婚約破棄ありがとうございます! お礼いたしますわ!

黒猫かの

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王都の巨大な円形ホール。


今日は、王国の命運……ではなく、今後の「食のトレンド」を決める全土グルメコンテストの当日である。


観客席を埋め尽くす貴族たちの視線の先には、二つの対照的な調理場が設置されていた。


片方は、最新の魔道具を揃え、雪のように真っ白なテーブルクロスが敷かれたジャン・ピエールの陣営。


もう片方は、なぜか巨大な石臼と、霜が降りるほど冷え切った謎の木箱が鎮座するキャメルの陣営である。


「……キャメル。準備は万端だ。私の魔力も、今この瞬間のために研ぎ澄まされている」


レオナードが、まるで決戦に挑む騎士のような面持ちで、木箱(特製・超低温発酵室)の前に立った。


「心強いですわ、レオナード様。あなたの冷気こそ、私のキムチの魂を守る最後の砦ですもの!」


「……ああ。君の魂は、私が死んでも守り抜こう」


レオナードの重すぎる愛の誓いをさらりと聞き流し、キャメルは真っ赤なハチマキを締め直した。


そこへ、フリルをこれでもかと盛ったドレスを着たリリアンが、アルフレッド王子を連れてやってきた。


「おーほっほっほ! キャメル様、そんな泥臭い道具を並べて一体何をなさるつもり? 恥をかく前に、そのニンニク臭い樽と一緒に逃げ出したらどうですの?」


「あら、リリカル様。鼻の調子はもうよろしいの? 私の新作は、前の山わさびよりもさらに『抜ける』わよ」


「リリアンと言いなさい! ……ジャン様! 見せてやってください、本物の『芸術』というものを!」


リリアンの合図で、ジャン・ピエールが優雅にナイフを動かし始めた。


「……お見せしましょう。これが世界を制する『白銀の吐息、白トリュフと天使のクリーム添え』だ」


ジャンが差し出したのは、雲のようにふわふわとした白いムースだった。


審査員である国王や大貴族たちがそれを一口食べると、会場に感嘆の声が漏れた。


「おお……。まるで天国にいるようだ。繊細で、どこまでも高潔な味……」


「これこそが貴族の味。泥臭い野菜の漬物など、比べるまでもない」


アルフレッド王子も、リリアンの手前、大きく頷いて見せた。


「ふん、見たかキャメル! これが格の違いだ。さあ、貴様の番だ。せいぜい汚らしい赤色で、この神聖な場を汚すがいい!」


キャメルは一歩も引かず、むしろ不敵に口角を上げた。その目は、獲物を仕留める直前の猛獣のようだった。


「……格、ですって? 笑わせないでくださいませ。そんな、撫でれば消えてしまうような弱々しい味で、明日を生きる力が湧くと思って?」


キャメルは、レオナードに合図を送った。


「レオナード様、開栓してくださいまし! 私の、そして私たちの『赤い咆哮』を!」


「了解した。……極寒の封印よ、解け!」


レオナードが魔法を解除した瞬間。


ドンッ! という衝撃波とともに、木箱から真っ赤な蒸気が噴き出した。


それは、数種類の唐辛子、魚醤、果実、そして魔物の肉の旨味が極限まで凝縮された、文字通りの「香りの暴力」だった。


「……っ!? な、なんだこの匂いは! 鼻が、鼻が熱い!」


「暴力的なまでに食欲をそそる……。なんだ、先ほどのムースが急に物足りなくなってきたぞ!」


キャメルは、その「赤い魂」を、贅沢に焼いた魔物の霜降り肉の上にドサリと乗せた。


「さあ、審査員の皆様! 召し上がれ! これこそが、ド・ヴァニラ公爵家が贈る究極のメインディッシュ――『天をも焦がす、魔王の極みキムチ・ポーク』ですわ!!」


キャメルが差し出した皿からは、もはや殺気すら感じられた。


国王は、ゴクリと唾を飲み込み、震える手でその肉を口に運んだ。


瞬間。


国王の背後に、巨大な爆発の幻覚が浮かび上がった。


「……っ!? …………あああああああああ!!」


国王が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。


「陛下!? やはり毒が……!」


「黙れ! 毒ではない! 衝撃だ! 脳の奥底で、忘れかけていた野生が目覚める音がする! この辛さ、この旨味……! 先ほどのムースなど、今や口直しの水にもならんわ!」


国王は、なりふり構わず手掴みでキムチを頬張り始めた。他の審査員たちも、ドレスが汚れるのも構わず、競い合うように皿へ食らいつく。


「う、美味い! 美味すぎる! 舌が痺れるのに、手が止まらない!」


「これだ! 私たちは、こういう『生きた味』を求めていたのだ!」


会場は、瞬く間に「赤い熱狂」に包まれた。


ジャン・ピエールは、自分の芸術的なムースがゴミのように放置されている光景を前に、膝から崩れ落ちた。


「……バカな。私の……私の完璧な計算が……ニンニクに、負けるというのか……」


「計算? 料理は計算ではなく、情熱と発酵ですわ、ジャン様。……さて、リリカル様。結果は、一目瞭然ですわね?」


キャメルは、呆然とするリリアンの前で、勝利の扇をバサリと広げた。


「……あ、ありえないわ……。あんな、お下品な食べ物が……!」


「お下品? いいえ、これは『救済』ですわ。……レオナード様、やりましたわよ!」


「ああ。……流石だ、キャメル。君の情熱が、この国の歴史を塗り替えたな」


レオナードは、キムチのタレで少し汚れたキャメルの頬を、愛おしそうに指で拭った。


その時、会場に一人の人物が走り込んできた。


「報、報告します! ハデス王国より、至急の親書が届きました! 内容は……キャメル様を、ハデス王国の『食文化聖女』として国賓で招待したいとのことです!」


「……せ、聖女?」


キャメルの勝利は、もはや一国のコンテストに留まらず、国際的な事件へと発展しようとしていた。
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