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ド・ヴァニラ公爵家の広大な庭園には、白と赤のバラ……ではなく、なぜか美しく整えられた「白菜の鉢植え」が並べられていた。
今日は、キャメルとレオナードの婚約披露パーティー、兼、世界キムチ輸出機構の設立記念式典である。
キャメルは、ハデス王国の最高級絹に身を包んだ純白のドレスを纏っていた。
だが、その裾からは時折、作業用ブーツの先が覗き、腰の隠しポケットには「緊急用・激辛スパイス」が忍ばされている。
「……完璧ですわ。ドレスの機動性、スパイスの携帯性、そしてレオナード様という名の最高級保冷剤。これぞ私の求めていた『究極の結婚』の形ですわね」
「……ああ。君のその、戦場へ赴くような凛々しい花嫁姿、一生私の脳内に冷凍保存しておきたいほどだ」
レオナードもまた、正装に身を包みつつ、キャメルの周囲の温度を一定に保つことに余念がない。
二人の愛(と発酵への情熱)が最高潮に達しようとした、その時だった。
「待て! 待ってください! この結婚、認められませんぞ!!」
ボロボロの作業着を纏い、ニンニクの皮を頭に乗せたままのアルフレッドが、警備を掻い潜って会場に乱入してきた。
その後ろには、同じく泥だらけのリリアンが「もう、止めてくださいましアルフレッド様ぁ!」と叫びながら追いかけてくる。
「……おや。どちらの『ニンニクの精霊』かと思えば。アルフレッド殿下、まだ皮剥きのノルマが終わっていないはずですが?」
キャメルが冷ややかな、般若の如き眼光を向けると、アルフレッドは一瞬ビクンと震えた。
だが、彼は震える手である「古びた羊皮紙」を高く掲げた。
「キャメル! これを見ろ! 我が王家には、建国以来の隠された秘法があるのだ。……これこそが、貴様のキムチを凌駕する『伝説の黄金調味料』のレシピだ!!」
会場がざわついた。レオナードが即座に氷の壁を作ろうとしたが、キャメルがそれを手で制した。
「……伝説の、黄金調味料?」
「そうだ! これさえあれば、私は貴様の胃袋を再び掴み、この結婚を白紙に戻せるはずだ! さあ、刮目せよ! これこそが……『ロイヤル・ハニー・マスタード』だ!!」
アルフレッドが、これ見よがしに金色の液体が入った瓶を差し出した。
キャメルは無言でそれを受け取り、指先で少しだけ味を確かめた。
一秒、二秒。
会場中が固唾を呑んで見守る中、キャメルの顔が、これまでにないほど「虚無」に染まった。
「……。殿下」
「なんだ! 美味しすぎて言葉も出ないか!?」
「……甘いですわ。ただひたすらに、甘いですわ! これを私のキムチと戦わせようとしたなんて、白菜に対する冒涜ですわよ!」
キャメルは、その瓶をアルフレッドの足元にポイと投げ捨てた。
「いいですか、殿下。私が求めているのは、魂を削り、生命を謳歌するような『刺激』ですの。そんな、甘やかされた王室の温室で育ったような味……今の私には一ミリも響きませんわ!」
「な、なんだと……!? 私の、私の最後の手札が……!」
「それに」
キャメルはレオナードの腕をギュッと抱き寄せた。
「私にはもう、世界最高の『刺激(氷点下の冷気)』がありますもの。……レオナード様、このニンニクの精霊を、今すぐ元の『ニンニク地獄』へお戻ししてくださる?」
「了解した。……キャメル、君の失望は私の怒りだ。……アルフレッド、君には特別に、マイナス三十度の『極寒ニンニク乾燥室』での三日間の追加労働をプレゼントしよう」
「ひ、ひいいいいっ!! 冷たい! 魂が凍るぅぅ!!」
レオナードが軽く指先を振ると、アルフレッドの周囲に氷の檻が出現し、そのまま物理的に工場の方向へと滑っていった。
「アルフレッド様ぁぁ!! 私も、私も連れて行ってくださいましぃぃ!!(一人で仕事をするのは嫌ですわ!)」
リリアンも叫びながら、氷の檻を追いかけて走り去っていった。
「……ふぅ。これでようやく、不純物の除去が終わりましたわね」
キャメルは、乱れたドレスを整え、レオナードに向き直った。
「さあ、レオナード様。誓いの言葉、といきましょうか。……あなたは、私という名の『劇物』を、一生涯、温度管理し続けることを誓いますか?」
「誓おう。君が爆発しても、私が全てを凍らせて守り抜く。……愛している、私の聖女」
二人が誓いの口づけを交わした瞬間、会場からは(若干のニンニク臭と共に)割れんばかりの拍手が巻き起こった。
こうして、キャメルの「婚約破棄から始まる美食革命」は、最高のパートナーを得て、世界中へとその刺激を広げていくのであった。
今日は、キャメルとレオナードの婚約披露パーティー、兼、世界キムチ輸出機構の設立記念式典である。
キャメルは、ハデス王国の最高級絹に身を包んだ純白のドレスを纏っていた。
だが、その裾からは時折、作業用ブーツの先が覗き、腰の隠しポケットには「緊急用・激辛スパイス」が忍ばされている。
「……完璧ですわ。ドレスの機動性、スパイスの携帯性、そしてレオナード様という名の最高級保冷剤。これぞ私の求めていた『究極の結婚』の形ですわね」
「……ああ。君のその、戦場へ赴くような凛々しい花嫁姿、一生私の脳内に冷凍保存しておきたいほどだ」
レオナードもまた、正装に身を包みつつ、キャメルの周囲の温度を一定に保つことに余念がない。
二人の愛(と発酵への情熱)が最高潮に達しようとした、その時だった。
「待て! 待ってください! この結婚、認められませんぞ!!」
ボロボロの作業着を纏い、ニンニクの皮を頭に乗せたままのアルフレッドが、警備を掻い潜って会場に乱入してきた。
その後ろには、同じく泥だらけのリリアンが「もう、止めてくださいましアルフレッド様ぁ!」と叫びながら追いかけてくる。
「……おや。どちらの『ニンニクの精霊』かと思えば。アルフレッド殿下、まだ皮剥きのノルマが終わっていないはずですが?」
キャメルが冷ややかな、般若の如き眼光を向けると、アルフレッドは一瞬ビクンと震えた。
だが、彼は震える手である「古びた羊皮紙」を高く掲げた。
「キャメル! これを見ろ! 我が王家には、建国以来の隠された秘法があるのだ。……これこそが、貴様のキムチを凌駕する『伝説の黄金調味料』のレシピだ!!」
会場がざわついた。レオナードが即座に氷の壁を作ろうとしたが、キャメルがそれを手で制した。
「……伝説の、黄金調味料?」
「そうだ! これさえあれば、私は貴様の胃袋を再び掴み、この結婚を白紙に戻せるはずだ! さあ、刮目せよ! これこそが……『ロイヤル・ハニー・マスタード』だ!!」
アルフレッドが、これ見よがしに金色の液体が入った瓶を差し出した。
キャメルは無言でそれを受け取り、指先で少しだけ味を確かめた。
一秒、二秒。
会場中が固唾を呑んで見守る中、キャメルの顔が、これまでにないほど「虚無」に染まった。
「……。殿下」
「なんだ! 美味しすぎて言葉も出ないか!?」
「……甘いですわ。ただひたすらに、甘いですわ! これを私のキムチと戦わせようとしたなんて、白菜に対する冒涜ですわよ!」
キャメルは、その瓶をアルフレッドの足元にポイと投げ捨てた。
「いいですか、殿下。私が求めているのは、魂を削り、生命を謳歌するような『刺激』ですの。そんな、甘やかされた王室の温室で育ったような味……今の私には一ミリも響きませんわ!」
「な、なんだと……!? 私の、私の最後の手札が……!」
「それに」
キャメルはレオナードの腕をギュッと抱き寄せた。
「私にはもう、世界最高の『刺激(氷点下の冷気)』がありますもの。……レオナード様、このニンニクの精霊を、今すぐ元の『ニンニク地獄』へお戻ししてくださる?」
「了解した。……キャメル、君の失望は私の怒りだ。……アルフレッド、君には特別に、マイナス三十度の『極寒ニンニク乾燥室』での三日間の追加労働をプレゼントしよう」
「ひ、ひいいいいっ!! 冷たい! 魂が凍るぅぅ!!」
レオナードが軽く指先を振ると、アルフレッドの周囲に氷の檻が出現し、そのまま物理的に工場の方向へと滑っていった。
「アルフレッド様ぁぁ!! 私も、私も連れて行ってくださいましぃぃ!!(一人で仕事をするのは嫌ですわ!)」
リリアンも叫びながら、氷の檻を追いかけて走り去っていった。
「……ふぅ。これでようやく、不純物の除去が終わりましたわね」
キャメルは、乱れたドレスを整え、レオナードに向き直った。
「さあ、レオナード様。誓いの言葉、といきましょうか。……あなたは、私という名の『劇物』を、一生涯、温度管理し続けることを誓いますか?」
「誓おう。君が爆発しても、私が全てを凍らせて守り抜く。……愛している、私の聖女」
二人が誓いの口づけを交わした瞬間、会場からは(若干のニンニク臭と共に)割れんばかりの拍手が巻き起こった。
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