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西のスパイス王サフランとの共同研究によって誕生した『日・西合同・発酵カレーキムチ』。
その試作品が放つ、脳を直接揺さぶるような香りが地下室に漂う中、サフランは「負けたよ、君の情熱には敵わない!」と叫んで、更なるスパイスを求めて旅立っていった。
研究室に残されたのは、達成感に浸るキャメルと、どこか決意を秘めた表情のレオナードの二人だけ。
「ふふふ……やりましたわ、レオナード様。この味、もはや食文化の特異点(シンギュラリティ)ですわ。これがあれば、人類の味覚は三段階くらい進化しますわよ!」
キャメルは、カレー色に染まったエプロンを誇らしげに叩き、般若のような満面の笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな。……だがキャメル、今はもう『菌』の話はやめてくれないか」
レオナードの声は、いつもより低く、どこか熱を帯びていた。
彼は指先を動かし、研究室の入り口を巨大な氷の壁で完全に封鎖した。
「あら、どうされましたの? 密閉空間を作って、嫌気性発酵を促進させるおつもり?」
「……違う。誰にも邪魔されたくないだけだ。……例のサフランという男が君に近づいた時、私は確信した。私の内側にあるこの『冷気』は、もはや保冷のためだけにあるのではないと」
レオナードがゆっくりと歩み寄り、キャメルの両肩をガシリと掴んだ。
彼の周囲には、感情の昂ぶりに呼応するように、美しくも恐ろしい氷の結晶が舞い始める。
「キャメル。君は私のことを『高性能な冷蔵庫』だと言ったな。……確かに私は、君の隣で君の作品を守り、君の笑顔……(のような威圧的な表情)を見ることに至上の喜びを感じてきた」
「ええ。あなた以上の冷却性能を持つ殿方なんて、この世界には存在しませんわ」
「……だが、もう限界だ。……冷蔵庫は、中に入っているものに『恋』をすることはない。だが、私は違う」
レオナードの顔が、キャメルの至近距離まで近づく。
冷たいはずの彼の肌から、火傷しそうなほどの熱気が伝わってくる。
「私は、君を誰にも渡したくない。君が白菜を愛でるその瞳に、一瞬でもいいから私を映してほしい。……君を、私の国、ハデス王国の正式な『王太子妃』として迎えたいんだ」
キャメルの思考が、人生で初めて「発酵」以外の理由で停止した。
(……え。……ええっ!? 王太子妃!?)
(それって、またあの『夜会』とか『マナー』とか『窮屈な王宮生活』に逆戻りってことですの!?)
キャメルの顔が、恐怖と混乱でみるみるうちに般若を超えた「鬼神」のような形相に変わっていく。
それを見たレオナードは、あろうことか「……ああ、なんて美しい照れ顔だ」と、さらに恍惚とした表情を浮かべた。
「勘違いしないでくださいませ、レオナード様! 私は自由を愛する女ですのよ! また鎖に繋がれるなんて……!」
「鎖ではない。君には我が国の『全権』を授ける。……ハデス王国の全領土を、君の巨大な『菜園』にしていい。王宮の地下は全て君の研究室にし、国軍は全て『白菜の護衛』に回そう」
「……なんですって?」
「君が望むなら、隣国の王を私の魔力で凍らせて、君のキムチの『台座』にしてもいい。……君のやりたいこと、その全てを私が肯定し、守り抜くと誓おう」
レオナードが跪き、キャメルの泥とカレー粉で汚れた手を取り、深々と口づけを落とした。
「……私は君という名の『毒』に、もう救いようがないほど侵されているんだ。……愛している、キャメル。君を物理的にでも、私の隣に永久保存したい」
キャメルは、心臓が爆発しそうなほど激しく鳴るのを感じた。
それは、激辛唐辛子を食べた時の動悸とは明らかに違う、甘酸っぱくて苦い……そう、まるで「最高に上手くいった初期発酵」のような高揚感だった。
「……レオナード様。……あなたは、本当におバカさんですわね」
キャメルは、顔を真っ赤(物理)にして、レオナードの胸をドンと突いた。
「私の菜園を国中に広げて、軍を白菜の警備に使うなんて……。そんな無茶苦茶な条件を提示されたら……」
「……提示されたら?」
「断れるわけがないではありませんの! ……いいわ、あなたの国の『永久保冷担当兼、生涯の伴侶』として、私がこの世界を赤く染め上げて差し上げますわ!」
「……! キャメル……!!」
レオナードは立ち上がり、キャメルを力一杯抱きしめた。
周囲の氷壁が、二人の熱気(とキムチの魔力)によってキラキラと輝きながら溶け始める。
「……ああ、冷たいわね、レオナード様。……でも、悪くないですわ」
「……ああ。……君の隣にいる間だけ、私は本当の意味で『生きて』いられる気がするよ」
こうして、悪役令嬢キャメルと、死神公爵レオナードの「最強の婚約」が成立した。
しかし、二人のロマンスが感動的なフィナーレを迎えるには、まだ片付けなければならない「残飯(元婚約者たち)」が残っていた。
その試作品が放つ、脳を直接揺さぶるような香りが地下室に漂う中、サフランは「負けたよ、君の情熱には敵わない!」と叫んで、更なるスパイスを求めて旅立っていった。
研究室に残されたのは、達成感に浸るキャメルと、どこか決意を秘めた表情のレオナードの二人だけ。
「ふふふ……やりましたわ、レオナード様。この味、もはや食文化の特異点(シンギュラリティ)ですわ。これがあれば、人類の味覚は三段階くらい進化しますわよ!」
キャメルは、カレー色に染まったエプロンを誇らしげに叩き、般若のような満面の笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな。……だがキャメル、今はもう『菌』の話はやめてくれないか」
レオナードの声は、いつもより低く、どこか熱を帯びていた。
彼は指先を動かし、研究室の入り口を巨大な氷の壁で完全に封鎖した。
「あら、どうされましたの? 密閉空間を作って、嫌気性発酵を促進させるおつもり?」
「……違う。誰にも邪魔されたくないだけだ。……例のサフランという男が君に近づいた時、私は確信した。私の内側にあるこの『冷気』は、もはや保冷のためだけにあるのではないと」
レオナードがゆっくりと歩み寄り、キャメルの両肩をガシリと掴んだ。
彼の周囲には、感情の昂ぶりに呼応するように、美しくも恐ろしい氷の結晶が舞い始める。
「キャメル。君は私のことを『高性能な冷蔵庫』だと言ったな。……確かに私は、君の隣で君の作品を守り、君の笑顔……(のような威圧的な表情)を見ることに至上の喜びを感じてきた」
「ええ。あなた以上の冷却性能を持つ殿方なんて、この世界には存在しませんわ」
「……だが、もう限界だ。……冷蔵庫は、中に入っているものに『恋』をすることはない。だが、私は違う」
レオナードの顔が、キャメルの至近距離まで近づく。
冷たいはずの彼の肌から、火傷しそうなほどの熱気が伝わってくる。
「私は、君を誰にも渡したくない。君が白菜を愛でるその瞳に、一瞬でもいいから私を映してほしい。……君を、私の国、ハデス王国の正式な『王太子妃』として迎えたいんだ」
キャメルの思考が、人生で初めて「発酵」以外の理由で停止した。
(……え。……ええっ!? 王太子妃!?)
(それって、またあの『夜会』とか『マナー』とか『窮屈な王宮生活』に逆戻りってことですの!?)
キャメルの顔が、恐怖と混乱でみるみるうちに般若を超えた「鬼神」のような形相に変わっていく。
それを見たレオナードは、あろうことか「……ああ、なんて美しい照れ顔だ」と、さらに恍惚とした表情を浮かべた。
「勘違いしないでくださいませ、レオナード様! 私は自由を愛する女ですのよ! また鎖に繋がれるなんて……!」
「鎖ではない。君には我が国の『全権』を授ける。……ハデス王国の全領土を、君の巨大な『菜園』にしていい。王宮の地下は全て君の研究室にし、国軍は全て『白菜の護衛』に回そう」
「……なんですって?」
「君が望むなら、隣国の王を私の魔力で凍らせて、君のキムチの『台座』にしてもいい。……君のやりたいこと、その全てを私が肯定し、守り抜くと誓おう」
レオナードが跪き、キャメルの泥とカレー粉で汚れた手を取り、深々と口づけを落とした。
「……私は君という名の『毒』に、もう救いようがないほど侵されているんだ。……愛している、キャメル。君を物理的にでも、私の隣に永久保存したい」
キャメルは、心臓が爆発しそうなほど激しく鳴るのを感じた。
それは、激辛唐辛子を食べた時の動悸とは明らかに違う、甘酸っぱくて苦い……そう、まるで「最高に上手くいった初期発酵」のような高揚感だった。
「……レオナード様。……あなたは、本当におバカさんですわね」
キャメルは、顔を真っ赤(物理)にして、レオナードの胸をドンと突いた。
「私の菜園を国中に広げて、軍を白菜の警備に使うなんて……。そんな無茶苦茶な条件を提示されたら……」
「……提示されたら?」
「断れるわけがないではありませんの! ……いいわ、あなたの国の『永久保冷担当兼、生涯の伴侶』として、私がこの世界を赤く染め上げて差し上げますわ!」
「……! キャメル……!!」
レオナードは立ち上がり、キャメルを力一杯抱きしめた。
周囲の氷壁が、二人の熱気(とキムチの魔力)によってキラキラと輝きながら溶け始める。
「……ああ、冷たいわね、レオナード様。……でも、悪くないですわ」
「……ああ。……君の隣にいる間だけ、私は本当の意味で『生きて』いられる気がするよ」
こうして、悪役令嬢キャメルと、死神公爵レオナードの「最強の婚約」が成立した。
しかし、二人のロマンスが感動的なフィナーレを迎えるには、まだ片付けなければならない「残飯(元婚約者たち)」が残っていた。
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