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グルメコンテストの熱狂が冷めやらぬ、王都の特設会場。
優勝トロフィー(なぜか金色の白菜の形をしている)を抱えたキャメルの前に、一人の男がフラフラと現れた。
「……キャメル。待ってくれ、キャメル……!」
そこにいたのは、かつての威光を完全に失い、目の下にどす黒いクマを作ったアルフレッド王子だった。
彼は、震える手でキャメルのドレスの裾を掴もうとしたが、その直前にレオナードの鋭い冷気が彼の指先を凍りつかせた。
「ひっ……!? つ、冷たい!」
「……汚い手で彼女に触れるな。その指、根元から氷像にしてやろうか?」
レオナードの瞳には、一切の冗談を排した『死神』の輝きがあった。
「レオナード様、落ち着いて。せっかくの金色の白菜が、殺気で曇ってしまいますわ」
キャメルは優雅に(実際はトロフィーの重さに耐えながら)アルフレッドを見下ろした。
「それで、元殿下。私に何か御用かしら? 優勝祝賀会の残り物なら、あちらのゴミ箱に少しだけ残っているかもしれませんわよ?」
「そ、そんな話ではない! キャメル、私は気づいたんだ。……君こそが、この王国の、そして私の隣にふさわしい真の女性だったということに!」
アルフレッドは、なりふり構わずその場に膝をついた。
「リリアンには騙されていたんだ! 彼女は、君がいなくなった後に私が困り果てているのを見て、笑っていた……! 事務作業も、外交も、そして食事の味付けも、君がいないと何も成立しないんだ!」
「あら、今さら気づかれたのですか? 遅いですわね。発酵の進みすぎたキムチのように、取り返しがつきませんわよ」
キャメルは冷ややかに言い放った。
「お願いだ、キャメル! 婚約破棄は撤回する! 今すぐ王宮に戻ってきてくれ。君を王太子妃として、いや、この国の『食の独裁者』として迎えよう!」
「食の独裁者……。魅力的な響きですけれど、お断りいたしますわ」
「な、なぜだ!? 権力も、名誉も、全て君のものなんだぞ!」
キャメルは深いため息をつき、抱えていた黄金の白菜をレオナードに預けた。
「殿下。あなたは『味』を理解していらっしゃらない。一度捨てて、地面に落とした食材を、また皿の上に戻して『やっぱりこれが一番だ』なんて言う料理人がどこにいますの?」
「それは……!」
「そんな料理、不潔で食べられたものではありませんわ。それに、今の私の横には、世界で唯一無二の『高性能・自動温度調節機能付きパートナー』がいらっしゃいますの」
キャメルがレオナードの腕を掴むと、レオナードは氷のような表情を一瞬で溶かし、恍惚とした表情を浮かべた。
「……キャメル。今、私のことを『パートナー』と言ってくれたのか。……ああ、心臓がオーバーヒートしそうだ」
「あら、それは困りますわ。発酵室が暑くなってしまいますもの。しっかり冷やして頂戴?」
「了解した。君への愛で、周囲一マイルを氷河期にしてやろう」
二人のやり取りを目の当たりにし、アルフレッドは絶望に顔を歪めた。
そこへ、さらに追い打ちをかけるようにリリアンが走り込んできた。
「アルフレッド様ぁ! 何をなさっているのですか! 私を置いて、こんなニンニク女に縋り付くなんて!」
「黙れ、リリアン! 貴様の淹れる砂糖だらけの紅茶にはもう飽き飽きだ! 私は、あの刺激的な辛さが恋しいんだ!」
「なんですってぇ!? 私がどれだけ、あなたの無能な仕事を手伝ってあげたと思っているのですか!」
「手伝うだと!? 貴様、書類の上にジャムをこぼしただけではないか!」
会場の真ん中で、元婚約者と浮気相手による見苦しい罵り合いが始まった。
キャメルはそれを見つめながら、ドレスのポケットから「あるもの」を取り出した。
「……殿下。最後のお別れに、これだけは差し上げますわ」
「! キャメル、それは……復縁の証か?」
アルフレッドが期待に目を輝かせた。キャメルが差し出したのは、一本の真っ赤な唐辛子だった。
「いいえ。これは『絶交の唐辛子』ですわ。これを一口で食べて、二度と私の前に姿を見せないと誓ってくださいまし。そうすれば、ド・ヴァニラ公爵家は王家への損害賠償請求を取り下げてあげてもよろしいですわよ」
「そ、損害賠償……!? 公爵家が、そんな準備を……?」
「あら、お父様を怒らせたらどうなるか、ご存知ないのかしら。さあ、召し上がれ」
アルフレッドは、キャメルの般若のような笑みに押され、震える手でその唐辛子を口に入れた。
一秒後。
「ギャアアアアアアアアアアア!! 水!! 氷をくれ!! 舌が、舌が消滅したぁぁ!!」
アルフレッドは噴水へと猛ダッシュし、頭から飛び込んだ。それを見たリリアンも、あまりの惨めさに悲鳴を上げて逃げ出していった。
「ふう。これでようやく、不純物が取り除かれましたわね」
「……見事な手際だ、キャメル。不純物(王子)を排除し、味を整える。君はやはり、人生という名の最高級の料理人だな」
レオナードは誇らしげにキャメルの肩を抱いた。
「あら、私はただのキムチ好きですわよ。……さて、レオナード様。次はハデス王国への『聖女』としての旅の準備を始めましょうか!」
「ああ。どこまでもついていく。……君が望むなら、世界の果てまで冷蔵し続けよう」
キャメルの新しい人生は、元婚約者の無様な退場と共に、さらなる刺激を求めて加速し始めた。
優勝トロフィー(なぜか金色の白菜の形をしている)を抱えたキャメルの前に、一人の男がフラフラと現れた。
「……キャメル。待ってくれ、キャメル……!」
そこにいたのは、かつての威光を完全に失い、目の下にどす黒いクマを作ったアルフレッド王子だった。
彼は、震える手でキャメルのドレスの裾を掴もうとしたが、その直前にレオナードの鋭い冷気が彼の指先を凍りつかせた。
「ひっ……!? つ、冷たい!」
「……汚い手で彼女に触れるな。その指、根元から氷像にしてやろうか?」
レオナードの瞳には、一切の冗談を排した『死神』の輝きがあった。
「レオナード様、落ち着いて。せっかくの金色の白菜が、殺気で曇ってしまいますわ」
キャメルは優雅に(実際はトロフィーの重さに耐えながら)アルフレッドを見下ろした。
「それで、元殿下。私に何か御用かしら? 優勝祝賀会の残り物なら、あちらのゴミ箱に少しだけ残っているかもしれませんわよ?」
「そ、そんな話ではない! キャメル、私は気づいたんだ。……君こそが、この王国の、そして私の隣にふさわしい真の女性だったということに!」
アルフレッドは、なりふり構わずその場に膝をついた。
「リリアンには騙されていたんだ! 彼女は、君がいなくなった後に私が困り果てているのを見て、笑っていた……! 事務作業も、外交も、そして食事の味付けも、君がいないと何も成立しないんだ!」
「あら、今さら気づかれたのですか? 遅いですわね。発酵の進みすぎたキムチのように、取り返しがつきませんわよ」
キャメルは冷ややかに言い放った。
「お願いだ、キャメル! 婚約破棄は撤回する! 今すぐ王宮に戻ってきてくれ。君を王太子妃として、いや、この国の『食の独裁者』として迎えよう!」
「食の独裁者……。魅力的な響きですけれど、お断りいたしますわ」
「な、なぜだ!? 権力も、名誉も、全て君のものなんだぞ!」
キャメルは深いため息をつき、抱えていた黄金の白菜をレオナードに預けた。
「殿下。あなたは『味』を理解していらっしゃらない。一度捨てて、地面に落とした食材を、また皿の上に戻して『やっぱりこれが一番だ』なんて言う料理人がどこにいますの?」
「それは……!」
「そんな料理、不潔で食べられたものではありませんわ。それに、今の私の横には、世界で唯一無二の『高性能・自動温度調節機能付きパートナー』がいらっしゃいますの」
キャメルがレオナードの腕を掴むと、レオナードは氷のような表情を一瞬で溶かし、恍惚とした表情を浮かべた。
「……キャメル。今、私のことを『パートナー』と言ってくれたのか。……ああ、心臓がオーバーヒートしそうだ」
「あら、それは困りますわ。発酵室が暑くなってしまいますもの。しっかり冷やして頂戴?」
「了解した。君への愛で、周囲一マイルを氷河期にしてやろう」
二人のやり取りを目の当たりにし、アルフレッドは絶望に顔を歪めた。
そこへ、さらに追い打ちをかけるようにリリアンが走り込んできた。
「アルフレッド様ぁ! 何をなさっているのですか! 私を置いて、こんなニンニク女に縋り付くなんて!」
「黙れ、リリアン! 貴様の淹れる砂糖だらけの紅茶にはもう飽き飽きだ! 私は、あの刺激的な辛さが恋しいんだ!」
「なんですってぇ!? 私がどれだけ、あなたの無能な仕事を手伝ってあげたと思っているのですか!」
「手伝うだと!? 貴様、書類の上にジャムをこぼしただけではないか!」
会場の真ん中で、元婚約者と浮気相手による見苦しい罵り合いが始まった。
キャメルはそれを見つめながら、ドレスのポケットから「あるもの」を取り出した。
「……殿下。最後のお別れに、これだけは差し上げますわ」
「! キャメル、それは……復縁の証か?」
アルフレッドが期待に目を輝かせた。キャメルが差し出したのは、一本の真っ赤な唐辛子だった。
「いいえ。これは『絶交の唐辛子』ですわ。これを一口で食べて、二度と私の前に姿を見せないと誓ってくださいまし。そうすれば、ド・ヴァニラ公爵家は王家への損害賠償請求を取り下げてあげてもよろしいですわよ」
「そ、損害賠償……!? 公爵家が、そんな準備を……?」
「あら、お父様を怒らせたらどうなるか、ご存知ないのかしら。さあ、召し上がれ」
アルフレッドは、キャメルの般若のような笑みに押され、震える手でその唐辛子を口に入れた。
一秒後。
「ギャアアアアアアアアアアア!! 水!! 氷をくれ!! 舌が、舌が消滅したぁぁ!!」
アルフレッドは噴水へと猛ダッシュし、頭から飛び込んだ。それを見たリリアンも、あまりの惨めさに悲鳴を上げて逃げ出していった。
「ふう。これでようやく、不純物が取り除かれましたわね」
「……見事な手際だ、キャメル。不純物(王子)を排除し、味を整える。君はやはり、人生という名の最高級の料理人だな」
レオナードは誇らしげにキャメルの肩を抱いた。
「あら、私はただのキムチ好きですわよ。……さて、レオナード様。次はハデス王国への『聖女』としての旅の準備を始めましょうか!」
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