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王立学院の卒業パーティー。その最高潮とも言える瞬間に、会場の楽団が演奏をピタリと止めた。
代わりに響き渡ったのは、この国の第一王子、ライオネル・ド・パルフェの傲慢な声である。
「アマリ・エヴァレット! 貴様のような性根の腐った女との婚約は、今この瞬間を以て破棄させてもらう!」
シャンデリアの光を反射して、ライオネルの金髪が派手に揺れる。
その隣には、この世の悲劇を一身に背負ったような顔で震える、自称・聖女のルルが寄り添っていた。
「……えっ?」
会場の隅で、今まさにローストビーフの最後の一切れを口に運ぼうとしていたアマリ・エヴァレットは、フォークを止めて目を瞬かせた。
彼女は公爵令嬢。そして、今日の主役(悪い意味で)である。
「聞こえなかったのか? 貴様の悪事はすべて把握していると言ったのだ! ルルに対する陰湿な嫌がらせ、教科書を破り、ドレスにインクをかけ、挙句の果てには階段から突き落とそうとしただろう!」
ライオネルの指差し確認に、周囲の貴族たちが「おお、恐ろしい」「やはりあの悪役令嬢ならやりかねない」と、さも見てきたかのようなヒソヒソ話を始める。
アマリは、口に含みかけたローストビーフを一度皿に戻した。
そして、ゆっくりと口元をナプキンで拭う。
「……殿下、今、なんとおっしゃいました? 婚約、破棄?」
「そうだ! 今さら泣いて許しを乞うても遅いぞ!」
アマリの瞳が、これまでにないほどキラキラと輝き始めた。
絶望に濡れる瞳ではない。それは、給料日直前の会社員がボーナス支給額を見た時のような、あるいは閉店間際のスーパで半額シールが貼られる瞬間を目撃した時のような、純粋な歓喜の光だ。
「本当ですの!? 誓って!? 神に誓って!? 取り消しは無しですわよ!?」
「なっ……な、何を言っている。動揺して頭がおかしくなったか?」
ライオネルが気圧されて一歩引く。
そんな彼に、アマリはグイグイと詰め寄った。
「動揺? まさか! 感動しておりますのよ! 殿下、もう一度、もう一度だけ大きな声でお願いしますわ。会場の皆様にもしっかり聞こえるように!」
「あ、アマリ・エヴァレット、貴様との婚約を破棄する……!」
「やったあああああああ! 自由ですわ! 私は自由ですわーーー!」
アマリは両手を突き上げ、その場でくるりと一回転した。
豪華なドレスの裾がふわりと舞う。
その顔は、まるで長年の懲役を終えて出所してきたばかりの模範囚のように晴れやかだった。
「……お、お姉様? どうして喜んでいらっしゃるのですか? 私は、お姉様が反省して、謝ってくれればそれで良かったのに……」
隣で震えていた聖女ルルが、困惑した様子で口を開いた。
アマリは彼女の両肩をガシッと掴む。
「ルルさん! あなたは恩人ですわ! こんな重たい……あ、いえ、素敵な殿下を引き取ってくださるなんて、なんて慈悲深いのでしょう! さあ、遠慮はいりません。彼をどうぞ。返品・苦情は一切受け付けませんので、あしからず!」
「は……? 返品? 貴様、私を物のように!」
「あら殿下、物だなんて。殿下は物以上に維持費がかかるではありませんか。週に三回も特注のバラの花を私の屋敷に送りつけ、その代金を我が家の経費で落とさせようとするあつかましさ……。ああ、思い出しただけでも肩が凝りますわ!」
アマリは首を左右にポキポキと鳴らした。
その仕草は、およそ淑女とはかけ離れている。
「教科書を破った? 違いますわ、彼女がノートの端に殿下の似顔絵を描いてニヤニヤしていたから、勉強に集中しなさいと切り取って差し上げただけです! ドレスにインク? 彼女が自分でこぼしたところに、私がちょうどよく黒いリボンを縫い付けてデコレーションしてあげたんですのよ! 階段から突き落とす? 冗談ではありませんわ、背中に大きな毛虫がついていたから、全力で払い落としてあげただけですこと!」
「嘘よ……! 私、そんなこと……!」
ルルが顔を真っ赤にする。
アマリは、もはや彼女たちの反応などどうでもよさそうに、腰に手を当てて高笑いした。
「殿下、証拠ならあちらにございますわ。私が殿下のために夜な夜な代筆させられていた『国王陛下への活動報告書』の束! これを提出すれば、私の無実どころか殿下の怠慢が白日の下にさらされますけれど、よろしいかしら?」
「ぐっ……そ、それは……」
ライオネルの顔が、見る間に青ざめていく。
彼は知っていた。自分の華やかな学生生活が、アマリの完璧な事務処理能力に支えられていたことを。
「まあ、もう他人ですもの。そんな面倒なこと致しませんわ。私はこれから、このコルセットを脱ぎ捨てて、街の屋台で串焼きを十本食べるんですの。殿下、今まで短い間でしたが、忍耐力を養わせてくださってありがとうございました!」
アマリは優雅に、かつ猛烈なスピードで一礼した。
そして、唖然とする観衆をかき分け、出口へと突進していく。
「あ、待ちなさい! まだ話は終わって……!」
「バイバイ、ライオネル元殿下! あなたのナルシストな演説を聞かなくて済むと思うと、世界がバラ色に見えますわー!」
会場の扉を蹴破らんばかりの勢いで開け放ち、アマリは夜の街へと駆け出していった。
後に残されたのは、あまりの剣幕に言葉を失った王子と聖女、そして、どこか爽快感すら漂う沈黙だけだった。
「……さて」
王宮の庭園、暗がりに潜んでいた一人の男が、小さく独り言を漏らした。
近衛騎士団長のギルバートである。
彼は、手にした捕獲用の網(暴れ馬用)を静かに下ろした。
「……あいつ、本当にやりやがったな」
ギルバートの口角が、わずかに上がる。
彼は、逃亡するアマリの背中を追って、静かに歩き出した。
婚約破棄から始まる、アマリの「第二の人生(爆走モード)」は、今まさに幕を開けたのである。
代わりに響き渡ったのは、この国の第一王子、ライオネル・ド・パルフェの傲慢な声である。
「アマリ・エヴァレット! 貴様のような性根の腐った女との婚約は、今この瞬間を以て破棄させてもらう!」
シャンデリアの光を反射して、ライオネルの金髪が派手に揺れる。
その隣には、この世の悲劇を一身に背負ったような顔で震える、自称・聖女のルルが寄り添っていた。
「……えっ?」
会場の隅で、今まさにローストビーフの最後の一切れを口に運ぼうとしていたアマリ・エヴァレットは、フォークを止めて目を瞬かせた。
彼女は公爵令嬢。そして、今日の主役(悪い意味で)である。
「聞こえなかったのか? 貴様の悪事はすべて把握していると言ったのだ! ルルに対する陰湿な嫌がらせ、教科書を破り、ドレスにインクをかけ、挙句の果てには階段から突き落とそうとしただろう!」
ライオネルの指差し確認に、周囲の貴族たちが「おお、恐ろしい」「やはりあの悪役令嬢ならやりかねない」と、さも見てきたかのようなヒソヒソ話を始める。
アマリは、口に含みかけたローストビーフを一度皿に戻した。
そして、ゆっくりと口元をナプキンで拭う。
「……殿下、今、なんとおっしゃいました? 婚約、破棄?」
「そうだ! 今さら泣いて許しを乞うても遅いぞ!」
アマリの瞳が、これまでにないほどキラキラと輝き始めた。
絶望に濡れる瞳ではない。それは、給料日直前の会社員がボーナス支給額を見た時のような、あるいは閉店間際のスーパで半額シールが貼られる瞬間を目撃した時のような、純粋な歓喜の光だ。
「本当ですの!? 誓って!? 神に誓って!? 取り消しは無しですわよ!?」
「なっ……な、何を言っている。動揺して頭がおかしくなったか?」
ライオネルが気圧されて一歩引く。
そんな彼に、アマリはグイグイと詰め寄った。
「動揺? まさか! 感動しておりますのよ! 殿下、もう一度、もう一度だけ大きな声でお願いしますわ。会場の皆様にもしっかり聞こえるように!」
「あ、アマリ・エヴァレット、貴様との婚約を破棄する……!」
「やったあああああああ! 自由ですわ! 私は自由ですわーーー!」
アマリは両手を突き上げ、その場でくるりと一回転した。
豪華なドレスの裾がふわりと舞う。
その顔は、まるで長年の懲役を終えて出所してきたばかりの模範囚のように晴れやかだった。
「……お、お姉様? どうして喜んでいらっしゃるのですか? 私は、お姉様が反省して、謝ってくれればそれで良かったのに……」
隣で震えていた聖女ルルが、困惑した様子で口を開いた。
アマリは彼女の両肩をガシッと掴む。
「ルルさん! あなたは恩人ですわ! こんな重たい……あ、いえ、素敵な殿下を引き取ってくださるなんて、なんて慈悲深いのでしょう! さあ、遠慮はいりません。彼をどうぞ。返品・苦情は一切受け付けませんので、あしからず!」
「は……? 返品? 貴様、私を物のように!」
「あら殿下、物だなんて。殿下は物以上に維持費がかかるではありませんか。週に三回も特注のバラの花を私の屋敷に送りつけ、その代金を我が家の経費で落とさせようとするあつかましさ……。ああ、思い出しただけでも肩が凝りますわ!」
アマリは首を左右にポキポキと鳴らした。
その仕草は、およそ淑女とはかけ離れている。
「教科書を破った? 違いますわ、彼女がノートの端に殿下の似顔絵を描いてニヤニヤしていたから、勉強に集中しなさいと切り取って差し上げただけです! ドレスにインク? 彼女が自分でこぼしたところに、私がちょうどよく黒いリボンを縫い付けてデコレーションしてあげたんですのよ! 階段から突き落とす? 冗談ではありませんわ、背中に大きな毛虫がついていたから、全力で払い落としてあげただけですこと!」
「嘘よ……! 私、そんなこと……!」
ルルが顔を真っ赤にする。
アマリは、もはや彼女たちの反応などどうでもよさそうに、腰に手を当てて高笑いした。
「殿下、証拠ならあちらにございますわ。私が殿下のために夜な夜な代筆させられていた『国王陛下への活動報告書』の束! これを提出すれば、私の無実どころか殿下の怠慢が白日の下にさらされますけれど、よろしいかしら?」
「ぐっ……そ、それは……」
ライオネルの顔が、見る間に青ざめていく。
彼は知っていた。自分の華やかな学生生活が、アマリの完璧な事務処理能力に支えられていたことを。
「まあ、もう他人ですもの。そんな面倒なこと致しませんわ。私はこれから、このコルセットを脱ぎ捨てて、街の屋台で串焼きを十本食べるんですの。殿下、今まで短い間でしたが、忍耐力を養わせてくださってありがとうございました!」
アマリは優雅に、かつ猛烈なスピードで一礼した。
そして、唖然とする観衆をかき分け、出口へと突進していく。
「あ、待ちなさい! まだ話は終わって……!」
「バイバイ、ライオネル元殿下! あなたのナルシストな演説を聞かなくて済むと思うと、世界がバラ色に見えますわー!」
会場の扉を蹴破らんばかりの勢いで開け放ち、アマリは夜の街へと駆け出していった。
後に残されたのは、あまりの剣幕に言葉を失った王子と聖女、そして、どこか爽快感すら漂う沈黙だけだった。
「……さて」
王宮の庭園、暗がりに潜んでいた一人の男が、小さく独り言を漏らした。
近衛騎士団長のギルバートである。
彼は、手にした捕獲用の網(暴れ馬用)を静かに下ろした。
「……あいつ、本当にやりやがったな」
ギルバートの口角が、わずかに上がる。
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