7 / 13
7.視察
しおりを挟む
マルグリットを載せた馬車は、相変わらずの悪路を進んでいた。
マルグリットは手元に三枚の紙を持っていた。
一枚は地図だ。一枚は、オスカーから聞いた領地の被害状況を重要度別にまとめたものだった。
「視察はこの旅程でお願いしたいの」
最後の一枚は視察の工程を書き表したものだった。
視察に出発する2日前。
マルグリッドはオスカーにそれらを手渡した。
「これをお一人で?」
「ええ」
マルグリットはなぜオスカーが驚いているのか理解できなかったが、それよりもレオニダスが視察を許可したのだと聞いて、安心した。
その上、5人もの護衛をつけてくれたことは驚きでしかなかった。
初夜から5日が経っていたが、毎夜遅く返ってくる夫とはあの日以来会っていなかった。
だからだろうか。
「お嬢様、大丈夫でございますか?この道も酷うございますね」
ロニがいつまでも「お嬢様」と呼ぶのは。
領地は思った以上に廃れていた。
領主が管理を手放してしまったと言われても仕方がない。
「あの畑は?」
水路が壊れてひび割れた土地の向こうに、一箇所だけ青々と美しく整列した植物の群れが見える。
「あれは、神殿の麻畑でございます」
同行したオスカーが説明すると、マルグリットはそこに行ってみたいと願い出た。
「承知いたしました」
オスカーは頭を下げると、護衛の一人に何やら言伝て神殿に向かわせた。
30分ほどで護衛が戻るまでの間も、マルグリットは周囲を慎重に観察するのをやめなかった。
神殿は思った以上に質素だったが、隅々まで手入れが行き届き心地の良い場所だった。
マルグリットは祈りを捧げると、ロニに目配せをした。
ロニが小さな布の袋を出迎えた年老いた司祭に手渡すと、司祭は目を細めてそれを懐にしまって深々と礼をした。
「奥様に神々の守護が与えられますよう」
「感謝します」
司祭の案内で神殿内を見て回ると、至る所で素晴らしい木工作品を見ることができた。
「これらは戦争が起きる前に寄贈されたものでございます。あの頃のヴァルデンは豊かで素晴らしい土地でした」
「そんなに昔からいらっしゃるの?」
「私はこの土地の生まれなのですよ」
司祭の答えに、マルグリットはなるほどと頷いた。
「戦争によってもたらされた富は、戦争が終わると消えてしまう。先代までの領主様達はそれがわかっていたのかもしれませんね」
それは、マルグリットも考えていたことだった。
そうでなければ60年も続けただろうか。
だが、どこかでやめなければならなかった。そうしなければ、土を耕し、木を伐る者がいなくなってしまう。
レオニダスは、決断したのだ。
延命よりも、生まれ変わることを。
マルグリッドは少しだけ、一度しか会っていない夫を理解できたような気がした。
神殿の奥を進むと、カチャカチャと小気味の良い音が調子よく聞こえてきた。
「あれは――」
「レースを作っております」
その部屋に行くと、数人の神官達が大小のボビンを素早く正確に動かしている。
王都でも人気の高いレースは神殿で作られていると聞いたが、実際に見るのは初めてだった。
「裏の畑はこのためのものかしら」
「左様でございます」
マルグリッドは満足して頷いた。
その顔を見て、ロニはマルグリッドが何か確証を得たのだと察したのだった。
「神殿で麻が育つなら、周辺の土地も麻を栽培すればいいんじゃないでしょうか」
移動の馬車でロニが訪ねると、マルグリットは少し唇を緩めた。
「麻の栽培には王室の許可がいるのよ。ヴァルデン辺境伯領はその権利がないの」
「そうなんですね。……でも神殿は栽培してましたよ?」
「神殿に限っては許可されているのよ。信徒から必要以上にお布施を巻き上げないように、麻に限ってのみ神殿の経済活動を許されているのよ」
マルグリットの言葉に、ロニはなるほどと感心したが、次の言葉を続けるには舌の存続が危ぶまれる状態になったので、しっかり口を閉じることにした。
マルグリットは手元に三枚の紙を持っていた。
一枚は地図だ。一枚は、オスカーから聞いた領地の被害状況を重要度別にまとめたものだった。
「視察はこの旅程でお願いしたいの」
最後の一枚は視察の工程を書き表したものだった。
視察に出発する2日前。
マルグリッドはオスカーにそれらを手渡した。
「これをお一人で?」
「ええ」
マルグリットはなぜオスカーが驚いているのか理解できなかったが、それよりもレオニダスが視察を許可したのだと聞いて、安心した。
その上、5人もの護衛をつけてくれたことは驚きでしかなかった。
初夜から5日が経っていたが、毎夜遅く返ってくる夫とはあの日以来会っていなかった。
だからだろうか。
「お嬢様、大丈夫でございますか?この道も酷うございますね」
ロニがいつまでも「お嬢様」と呼ぶのは。
領地は思った以上に廃れていた。
領主が管理を手放してしまったと言われても仕方がない。
「あの畑は?」
水路が壊れてひび割れた土地の向こうに、一箇所だけ青々と美しく整列した植物の群れが見える。
「あれは、神殿の麻畑でございます」
同行したオスカーが説明すると、マルグリットはそこに行ってみたいと願い出た。
「承知いたしました」
オスカーは頭を下げると、護衛の一人に何やら言伝て神殿に向かわせた。
30分ほどで護衛が戻るまでの間も、マルグリットは周囲を慎重に観察するのをやめなかった。
神殿は思った以上に質素だったが、隅々まで手入れが行き届き心地の良い場所だった。
マルグリットは祈りを捧げると、ロニに目配せをした。
ロニが小さな布の袋を出迎えた年老いた司祭に手渡すと、司祭は目を細めてそれを懐にしまって深々と礼をした。
「奥様に神々の守護が与えられますよう」
「感謝します」
司祭の案内で神殿内を見て回ると、至る所で素晴らしい木工作品を見ることができた。
「これらは戦争が起きる前に寄贈されたものでございます。あの頃のヴァルデンは豊かで素晴らしい土地でした」
「そんなに昔からいらっしゃるの?」
「私はこの土地の生まれなのですよ」
司祭の答えに、マルグリットはなるほどと頷いた。
「戦争によってもたらされた富は、戦争が終わると消えてしまう。先代までの領主様達はそれがわかっていたのかもしれませんね」
それは、マルグリットも考えていたことだった。
そうでなければ60年も続けただろうか。
だが、どこかでやめなければならなかった。そうしなければ、土を耕し、木を伐る者がいなくなってしまう。
レオニダスは、決断したのだ。
延命よりも、生まれ変わることを。
マルグリッドは少しだけ、一度しか会っていない夫を理解できたような気がした。
神殿の奥を進むと、カチャカチャと小気味の良い音が調子よく聞こえてきた。
「あれは――」
「レースを作っております」
その部屋に行くと、数人の神官達が大小のボビンを素早く正確に動かしている。
王都でも人気の高いレースは神殿で作られていると聞いたが、実際に見るのは初めてだった。
「裏の畑はこのためのものかしら」
「左様でございます」
マルグリッドは満足して頷いた。
その顔を見て、ロニはマルグリッドが何か確証を得たのだと察したのだった。
「神殿で麻が育つなら、周辺の土地も麻を栽培すればいいんじゃないでしょうか」
移動の馬車でロニが訪ねると、マルグリットは少し唇を緩めた。
「麻の栽培には王室の許可がいるのよ。ヴァルデン辺境伯領はその権利がないの」
「そうなんですね。……でも神殿は栽培してましたよ?」
「神殿に限っては許可されているのよ。信徒から必要以上にお布施を巻き上げないように、麻に限ってのみ神殿の経済活動を許されているのよ」
マルグリットの言葉に、ロニはなるほどと感心したが、次の言葉を続けるには舌の存続が危ぶまれる状態になったので、しっかり口を閉じることにした。
21
あなたにおすすめの小説
側妃の愛
まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。
王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。
力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。
Copyright©︎2025-まるねこ
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
嘘が匂いますね、公爵様〜愛を騙る夫の後悔〜
まな板のいわし
恋愛
一目惚れ──その言葉に偽りはないのに、彼の愛の囁きは嘘に塗れている。
貧乏伯爵家の娘ウィステルのもとへ、突然縁談が舞い込む。
相手はキャスバート公爵家当主フィセリオ。彼は婚姻を条件に援助を申し出る。
「一目惚れとはいえ、私はウィステル嬢を心から愛している。必ず大切にすると、キャスバートの名に誓いましょう」
けれど、ウィステルには『嘘を匂いで感じ取る』秘密の力があった。
あまりにもフィセリオに得のない縁談。愛もなく、理由は謎に包まれたまま、互いに秘密を抱えて時間を重ねる。
全ては信頼される妻になるために。
甘い嘘で“妻を愛する夫”を演じきる公爵と、夫の嘘を見抜き、共犯者になると決めた令嬢の恋愛物語。
* * *
毎日更新
※主人公ウィステル以外の視点の話は【】にそのキャラを表記しています。同じ話の別視点ではなく、基本的に物語は進行していきます。
他のサイトでも投稿しています。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる