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心霊番組編
32.心霊番組
『――おわかりいただけただろうか……』
お馴染みのセリフがテレビから流れてくる。
画面には階段の陰に映る男とも女ともわからない影……しかし目だけはしっかりとこちらを睨んでいる。
「またこんなの見てるんですか」
ソファに座って画面を見ている大和御門の背から、両手にコーヒーの入ったマグカップを持った棚橋亨が声をかけた。
「夏と言えば心霊特番だろ?面白いよな。たまに本物も映ってる」
霊能者という立場から見ると茶番でしかないテレビ番組だが、御門の言う通り時折本当の心霊現象も映る事がある。
特にインターネットが普及した現代では、視聴者投稿映像等でそれなりの出来のものが多数送られてくるようで、霊能者という肩書を持った解説者が、それらにもっともらしく説明しているのを、御門はとても面白そうに見ている。
そして、時折その中に本当の心霊現象が紛れ込んでいるのも見逃してはいなかった。
亨は両手に持ったマグカップの一つを御門の前に置くと、御門の右隣で気持ちよさそうに眠っているミケさんを抱き上げて座った。
亨が淹れたコーヒーを当たり前のように飲み、そしてまた当たり前のように亨の肩に手を回しつつも、御門の目はテレビから離れない。まるで何かを待っているような、期待を含んだ笑顔で画面を見つめている。
亨が視線を落とすと、今シーズン初めて着る部屋着のショートパンツから露わに投げ出された御門の腹が立つほどに長い脚が目に入った。
そこには前の依頼で負った傷痕が、3ヶ月近く経った今も生々しい赤さを帯びて存在感を主張している。
亨を助けるために御門が刺された痕だ。
幸いな事に骨にも動脈にも損傷はなかったおかげで、二週間ほどで退院することができたが――亨は胸が詰まる気がしてそっと御門の脚から視線を逸らした。
「なに?俺の脚に欲情しちゃった?」
亨の視線に気が付いた御門は楽し気に亨の肩を抱き寄せた。
抱き寄せられた亨は、御門の形の良い唇がすぐ目の前にあることに焦った。
あの時の記憶はしっかりとある。霊力を吸い取られて意識は朦朧としていたが、全ての会話は聞こえていたし、された事も――
刺された脚から血を流した御門が亨に覆いかぶさり、口づけをして――
いや、あれは篠川まゆみから霊力を取り返して僕に返してくれただけで――それでも、確かにあの時御門さんの唇は僕の唇に――
亨は思い出すと顔が赤くなるのがわかった。
気配を感じて顔を上げると、すぐ目の前に御門の腹の立つほど綺麗な顔が迫ってきていた。
「なっ――なにをするんです!」
亨は思わず御門の肩を拳で殴りつける。
はずみでミケさんが飛び起きて、非難がましい目で亨を見上げた。
「いって……チャンスだと思ったんだけどなぁ」
「チャンスってなんですか!二度とすんなっ」
いつも通りふざけた口調で御門が笑うと、珍しく亨が必死に怒るので、御門は面白くて仕方ないのか、いつも以上にご機嫌だった。
――今……少し触れた?
亨は、唇が触れたことよりも、それが嫌でなかった事にショックを受けていた。
「ほお――」
困惑して俯いた亨の頭上で御門の冷たい声が響いた。
テレビはミステリースポットの廃神社について話している。
「見てみなよ、亨ちゃん」
御門の興味はすっかり亨からテレビに移ったようで、その目は興味深い色を浮かべてテレビの中の廃神社を見つめている。
「おっかないねー。テレビってのは」
くっくと喉を鳴らして笑っている御門の横顔は、男の亨が見ても美しく妖しかった。
慌ててテレビを見ると、廃神社の祭壇付近でここ最近テレビで見かけるようになったお笑いコンビが、肝試しよろしく携帯用の暗視カメラで撮影をしている様子が映し出されていた。
「そうは言ってもちゃんと調査しているんでしょう」
亨は姿勢を戻してテーブルのコーヒーを手に取って言った。
いつの間にかミケさんは消えていた。寝床に戻ったのだろう。
「調査はしてるだろうけどな――でも、その辺の霊能者崩れに神霊の事までわかるとも思えねえ」
御門の言葉に亨は背中に冷たいものを感じた。
「幸いここで祀られてた神霊は――おい、何やってんだこいつら」
珍しく御門の声に緊張が走った。それは亨も同じだった。
テレビの画面では霊能者が『それでは最後に神様にお参りして帰りましょう』と言って、お笑い芸人と並んで祭壇に手を合わせていたのだ。
あのテレビ番組から1週間が経った頃、御門の携帯に東雲警部から着信があった。
「なんでわざわざ俺らが行くんだよ。お前らが勝手にやったんだろって」
亨が運転する横で駄々っ子のように御門が文句を言い続ける。
言いながらダッシュボードから煙草を取り出すと、亨に差し出した。
「仕事なんですから仕方ないでしょうが」
亨は煙草を受け取るとそれを口に咥えて、ハンドルを持たない左手で慣れた手つきで火を着けて御門に返す。
御門は満足気に受け取ると、ゆっくりと味わった。
「それに、御門さんが――怪我をしてから初めてじゃないですか」
少し言い澱んだ亨の横顔を、御門は楽しそうに見つめている。
亨を助けるために負った怪我のおかげで、御門に対する気持ちに変化を感じて楽しかった。
これならもうちょっと大怪我でも良かったかもな。
御門は意地悪い本音を口に出さなかった。亨はまだ知る必要がないのだ。御門も話すつもりはなかった。
亨の霊力についてなど。
「まあ、あの根性悪が3ヶ月近くも依頼をしてこなかったのは俺も驚きだ」
どこぞの山奥に連れて行かれて修行をしていた時など、山道を転がり落ちて全身打撲したというのに、一日たりとも修行を休ませてくれなかった、あの東雲が。
お馴染みのセリフがテレビから流れてくる。
画面には階段の陰に映る男とも女ともわからない影……しかし目だけはしっかりとこちらを睨んでいる。
「またこんなの見てるんですか」
ソファに座って画面を見ている大和御門の背から、両手にコーヒーの入ったマグカップを持った棚橋亨が声をかけた。
「夏と言えば心霊特番だろ?面白いよな。たまに本物も映ってる」
霊能者という立場から見ると茶番でしかないテレビ番組だが、御門の言う通り時折本当の心霊現象も映る事がある。
特にインターネットが普及した現代では、視聴者投稿映像等でそれなりの出来のものが多数送られてくるようで、霊能者という肩書を持った解説者が、それらにもっともらしく説明しているのを、御門はとても面白そうに見ている。
そして、時折その中に本当の心霊現象が紛れ込んでいるのも見逃してはいなかった。
亨は両手に持ったマグカップの一つを御門の前に置くと、御門の右隣で気持ちよさそうに眠っているミケさんを抱き上げて座った。
亨が淹れたコーヒーを当たり前のように飲み、そしてまた当たり前のように亨の肩に手を回しつつも、御門の目はテレビから離れない。まるで何かを待っているような、期待を含んだ笑顔で画面を見つめている。
亨が視線を落とすと、今シーズン初めて着る部屋着のショートパンツから露わに投げ出された御門の腹が立つほどに長い脚が目に入った。
そこには前の依頼で負った傷痕が、3ヶ月近く経った今も生々しい赤さを帯びて存在感を主張している。
亨を助けるために御門が刺された痕だ。
幸いな事に骨にも動脈にも損傷はなかったおかげで、二週間ほどで退院することができたが――亨は胸が詰まる気がしてそっと御門の脚から視線を逸らした。
「なに?俺の脚に欲情しちゃった?」
亨の視線に気が付いた御門は楽し気に亨の肩を抱き寄せた。
抱き寄せられた亨は、御門の形の良い唇がすぐ目の前にあることに焦った。
あの時の記憶はしっかりとある。霊力を吸い取られて意識は朦朧としていたが、全ての会話は聞こえていたし、された事も――
刺された脚から血を流した御門が亨に覆いかぶさり、口づけをして――
いや、あれは篠川まゆみから霊力を取り返して僕に返してくれただけで――それでも、確かにあの時御門さんの唇は僕の唇に――
亨は思い出すと顔が赤くなるのがわかった。
気配を感じて顔を上げると、すぐ目の前に御門の腹の立つほど綺麗な顔が迫ってきていた。
「なっ――なにをするんです!」
亨は思わず御門の肩を拳で殴りつける。
はずみでミケさんが飛び起きて、非難がましい目で亨を見上げた。
「いって……チャンスだと思ったんだけどなぁ」
「チャンスってなんですか!二度とすんなっ」
いつも通りふざけた口調で御門が笑うと、珍しく亨が必死に怒るので、御門は面白くて仕方ないのか、いつも以上にご機嫌だった。
――今……少し触れた?
亨は、唇が触れたことよりも、それが嫌でなかった事にショックを受けていた。
「ほお――」
困惑して俯いた亨の頭上で御門の冷たい声が響いた。
テレビはミステリースポットの廃神社について話している。
「見てみなよ、亨ちゃん」
御門の興味はすっかり亨からテレビに移ったようで、その目は興味深い色を浮かべてテレビの中の廃神社を見つめている。
「おっかないねー。テレビってのは」
くっくと喉を鳴らして笑っている御門の横顔は、男の亨が見ても美しく妖しかった。
慌ててテレビを見ると、廃神社の祭壇付近でここ最近テレビで見かけるようになったお笑いコンビが、肝試しよろしく携帯用の暗視カメラで撮影をしている様子が映し出されていた。
「そうは言ってもちゃんと調査しているんでしょう」
亨は姿勢を戻してテーブルのコーヒーを手に取って言った。
いつの間にかミケさんは消えていた。寝床に戻ったのだろう。
「調査はしてるだろうけどな――でも、その辺の霊能者崩れに神霊の事までわかるとも思えねえ」
御門の言葉に亨は背中に冷たいものを感じた。
「幸いここで祀られてた神霊は――おい、何やってんだこいつら」
珍しく御門の声に緊張が走った。それは亨も同じだった。
テレビの画面では霊能者が『それでは最後に神様にお参りして帰りましょう』と言って、お笑い芸人と並んで祭壇に手を合わせていたのだ。
あのテレビ番組から1週間が経った頃、御門の携帯に東雲警部から着信があった。
「なんでわざわざ俺らが行くんだよ。お前らが勝手にやったんだろって」
亨が運転する横で駄々っ子のように御門が文句を言い続ける。
言いながらダッシュボードから煙草を取り出すと、亨に差し出した。
「仕事なんですから仕方ないでしょうが」
亨は煙草を受け取るとそれを口に咥えて、ハンドルを持たない左手で慣れた手つきで火を着けて御門に返す。
御門は満足気に受け取ると、ゆっくりと味わった。
「それに、御門さんが――怪我をしてから初めてじゃないですか」
少し言い澱んだ亨の横顔を、御門は楽しそうに見つめている。
亨を助けるために負った怪我のおかげで、御門に対する気持ちに変化を感じて楽しかった。
これならもうちょっと大怪我でも良かったかもな。
御門は意地悪い本音を口に出さなかった。亨はまだ知る必要がないのだ。御門も話すつもりはなかった。
亨の霊力についてなど。
「まあ、あの根性悪が3ヶ月近くも依頼をしてこなかったのは俺も驚きだ」
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