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「……もっとですわ! レオナード様、もっとガツンと冷やして頂戴!」
ド・ヴァニラ公爵邸の地下、そこには零下の冷気と、目に染みるような唐辛子の粒子が充満していた。
キャメルは額にハチマキを巻き、巨大な樽の中に腕を突っ込んで、一心不乱に白菜をかき混ぜている。
「……了解した。氷結の深淵より来たる冷気よ、この樽の温度をマイナス三・五度で固定せよ」
レオナードが印を結ぶと、樽の周囲に魔法陣が浮かび上がり、精密な温度管理が実行される。
隣国の最高火力が、今や「乳酸菌の活動を最適化するため」だけに注ぎ込まれていた。
「ふう……。完璧ですわ。このまま三日間寝かせれば、リリアン様の連れてきた料理人なんて、一口で卒倒するような『神のキムチ』が完成しますわよ」
キャメルは満足げに、真っ赤に染まった手を腰に当てて胸を張った。
「……しかし、キャメル。相手はガストロノミー王国の宮廷料理人だ。あちらは『美しさ』や『香りの調和』を重視すると聞くぞ。君のこれは……その、美しさを超えて『暴力』に近いのではないか?」
「あら、失礼ね。暴力ではなく『衝撃』と呼んでくださる? 美味しすぎて脳が震える、究極の体験ですわ!」
キャメルは樽から一切れの試作品を取り出し、レオナードの口元へ運んだ。
「さあ、毒見……ではなく、愛のテイスティングですわ。召し上がれ」
レオナードは一瞬、その「毒々しいほどに赤い物体」を見て身構えたが、キャメルの真剣な眼差しに負けて口を開いた。
「……っ!? ……ぐ、ああ……っ!!」
「いかがですの!?」
レオナードの顔が瞬時に真っ赤になり、そこから一気に青白くなった。
「……素晴らしい。口に入れた瞬間、私の氷魔法が内側から溶かされるような熱量だ。……そして、後から来るこの深いコク。これは、アミの塩辛だけではないな?」
「お目が高い! 隠し味に、先日森で仕留めた『ゴールデン・グリズリー』のハチミツを隠し味に使いましたの」
「……魔物の王のハチミツを、キムチの隠し味にする令嬢など、世界中探しても君だけだろう」
レオナードはふらつきながらも、キャメルの肩を抱き寄せた。
「だが、確信した。この味は、権威に甘んじている料理人どもを震え上がらせるだろう。……私は、君が勝利する瞬間を一番近くで見守らせてもらう」
「もちろんですわ! あなたがいないと、この絶妙な発酵温度が保てませんもの!」
キャメルはレオナードの胸に顔を寄せた。……が、それは愛の告白ではなく、単に彼のマントが「ひんやりして気持ちよかったから」に過ぎない。
「……ああ、キャメル。君は本当に、私を熱くさせる……(主に胃袋が)」
「あら、そんなに暑いんですの? じゃあ、もっと冷気を放出してくださる?」
二人の会話は、今日も今日とて一ミリも噛み合わないまま、地下室に冷たく甘い空気が流れる。
一方その頃、王宮の迎賓館では。
リリアンが、真っ白なコックコートを着た傲慢そうな男、ジャン・ピエールと密談を交わしていた。
「ジャン様、期待しておりますわよ。あのアマ……キャメル様の出すような下品な食べ物を、その芸術的な一皿で粉砕してやってくださいまし!」
「フッ、お任せください、リリアン様。私の料理は『神の祝福』。あのような泥臭い野菜の漬物など、私のソース一口で消し飛ぶゴミに過ぎません」
ジャン・ピエールは鼻で笑いながら、金色のナイフを弄んだ。
リリアンの背後で、アルフレッド王子はまだ「山わさび」のショックで鼻を真っ赤にしながら、複雑な表情で彼らを見つめていた。
「……(本当に大丈夫なのか。あの女、物理的に強いぞ……)」
アルフレッドの予感は、この時、既に的中していたのである。
コンテストまで、あと三日。
キャメルの「赤い魂」と、宮廷料理人の「白い芸術」が激突する歴史的一戦が、幕を開けようとしていた。
ド・ヴァニラ公爵邸の地下、そこには零下の冷気と、目に染みるような唐辛子の粒子が充満していた。
キャメルは額にハチマキを巻き、巨大な樽の中に腕を突っ込んで、一心不乱に白菜をかき混ぜている。
「……了解した。氷結の深淵より来たる冷気よ、この樽の温度をマイナス三・五度で固定せよ」
レオナードが印を結ぶと、樽の周囲に魔法陣が浮かび上がり、精密な温度管理が実行される。
隣国の最高火力が、今や「乳酸菌の活動を最適化するため」だけに注ぎ込まれていた。
「ふう……。完璧ですわ。このまま三日間寝かせれば、リリアン様の連れてきた料理人なんて、一口で卒倒するような『神のキムチ』が完成しますわよ」
キャメルは満足げに、真っ赤に染まった手を腰に当てて胸を張った。
「……しかし、キャメル。相手はガストロノミー王国の宮廷料理人だ。あちらは『美しさ』や『香りの調和』を重視すると聞くぞ。君のこれは……その、美しさを超えて『暴力』に近いのではないか?」
「あら、失礼ね。暴力ではなく『衝撃』と呼んでくださる? 美味しすぎて脳が震える、究極の体験ですわ!」
キャメルは樽から一切れの試作品を取り出し、レオナードの口元へ運んだ。
「さあ、毒見……ではなく、愛のテイスティングですわ。召し上がれ」
レオナードは一瞬、その「毒々しいほどに赤い物体」を見て身構えたが、キャメルの真剣な眼差しに負けて口を開いた。
「……っ!? ……ぐ、ああ……っ!!」
「いかがですの!?」
レオナードの顔が瞬時に真っ赤になり、そこから一気に青白くなった。
「……素晴らしい。口に入れた瞬間、私の氷魔法が内側から溶かされるような熱量だ。……そして、後から来るこの深いコク。これは、アミの塩辛だけではないな?」
「お目が高い! 隠し味に、先日森で仕留めた『ゴールデン・グリズリー』のハチミツを隠し味に使いましたの」
「……魔物の王のハチミツを、キムチの隠し味にする令嬢など、世界中探しても君だけだろう」
レオナードはふらつきながらも、キャメルの肩を抱き寄せた。
「だが、確信した。この味は、権威に甘んじている料理人どもを震え上がらせるだろう。……私は、君が勝利する瞬間を一番近くで見守らせてもらう」
「もちろんですわ! あなたがいないと、この絶妙な発酵温度が保てませんもの!」
キャメルはレオナードの胸に顔を寄せた。……が、それは愛の告白ではなく、単に彼のマントが「ひんやりして気持ちよかったから」に過ぎない。
「……ああ、キャメル。君は本当に、私を熱くさせる……(主に胃袋が)」
「あら、そんなに暑いんですの? じゃあ、もっと冷気を放出してくださる?」
二人の会話は、今日も今日とて一ミリも噛み合わないまま、地下室に冷たく甘い空気が流れる。
一方その頃、王宮の迎賓館では。
リリアンが、真っ白なコックコートを着た傲慢そうな男、ジャン・ピエールと密談を交わしていた。
「ジャン様、期待しておりますわよ。あのアマ……キャメル様の出すような下品な食べ物を、その芸術的な一皿で粉砕してやってくださいまし!」
「フッ、お任せください、リリアン様。私の料理は『神の祝福』。あのような泥臭い野菜の漬物など、私のソース一口で消し飛ぶゴミに過ぎません」
ジャン・ピエールは鼻で笑いながら、金色のナイフを弄んだ。
リリアンの背後で、アルフレッド王子はまだ「山わさび」のショックで鼻を真っ赤にしながら、複雑な表情で彼らを見つめていた。
「……(本当に大丈夫なのか。あの女、物理的に強いぞ……)」
アルフレッドの予感は、この時、既に的中していたのである。
コンテストまで、あと三日。
キャメルの「赤い魂」と、宮廷料理人の「白い芸術」が激突する歴史的一戦が、幕を開けようとしていた。
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