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第二十八話 ヒマリちゃんと紫の呪い
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先に帰ってしまった、レミナと栗原さん。二人を追うべきか迷いながら校門の近くまで行くと……
校門の影に、さっき悪魔に襲われた下級生の女子が隠れるようにして立っていた。
「どうしたの?」
「あのね……さっき、怖い鳥みたいな人がいたの。だから、一人で帰るのが怖くて……ここに隠れてたの」
「そうなんだ? 家はどっちの方?」
半ベソをかいて怖がっている姿がかわいそうで、私はその子を家まで送っていくことにした。それにしても、あの黒い翼の悪魔はこの子の記憶を消し忘れたらしい。天使に関する記憶は残ってなさそうだけど、大丈夫かな? またアイツに襲われたりしなければいいけど……
考え事をしながら歩いていると、女の子が話しかけてきた。
「お姉ちゃん、ありがとう。私、二年二組の、城戸崎ヒマリです。お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」
「私は四年三組の神田川マユっていうの。ヒマリちゃんっていうんだ、カワイイ名前だね」
そう答えると、ヒマリちゃんは照れ臭そうに笑っている。いやいや、名前だけでなく、顔も声もカワイイ。お人形さんみたいだ。
彼女は、私の家から百メートルほど手前のアパートに立ち止まると、恥ずかしそうにしながら
「私のウチ、ここの二階の奥なんです。……あの、マユお姉さん、もし今度、学校で会ったら、話しかけてもいいですか?」
「もちろん! いつでも話しかけて!」
いつの間にか、私は笑顔になっていた。
家に帰り、自分の部屋で一人きりになって、天使仲間の二人のことを思い出すまでは。
レミナも、栗原さんも、あの後どうしただろう。ちゃんと家に帰れたんだろうか。体調を崩したりしなかっただろうか……
***
そして、翌朝。私は昨日のことが気になり、いつもより早く登校すると、友人二人が来るのを待っていた。教室の窓際で待ち構えていると、校舎に向かってくる生徒達の中に、彼女達の姿を見つけて、安心する。
「レミナー! 栗原さーん! おっはよ~!」
校舎の入り口近くまで歩いてきた二人に、ブンブンと手を振った。レミナが、栗原さんが、それぞれ顔を上げてこちらを見る。でも、そのまま視線を下ろして、無言、無表情のまま、玄関に向かっていく二人。
え……? なんで……?
「どうしたの? ケンカでもしたの?」
私の前の席の子が、不思議そうに聞いてきた。
「ううん、なんでも……」
なんでもないはずが、ない。だけど、今の私には、そう応えるのが精一杯だった。
***
チャイムの音が鳴り響く。午前中の授業が終わって、普段だったら待ち望んでいる給食の時間だ。
だけど今日は、様子が違った。いや、給食が楽しみなのは変わらないけど、レミナと栗原さんの様子がおかしいのに、皆、気付いたのだ。
普段だったら、うるさいくらい、にぎやかなレミナが、休憩時間になっても、何も言わず、表情も変えずに、席に座ったままでいる。超秀才の栗原さんが、授業中、先生に当てられて、机の上をじっと見たまま「分かりません」とだけ答える。
「お前ら……具合が悪かったら、早退してもいいんだぞ?」
担任の速水先生が心配して声をかけても「なんでもありません」の一言だ。今も、遠くの席で、無言のまま給食のパンやシチューを口に運んでいる二人。
私の前に座っている女子二人が、ヒソヒソ話を始めた。
「なんかさぁ、あの二人、感じ悪いよね……」
「あのね、二人とも、悪気とかあってやってるわけじゃないよ! 調子悪いって、昨日言ってたもん!」
前半は本当だけど、後半は、でまかせだ。レミナと栗原さんが悪く言われるのに耐えられなかったから……
食べ終わった食器を片付けると、私はすぐさま校舎の屋上に行った。誰もいないのを確かめ、赤いカギで三角を書く。いつも感じたことのない不安な気持ちのまま、天国への扉をくぐった。
***
「ああ~……これは紫の呪いです」
エンゼリアのインフォメーションで、私の顔を見たハナさんが、気の毒そうな顔で言う。
「呪われた紫色のガスを吸って、心が身体と切り離されてるのナン。意識があるのに、体が勝手に、思ってることと違う行動をとってしまうのナン。マユさんはちょっとしか吸ってなかったから、ほとんど影響がなかったけど……肺に一杯吸い込むと、大変なことになりますナン」
「じゃあ、レミナと栗原さんの呪いは、どうやって解いたらいいの!?」
私が食い気味に話しかけると、ハナさんはカウンターの引き出しから何かを取り出すと
ピッコン!
と私の頭を小さく叩いた。
「……えっ!?」
驚く私の身体から、ほんの少し、紫色の煙が立ち上る。ハナさんの手に握られているのは、極小サイズのピコピコハンマーだった。
「これは、まゆさんが持ってる太鼓判ハンマーと同じ効果があるのナン。威力はずっと小さいですけどね。悪魔の呪いがかかっていれば、だいたいハンマーで叩いておけば、ナンとかなるのナン」
そうだったんだ。味方をハンマーで叩くなんて発想、全然なかった。
「ありがとう、ハナさん! 明日、二人をぶっ叩いてくるね!!」
「言い方が物騒だけど、頑張ってくるナン、応援するナン!」
ハナさんの声援を背に受けて、私は一人、人間界に戻っていった。
校門の影に、さっき悪魔に襲われた下級生の女子が隠れるようにして立っていた。
「どうしたの?」
「あのね……さっき、怖い鳥みたいな人がいたの。だから、一人で帰るのが怖くて……ここに隠れてたの」
「そうなんだ? 家はどっちの方?」
半ベソをかいて怖がっている姿がかわいそうで、私はその子を家まで送っていくことにした。それにしても、あの黒い翼の悪魔はこの子の記憶を消し忘れたらしい。天使に関する記憶は残ってなさそうだけど、大丈夫かな? またアイツに襲われたりしなければいいけど……
考え事をしながら歩いていると、女の子が話しかけてきた。
「お姉ちゃん、ありがとう。私、二年二組の、城戸崎ヒマリです。お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」
「私は四年三組の神田川マユっていうの。ヒマリちゃんっていうんだ、カワイイ名前だね」
そう答えると、ヒマリちゃんは照れ臭そうに笑っている。いやいや、名前だけでなく、顔も声もカワイイ。お人形さんみたいだ。
彼女は、私の家から百メートルほど手前のアパートに立ち止まると、恥ずかしそうにしながら
「私のウチ、ここの二階の奥なんです。……あの、マユお姉さん、もし今度、学校で会ったら、話しかけてもいいですか?」
「もちろん! いつでも話しかけて!」
いつの間にか、私は笑顔になっていた。
家に帰り、自分の部屋で一人きりになって、天使仲間の二人のことを思い出すまでは。
レミナも、栗原さんも、あの後どうしただろう。ちゃんと家に帰れたんだろうか。体調を崩したりしなかっただろうか……
***
そして、翌朝。私は昨日のことが気になり、いつもより早く登校すると、友人二人が来るのを待っていた。教室の窓際で待ち構えていると、校舎に向かってくる生徒達の中に、彼女達の姿を見つけて、安心する。
「レミナー! 栗原さーん! おっはよ~!」
校舎の入り口近くまで歩いてきた二人に、ブンブンと手を振った。レミナが、栗原さんが、それぞれ顔を上げてこちらを見る。でも、そのまま視線を下ろして、無言、無表情のまま、玄関に向かっていく二人。
え……? なんで……?
「どうしたの? ケンカでもしたの?」
私の前の席の子が、不思議そうに聞いてきた。
「ううん、なんでも……」
なんでもないはずが、ない。だけど、今の私には、そう応えるのが精一杯だった。
***
チャイムの音が鳴り響く。午前中の授業が終わって、普段だったら待ち望んでいる給食の時間だ。
だけど今日は、様子が違った。いや、給食が楽しみなのは変わらないけど、レミナと栗原さんの様子がおかしいのに、皆、気付いたのだ。
普段だったら、うるさいくらい、にぎやかなレミナが、休憩時間になっても、何も言わず、表情も変えずに、席に座ったままでいる。超秀才の栗原さんが、授業中、先生に当てられて、机の上をじっと見たまま「分かりません」とだけ答える。
「お前ら……具合が悪かったら、早退してもいいんだぞ?」
担任の速水先生が心配して声をかけても「なんでもありません」の一言だ。今も、遠くの席で、無言のまま給食のパンやシチューを口に運んでいる二人。
私の前に座っている女子二人が、ヒソヒソ話を始めた。
「なんかさぁ、あの二人、感じ悪いよね……」
「あのね、二人とも、悪気とかあってやってるわけじゃないよ! 調子悪いって、昨日言ってたもん!」
前半は本当だけど、後半は、でまかせだ。レミナと栗原さんが悪く言われるのに耐えられなかったから……
食べ終わった食器を片付けると、私はすぐさま校舎の屋上に行った。誰もいないのを確かめ、赤いカギで三角を書く。いつも感じたことのない不安な気持ちのまま、天国への扉をくぐった。
***
「ああ~……これは紫の呪いです」
エンゼリアのインフォメーションで、私の顔を見たハナさんが、気の毒そうな顔で言う。
「呪われた紫色のガスを吸って、心が身体と切り離されてるのナン。意識があるのに、体が勝手に、思ってることと違う行動をとってしまうのナン。マユさんはちょっとしか吸ってなかったから、ほとんど影響がなかったけど……肺に一杯吸い込むと、大変なことになりますナン」
「じゃあ、レミナと栗原さんの呪いは、どうやって解いたらいいの!?」
私が食い気味に話しかけると、ハナさんはカウンターの引き出しから何かを取り出すと
ピッコン!
と私の頭を小さく叩いた。
「……えっ!?」
驚く私の身体から、ほんの少し、紫色の煙が立ち上る。ハナさんの手に握られているのは、極小サイズのピコピコハンマーだった。
「これは、まゆさんが持ってる太鼓判ハンマーと同じ効果があるのナン。威力はずっと小さいですけどね。悪魔の呪いがかかっていれば、だいたいハンマーで叩いておけば、ナンとかなるのナン」
そうだったんだ。味方をハンマーで叩くなんて発想、全然なかった。
「ありがとう、ハナさん! 明日、二人をぶっ叩いてくるね!!」
「言い方が物騒だけど、頑張ってくるナン、応援するナン!」
ハナさんの声援を背に受けて、私は一人、人間界に戻っていった。
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