断罪された悪役令嬢は、気楽に過ごしたい。

黒猫かの

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婚約破棄から一夜明けた、エヴァレット公爵家。
世間では「悪役令嬢アマリ、ショックのあまり寝込む」あるいは「狂乱して屋敷を破壊」といった噂が飛び交っていたが、現実はそのどちらでもなかった。

「……九十八! 九十九! ひゃーく! よし、あと五百回追加ですわ!」

爽やかな朝の光が差し込む庭園で、アマリはドレスの袖をまくり上げ、巨大な石像を担ぎながらスクワットを繰り返していた。
その額には美しい汗が光り、表情はこれ以上ないほどに生き生きとしている。

「お、お嬢様……。せめて、その石像を元に戻してください。それは初代公爵の記念碑でございます……」

老執事のセバスが、ハンカチで冷や汗を拭きながら懇願する。
しかしアマリは、止まらない。

「何を言っていますのセバス! 昨日の今日で、私の心はこれまでにないほどに高ぶっていますの! この溢れるエネルギーをどこにぶつけろと言うのですか!」

「それは、その……刺繍とか、読書とか……」

「刺繍? 針で指を刺すような繊細な作業は、今の私の爆発的な筋力には耐えられませんわ! ほら、見てください! 昨晩より二ミリほど上腕二頭筋が主張を始めていますのよ!」

アマリが力こぶを作ると、セバスは遠い目をして天を仰いだ。
そこへ、重厚な足音が近づいてくる。
公爵家の主であり、アマリの父であるエヴァレット公爵だ。

「アマリ、朝から騒がしいぞ。……そして、なぜ石像と戯れている」

「お父様! おはようございます! 戯れているのではなく、対話しているのですわ。石の重みは、私に自由の重さを教えてくれます!」

「……そうか。お前の自由が石像単位であることは理解した。ところで、王宮から正式に書状が届いたぞ」

公爵が差し出した書状。
そこには、ライオネル王子からの「正式な」婚約破棄通知と、それからアマリに対する一ヶ月の「自宅謹慎」の命令が記されていた。

「謹慎? まあ、なんて素敵な響きでしょう! つまり一ヶ月間、あのアホ面を見なくて済むだけでなく、家から出ずにひたすら己を磨いていろということですわね!」

「……普通、令嬢にとって謹慎は死に等しい屈辱なのだがな。お前は本当に私の娘か?」

「お父様の娘だからこそ、このポジティブさがあるのですわ! さあ、セバス! 今日からの一ヶ月、私の特別メニューを作成しますわよ! 朝は石像、昼は丸太担ぎ、夜は魔導書の音読による脳筋トレですわ!」

「お嬢様、最後のは単なる勉強ではないでしょうか……」

アマリが鼻息荒く宣言していると、庭園の入り口に長身の影が現れた。
銀色の甲冑を纏った、近衛騎士団長のギルバートだ。

「……騒がしいと思えば、やはりお前か、アマリ」

「あら、ギルバート! また私の監視? 熱心ですわね、私に惚れているのかしら?」

アマリが冗談めかして笑うと、ギルバートは一瞬だけ口を噤み、視線を逸らした。
その耳の端がわずかに赤いことに、筋肉に夢中のアマリは気づかない。

「……馬鹿なことを言うな。俺は陛下からの伝言を届けに来ただけだ。ライオネル殿下が、お前の謹慎期間中の監視を俺に命じられた」

「えっ? ギルバートが私の家に住み込みで監視してくれるんですの!? 最高ですわ! ちょうど組み手の相手が欲しかったところなんです!」

「住み込みではない。毎日通うだけだ。……それから、組み手などしない。俺はお前の暴走を止めるために来たんだ」

ギルバートは深いため息をつき、アマリが担いでいる石像を指差した。

「まず、それを置け。石像が泣いているぞ」

「あら、意外と重厚感があって落ち着くんですのよ? ……でも、ギルバートがそう言うなら。――せーのっ!」

ズシンッ! と大地を揺らす音とともに、アマリは石像を元の台座に戻した。
一ミリのズレもない完璧な復元に、ギルバートは呆れを通り越して感心してしまう。

「……お前、本当に令嬢だよな?」

「失礼ですわね。これでもダンスの授業では『破壊神』の異名を持つほど華麗に舞っていたんですのよ?」

「それは褒め言葉ではないと思うぞ。……まあいい。謹慎期間中、大人しくしているなら俺も無理な干渉はしない。だが、街へ出ようとしたり、ライオネル殿下に嫌がらせを送ろうとしたら即座に拘束する」

「嫌がらせ? 冗談ではありませんわ。あの方の名前を思い出す時間があるなら、スクワットをもう十回しますわよ。殿下より筋肉。それが今の私のモットーです!」

アマリはそう言うと、ギルバートの目の前で軽やかに屈伸を始めた。
その無防備で、かつ太陽のように明るい笑顔。
ギルバートは眉間にシワを寄せ、胸の奥に湧き上がる奇妙な焦燥感を誤魔化すように、剣の柄を強く握りしめた。

「……とにかく、騒ぎを起こすなよ。分かったか」

「はいはい、分かりましたわ! ギルバート先生!」

アマリの返事は元気一杯だったが、彼女の瞳にはすでに「庭園の木々を使った新トレーニング」の構想が浮かんでいた。
謹慎という名の地獄を期待していた王宮の面々が、この光景を見たら腰を抜かすに違いない。

アマリ・エヴァレット。
彼女にとって、逆境とは筋肉を育てるための「負荷」に過ぎないのである。
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