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第四十四話 何もかも超えて

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「ワシは……ワシじゃ。
姿がどうであろうと、神としての努めを果たし続けておる。
善きにつけ、悪しきにつけ……世界のバランスを保つために働いておるのじゃ」

右半分が悪魔、左半分が神の、その巨大な人は、私達を校庭にそっと下ろす。



「私は、あなたに、裏切られた」



頭に天使の輪を戴く、美しい天使の姿になったフルフルが、低くしゃがれた声で言った。
うずくまったまま、顔は上げずに、目線は地面に注がれている。



「神獣と呼ばれ、人間に崇め奉られていた白い鹿。それが私の生前の姿……
天国に召された私は、神から天使としての命を与えられた。
真実を司り、世界のために、その身を捧げるようにと。

そして、数百年、数千年……私は精一杯、世に尽くした。
だが、あなたは私に、頑なに、その姿を隠し続けた。

その真実の姿を知った時……確かに、驚いた。だが、姿かたちで忠誠心を変えるつもりはなかった。

なのに……わざわざ真実の天使に任命しておいて、あなたは私を信用していなかったのだ。
何百年、何千年と、あなたのために働いたのに、真実を教えなかった。

それに気がついた時……

私は、自分のしてきたことが何だったのかを、見失った。
心が黒く染まるのを止められなかった。

もう、真実も、ウソも、関係ない。
神も、天使も、悪魔も、関係ない。

私は神の支配が届かない、混沌の世界を作るため、地上に降り立った。

……それが、全てだ」



言葉が出なかった。
私も同じ目にあったら、傷付いたと思う。
皆、無言になっている。



しばらくの沈黙のあと、神様が口を開いた。

「皆は、ワシのことを、万能だと思っておるじゃろう?
何があっても揺らがない、鋼の心を持っている。そう思っておるのじゃろう?」

すう……と深く息を吸った神様は、こう告げた。



「ワシは醜い」



皆が一斉に神様の方を見た。

「こんな姿の自分が、嫌いなのじゃ。
誰にも見せたくない。
恐れられたくもない。
信頼した相手だからこそ、こんな己れを見られるのが、辛かったのじゃ」



何を言えばいいのか、分からなかった。
だけど、フルフルも、神様も、心が悲しみの影で、重く曇っている。
それだけは、理解できた。

このままじゃダメだ。何とかしたい。誰にも辛い思いをして欲しくない。
何か、私にできること……できること……できること……

すると、手に握ったままのハンマーに、ピリピリと力が流れる。それを感じ取った瞬間、私は反射的に舞い上がった。



そして、まずは、うつむいているフルフルの後頭部に一発!

ピッコーーーーーーーーーーン!!

続けて、目をむいて、あんぐり口を開けた、神様のオデコにも一発!

ピッコーーーーーーーーーーン!!

ハンマーパンチをお見舞いした。
呆然とする天使と神様の体から、黒い煙がホワホワと出ていく。




「え、ええええ…………?」

「な、なんと……」




しばらく険しい顔をして身動きを止めていた、神様とフルフルが、我に返った。
そして、ともに脱力したような顔になり、その場に座り込んだ。



「いや、何というか……今までの重い空気はなんじゃったのか……」

「もう、悩むのもバカバカしいというか……」



花壇の隅にいたピースも、それを拾い上げていた黒川くんも、目が点になっている。
場の緊張感は、すっかりほどけていた。

アヤセちゃんとレミナが、こちらに飛んできて、私に左右から抱きつく。

「マユちゃんっ! もう、何をするかと思ったら!」

「ホント、マユちん、サイコー過ぎない?」

「私も、自分がなんでこんなことしちゃったのか、わかんない……」

ただひたすら、何とかしたい、皆に辛い顔をさせたくない。そう思っただけ。

だけど、あのパンチのおかげで、疑いも、憎しみも、悲しみも、怒りも……
全部、煙となって消えてしまった。それだけは事実だ。



***



その後、私達は、事件が起こる前の、休憩時間に帰してもらった。いったんは瓦礫の山となった校舎が、無事な姿を見ると安心する。
ヒマリちゃんは事件の記憶をピースに消され、私達と関わったことも覚えていないという。残念だけど、ゴタゴタに巻き込むよりはいいかもしれない。

ピースは、ひみつ天国の住人となった。黒川くんは、人間として、普通に学校に通っている。
フルフルは今後の進退を考えている最中らしい。さすがにあれだけ暴れてしまうと、真実の天使としてやっていくのは難しいようだ。

そして、私ことマユと、レミナと、アヤセちゃんは、今日の放課後、ひみつ天国に呼ばれている。
もうフルフルの封印も終わり、私達が天使として働く必要もなくなったのだろう。最近は放課後、ずっと天国で過ごしていた。私達三人の秘密基地のようでもあったあの場所に、もう行けなくなる。マルにも完全に会えなくなっちゃうのかな……

寂しさを抱えながら、私達は放課後を待った。
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