異世界のキルヒ

がおきち

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1話

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「おい、大丈夫か!?」


突然耳に飛び込んだ、聞こえるはずのない声。
おかしいな、俺家で寝てるはずなんだけど…。
…もしかして、学校で寝ちゃってたり…?爆睡しすぎて家だと思っちゃってる…?
重たい瞼をゆっくりあげると、そこには知らない男の人がいた。


「…え?」

「はぁ…よかった。意識はあるみたいだな。痛いところは?」

「え…?いや、ない、ですけど、」


突然のわけのわからない質問に、俺は寝起きのかすれた声で答えた。
この人、凄く顔が整ってる。イケメンだ。
程よく焼けた肌に合う、明るい茶色の髪の毛。
長すぎず、短すぎない髪の毛で、少し目にかかる前髪の間から見える目がセクシーで…。
こんなにかっこいい人、初めて見た。
ぽけーっと夢見心地のまま見惚れていると、違和感に気づく。


「…あれ?」


彼の後ろに見えているのは、間違いなく外の景色。
煉瓦でできた建物が見える。
…煉瓦の建物??
そんな建物、俺の家の近くにあったっけ。
ゆっくり視線をずらして色々なところを見るけど、知らない。こんなところ、初めて見た。


「ここ、どこ」


心臓がどくどくと音を立て始めた。
知らない、こんなところ、知らない。
ふわふわと浮いているような不安な感覚に、背中に汗が伝う。
立とうとして、自分の足元を見た俺は、更に混乱した。


「ふぇ、な、んで」


なんで、俺何も履いてないんだ。
それにびっくりしたのと、前にいる初対面の人にその姿を見られ、混乱と恥ずかしさで涙が出てきた。


「っ、大丈夫…じゃなさそうだよね。」


そう言うとかっこいいお兄さんは、俺に上着をかけてくれた後に、俺をひょいと持ち上げた。


「ここだといろいろ不安だと思うから、俺の家で話を聞いてもいい?」

「ひっ、ぐすっ、うん、」


どうして初対面の俺に、そんなに気を使ってくれるんだろう。
どうして下半身丸出しの怪しすぎる俺に、そんなに優しくしてくれるんだろう。

抱き上げられた腕の中で、何がなんだかわからなくて俺は泣き続けてしまった。


◇◇◇


「あの、ほんとにすいませんでした…。突然泣いたり運ばせたりしてしまって…上着まで貸してくださって…。」

「あぁ、大丈夫だよ。気にしないで。」


彼は柔らかく笑うと、俺の頭をさらりと撫でた。
それがあまりにも自然で、心地が良くて、思わずどきりとときめきかけた。
今は地面で倒れていた俺のために、お風呂のお湯を沸かしてくれている最中だ。
ほんとに、申し訳なさでいっぱいだ。


「そういえばまだお互いの名前も知らないな。俺はルーク。ルークでいいよ。」

「あ…えっと俺は、凛です。」

「リンか。リン、どうしてあそこで倒れていたのか覚えてる?」

「それが、俺にもよく分かんなくて、」


本当に分からない。
俺は家でいつものように寝ていたはずなのに。
それなのに気づいたら全く知らないところで倒れてた。
それも、上しか服を着てない状態で。

訳が分からなくて、怖くて、不安で、ここが何処なのかもよく分からない。


「あの、ここは何処…?」

「ここはポラリスという町だよ。」

「ぽ…ら??」

「ポラリス。…もしかして、聞いたことない?」


恐る恐る首を縦に振る。
聞いたことない、そんなカタカナの町。
カタカナの町なんて、俺の住んでた市には無かった。もしかして、とある不安が頭をよぎる。


「ここって、もしかして日本じゃない所、ですか?」

「ニホン?それは地名か何か?」


あぁ、ここは日本じゃないんだ。
ルークの反応を見て確信した。
…でも、日本じゃない国に住んでる人だって、日本の名前は1度くらいなら聞いたことあるんじゃないかな…。


「あ、えっと、ジャパン…ジャパン!」

「ジャパン?」

「侍の国、ジャパン!」

「…サムライ?」


うそ、通じてない。
もしかして、ここって、日本が無い世界…?よく小説とかアニメとかで見る、異世界っていう所…??
信じられないけど、一番信憑性が高そう。


「リン?大丈夫?」

「お、俺、もしかしたら、」


これを言ったら、ルークはどう思うだろう。
引くかな。…引くだろうな…。
でも、下半身丸出しの俺を家に入れてくれた、優しい人だ。もしかしたら、引かないでくれるかもしれない。


「俺、異世界から来たのかもしれない…」


緊張で声が震えて、最後の方は小さくなってしまった。
…やっぱり言わなきゃよかった、というか、こういう重要なことはもっと考えてから言わないといけなよね、と今更後悔。

沈黙が怖くて下を向いてしまい、今ルークがどんな顔をしてるのか分からない。


「…やっぱり。そうだろうなと思った」

「……へ?」


予想してなかった反応に、ぱっと顔を上げると何故か暖かい眼差しを俺に向けるルークさんがいた。


「え、なん、どういう、」

「昔から稀にあるんだ。異世界から人がやってくる事が。…とは言っても、実際こうやって会うのは初めてなんだけどね。」

「そうなの!?」


ってことは、俺、本当に異世界に来ちゃったんだ。
それにしても、なんで突然…俺は寝てただけなのに。
…でも待てよ。異世界から人がやってくるということは、帰り方もあるってことじゃ…??


「じゃ、じゃあ、帰り方とかもあるんだよね…?」

「…ううん、残念ながら帰れた人はいないよ。」

「え…」

「本当に突然来るみたいで、帰り方は分からないままらしい。」

「そんな…。」


じゃあ、俺はどうすれば…。
こんな知らない世界で、1人で生きていける自信なんてない。

まず働かなくちゃいけないし、でも住所もないから働けるか分からない。
家だって借りたいけど、お金がなくちゃ借りられない。


「どうしよう…まず、仕事…」

「いいよ、仕事なんてしないで。」

「え、いや、でも仕事しないとどこにも住めないし、生きていけない」

「ここに住めばいいでしょ?」

「…へっ?」


思いがけない言葉に、ぽかん、と口が開いたまま閉じない。
ここに住めばいい…??
なんて、なんてルークは優しいんだ。


「えっと、その気持ちだけで嬉しい、です。でも住み込みで働ける場所があれば、そこで働くから、っ!?」

「住み込みで働く…?」


突然ルークに腕を掴まれ、冷たい声で言われて体が竦む。


「る、ルーク?」

「住み込みっていったら、ここら辺はいかがわしいお店しかないよ?痛いこともされるかもしれないんだよ?」

「っ…」


それは、いやだ、怖い。
でもそうしたら、どうすれば…。
ルークに頼るしかなくなってしまう。


「だから、ね?一緒に暮らそう?」

「……いいの…?」

「勿論。…逆に、それ以外は認められないな。」

「あ、え、っと、あの、よろしくお願いします…」

「うん、よろしくね。」


ルークは優しく微笑んだ。
一緒に住まわせてもらうことになったけど、毎日こんなにかっこいいルークを目にして、俺の心臓大丈夫かな…とちょっと心配になった。
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