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ハデス王国の王宮大広間は、今夜、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
「……例の『赤い聖女』様だ。ハデス王家の氷魔法を『冷蔵庫代わり』に使っているという、恐るべき令嬢……」
「国王陛下を一口で服従させたという伝説、本当なのだろうか」
貴族たちが囁き合う中、大扉が開かれた。
現れたのは、深紅のドレスを纏ったキャメル。その腕を引くのは、この国の第一継承権すら捨てかねない勢いで彼女に心酔しているレオナードだ。
「キャメル。今夜の君は、まるで完熟した唐辛子のように燃える美しさだ。……あまりの眩しさに、私の氷の心も昇華してしまいそうだ」
「上手いことをおっしゃいますわね、レオナード様。でも私のドレスが赤いのは、もしキムチの汁が跳ねても目立たないようにという機能的な理由ですのよ」
「……それもまた、君らしい合理的な美学だ」
レオナードの重症な解釈を背に、キャメルは会場の視線を一手に集めた。
晩餐会が始まり、ハデス王国自慢の「冷製肉料理」が並べられる。しかし、どの貴族も料理に手をつけず、チラチラとキャメルの様子を伺っていた。
それを見計らったかのように、キャメルが優雅に立ち上がる。
「皆様。ハデス王国の料理は大変素晴らしいですが、少し……『温度』が足りないと思いませんこと?」
「温度? キャメル嬢、我が国は氷の国。冷たさこそが美徳ですぞ」
一人の保守的な公爵が反論した。しかし、キャメルは扇で口元を隠し、般若の如き鋭い眼光で彼を射抜いた。
「美徳、結構ですわ。ですが、冷たさの中にこそ『熱』を宿すべきです。……レオナード様、例のブツを」
「承知した。……今こそ、氷河の底に眠りし『紅蓮』を呼び覚まそう」
レオナードが指を鳴らすと、給仕たちが一斉に小さな銀の器を配り始めた。
中に入っているのは、ハデス王国の最高級岩塩と、キャメルが持ち込んだ秘伝の薬味を合わせた「ハデス専用・特製熟成ペースト」である。
「皆様、それを一切れ肉に乗せ、目を閉じて召し上がってくださいませ。もし満足いただけなければ、私は今すぐこの国を去り、レオナード様を冷蔵庫から解任いたしますわ」
「な……!? それは困る、死活問題だ!」
レオナードが(自分的に)切実な声を上げる中、貴族たちは恐る恐るペーストを口に運んだ。
瞬間。
「……っ! ぶふぉっ!!」
「おおおおおおお……!!」
静寂だった会場に、嗚咽と歓喜の咆哮が入り混じる。
「なんだこれは……! 冷たい肉が、喉を通る瞬間に炎となって全身を駆け巡るぞ!」
「美味い……! 氷の国に、今、新しい夜明けが来た!!」
保守的だった公爵も、涙を流しながら皿を舐める勢いで食らいついている。
「ふふふ。どうやら皆様、私の『毒』が全身に回ったようですね」
キャメルが不敵に笑うと、会場中の貴族たちが一斉に立ち上がり、彼女に向かって深く頭を下げた。
「聖女様! 聖女キャメル様!! この国に、真の温もりを教えてくださり感謝いたします!」
その光景は、もはや晩餐会ではなく、新たな宗教の誕生のようだった。
「……決まりだな、キャメル。これで君を我が国から逃がす理由はなくなった」
レオナードが背後からキャメルの腰を抱き、耳元で低く囁いた。
「君の赤い魔法は、私の国の民の心まで焼き尽くした。……もう、私の隣という指定席から降りることは許さないぞ」
「あら、不法占拠ですか? でも、この国には最高の氷河岩塩の洞窟がありますもの。……そこを私の『永久キムチ工房』にしてくださるなら、考えてあげてもよろしくてよ?」
「工房どころか、その洞窟の上に城を建てよう。……君と、君のキムチのために」
キャメルは「それは換気が大変そうですわね」と冷静に返したが、その頬はレオナードの冷気でも抑えきれないほど、ほんのりと赤く染まっていた。
それは、恋の予感か、それとも単にさっき食べた薬味の刺激か。
隣国の貴族たちを完全に味方につけたキャメルは、いよいよ「悪役令嬢」という肩書きを、歴史の彼方へと発酵させていくのであった。
「……例の『赤い聖女』様だ。ハデス王家の氷魔法を『冷蔵庫代わり』に使っているという、恐るべき令嬢……」
「国王陛下を一口で服従させたという伝説、本当なのだろうか」
貴族たちが囁き合う中、大扉が開かれた。
現れたのは、深紅のドレスを纏ったキャメル。その腕を引くのは、この国の第一継承権すら捨てかねない勢いで彼女に心酔しているレオナードだ。
「キャメル。今夜の君は、まるで完熟した唐辛子のように燃える美しさだ。……あまりの眩しさに、私の氷の心も昇華してしまいそうだ」
「上手いことをおっしゃいますわね、レオナード様。でも私のドレスが赤いのは、もしキムチの汁が跳ねても目立たないようにという機能的な理由ですのよ」
「……それもまた、君らしい合理的な美学だ」
レオナードの重症な解釈を背に、キャメルは会場の視線を一手に集めた。
晩餐会が始まり、ハデス王国自慢の「冷製肉料理」が並べられる。しかし、どの貴族も料理に手をつけず、チラチラとキャメルの様子を伺っていた。
それを見計らったかのように、キャメルが優雅に立ち上がる。
「皆様。ハデス王国の料理は大変素晴らしいですが、少し……『温度』が足りないと思いませんこと?」
「温度? キャメル嬢、我が国は氷の国。冷たさこそが美徳ですぞ」
一人の保守的な公爵が反論した。しかし、キャメルは扇で口元を隠し、般若の如き鋭い眼光で彼を射抜いた。
「美徳、結構ですわ。ですが、冷たさの中にこそ『熱』を宿すべきです。……レオナード様、例のブツを」
「承知した。……今こそ、氷河の底に眠りし『紅蓮』を呼び覚まそう」
レオナードが指を鳴らすと、給仕たちが一斉に小さな銀の器を配り始めた。
中に入っているのは、ハデス王国の最高級岩塩と、キャメルが持ち込んだ秘伝の薬味を合わせた「ハデス専用・特製熟成ペースト」である。
「皆様、それを一切れ肉に乗せ、目を閉じて召し上がってくださいませ。もし満足いただけなければ、私は今すぐこの国を去り、レオナード様を冷蔵庫から解任いたしますわ」
「な……!? それは困る、死活問題だ!」
レオナードが(自分的に)切実な声を上げる中、貴族たちは恐る恐るペーストを口に運んだ。
瞬間。
「……っ! ぶふぉっ!!」
「おおおおおおお……!!」
静寂だった会場に、嗚咽と歓喜の咆哮が入り混じる。
「なんだこれは……! 冷たい肉が、喉を通る瞬間に炎となって全身を駆け巡るぞ!」
「美味い……! 氷の国に、今、新しい夜明けが来た!!」
保守的だった公爵も、涙を流しながら皿を舐める勢いで食らいついている。
「ふふふ。どうやら皆様、私の『毒』が全身に回ったようですね」
キャメルが不敵に笑うと、会場中の貴族たちが一斉に立ち上がり、彼女に向かって深く頭を下げた。
「聖女様! 聖女キャメル様!! この国に、真の温もりを教えてくださり感謝いたします!」
その光景は、もはや晩餐会ではなく、新たな宗教の誕生のようだった。
「……決まりだな、キャメル。これで君を我が国から逃がす理由はなくなった」
レオナードが背後からキャメルの腰を抱き、耳元で低く囁いた。
「君の赤い魔法は、私の国の民の心まで焼き尽くした。……もう、私の隣という指定席から降りることは許さないぞ」
「あら、不法占拠ですか? でも、この国には最高の氷河岩塩の洞窟がありますもの。……そこを私の『永久キムチ工房』にしてくださるなら、考えてあげてもよろしくてよ?」
「工房どころか、その洞窟の上に城を建てよう。……君と、君のキムチのために」
キャメルは「それは換気が大変そうですわね」と冷静に返したが、その頬はレオナードの冷気でも抑えきれないほど、ほんのりと赤く染まっていた。
それは、恋の予感か、それとも単にさっき食べた薬味の刺激か。
隣国の貴族たちを完全に味方につけたキャメルは、いよいよ「悪役令嬢」という肩書きを、歴史の彼方へと発酵させていくのであった。
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