周囲が放っておいてくれません!悪役令嬢は自由なりたい!

黒猫かの

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「止まれぇぇぇ!」

ズザァァァッ!!

別荘の正門(倒れたまま)の前で、土煙を上げて止まったのは、十数名の騎士たちだった。

彼らは一様に肩で息をし、顔色は青白く、鎧は泥まみれだ。

先頭に立つ小隊長らしき男が、震える足で一歩前に出た。

「はぁ、はぁ……! み、ミシェル・フォン・ローゼン公爵令嬢……! 発見……!」

「お疲れ様。その顔色、肝臓が悪そうね」

私はテラスから冷ややかに見下ろした。

「王城からの追っ手ね? ご苦労なこと。アレクセイ殿下の手紙なら、さっき『着払い』で送り返したところよ」

「て、手紙などどうでもいい! 我々は国王陛下の勅命を受けた! 『ミシェル嬢を縄をつけてでも連れ戻せ』とな!」

小隊長が剣を抜いた。

……抜こうとしたが、鞘が錆び付いているのか、泥が詰まっているのか、ガチッと言って抜けなかった。

「あれっ?」

ガチャガチャ。

「おい、抜けないぞ! 整備班は何をしていた!」

「隊長! 整備班もミシェル様がいないと予算が下りなくてストライキ中です!」

「なんだとぉ!?」

締まらない。

あまりにも締まらない。

私は呆れて溜息をついた。

「ルーカス。相手にするのも可哀想だわ。お茶とお茶菓子(有料)でも出してあげたら?」

「いえ、ミシェル様。腐っても騎士です。実力行使に出る気配があります」

ルーカスがミスリルの鍬を構えた。

「私が相手をします。……手加減はできませんが」

「待て! 貴様、その構えは……ルーカス団長!?」

騎士たちがざわついた。

「まさか、本当に行方不明の団長がこんなところに!?」

「しかもなんだその武器は! 伝説の剣……じゃなくて鍬!?」

ルーカスは無表情で告げた。

「私は今、一般人だ。この農場を荒らす害虫は、元部下だろうと排除する」

「ひぃっ! 『氷の騎士団長』が『大地の農夫』にジョブチェンジしてる!」

騎士たちが怯んだその時だ。

「どきなさいぃぃぃ!!!」

背後から、さらに巨大な絶叫が聞こえた。

「え?」

騎士たちが振り返る間もなかった。

ドカァァァァン!!!

後方から飛んできた「何か」が、騎士たちの中心に着弾した。

人間ボウリングのように、騎士たちが四方八方に吹き飛ぶ。

「ぐわぁぁぁ!」

「ストライクぅぅ!」

土煙が晴れると、そこにはクレーターの中心で仁王立ちする少女の姿があった。

「マ、マリア!?」

私は身を乗り出した。

マリアは肩で息をしながら、私の方へキラキラした瞳を向けた。

「ミシェル様ぁ! 間に合いましたぁ!」

「間に合ったって、貴女……王都の門番をしていたんじゃ?」

「はい! でも、こいつらが『ミシェルを連れ戻す』とか言って城を出て行ったので、追いかけてきたんです! 止まれって言ったのに止まらないから、後ろから蹴散らしてきました!」

「蹴散らすどころか、轢き逃げよそれ」

マリアは私の足元まで駆け寄ってきた。

そして、くんくんと鼻を鳴らした。

「あ、あれ? なんかすごくいい匂いがします……」

彼女の視線が、私が収穫したばかりの野菜カゴに釘付けになった。

そこには、ドラゴンの肥料で育った、艶々のトマトやキュウリが入っている。

「お腹空いたんですか? 王都から走ってきたの?」

「はい……途中、熊と猪を倒して食べましたが、足りなくて……」

「(野生児すぎる……)」

私はカゴから一本のキュウリを取り出した。

「食べる? 採れたてよ」

「いいんですか!?」

マリアはキュウリをひったくると、丸かじりした。

ガリッ! ボリボリボリ!

豪快な咀嚼音が響く。

その直後。

カッ!!

マリアの身体が発光した(ように見えた)。

「な、なんですかこれぇぇぇ!?」

マリアが叫んだ。

「うまい! 甘い! そして……力が! 力が漲ってきますぅぅ!!」

メリメリメリッ!

マリアが着ていたドレスの袖が弾け飛び、二の腕の筋肉が一回りパンプアップした。

「えっ、怖い」

私はドン引きした。

「ミシェル様! これ、何が入ってるんですか!? ただの野菜じゃないですよね!? 食べたと瞬間に筋肉繊維が歓喜の歌を歌っています!」

「ええ、まあ……ドラゴンの肥料を使ってるから、栄養価は高いと思うけど……」

「ドラゴン! やはり! これは『竜の筋肉(ドラゴン・マッスル)』を作る野菜ですね!」

マリアは感動に打ち震えながら、残りのトマトも一瞬で平らげた。

そして、私の前に跪いた。

「ミシェル様! お願いがあります!」

「な、何?」

「私をここに住まわせてください!」

「は?」

「私、悟りました。王都の軟弱な食事では、私の筋肉は維持できません! この野菜こそが、私が求めていた『最強への糧』なんです!」

マリアは真剣な眼差しで訴えた。

「用心棒でも、荷物持ちでも、開墾でも何でもやります! 給料はいりません! 現物支給(この野菜)でお願いします!」

「……」

私は計算した。

食費(野菜)だけで、国一番の破壊兵器を雇用できる。

しかも、アレクセイから彼女を引き剥がせば、王都側の戦力ダウンにもなる。

一石二鳥。

いや、三鳥くらいある。

「……いいわよ」

私は鷹揚に頷いた。

「採用よ、マリア。ただし、畑の野菜を勝手に食べるのは禁止。私の許可を得てからにすること」

「はい! ありがとうございます、ボス!」

「ボスはやめて」

その時、吹き飛ばされていた騎士たちがヨロヨロと起き上がってきた。

「くっ……おのれマリア嬢……! 王太子の婚約者候補が、あちら側に着くとは……!」

「うるさいですぅ!」

マリアが振り返り、騎士たちを睨みつけた。

「私は今、ミシェル様と『野菜契約』を結びました! これより先、この農場に手出しする者は、私が宇宙の彼方まで投げ飛ばします!」

「ひぃっ!」

「さあ、どうしますか? やりますか? 今の私は野菜パワーで満ち溢れていますよ?」

マリアが近くにあった巨大な岩(漬物石用)を、片手でお手玉のようにポンポンと投げ上げた。

騎士たちは顔を見合わせた。

「……て、撤退だ!」

「団長もあっち側にいるし、マリア嬢も寝返った!」

「こんなの勝てるわけがない!」

「父ちゃん、母ちゃん、ごめんよぉぉ!」

騎士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

土煙を上げて去っていく彼らの背中は、来た時よりも数倍小さく見えた。

「……片付いたわね」

私は拍手した。

「素晴らしいわマリア。即戦力ね」

「へへっ、任せてください!」

マリアは力こぶを作って笑った。

袖が破れたドレスが痛々しいが、本人は気にしていないようだ。

「ミシェル様。これで防衛力は盤石ですね」

ルーカスが鍬を下ろし、満足げに頷いた。

「遠距離攻撃(着払い手紙)、近接防御(マリア)、後方支援(私)。完璧な布陣です」

「そうね。これなら安心して養鶏ができるわ」

私は伸びをした。

これで邪魔者はいなくなった。

……そう思っていた。

しかし、私の「平穏なスローライフ」への道は、どうしてこうも険しいのだろう。

その日の夕方。

マリアの歓迎会(野菜バーベキュー)をしている最中に、またしても「客」が現れたのだ。

今度は、武器を持った騎士でも、手紙を持った鳩でもない。

きらびやかな衣装を纏い、胡散臭い笑顔を浮かべた、恰幅の良い男だった。

「おやあ、ここですかな? 噂の『ドラゴン野菜』を作っている農場というのは」

男は揉み手をしながら近づいてきた。

「私は隣国の商人、ガッポリ・モウカルと申します。いやあ、いい匂いだ。お金の匂いがプンプンしますなぁ!」

「……」

私は焼いていたトウモロコシを置いた。

武力の次は、経済力か。

私の「悪役令嬢センサー」が反応した。

この男、使える。

しかし、一歩間違えれば厄介だ。

「マリア、ルーカス。武器(と筋肉)を収めて」

私はニッコリと営業スマイルを作った。

「いらっしゃいませ。当農場へようこそ。……入場料は金貨一枚ですが、よろしいですか?」
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