婚約破棄ありがとうございます! お礼いたしますわ!

黒猫かの

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ハデス王国の王宮大広間は、漆黒と銀で彩られた、幻想的で冷厳な美しさに包まれていた。


そこに、レオナードにエスコートされて現れたキャメルの姿は、会場中の視線を釘付けにした。


「……誰だ、あの美しい令嬢は。レオナード殿下が女性を連れてくるなんて」


「まるで夜の闇に咲く紫の薔薇のようだ。恐ろしいほどの気品を感じるぞ」


貴族たちの称賛の声を、キャメルは優雅な微笑み(の皮を被った般若の自制)で受け流していた。


彼女のドレスはレオナードが用意した最高級品だが、その内側には自作の「小型保冷魔道具」と、複数の「調味料ボトル」が隠されている。


「レオナード様。皆さん、ずいぶんと私を見ていらっしゃいますわね。やはり、私のドレスから漏れ出る『大蒜の微かな残香』に気づかれたのかしら?」


「……いや、純粋に君が美しいからだ。……それと、残香は私が冷気で完全に封じ込めているから安心しろ」


「さすがですわ! 完璧なバックアップ、頼りにしておりますわよ」


二人が会場の中央へと進むと、そこには案の定、外交特使として出席していたアルフレッド王子の姿があった。


「……キャ、キャメル!? なぜ貴様がここに!」


アルフレッドは、見違えるほど美しく着飾ったキャメルを見て、飲んでいたワインを噴き出しそうになった。


「あら、元殿下。ハデス王国の美食を調査しに来ただけですわ。ついでにレオナード様の隣という特等席をいただいておりますの」


「ふん、調査だと? 貴様のような、辛いものしか食べられない女に、この国の繊細な宮廷料理が理解できるものか!」


アルフレッドが鼻で笑い、近くのテーブルに並べられた「白身魚の冷製テリーヌ」を指差した。


「これを見ろ。この透き通るような味、これこそが真の貴族の食べ物だ。お前の持ってきた『赤い泥』のような食べ物とは格が違うのだよ」


キャメルは無言でそのテリーヌを一口食べた。


そして、一秒後に真顔に戻った。


「……。薄いですわ」


「何だと?」


「味が、薄いですわ! 確かに素材はいい。温度管理も完璧。でも、魂が足りませんわ! まるで、化粧を忘れて外出した令嬢のような頼りなさですわよ!」


キャメルは周囲の静止を振り切り、ドレスの隠しポケットから「小さな小瓶」を取り出した。


「見ていらっしゃい。これこそが、食の革命ですわ!」


「ま、待て、キャメル! 王宮の料理に何を――」


アルフレッドの制止も虚しく、キャメルはそのテリーヌの上に、真っ赤な「特製・黒唐辛子オイル」をドボドボとぶっかけた。


瞬間、静謐だった会場に、脳を突き刺すような刺激的な香りが炸裂した。


「な、何だこの香りは……!? 鼻の奥が熱いぞ!」


「あ、あの方が料理に毒を盛ったのではないか!?」


騒然とする貴族たち。そこへ、ハデス王国の王、つまりレオナードの父である国王が進み出てきた。


「……何事だ。私の自慢の料理に異物を混入したのは、その娘か?」


会場が凍り付いた。レオナードが助け舟を出そうと口を開きかけたが、それよりも早くキャメルが国王の前に膝をついた。


「陛下。これは異物ではなく、この料理に欠けていた『情熱』にございます。どうぞ、一口。それで私の首を撥ねるか、私を専属料理顧問にするか決めてくださいませ!」


「……ほう。面白い。食してみよう」


国王は、真っ赤に染まったテリーヌを口に運んだ。


アルフレッドは「終わったな、キャメル」と勝ち誇った顔をしたが、次の瞬間、国王の顔が劇的に変化した。


「……っ!? ……おおおおっ!!」


国王がカッと目を見開き、皿を掴んで震え始めた。


「こ、これは……! 冷たい魚の脂が、この赤い雫によって熱狂的なダンスを踊り始めた! 喉を焼くような辛さの後に、海原の如き旨味が押し寄せてくるぞ!」


「陛下! 大丈夫でございますか!」


「黙れ! 水を持ってくるな! この余韻を消すなど万死に値する! ……娘よ、この赤い魔法は何だ!?」


「ド・ヴァニラ公爵家特製、黒唐辛子と魚醤の『魂のオイル』にございます」


キャメルは、扇で口元を隠しながら優雅に微笑んだ。


「素晴らしい。レオナードよ、貴様、よくぞこれほどの逸材を連れてきた。我が国の冬の食卓に、今、革命の火が灯ったぞ!」


国王の宣言に、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。


アルフレッドは口をパクパクさせながら、その光景を呆然と眺めることしかできなかった。


「……さすがは私のキャメルだ。国王までも一瞬で虜にするとはな」


レオナードが、自慢げにキャメルの肩を抱く。


「あら、当たり前ですわ。私のキムチ道に、国境なんてございませんもの!」


キャメルは満足げに胸を張ったが、彼女の目は既に「国王の首飾りに使われている大粒の岩塩」が、キムチ作りに使えないかという物色に切り替わっていた。


こうして、隣国の夜会は、キャメルによる「赤い革命」によって、伝説の一夜へと塗り替えられたのである。
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