付喪神狩

やまだごんた

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人形編

27.大見得の顛末

 篠川まゆみの物心がついた頃から、両親は3歳年上の姉にかかりきりだった。
 入退院を繰り返していた姉が家にいる事は少なく、家にいる時はもちろん、入院中はずっと母が付き添っていた。
 父は世界中を飛び回る音楽家だったので滅多に家にはおらず、まゆみの世話は母の妹が見てくれていた。
 
 フリーランスのイラストレーターだった叔母は母より7歳年下だったこともあり、姉のような存在で、いつもまゆみの事を気に掛けてくれていた。
 あかるの容態が悪くなったのがまゆみの誕生日だった日も、叔母は「お母さんには内緒だよ」と、こっそりまゆみを連れてケーキを食べに連れて行ってくれた。
 まゆみが7歳になった年に、姉の心臓に欠陥が見つかったと聞かされた。
 元気な時は一緒に遊ぶこともできていた姉は、少し動くと息が切れるようになり、やがて部屋から出てこれなくなった。
 いつ容体が悪くなるかわからないと、父はオーケストラを辞め、大学で音楽を教えるこになったと聞かされた。
 両親がずっと日本にいる事に喜んだまゆみだが、両親は相変わらず姉につきっきりだった。
 そんな時、叔母に雑誌のキッズモデルをやらないかと勧められた。
 子供の頃から可愛い顔をしていたまゆみは、すぐに採用され、初めて載った雑誌を姉に見せると、姉は自分の事のように喜んだ。
 姉とまゆみは生まれた年は違うが、瓜二つだった為、「自分がモデルになったみたい」と喜んでいた。
 だからだろうか。両親もまゆみがモデルを続けることを認めていた。
 まゆみが10歳になった時、父と一緒に演奏がしたいからピアノを習いたいと願い出た。
 それを聞いた母は、烈火の如く怒り、まゆみをぶった。
「お姉ちゃんがやりたい事も出来ないのに、なんであんたは我慢ができないの」
 その言葉にまゆみは傷つき、悲しんだ。
 しかし、姉は「私が何も出来ない分、まゆみがいっぱいやってほしいの」と、母に願い出た。
 自分と同じ顔のまゆみが元気に笑っていると、自分も元気になるのだと。だから、まゆみを叱らないでほしいという言葉で、まゆみは自由を手に入れた。
 そして、毎日姉の部屋で今日あった事を話して聞かせ、姉のやりたい事を聞いてはそれをやって見せた。
 そんなまゆみを姉はいつも微笑んで見ていた。
 姉が亡くなったのはまゆみが17歳の時だった。
 何度も手術を繰り返した姉は、遂に力尽きて20年の生涯を終えた。

「それからは、私ね。何のために生きてるのかわからなくなっちゃった」
 まゆみはそう言って長いまつげを伏せた。
 自分と同じ顔の姉が亡くなり、まるで自分も死んだようだったと言って、小さく肩を震わせるまゆみを、とおるはそっと抱き寄せた。
 まゆみを抱いた亨の右側が熱かった。抱き寄せられたまゆみは、顔を上げて亨を見つめた。二人の視線が絡まるような感覚が亨を襲った。
 気が付くと、亨は自分からまゆみにキスをしていた。
 柔らかく、甘い感触は亨の力を奪うようだった。

 亨が我に返ったのは、まゆみのスマホが鳴ったからだった。
「――ごめん」
 半個室とは言え、ここはバーの中だ。なんてことをしてしまったんだと、亨は慌ててまゆみから体を離した。
「私の方こそ……あ、友達からだ」
 スマホの画面を確認して、まゆみはメッセージをいくつかやり取りすると、「ごめん。友達が呼んでるから行くね」と、席を立った。
 会計を済ませると、先に店を出て待っていたまゆみが微笑んでいた。さっきまでの揶揄うような微笑みではない。
「あの日からずっと、あそこでまた会えるかなって、通ってたんだ」
 まゆみの言葉に亨は、クラブでの出来事を思い出した。
「あの――お……いや僕はクラブとか行かなくて。あの日も御門さんに連れられて無理矢理」
 亨が言い訳じみた事を言うのを、まゆみは自分の唇を重ねて黙らせた。
「もう会えたから――また、会える?」
 唇を離すとまゆみは熱を帯びた目で亨を見つめた。
 依頼はまだ完了していない。付喪神も特定できていない状況だから、必然的にまた篠川家に行くことになる。
 そうなると当然まゆみとも会うだろう。
 しかし、そういう事ではないのは亨にもわかっていた。
 どう答えればいいのか悩む亨に、まゆみはいたずらっぽい笑顔を向けると「また連絡するね」と言って、手を振って去って行った。
 亨はその場に残されて、少しの間呆然としていた。

 三度も――三度もキスをしてしまった。
 僕は御門みかどさんになんて言った?
『依頼人の娘さんに手出しなんかしませんよ』
 そう言わなかったか?
 一度目は揶揄いだった。唇が触れただけだったし、事故みたいなものだと言いきればそれでいい。
 だが、二度目は亨が自分からしたのだ。言い訳はできない。
 甘く、痺れるような感覚だった。
 これまでしたどのキスよりも、気持ちがよかった。
 溶けるような感覚が全身を襲った。あんな感覚、初めてだった。
 いや、何を考えている。御門さんに大見得きっておきながら、なんて体たらくだ。御門さんだって依頼人に手を出したりなんかしていないじゃないか。
 亨は自室のベッドで布団を頭から被り、まゆみとのキスを思い出しては反省したり恥ずかしくなったりと、一晩中一人で悶絶していた。
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