悪役令嬢は婚約破棄に狂喜乱舞する!

猫宮かろん

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「見えてきたぞ、リリィ。あれがガレリア帝国の関所だ」

豪華な装飾が施された馬車の窓から、カイル王子は自信満々に外を指差した。

隣に座る聖女リリィは、長旅の疲れか、ぐったりとクッションに沈み込んでいる。

「うぅ……カイル様ぁ……お尻が痛いですぅ……」

「もう少しの辛抱だ。あの関所を越えれば、すぐに王都だ。そこにはミリオネがいる」

カイルは懐から、一通の手紙(※ミリオネからの絶縁状)を取り出し、愛おしそうに眺めた。

『二度と連絡してこないでください』

『着払いで送り返します』

この文面を見て、カイルは深く頷いた。

「……やはり、彼女は素直じゃないな」

「え?」

リリィが虚ろな目で首を傾げる。

「読んでごらん、リリィ。『二度と連絡するな』というのは、裏を返せば『手紙なんてまどろっこしい手段じゃなくて、直接会いに来て』という熱烈なメッセージだ」

「そ、そうなんですか……?」

「ああ。『着払いで送り返す』というのも、『貴方という存在そのものを私が受け止める』という比喩表現に違いない。彼女は昔から、照れ隠しでキツイ言葉を使う癖があったからな」

カイルは陶酔した表情で手紙にキスをした。

「待っていてくれ、ミリオネ。今すぐ君の寂しさを埋めに行ってやるぞ」

馬車は速度を落とし、ガレリア帝国の巨大な城壁の前に停車した。

「止まれ!」

屈強な帝国兵たちが、鋭い眼光で立ちはだかる。

彼らの装備は、ロゼリア王国の騎士団よりも遥かに洗練され、実戦的だ。

「何者だ。ここは帝国の重要拠点である北方関所だ」

隊長らしき男が、低い声で問う。

カイルは優雅に扉を開け、馬車から降り立った。

キラキラと輝く金髪をなびかせ、特注の白い軍服(※実戦未経験)を見せつけるようにポーズをとる。

「ご苦労。私はロゼリア王国第一王子、カイル・ド・ロゼリアだ」

「……ロゼリアの王子?」

兵士たちが顔を見合わせる。

「そうだ。極秘の任務で入国したい。すぐにゲートを開けろ」

カイルは当然のように命じた。

自国では、この名を出せば全ての扉が開かれたからだ。

しかし。

「……身分証の提示を」

隊長は眉一つ動かさずに言った。

「は?」

「パスポート、および入国許可証を見せていただきたい。なければお帰り願う」

事務的かつ冷徹な対応。

カイルは眉をひそめた。

「聞こえなかったのか? 私は王子だぞ? 隣国の王族に対し、そのような紙切れを要求するなど無礼ではないか!」

「規則ですので」

「融通が利かんな! これだから軍事国家は……。おい、これを見ろ!」

カイルは胸元の王家の紋章を見せつけた。

「この紋章が目に入らぬか!」

「……綺麗な刺繍ですね。で、入国許可証は?」

「き、貴様……!」

カイルが顔を真っ赤にして震える。

そこへ、馬車からリリィがヨロヨロと降りてきた。

「カイル様ぁ……どうしたんですかぁ? 私、トイレに行きたいんですけどぉ……」

「おっと、リリィ。下がっていなさい。ここの兵士たちは教育がなっていないようだ」

カイルがリリィを庇うように前に出る。

その様子を見て、兵士たちがヒソヒソと話し始めた。

「おい、あれか?」

「ああ、特徴が一致する。『金髪の勘違い男』と『ピンク髪の天然女』だ」

「間違いないな」

隊長が一つ咳払いをして、手元のリストを確認した。

そこには『要注意人物リスト』ではなく、『特別入国許可リスト(※ただし監視付き)』という項目があった。

備考欄には、皇帝アレクシス直筆の文字でこう書かれている。

『※通してよし。ただし、私の城に直行させること。逃がすな。泳がせろ。最高の見世物だ』

隊長は口元の笑みを隠し、急に態度を変えて敬礼した。

「……失礼いたしました! カイル殿下ですね! お待ちしておりました!」

「ん? おお、やっと分かったか」

カイルは機嫌を直して胸を張った。

「私の威光に気づくのが遅れたようだが、まあ許そう。で、通してくれるのだな?」

「はい! 皇帝陛下より、『もしカイル殿下がいらしたら、最優先で帝都へご案内するように』と仰せつかっております!」

「なに? あの冷徹帝アレクシスが?」

カイルは少し驚いたが、すぐにニヤリと笑った。

「ふっ……なるほど。彼も噂を聞きつけたか。私の政治手腕とカリスマ性を学びたいということだな?」

「は、はあ……(脳の構造を解剖したい、の間違いでは?)」

隊長は引きつった笑顔で答える。

「素晴らしい! 敵国の王族をも歓待するとは、ガレリア帝国も捨てたものではないな! よかろう、その招待を受けてやる!」

「ありがとうございます。では、こちらの専用レーンへどうぞ。護衛の兵士をつけさせていただきます」

「うむ。苦しゅうない」

カイルはリリィの手を取り、再び馬車へと乗り込んだ。

「やったね、カイル様! 歓迎されてますよ!」

「ああ。やはり私の魅力は国境を越えるようだ。ミリオネも、私がこれほど歓迎されていると知れば、自分の見る目のなさに気づいて戻ってくるだろう」

「ミリオネ様、また意地悪言わないといいんですけど……」

「大丈夫だ。私がガツンと言ってやる。『素直になれ』とな」

馬車が動き出す。

関所のゲートが重々しい音を立てて開く。

カイルたちは意気揚々と帝国の領土へと足を踏み入れた。

彼らは気づいていない。

自分たちの馬車の前後を、完全武装の精鋭部隊がガッチリとガードしていることに。

それは「護衛」ではなく、「護送」に近い陣形であることに。

「隊長、行かせました」

部下の兵士が報告する。

隊長は遠ざかる馬車を見送りながら、深く溜息をついた。

「……あんなのが一国の王子とはな。ミリオネ嬢が逃げ出したのも納得だ」

「陛下はどうなさるおつもりでしょう?」

「さあな。だが、あの『毒舌公爵令嬢』と『勘違い王子』が対面したら、城が吹き飛ぶほど面白いことになるのは間違いない」

隊長はニヤリと笑った。

「賭けるか? 王子が何分で泣かされるか」

「俺は五分に賭けます」

「俺は三分だ」

「じゃあ俺は、出会い頭の一撃で」

国境の兵士たちのささやかな賭けの対象となりながら、カイル王子一行は帝都へとひた走る。

その先で待ち受けるのが、甘い再会ではなく、ミリオネによる地獄の説教タイムであるとも知らずに。

「……くしゅん!」

帝都の執務室で、私は大きなくしゃみをした。

「どうした、ミリオネ。風邪か?」

「いいえ……なんか、すごく不快な寒気がしたの。まるで、生ゴミを積んだ馬車が近づいてくるような……」

私は腕をさすった。

「気のせいだといいんだけど」

私の野生の勘は、残念ながら的中率100%だった。
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