婚約破棄ありがとうございます! お礼いたしますわ!

黒猫かの

文字の大きさ
23 / 28

23

「……素晴らしい。この真っ赤な数字の羅列を見てくださいませ、レオナード様。これぞ私が夢見た『血肉の収穫高』ですわ!」


ド・ヴァニラ公爵邸の執務室。キャメルは、山積みになった帳簿を前に、般若のような凄まじい笑みを浮かべていた。


「……キャメル。それは一般的には『利益』と呼ぶものだが、君が言うと、まるで敵軍を殲滅した後の戦果報告のように聞こえるな」


レオナードは、彼女の隣で冷たいハーブティー(魔力で氷点下に保たれている)を差し出しながら、穏やかに微笑んだ。


「利益? いいえ、これは『共感の数』ですわ! 我が領地で生産されたキムチが、今やハデス王国だけでなく、西の砂漠の国、南の島国へと海を渡っているのです。……全人類が、私のニンニクの虜になっているのですわよ!」


キャメルは、羽根ペンを高く掲げて宣言した。


「ああ。君の情熱が、貿易船に乗って世界中に刺激を撒き散らしている。……おかげで、我が国の関税収入は昨年度の五倍。陛下も『もうキャメル嬢には頭が上がらん』と、王冠をキムチ色に塗り替えようか検討されているほどだ」


「それはやりすぎですわ。……さて、レオナード様。輸出量が増えるにつれ、課題となるのはやはり『鮮度』ですの」


キャメルは、真剣な眼差しで世界地図を指差した。


「赤道直下の国々へ運ぶ際、どうしても発酵が進みすぎてしまいますの。……そこで、レオナード様。あなたに新しい『任務』を授けますわ」


「……任務? 私の氷魔法を、さらに広範囲に展開しろというのか?」


「いいえ。魔力を付与した『恒温保冷コンテナ船』の建造ですわ! 船底にあなたの魔力回路を刻み込み、常にマイナス二度を維持する……。これを名付けて『レナード・フリーズ号』と呼びますわ!」


レオナードは一瞬、絶句した。隣国の第一王子である自分が、ついに「船」の冷却システムとして歴史に名を刻むことになるとは。


「……レナード・フリーズ号か。……フッ、悪くない。君の名と私の名が、一つの船となって世界中の海を渡る。……これは実質的な『共同墓地』、いや『愛の結晶』と捉えてもいいだろうか?」


「……? まあ、墓地は縁起が悪いですけれど、結晶ならいいかもしれませんわね。白菜の霜も一種の結晶ですし」


キャメルは相変わらず、レオナードの甘い言葉を全て「食品用語」として処理していた。


「ところで、キャメル。……工場の『更生労働者』たちの様子はどうだ? あまり酷使して、商品の品質に影響が出ては困るが」


「あら、視察に行きます? ちょうど今、彼らは『ニンニクの皮剥き・千本ノック』の最中ですわよ」


二人が工場の地下、通称『第一加工室』を覗くと、そこには変わり果てた姿のアルフレッドとリリアンがいた。


「……うぅ。ニンニクが……ニンニクが目に染みる……。もう、世界中のニンニクが消えてしまえばいいのに……」


かつての第一王子アルフレッドは、ボロボロの作業着を纏い、うつろな瞳でひたすらニンニクの皮を剥き続けていた。


「ちょっとアルフレッド様! 手が止まっていてよ! ほら、私の分も剥いて頂戴! 私はこれから、唐辛子の粉砕作業という『命がけ』の仕事が待っているんですから!」


リリアンは、顔中を赤い粉で汚しながらも、生き残るために必死に叫んでいた。


「……いい活気ですわね。レオナード様、あちらの二人の周囲、少し温度を下げてくださる? 汗がキムチに入っては不衛生ですもの」


「了解した。……マイナス十度まで下げれば、汗も思考も凍りつくだろう」


「ヒィッ!? 急に寒く……! 助けて、キャメル様! 私が悪かったですわ、もう二度と恋のライバルなんて言いませんからぁ!」


リリアンが震えながら叫ぶが、キャメルは優雅に踵を返した。


「ライバル? 何をおっしゃるの、リリカル様。あなたは今や、我が帝国の『優秀な歯車』ですわ。誇りに思いなさいな」


工場を後にした二人の前には、夕日に染まったド・ヴァニラ領の広大な白菜畑が広がっていた。


「……キャメル。ビジネスも、復讐も、君は全てを成し遂げた。……そろそろ、私自身の『報酬』についても、真剣に交渉させてもらいたい」


レオナードが、キャメルの肩を抱き寄せ、その長い指を彼女の髪に滑らせた。


「報酬? あら、ハデス王国への輸出利益の二割を、あなたの口座に振り込む手続きは終わっていますわよ?」


「……金の話ではない。私が欲しいのは、君という名の『唯一無二の刺激』だ」


レオナードの瞳が、至近距離で怪しく光る。


「……? 刺激なら、さっきの超激辛試作品をまだ一口分残してありますわよ。……それとも、もっと『冷たい』のがよろしいかしら?」


「……いや。……君のその、絶望的なまでの『鈍感さ』を解かす方法を、一生かけて研究させてもらうとしよう」


レオナードは苦笑いしながら、キャメルの額にそっと唇を寄せた。


「あら、研究なら大歓迎ですわ! 発酵の秘密は奥が深いですからね!」


キャメルは満面の笑み(般若度5%)で答え、沈みゆく太陽に向かって、次なる輸出計画を練り始めるのであった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

お前との婚約は、ここで破棄する!

もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

本の通りに悪役をこなしてみようと思います

Blue
恋愛
ある朝。目覚めるとサイドテーブルの上に見知らぬ本が置かれていた。 本の通りに自分自身を演じなければ死ぬ、ですって? こんな怪しげな本、全く信用ならないけれど、やってやろうじゃないの。 悪役上等。 なのに、何だか様子がおかしいような?

婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

八雲
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。 普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!