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国境を越え、ガレリア帝国に入った瞬間、空気が変わった。
王国の柔らかな風とは違う、鉄と油、そして筋肉の匂いがする。
「……シリウス様。ここ、本当にハネムーンの行き先として正解でしたの?」
私は馬車の窓から、街道沿いに並ぶ「武器屋」「防具屋」「プロテイン専門店」の看板を眺めて溜息をついた。
「君が『売られた喧嘩は買う』と言ったんじゃないか」
隣でシリウス様が苦笑する。
「それに、この国はダイヤモンドの原産地でもある。君のビジネスチャンスとしては悪くないはずだ」
「あら、それなら話は別ですわ。鉱山の一つや二つ、お土産にいただきましょう」
私たちの馬車は、帝都の中心部にある皇城へと向かっていた。
リリィ王女からの招待状には、『最高のスイートルームを用意して待ってるわ!』と書いてあったけれど、どうせロクな部屋ではないだろう。
巨大な城門が見えてきた。
黒い石で作られた、要塞のような城だ。
門の前には、数百人の屈強な兵士たちが槍を構えて整列している。
「止まれ! ここから先は、武力なき者の立ち入りを禁ずる!」
隊長らしき男が怒鳴る。
私は扇子を開き、馬車の窓から顔を出した。
「ごきげんよう。招待客に対して随分なご挨拶ですこと」
「招待客だと? 軟弱な貴族が! ここはガレリア帝国だ! 通りたければ力を見せろ!」
……野蛮だ。
実に野蛮で、知性の欠片も感じられない。
「シリウス様。どうします? 魔法で吹き飛ばします?」
「いや、せっかくの新婚旅行だ。僕がエスコートしよう」
シリウス様は優雅に馬車を降りると、兵士たちの前に立った。
「やあ。僕たちは平和的に通りたいだけなんだが」
「はんっ! 細身の優男が! 俺の筋肉を見てもそんな口が利けるか!」
隊長が自慢の上腕二頭筋を見せつける。
シリウス様は「ふむ」と頷き、
「筋肉か。……美しいね。でも、少しバランスが悪いかな」
彼は隊長の肩を、ポンと軽く叩いた。
ドォォォォン!!
「ぐべらっ!?」
ただ軽く叩いただけ(に見えた)のに、隊長は地面にめり込むように崩れ落ちた。
周囲の兵士たちが「えっ?」「隊長が一撃で!?」とざわめく。
シリウス様はニコヤカに微笑んだ。
「さあ、道を開けてくれるかい? 妻を待たせたくないんだ」
「は、はいぃぃ! お通りくださいぃぃ!」
兵士たちが海が割れるように道を開ける。
やはり、筋肉の国には筋肉(物理)言語が一番通じるようだ。
***
城のエントランスに着くと、そこには派手なファンファーレと共に、あの声が響いた。
「待ってたわよ! ミオナ! シリウス様!」
レッドカーペットの先に立っていたのは、相変わらずフリフリのドレスを着たリリィ王女。
そして、その隣には――。
「……山?」
私が思わず呟いてしまったほどの、巨漢が立っていた。
身長は2メートル半はあるだろうか。
丸太のような腕、岩のような胸板、そして顔には古傷。
人間というより、服を着たグリズリーだ。
「紹介するわ! 私の婚約者、ガレリア帝国皇太子、ヴォルク様よ!」
「ガハハハハ! よく来たな、貧弱な隣国の者どもよ!」
ヴォルク皇太子が豪快に笑う。その声だけでガラスが割れそうだ。
「俺様がヴォルクだ! リリィの『元カレ(妄想)』であるシリウス公爵とはどんな男かと思ったが……ふん、見た目はただの貴族だな!」
「初めまして、殿下。……訂正させていただきますが、私はリリィ殿下の元カレではありません」
シリウス様が訂正するが、皇太子は聞いていない。
「そして、そこの小さい女がミオナか。リリィをいじめた悪女というのは」
ヴォルク殿下が私を睨み下ろす。
その威圧感は、普通の令嬢なら気絶するレベルだ。
しかし、私はクラークという「ある意味最強のバカ」の相手をしてきた女だ。
この程度の圧で怯むわけがない。
「初めまして、殿下。小さい女ではなく、ミオナ・ヴァレンタイン公爵夫人ですわ。……それと、いじめたのではありません。教育的指導をしただけです」
「ガハハ! 口の減らない女だ! 気に入った!」
ヴォルク殿下は私の肩をバシバシと叩こうとしたが、シリウス様がスッと間に割って入り、その剛腕を受け止めた。
ガシィッ!
「……おや。私の妻に気安く触れないでいただきたい」
「ぬぅ!? 俺様の腕を片手で止めただと!?」
二人の間に火花が散る。
リリィ王女がキャーキャーと騒ぐ。
「やめてヴォルク様! シリウス様は国宝級の顔面なんだから、傷つけたら戦争よ!」
「チッ、分かったよリリィ。……だが、俺様は認めたわけではないぞ! この国では『強さ』こそが正義! 歓迎パーティーで、貴様らの実力を試させてもらう!」
そう言って、私たちは城の最上階にある「天空の間」へと案内された。
そこは、屋根がなく、空が丸見えの宴会場だった。
中央には巨大な鉄板があり、その上で肉塊がジュージューと焼かれている。
「さあ、座れ! ガレリア流のバーベキューでもてなしてやる!」
席に着くと、いきなりヴォルク殿下が巨大な肉(骨付きマンモス肉のようなもの)を素手で掴み、私とシリウス様の皿に放り投げた。
ドスン!
皿が割れそうな音を立てる。
「食え! ただし、この肉は『激辛マグマソース』と『痺れ薬草』で味付けしてある! 軟弱な貴族の舌で耐えられるかな!?」
「アハハ! ミオナ、泣いて謝るなら今のうちよ!」
リリィ王女が得意げに笑う。
これが「歓迎パーティー」という名の拷問か。
私はナイフとフォークを手に取り、肉を優雅に切り分けた。
そして、一口食べる。
……辛い。
舌が焼けるように熱いし、痺れる。
普通の人間なら一口で悶絶し、救急車で運ばれるレベルだ。
「……ふぅ」
「どうだ! 参ったか!」
私はナプキンで口元を拭い、ニッコリと微笑んだ。
「……味が薄いですわね」
「はぁ!?」
「刺激が足りませんわ。もっとこう、致死量ギリギリのスパイスをお使いにならないと、私の舌は満足させられません」
私は懐から、マイ調味料(『地獄のデスソース・超濃縮版』)を取り出し、肉にドバドバとかけた。
真っ赤な肉が、ドス黒く変色する。
それを涼しい顔で完食してみせた。
「な、な、なんだあいつ……! 味覚が死んでるのか!?」
ヴォルク殿下が引いている。
「ミオナは以前、クラークたちが嫌がらせで入れた『激辛クッキー』を平気で食べていましたからね。耐性がついているんですよ」
シリウス様も、涼しい顔で肉を食べている。
「さて、メインディッシュはこれだけですか? 少々物足りないのですが」
私が挑発すると、ヴォルク殿下のこめかみに青筋が立った。
「ぬかせ! なら、次はこれだ!」
殿下が合図をすると、会場の周囲からガガガ……と音がして、無数の「自動矢発射装置」が現れた。
「食事中の余興だ! 飛んでくる矢を避けながらデザートを食え! これがガレリア流の『スリリング・ティータイム』だ!」
「きゃー! 素敵よヴォルク様!」
ヒュンヒュンヒュン!
四方八方から矢が飛んでくる。
私はティーカップを片手に、最小限の動きで首を傾げた。
ヒュッ。
頬の横を矢が通り過ぎる。
「シリウス様、お砂糖を」
「はい」
シリウス様は飛んでくる矢を指先で弾き飛ばし、ついでに飛んできた矢の先端で角砂糖を砕いて、私のカップに入れた。
カチャン。
「ありがとう」
私たちは雨あられと降る矢の中で、優雅にお茶を飲み続けた。
一本の矢が私の髪留めを掠め、もう一本がシリウス様の襟元を掠める。
けれど、直撃弾はゼロ。
むしろ、私たちは飛んでくる矢をフォークで打ち返し、ヴォルク殿下の皿の上にある肉を次々と串刺しにしていった。
「ぬおっ!? 俺の肉が!」
「あら、ごめんなさい。手が滑りましたわ」
5分後。
装置の矢が尽き、会場は静まり返った。
私とシリウス様は、傷一つないまま、空になったティーカップを置いた。
「ご馳走様でした。……少し騒々しいBGMでしたけれど、退屈しのぎにはなりましたわ」
ヴォルク殿下は、口をポカンと開けて私たちを見ていた。
そして、突然大声で笑い出した。
「ガハハハハ!! すげぇ! すげぇぞお前ら!」
「えっ?」
「矢の雨の中で茶を飲むとは! まさに豪傑! 気に入った! お前ら、俺様の『マブダチ』にしてやる!」
殿下が立ち上がり、シリウス様の背中をバンと叩く。
「リリィの言う通り、ただの貴族じゃねぇな! 最高だ!」
「……はあ」
どうやら、この国の外交は「強さを見せれば解決する」という単純な構造らしい。
リリィ王女が膨れっ面をする。
「もー! ヴォルク様ったら! ミオナをいじめるんじゃなかったの!?」
「ガハハ! いじめ甲斐のない強者だ! リリィ、お前もいいライバルを持ったな!」
ヴォルク殿下は上機嫌だ。
「よし、明日は俺様が直々に、帝国の『最新兵器工場』を案内してやる! デートスポットに最適だぞ!」
「兵器工場……」
私はシリウス様と顔を見合わせた。
「……悪くありませんわね」
「ああ。最新技術の視察ができる」
私たちの目が、「商売人」と「策士」の色に変わる。
この筋肉皇太子、上手く転がせば、バーンシュタイン家のビジネスに大いに利用できそうだ。
「喜んでお供しますわ、殿下」
私が微笑むと、ヴォルク殿下は「うむ!」と満足げに頷いた。
こうして、私たちのハネムーン初日は、筋肉と矢と激辛料理によって、奇妙な友好関係を結ぶことで幕を閉じた。
夜、用意されたスイートルーム(壁一面に武器が飾られた部屋)にて。
「……ミオナ。本当にここで寝るのかい?」
「ベッドの下に地雷がないか確認してから寝ましょう」
シリウス様が苦笑しながら、私を抱き寄せる。
「君との旅は、本当に飽きないな」
「ええ。明日はどんな『お宝(兵器)』が見られるか楽しみですわ」
私たちは武器に囲まれたベッドで、甘い口づけを交わした。
修羅の国でのハネムーン。
案外、悪くないかもしれない。
王国の柔らかな風とは違う、鉄と油、そして筋肉の匂いがする。
「……シリウス様。ここ、本当にハネムーンの行き先として正解でしたの?」
私は馬車の窓から、街道沿いに並ぶ「武器屋」「防具屋」「プロテイン専門店」の看板を眺めて溜息をついた。
「君が『売られた喧嘩は買う』と言ったんじゃないか」
隣でシリウス様が苦笑する。
「それに、この国はダイヤモンドの原産地でもある。君のビジネスチャンスとしては悪くないはずだ」
「あら、それなら話は別ですわ。鉱山の一つや二つ、お土産にいただきましょう」
私たちの馬車は、帝都の中心部にある皇城へと向かっていた。
リリィ王女からの招待状には、『最高のスイートルームを用意して待ってるわ!』と書いてあったけれど、どうせロクな部屋ではないだろう。
巨大な城門が見えてきた。
黒い石で作られた、要塞のような城だ。
門の前には、数百人の屈強な兵士たちが槍を構えて整列している。
「止まれ! ここから先は、武力なき者の立ち入りを禁ずる!」
隊長らしき男が怒鳴る。
私は扇子を開き、馬車の窓から顔を出した。
「ごきげんよう。招待客に対して随分なご挨拶ですこと」
「招待客だと? 軟弱な貴族が! ここはガレリア帝国だ! 通りたければ力を見せろ!」
……野蛮だ。
実に野蛮で、知性の欠片も感じられない。
「シリウス様。どうします? 魔法で吹き飛ばします?」
「いや、せっかくの新婚旅行だ。僕がエスコートしよう」
シリウス様は優雅に馬車を降りると、兵士たちの前に立った。
「やあ。僕たちは平和的に通りたいだけなんだが」
「はんっ! 細身の優男が! 俺の筋肉を見てもそんな口が利けるか!」
隊長が自慢の上腕二頭筋を見せつける。
シリウス様は「ふむ」と頷き、
「筋肉か。……美しいね。でも、少しバランスが悪いかな」
彼は隊長の肩を、ポンと軽く叩いた。
ドォォォォン!!
「ぐべらっ!?」
ただ軽く叩いただけ(に見えた)のに、隊長は地面にめり込むように崩れ落ちた。
周囲の兵士たちが「えっ?」「隊長が一撃で!?」とざわめく。
シリウス様はニコヤカに微笑んだ。
「さあ、道を開けてくれるかい? 妻を待たせたくないんだ」
「は、はいぃぃ! お通りくださいぃぃ!」
兵士たちが海が割れるように道を開ける。
やはり、筋肉の国には筋肉(物理)言語が一番通じるようだ。
***
城のエントランスに着くと、そこには派手なファンファーレと共に、あの声が響いた。
「待ってたわよ! ミオナ! シリウス様!」
レッドカーペットの先に立っていたのは、相変わらずフリフリのドレスを着たリリィ王女。
そして、その隣には――。
「……山?」
私が思わず呟いてしまったほどの、巨漢が立っていた。
身長は2メートル半はあるだろうか。
丸太のような腕、岩のような胸板、そして顔には古傷。
人間というより、服を着たグリズリーだ。
「紹介するわ! 私の婚約者、ガレリア帝国皇太子、ヴォルク様よ!」
「ガハハハハ! よく来たな、貧弱な隣国の者どもよ!」
ヴォルク皇太子が豪快に笑う。その声だけでガラスが割れそうだ。
「俺様がヴォルクだ! リリィの『元カレ(妄想)』であるシリウス公爵とはどんな男かと思ったが……ふん、見た目はただの貴族だな!」
「初めまして、殿下。……訂正させていただきますが、私はリリィ殿下の元カレではありません」
シリウス様が訂正するが、皇太子は聞いていない。
「そして、そこの小さい女がミオナか。リリィをいじめた悪女というのは」
ヴォルク殿下が私を睨み下ろす。
その威圧感は、普通の令嬢なら気絶するレベルだ。
しかし、私はクラークという「ある意味最強のバカ」の相手をしてきた女だ。
この程度の圧で怯むわけがない。
「初めまして、殿下。小さい女ではなく、ミオナ・ヴァレンタイン公爵夫人ですわ。……それと、いじめたのではありません。教育的指導をしただけです」
「ガハハ! 口の減らない女だ! 気に入った!」
ヴォルク殿下は私の肩をバシバシと叩こうとしたが、シリウス様がスッと間に割って入り、その剛腕を受け止めた。
ガシィッ!
「……おや。私の妻に気安く触れないでいただきたい」
「ぬぅ!? 俺様の腕を片手で止めただと!?」
二人の間に火花が散る。
リリィ王女がキャーキャーと騒ぐ。
「やめてヴォルク様! シリウス様は国宝級の顔面なんだから、傷つけたら戦争よ!」
「チッ、分かったよリリィ。……だが、俺様は認めたわけではないぞ! この国では『強さ』こそが正義! 歓迎パーティーで、貴様らの実力を試させてもらう!」
そう言って、私たちは城の最上階にある「天空の間」へと案内された。
そこは、屋根がなく、空が丸見えの宴会場だった。
中央には巨大な鉄板があり、その上で肉塊がジュージューと焼かれている。
「さあ、座れ! ガレリア流のバーベキューでもてなしてやる!」
席に着くと、いきなりヴォルク殿下が巨大な肉(骨付きマンモス肉のようなもの)を素手で掴み、私とシリウス様の皿に放り投げた。
ドスン!
皿が割れそうな音を立てる。
「食え! ただし、この肉は『激辛マグマソース』と『痺れ薬草』で味付けしてある! 軟弱な貴族の舌で耐えられるかな!?」
「アハハ! ミオナ、泣いて謝るなら今のうちよ!」
リリィ王女が得意げに笑う。
これが「歓迎パーティー」という名の拷問か。
私はナイフとフォークを手に取り、肉を優雅に切り分けた。
そして、一口食べる。
……辛い。
舌が焼けるように熱いし、痺れる。
普通の人間なら一口で悶絶し、救急車で運ばれるレベルだ。
「……ふぅ」
「どうだ! 参ったか!」
私はナプキンで口元を拭い、ニッコリと微笑んだ。
「……味が薄いですわね」
「はぁ!?」
「刺激が足りませんわ。もっとこう、致死量ギリギリのスパイスをお使いにならないと、私の舌は満足させられません」
私は懐から、マイ調味料(『地獄のデスソース・超濃縮版』)を取り出し、肉にドバドバとかけた。
真っ赤な肉が、ドス黒く変色する。
それを涼しい顔で完食してみせた。
「な、な、なんだあいつ……! 味覚が死んでるのか!?」
ヴォルク殿下が引いている。
「ミオナは以前、クラークたちが嫌がらせで入れた『激辛クッキー』を平気で食べていましたからね。耐性がついているんですよ」
シリウス様も、涼しい顔で肉を食べている。
「さて、メインディッシュはこれだけですか? 少々物足りないのですが」
私が挑発すると、ヴォルク殿下のこめかみに青筋が立った。
「ぬかせ! なら、次はこれだ!」
殿下が合図をすると、会場の周囲からガガガ……と音がして、無数の「自動矢発射装置」が現れた。
「食事中の余興だ! 飛んでくる矢を避けながらデザートを食え! これがガレリア流の『スリリング・ティータイム』だ!」
「きゃー! 素敵よヴォルク様!」
ヒュンヒュンヒュン!
四方八方から矢が飛んでくる。
私はティーカップを片手に、最小限の動きで首を傾げた。
ヒュッ。
頬の横を矢が通り過ぎる。
「シリウス様、お砂糖を」
「はい」
シリウス様は飛んでくる矢を指先で弾き飛ばし、ついでに飛んできた矢の先端で角砂糖を砕いて、私のカップに入れた。
カチャン。
「ありがとう」
私たちは雨あられと降る矢の中で、優雅にお茶を飲み続けた。
一本の矢が私の髪留めを掠め、もう一本がシリウス様の襟元を掠める。
けれど、直撃弾はゼロ。
むしろ、私たちは飛んでくる矢をフォークで打ち返し、ヴォルク殿下の皿の上にある肉を次々と串刺しにしていった。
「ぬおっ!? 俺の肉が!」
「あら、ごめんなさい。手が滑りましたわ」
5分後。
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私とシリウス様は、傷一つないまま、空になったティーカップを置いた。
「ご馳走様でした。……少し騒々しいBGMでしたけれど、退屈しのぎにはなりましたわ」
ヴォルク殿下は、口をポカンと開けて私たちを見ていた。
そして、突然大声で笑い出した。
「ガハハハハ!! すげぇ! すげぇぞお前ら!」
「えっ?」
「矢の雨の中で茶を飲むとは! まさに豪傑! 気に入った! お前ら、俺様の『マブダチ』にしてやる!」
殿下が立ち上がり、シリウス様の背中をバンと叩く。
「リリィの言う通り、ただの貴族じゃねぇな! 最高だ!」
「……はあ」
どうやら、この国の外交は「強さを見せれば解決する」という単純な構造らしい。
リリィ王女が膨れっ面をする。
「もー! ヴォルク様ったら! ミオナをいじめるんじゃなかったの!?」
「ガハハ! いじめ甲斐のない強者だ! リリィ、お前もいいライバルを持ったな!」
ヴォルク殿下は上機嫌だ。
「よし、明日は俺様が直々に、帝国の『最新兵器工場』を案内してやる! デートスポットに最適だぞ!」
「兵器工場……」
私はシリウス様と顔を見合わせた。
「……悪くありませんわね」
「ああ。最新技術の視察ができる」
私たちの目が、「商売人」と「策士」の色に変わる。
この筋肉皇太子、上手く転がせば、バーンシュタイン家のビジネスに大いに利用できそうだ。
「喜んでお供しますわ、殿下」
私が微笑むと、ヴォルク殿下は「うむ!」と満足げに頷いた。
こうして、私たちのハネムーン初日は、筋肉と矢と激辛料理によって、奇妙な友好関係を結ぶことで幕を閉じた。
夜、用意されたスイートルーム(壁一面に武器が飾られた部屋)にて。
「……ミオナ。本当にここで寝るのかい?」
「ベッドの下に地雷がないか確認してから寝ましょう」
シリウス様が苦笑しながら、私を抱き寄せる。
「君との旅は、本当に飽きないな」
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