けてきた『婚約者』という名の鎖から解き放ってくださったのですもの」

キャメルはドレスのポケット……ではなく、なぜか侍女から預かっていた重厚な木箱を取り出した。

「お礼に、これを差し上げますわ。私が丹精込めて作り上げた、ド・ヴァニラ公爵家秘伝の逸品です」

「……なんだ、それは。爆弾か?」

「失礼な。これは『超高級・激辛発酵保存食』……通称、キャメル特製・極みキムチですわ!」

キャメルはドヤ顔で箱の蓋を開けた。

瞬間、会場に未知の刺激臭が立ち込める。

ニンニク、唐辛子、そして何らかの魚介の旨味が凝縮された、貴族の夜会にはおよそ似つかわしくない強烈な香り。

「な、なんだこの臭いは……! 鼻が曲がりそうだぞ!」

「ふふふ、一口食べれば天国、二口食べれば地獄、三口食べれば前世の記憶……は、ありませんけれど、とにかく元気が出る食べ物です。さあ殿下、あーん、なさって?」

キャメルは懐から取り出した黄金の割り箸(特注品)で、真っ赤に染まった白菜を一切れ、アルフレッドの口元へ突き出した。

「よ、よせ! 近づけるな! 衛兵! 衛兵を呼べ!」

「あら、遠慮なさらないで。リリアン様もいかが? 痩せっぽちのあなたには、これくらいのスタミナ食が必要よ。お肌がツヤツヤになりますわよ?」

「ひ、ひいいいっ! 来ないで、悪魔!」

リリアンは悲鳴を上げて逃げ出し、王子はそれを追うようにしてキャメルから距離を取った。

「ふう。せっかくの好意を無下にするなんて、もったいないことですわ」

キャメルは自分でキムチを一口パクりと食べ、満足げに微笑んだ。

その表情は、周囲から見れば「獲物を食らう鬼」そのものであったが、本人は至って幸せだった。

「さて! 婚約も破棄されましたし、お腹も空きましたわ。私はこれで失礼させていただきます」

「ま、待て! まだ話は終わって――」

「さようなら、殿下! 二度と会わないことを、切に、切に、願っておりますわー!」

キャメルは優雅に(本人的には猛ダッシュに近い速さで)会場を後にした。

背後でアルフレッドが何かを叫んでいたが、自由の風を感じる彼女の耳には、もはや何も届いていなかった。

夜風が心地よい。

馬車に乗り込んだキャメルは、拳を握りしめて小さくガッツポーズをした。

「自由よ……。待ってなさい、私のセカンドライフ!」

しかし、彼女はまだ知らなかった。

会場の隅で、その「キムチ片手に暴れる姿」を熱い眼差しで見つめていた男がいたことを。

隣国の王子にして『死神公爵』の異名を持つ男、レオナード・ハデスが、面白そうに口角を上げていたことを。
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