辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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7.視察

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 マルグリットを載せた馬車は、相変わらずの悪路を進んでいた。
 マルグリットは手元に三枚の紙を持っていた。
 一枚は地図だ。一枚は、オスカーから聞いた領地の被害状況を重要度別にまとめたものだった。
「視察はこの旅程でお願いしたいの」
 最後の一枚は視察の工程を書き表したものだった。
 視察に出発する2日前。
 マルグリッドはオスカーにそれらを手渡した。
「これをお一人で?」
「ええ」
 マルグリットはなぜオスカーが驚いているのか理解できなかったが、それよりもレオニダスが視察を許可したのだと聞いて、安心した。
 その上、5人もの護衛をつけてくれたことは驚きでしかなかった。
 初夜から5日が経っていたが、毎夜遅く返ってくる夫とはあの日以来会っていなかった。
 だからだろうか。
「お嬢様、大丈夫でございますか?この道も酷うございますね」
 ロニがいつまでも「お嬢様」と呼ぶのは。
 
 領地は思った以上に廃れていた。
 領主が管理を手放してしまったと言われても仕方がない。
「あの畑は?」
 水路が壊れてひび割れた土地の向こうに、一箇所だけ青々と美しく整列した植物の群れが見える。
「あれは、神殿の麻畑でございます」
 同行したオスカーが説明すると、マルグリットはそこに行ってみたいと願い出た。
「承知いたしました」
 オスカーは頭を下げると、護衛の一人に何やら言伝て神殿に向かわせた。
 30分ほどで護衛が戻るまでの間も、マルグリットは周囲を慎重に観察するのをやめなかった。

 神殿は思った以上に質素だったが、隅々まで手入れが行き届き心地の良い場所だった。
 マルグリットは祈りを捧げると、ロニに目配せをした。
 ロニが小さな布の袋を出迎えた年老いた司祭に手渡すと、司祭は目を細めてそれを懐にしまって深々と礼をした。
「奥様に神々の守護が与えられますよう」
「感謝します」
 司祭の案内で神殿内を見て回ると、至る所で素晴らしい木工作品を見ることができた。
「これらは戦争が起きる前に寄贈されたものでございます。あの頃のヴァルデンは豊かで素晴らしい土地でした」
「そんなに昔からいらっしゃるの?」
「私はこの土地の生まれなのですよ」
 司祭の答えに、マルグリットはなるほどと頷いた。
「戦争によってもたらされた富は、戦争が終わると消えてしまう。先代までの領主様達はそれがわかっていたのかもしれませんね」
 それは、マルグリットも考えていたことだった。
 そうでなければ60年も続けただろうか。
 だが、どこかでやめなければならなかった。そうしなければ、土を耕し、木を伐る者がいなくなってしまう。
 レオニダスは、決断したのだ。
 延命よりも、生まれ変わることを。
 マルグリッドは少しだけ、一度しか会っていない夫を理解できたような気がした。

 神殿の奥を進むと、カチャカチャと小気味の良い音が調子よく聞こえてきた。
「あれは――」
「レースを作っております」
 その部屋に行くと、数人の神官達が大小のボビンを素早く正確に動かしている。
 王都でも人気の高いレースは神殿で作られていると聞いたが、実際に見るのは初めてだった。
「裏の畑はこのためのものかしら」
「左様でございます」
 マルグリッドは満足して頷いた。
 その顔を見て、ロニはマルグリッドが何か確証を得たのだと察したのだった。

「神殿で麻が育つなら、周辺の土地も麻を栽培すればいいんじゃないでしょうか」
 移動の馬車でロニが訪ねると、マルグリットは少し唇を緩めた。
「麻の栽培には王室の許可がいるのよ。ヴァルデン辺境伯領はその権利がないの」
「そうなんですね。……でも神殿は栽培してましたよ?」
「神殿に限っては許可されているのよ。信徒から必要以上にお布施を巻き上げないように、麻に限ってのみ神殿の経済活動を許されているのよ」
 マルグリットの言葉に、ロニはなるほどと感心したが、次の言葉を続けるには舌の存続が危ぶまれる状態になったので、しっかり口を閉じることにした。
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