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東堂家編
1.付喪神狩
田舎には不釣り合いな……いや、田舎だからこそなのか、瀟洒な和洋折衷が美しい建物に、女性の悲鳴が響いた。
この家に20年勤めている通いのお手伝いの山根マキの悲鳴だった。
「どうした。何事だ」
地元の名士と名高い、この家の主――東堂毅は、マキの悲鳴が聞こえた部屋へ駆けつけた。
そこは東堂が長年探し求め、先月漸く手に入れた、東堂家の祖先であるとされる戦国武将の朝比奈泰朝の鎧と刀が飾られている部屋だった。
30センチほど開いたままの襖に手をかけ、乱暴に引くと、東堂の目に飛び込んできたのはマキの無残な姿だった。
まるで誰かが着て動かしたように、鎧の手甲に握られた鎧通しがマキの喉を突き刺していた。
既に生き絶えたマキの表情は何かに慄き、恐怖に歪んでいた。
「東堂が殺したんじゃねーの」
大和御門は態度が悪い。
「クソ田舎とか嫌だよ。俺」
そして口も悪い。
「マキが刺された鎧通し――短刀の事なんですが、東堂はもちろんマキ本人の指紋は検出されなかった上に、自宅は外部から誰かが侵入した形跡も無かったそうです」
棚橋亨は報告を読み上げた。
「警察は事件を事故死と判定。物理的な捜査を終了しました」
亨がそう言うと、御門は切れ長の目で亨を横目に見た。
無駄に顔がいいこの男は、残念なことに背も高く足も長い。
亨は忌々しい表情を隠そうともせずに、更に報告を読み上げた。
「4日前、東堂が自室で眠っていると、何かしらの気配を察知して目覚めたところ、室内にその鎧が立っていたそうです」
あまりの恐怖に意識を失い、目が覚めた時には鎧は元の部屋に戻っていた。
「鎧に夜這いされるなんてロマンチックじゃねーの」
御門は長い足を机の上に乗せて組むと、亨は無言でその足を払い除けた。
「状況的に付喪神で間違いなさそうだと、特殊捜査課心霊班は判断したそうです」
「それで俺たちに依頼してきたってか――」
御門は欠伸をすると、涙ぐんだ目で亨を見つめた。
「移動に2日、調査に2日。祓いに1日の工程で見積もってます。祓い代、移動費、出張費、人死にが出てることも考慮して危険手当も込みで329万6750円です」
亨が見積表を差し出すと、御門は嬉しそうに数字を眺めて舌舐めずりした。
「しゃーねーなぁ。いつ出るんだ」
御門の質問に亨は「今すぐですよ」と答えた。
棚橋亨は警察官だった。
ある日、繁華街にある料亭で、料理人が柳刃包丁を振り回していると通報があり応援に駆けつけたところ、正気を失った料理人が女将に馬乗りになり滅多刺しにしていた。
まだ息のあった女将は絶命する事が出来ず、口から血を吐きながら、自分の体が切り刻まれるのを悲鳴も上げる事が出来ないまま、ただ1秒でも早く命が潰えるのを願っていた。
一緒に駆け付けた同僚はその惨たらしい光景に絶句したが、亨のは別のものに釘付けになっていた。
女将に馬乗りになり、亨たちの存在に気が付きながらも、振り下ろされ続ける料理人の持つ包丁に禍々しい姿をしたモノがまとわりついていたのだ。
それは包丁に根を張り、料理人の腕を伝って耳元まで伸びて、料理人に何かを囁いていた。それはこの世のものではない姿をし、幾つもの目があり醜悪な様相を成していた。
「やめるんだ」
やっとのことで声を絞り出した亨に、ようやくその目たちが気がついた。一斉にその視線を向けられた亨は今まで感じたことのないほどの恐怖を感じた。
全身の毛穴が開き、皮膚が引き攣れるような感覚だった。
全ての目は正確に亨の姿を見つめ、料理人の耳に何かを囁いている。
――殺される。
亨は、恐怖のあまり腰の拳銃に手をやると、躊躇うことなく料理人に発砲していた。
亨の行為は審議会にかけられたが、正当防衛と認められて懲戒処分を免れた。だが、彼自身は犯人を射殺した自責の念で辞職したと表向きは処理されていた。
しかし、実は警視庁特殊捜査課心霊班という組織図には存在しない部署に配属となった。
亨は常人には見えないモノを見る能力があると判断されたからだった。
そして現在、辞令により付喪神専門の祓い屋である大和御門の元で、研修と称する修行と見せかけた御門のお守りをさせられているのである。
御門は日本でただ一人の付喪神狩だった。
「付喪神ってぇのは、早い話が古い道具に取り憑く妖怪だ。古い道具ってのは経た年月だけ人の思いを溜め込みやすい。それが意志を持ったのが付喪神だ。神っつてるけど神なんてもんじゃねぇ」
研修の初日、御門は亨にそう説明していた。
「某テーマパークなんかの新キャラでネズミがメスネズミにプレゼントしたクマのぬいぐるみいただろ?メスネズミがこいつが動けばいいっつって願ったら動き出しましたとか。俺に言わせりゃ、あれもいわば付喪神の一種だ」
「大和さん、それ絶対外で言っちゃダメですよ。夢の国の運営母体に暗殺されますからね」
御門の口の悪さに驚きつつも、呆れを隠しきれない亨が挨拶以外で御門に発した最初の言葉だった。
「今すぐとか酷くない?朝からミケさんの姿が見えないと思ったらペットシッターに預けてたとか計画的すぎん?」
有無を言わさず車に詰め込まれ、シートベルトでしっかり固定された御門は不貞腐れて30分間ずっと文句を言い続けていた。
「御門さん事前に言ったら逃げたでしょ。もう30なんですから、そろそろ大人の分別をお願いしますよ」
「俺は29だ。逃げてんじゃないの。お・で・か・け。おねーちゃん食わにゃならんでしょ。――ってお前だってそう変わんねーじゃねぇか」
ハンドルを握りながら言った亨の言葉に、御門は噛みついた。
「僕は28です」
亨がしれっと答えると、御門は不貞腐れた顔でダッシュボードからタバコの箱を取り出し、一本引き抜いて亨の口に咥えさせた。
亨は眉間に皺を寄せながらも、慣れた手つきでシガーソケットでタバコに火をつけると、ゆっくりと煙を吐きながら御門の方を見もせずに差し出した。
御門は嬉しそうにそのタバコを咥えると、満足した表情でシートにもたれてタバコを燻らせた。
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