婚約破棄ありがとうございます! お礼いたしますわ!

黒猫かの

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ハデス王国の聖なる氷晶大聖堂。


今日、この場所で、歴史に名を刻む「赤い聖女」と「死神公爵」の結婚式が執り行われようとしていた。


大聖堂の入り口には、氷で作られた美しい彫刻が並んでいるが、よく見るとそれらは全て「白菜」「大蒜」「唐辛子」の形をしていた。


「……お嬢様。人生で一度きりの晴れ舞台。どうかその、般若のような殺気を抑えて、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていただけませんか?」


控室でキャメルのヴェールを整えながら、セバスチャンが切実な声を出す。


「何を言っているのセバスチャン。私は今、最高に幸せなのよ。見てごらんなさい、この日のためにレオナード様に一ヶ月間、零下五度で管理してもらった『純白の百合キムチ』の美しさを!」


キャメルが手に持っているのは、ブーケ……ではなく、薄くスライスした白菜をバラの花に見立てて漬け込んだ、芸術的(かつ強烈な香りを放つ)発酵食品だった。


「……なるほど。お嬢様にとっては、宝石よりも乳酸菌の方が輝いて見えるのですね」


「当然ですわ! さあ、行きましょう。私の情熱を、世界に見せつけて差し上げますわ!」


重厚な扉が開かれ、キャメルがバージンロードを歩き出した。


純白のドレスに、真っ赤なキムチ・ブーケ。


会場を埋め尽くしたハデス王国とド・ヴァニラ公爵領の貴族たちは、そのあまりの美しさと、鼻を突く強烈な刺激臭に、一斉に涙を流した(物理的な意味で)。


「……おお、聖女様……。なんて神々しく、そしてなんて目に染みるお姿だ……」


祭壇で待つレオナードは、漆黒の礼装に身を包み、感極まった表情でキャメルを見つめていた。


「……キャメル。今日この日を、私は一億年前から待っていたような気がするよ。……君という太陽が、私の氷の王国を真っ赤に染め上げるこの瞬間を」


「レオナード様。一億年前は、まだ白菜という品種すら確立されていなかったと思いますわ。……でも、嬉しいですわ」


二人は祭壇の前で向かい合った。


神官が、震える手で聖典を開く。


「……新郎レオナード・ハデス。貴殿は、健やかなる時も、病める時も、たとえ白菜が不作の時も、キャメル・ド・ヴァニラを愛し、そのキムチを末永く保冷することを誓いますか?」


「誓おう。私の魔力が尽きるまで、いや、私の魂が消滅しても、彼女の作る全ての樽を最適な温度で守り抜くと誓う」


「……新婦キャメル・ド・ヴァニラ。貴殿は、新郎を愛し、彼の冷気を無駄遣いせず、生涯をかけて共に新しい味覚を探求することを誓いますか?」


「誓いますわ! 彼の冷気は私の命、そして私のキムチは彼の活力! 私たちは、世界を『美味』で支配する最強の夫婦になりますわ!」


会場からは、割れんばかりの拍手……ではなく、嗚咽のような歓喜の声が上がった。


その時、会場の隅で、給仕として働かされているアルフレッドとリリアンの姿があった。


「……うぅ。おめでとうございます、キャメル様……。……ほら、リリアン、泣くな。手を動かして、ゲストに新作のキムチ・シャンパンを配るんだ」


「わ、わかっておりますわよ……。……でも、悔しい……。あんなに幸せそうな般若、見たことがありませんわ……!」


二人は、鼻を真っ赤にしながら、一生懸命に働いていた。


「……では、誓いの接吻を」


神官が告げると、レオナードは優しくキャメルのヴェールを上げた。


「……キャメル。愛している。君の吐息がニンニクの香りでも、私は構わない。……いや、むしろそれがいい」


「レオナード様……。……私も、あなたの氷のような冷たさが、最高に大好きですわよ」


二人の唇が重なった瞬間。


大聖堂の天井から、雪のように白い……いや、真っ赤な「粉唐辛子」が祝福の紙吹雪として舞い降りた。


「……っ!? ……げほっ! ごほっ!!」


「目がぁ! 聖なる結婚式で、参列者の目が潰れるぅぅ!!」


阿鼻叫喚の祝福の中、キャメルとレオナードは幸せそうに微笑み合い、手を取り合って大聖堂を後にした。


それは、史上最高に「辛く」、そして史上最高に「熱い」結婚式として、後世まで語り継がれることになるのであった。
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