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第二十話 五年前から一年前に
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今でも思い出せる、五才の誕生日。
その日はちょうど日曜日で、家族皆でレストランで食事をした。確か私はお子様ランチを食べた記憶がある。
「誕生日おめでとうございまーす!」
デザートに出てきた白いケーキはバースデイ用の特別製で、小さな花火が立っていた。
キレイな火花がパチパチ散るのを、ドキドキしながら眺めたっけ。
食事の後、てっきりオモチャ屋さんに連れて行ってもらえるものだと思っていたら、パパの車はぜんぜん知らない道を走っていく。
何だろう?プレゼントを買ってくれるんじゃないのかな……?
なんて、ちょっと不安になってきた頃、車は普通のお家の前で停まった。
「よう!神田川!久しぶりだな」
「今日は子ども達を連れてきたよ。例の件、よろしく頼むな」
どうやらパパのお友達の家みたいだ。挨拶をして家に上げてもらうと、おじさんが奥の部屋のドアを開けた。
「さあ、こっちこっち。どれでも好きなのを選んでくれ」
ワン! キャンキャン! クウ~ン……
そこには、生後一か月?二か月?よく分からないけど、それくらいの子犬がいた。それも五匹!
柴犬という種類らしい。
何なの? 何なの? すごく可愛い!
丸い顔に、つぶらな瞳。まだまだ短い足に、クルンと丸まった尻尾。
もしかして、これがプレゼント?
うれしい!うれしすぎる!
そんなことを考えながら子犬たちを見ていると、一匹の子がトコトコこちらに歩いてきた。
その子は後ろ足で立ち上がり、私の足にしがみつくようにして、こちらを見上げてくる。取れちゃいそうなくらい、尻尾を力強く振って、「ワン!」と一声鳴いた。
もう、それだけで私はメロメロだ。両親に頼んで、その子を家に連れて帰ることになった。それがマルだった。
それからの私の生活は、すっかりマルが中心になった。マルは家族全員になついていたけど、一番は私だ。学校から帰ると、真っ先にマルのところに行って、一緒に遊んだ。朝の散歩はママの担当だったけど、夕方の散歩は私の役目。ご飯をあげたり、お手を教えたり。おこづかいを貯めて、新しい首輪を買ったこともある。
マルは家族の一員として、幸せに暮らしていたけれど……それが変わったのは、去年のことだ。
去年の春、私とお兄ちゃんが登校中、車にはねられた。何かを避けようとした車がハンドルを切って、普通に歩道を歩いていた私達に、後ろからぶつかったのだ。本当に迷惑でしかない。
二人とも打撲と足の骨折で済んだのは、不幸中の幸いだった。だけど運悪く、運ばれた救急病院がお兄ちゃんとは別々で、そのまま違う病院で入院生活が始まったことだ。当然、両親はてんてこ舞いで、私たちの世話で大変だった。
その間、パパもママも、マルの世話はしていたようだけど、どうしても普段よりは、おろそかになってしまう。
私とお兄ちゃんが退院してしばらく経った頃、マルの様子がおかしいのに気が付いた。
エサを前より残すし、散歩もあまり乗り気じゃない。変だと思って、病院に連れて行ってもらうと……
マルは心臓病にかかっていた。
「もう少し早く気が付いていれば……」
先生の言葉が忘れられない。
マルはその後、三か月闘病をして、結局助からなかった。
家族が学校や仕事に行っている間、ママが車で病院に連れて行こうとしたら、もう息がなかった。
たった四年しかなかった、マルの一生。その最後の数か月を、寂しい思いをさせた上に、病気にも気付いてあげられなかった。事故が原因だし、入院した私達の面倒を見ながらマルの世話もしていた、両親を責められない。
事故を起こしたおじさんには文句の一つも言いたいけれど、その人だって被害者の飼い犬がこんなふうになるなんて思ってもいないだろうし……だけど……
運が悪かった。ついてなかった。
そんな言葉で片付けてしまえるほど、割り切ることもできなかった。
「マル……マルに会いたいよ……」
さっきの涙で頭の中がタプンタプンになったのか、何も考えることができない。ただ、マルに会いたい。
私は発作的に赤いカギを取り出して、天国への扉を開き、中に飛び込んだ。
その日はちょうど日曜日で、家族皆でレストランで食事をした。確か私はお子様ランチを食べた記憶がある。
「誕生日おめでとうございまーす!」
デザートに出てきた白いケーキはバースデイ用の特別製で、小さな花火が立っていた。
キレイな火花がパチパチ散るのを、ドキドキしながら眺めたっけ。
食事の後、てっきりオモチャ屋さんに連れて行ってもらえるものだと思っていたら、パパの車はぜんぜん知らない道を走っていく。
何だろう?プレゼントを買ってくれるんじゃないのかな……?
なんて、ちょっと不安になってきた頃、車は普通のお家の前で停まった。
「よう!神田川!久しぶりだな」
「今日は子ども達を連れてきたよ。例の件、よろしく頼むな」
どうやらパパのお友達の家みたいだ。挨拶をして家に上げてもらうと、おじさんが奥の部屋のドアを開けた。
「さあ、こっちこっち。どれでも好きなのを選んでくれ」
ワン! キャンキャン! クウ~ン……
そこには、生後一か月?二か月?よく分からないけど、それくらいの子犬がいた。それも五匹!
柴犬という種類らしい。
何なの? 何なの? すごく可愛い!
丸い顔に、つぶらな瞳。まだまだ短い足に、クルンと丸まった尻尾。
もしかして、これがプレゼント?
うれしい!うれしすぎる!
そんなことを考えながら子犬たちを見ていると、一匹の子がトコトコこちらに歩いてきた。
その子は後ろ足で立ち上がり、私の足にしがみつくようにして、こちらを見上げてくる。取れちゃいそうなくらい、尻尾を力強く振って、「ワン!」と一声鳴いた。
もう、それだけで私はメロメロだ。両親に頼んで、その子を家に連れて帰ることになった。それがマルだった。
それからの私の生活は、すっかりマルが中心になった。マルは家族全員になついていたけど、一番は私だ。学校から帰ると、真っ先にマルのところに行って、一緒に遊んだ。朝の散歩はママの担当だったけど、夕方の散歩は私の役目。ご飯をあげたり、お手を教えたり。おこづかいを貯めて、新しい首輪を買ったこともある。
マルは家族の一員として、幸せに暮らしていたけれど……それが変わったのは、去年のことだ。
去年の春、私とお兄ちゃんが登校中、車にはねられた。何かを避けようとした車がハンドルを切って、普通に歩道を歩いていた私達に、後ろからぶつかったのだ。本当に迷惑でしかない。
二人とも打撲と足の骨折で済んだのは、不幸中の幸いだった。だけど運悪く、運ばれた救急病院がお兄ちゃんとは別々で、そのまま違う病院で入院生活が始まったことだ。当然、両親はてんてこ舞いで、私たちの世話で大変だった。
その間、パパもママも、マルの世話はしていたようだけど、どうしても普段よりは、おろそかになってしまう。
私とお兄ちゃんが退院してしばらく経った頃、マルの様子がおかしいのに気が付いた。
エサを前より残すし、散歩もあまり乗り気じゃない。変だと思って、病院に連れて行ってもらうと……
マルは心臓病にかかっていた。
「もう少し早く気が付いていれば……」
先生の言葉が忘れられない。
マルはその後、三か月闘病をして、結局助からなかった。
家族が学校や仕事に行っている間、ママが車で病院に連れて行こうとしたら、もう息がなかった。
たった四年しかなかった、マルの一生。その最後の数か月を、寂しい思いをさせた上に、病気にも気付いてあげられなかった。事故が原因だし、入院した私達の面倒を見ながらマルの世話もしていた、両親を責められない。
事故を起こしたおじさんには文句の一つも言いたいけれど、その人だって被害者の飼い犬がこんなふうになるなんて思ってもいないだろうし……だけど……
運が悪かった。ついてなかった。
そんな言葉で片付けてしまえるほど、割り切ることもできなかった。
「マル……マルに会いたいよ……」
さっきの涙で頭の中がタプンタプンになったのか、何も考えることができない。ただ、マルに会いたい。
私は発作的に赤いカギを取り出して、天国への扉を開き、中に飛び込んだ。
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