婚約破棄ありがとうございます! お礼いたしますわ!

黒猫かの

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ハデス王国から帰国したキャメルの手荷物は、出発時の三倍に膨れ上がっていた。


そのほとんどが、ハデス国王から「我が国の食文化を救ってくれた礼だ」と贈られた、最高級の岩塩と幻の黒唐辛子である。


「ふふふ……これさえあれば、私のキムチは『国宝級』から『世界遺産級』へと昇華しますわ!」


キャメルは、王都の目抜き通りを鼻歌まじりに歩いていた。


その後ろでは、もはや手慣れた様子で、大量の食材が入った木箱を「保冷魔法」で冷やしながら運ぶレオナードの姿がある。


「キャメル。君の機嫌が良いのは嬉しいが、周囲の視線が『食材』ではなく、君の『顔』に集まっているぞ。……少し、表情を和らげてはどうだ?」


「あら、これでも最高に微笑んでいるつもりですわよ? ほら、この口角の上がり具合、完璧でしょう?」


「……そうか。私の目には、獲物を前にした飢えた狼の笑みに見えるが、それもまた愛らしい」


レオナードの重症な惚気(のろけ)を背中で受け流しながら、キャメルは市場の角を曲がった。


そこへ、待ち構えていたかのように現れたのは、派手な馬車から降りてきたリリアンと、心なしか目の下にクマが濃くなったアルフレッド王子だった。


「見つけましたわ! キャメル様! 逃がしませんわよ!」


リリアンが指を突きつけ、勝ち誇ったような声を上げる。


「……おや。どちらの『騒がしいフリル』かと思えば、リリカル様ではありませんか。今日はどちらへピクニックですの?」


「リリアンですわ! 二度と間違えないでくださいまし! 今日はアルフレッド様と、世界で一点ものの『魔力を高める香水』を買いに来たのですわ。……あなたのような、ニンニク臭い方には縁のないものですけれど!」


リリアンは、首元に光る宝石を見せびらかし、アルフレッドの腕にしがみついた。


しかし、アルフレッドはキャメルの美しさと、その後ろに控えるレオナードの圧倒的な威圧感に、すっかり気圧されている。


「キャメル……貴様、ハデス王国で陛下をたぶらかしたそうだな。外交問題に発展しなかったのは幸いだが、あまり調子に乗るなよ」


「たぶらかすなんて失礼な。私はただ、陛下に『真実の味』を教えただけですわ。……それより殿下、その香水店、少しどいていただけますかしら?」


「何だと?」


「その店の隣にある『乾物屋』に、私が予約しておいた『特製のアミの塩辛』が届いているはずなんですの。早く受け取らないと、熟成のタイミングが狂ってしまいますわ!」


キャメルはリリアンを無視して、乾物屋へと突進しようとした。


リリアンは慌ててその前に立ちふさがる。


「無視しないでくださいまし! 私、あなたの悪行を全てバラしてやるんですから! あなたが夜会で、他国の王に毒を盛ったっていう噂、私が広めて差し上げましたのよ!」


「毒? ああ、あのオイルのことかしら。お陰様で、ハデス王国からは『ぜひ追加注文を』と親書が届いておりますわよ。……噂のおかげで、輸出ビジネスが始まりそうですわ。感謝しますわね、リリカル様」


「な、ななな……!? 輸出!? 儲けてるんですの!?」


リリアンは顔を真っ赤にして震えた。


「それだけではありませんわ。殿下、最近の王宮の食事はいかが? 私が辞めたせいで、厨房のスパイス配合が滅茶苦茶だと聞きましたけれど」


「……っ! それは……」


アルフレッドが言葉に詰まる。実際、今の王宮の料理は「ただ辛いだけ」か「味のしないゴム」のようなものばかりで、彼は激痩せしていた。


「リリアン様も、そんな香水に頼るより、私の『美肌キムチ』を食べたらよろしいのに。……あ、でも、あなたには刺激が強すぎるかしら。お顔が真っ赤になって、まるで茹で上がった蛸のようですわよ?」


「タ、タコ……!? この私が、タコですってええええ!!」


リリアンが発狂して掴みかかろうとした瞬間。


レオナードが指先一つで、リリアンの足元を薄い氷の膜で覆った。


「……おっと」


「きゃああっ!?」


リリアンは見事なまでに、その場でツルリと転倒し、尻餅をついた。


「リリアン! 大丈夫か! ……貴様、私の婚約者になんてことを!」


「……彼女が勝手に滑っただけだ。それより、私のキャメルに触れようとするな。次は氷漬けにして、王宮の門飾りにするぞ」


レオナードの瞳から放たれる殺気に、アルフレッドは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「……さあ、行きましょうレオナード様。アミの塩辛が私を待っていますわ!」


キャメルは転んでいるリリアンを一顧だにせず、乾物屋へと吸い込まれていった。


「……あ、あの女、絶対に許しませんわ……! アルフレッド様、見ていてくださいまし! 私、もっと凄い『嫌がらせ』を考えてみせますから!」


泥だらけになったドレスで叫ぶリリアンの姿は、もはや悲劇のヒロインというより、滑稽な三下悪役のようであった。


一方、キャメルは手に入れた塩辛を抱え、レオナードに最高の笑顔(般若度80%)を向けていた。


「レオナード様! 見てください、この塩辛の発酵具合! 今夜は眠れませんわよ!」


「……ああ。君が眠れないなら、私も一晩中、冷蔵の魔力を出し続けよう」


キャメルの「キムチ道」は、敵の嫌がらせを糧に、さらに力強く爆走していくのであった。
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