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前編
7.返事、恩返し
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ソーファはそのコートを壁にかけ、首を捻った。
(ちょっと大きかったかな)
いかんせん、身体の大きさは目測。肩周りはそれとなく、長さは適当に作ったのだ。
商品として売り出す時にも大体適当だったが、今回はルカに着せるという目的があったためもう少し正確に作りたかったと思っていた。
ブラックベアの毛皮の色はルカに良く合いそうだと思っていたが、やはり正解だった。
素材に関しては満足しているソーファだった。
「それ、どうしたの?」
「あ、ルカ。起きて平気なの?」
「あれから三日だよ。もう大丈夫だよ」
「もう大丈夫、が心配なんだけど」
「心配しすぎ」
そう言って、ソーファの横に立つ。壁にかけられたコートはごつく、ソーファが着るのには似合わないなとルカは思った。
「これ誰の?」
「ルカの」
「……俺の?」
「作ったの。旅行中なんでしょ。この国寒いから、こういうの一着あると良いかなって思って」
「すごいな、上手じゃないか」
「これが仕事だからね」
どうやってソーファが生活していけてるのか気にはなっていたが、なるほど、こういう事かと妙に納得したルカであった。
「そうだ……恩返し、決まった?」
ルカの発言に、ソーファはどきりとした。
「ん、まだ、かな。中々、何して欲しいとか、なくて」
「そう?」
なんでもいいのに、とルカが呟く。
そのなんでも、がソーファには難しかった。叶えて欲しい願いはきっと叶わないし、ルカに負担を強いることもなんとなくだが、嫌だった。それはすなわちルカには何も頼めないのだろうな、とソーファは思っていた。
だから、元気な姿で、このコートを持って、また旅行に出てくれたら良いと。ソーファはそれだけで充分だと思っていた。
そんなソーファを見て、ルカがぽつりと口を開く。
「ソーファが望むなら、あなたをこの町から連れ出す事だって出来るよ」
「……え?」
「この部屋を見張ってる奴を、あなたの前に連れて来てもいいし」
ルカの口が止まらない。
「ソーファが望むなら、あなたに平穏をあげることができるよ」
「ーー!」
開いた口が、空気を吸わない。
どっ、どっ、と心臓が嫌な音を立てている。
「え、と?」
「気付いてないの? まさかだよね。ソーファ、こんなにビシバシ視線送られてるのに」
「え、あ」
「怖いから気付かないようにしてる?」
心が、見透かされたように感じた。
「ルカ、ちょっと待って。私、見張られてるって?」
「うん」
「そう……今も、そう?」
「うん」
「とんでもないね、本当に。ルカってケンカ強いでしょ?」
「そんな事ないけど」
あは、と。ソーファがから笑いをする。それからソーファがルカの手を引き、共に暖炉の前に座った。
手は握られたままだった。
「やっぱり……ルカには話しておこうかな」
「教えてよ。ソーファの事が知りたい」
ソーファは自分語りが苦手だった。いつもどう話せば真実が伝わるのか悩んでいる。
「うん……もしかしたらルカは気づいてるかもしれないけど。この家、見られてるんだ」
「ああ」
「昔から。でも毎日じゃ、なかったと思う。でも、最近どうだろう。ルカは」
「毎日感じてる。俺が起きてる時は、必ず」
ソーファは目を閉じた。そっか、と。そう呟いた。
「昔、この辺りにはもっと人がいて。町も町っぽかったんだけどね」
「ああ」
「いなくなっちゃったの。色々あってね」
「前も言ってたな、色々って」
「うん」
「色々ってなに?」
暖炉の薪が爆ぜる。ぱちぱちといった音が部屋に響いた。
「みんな、死んだの。原因は遭難って事になってる」
ソーファは続ける。
「でも私は遭難なんかじゃないって思ってる。みんな、殺された」
「ーー誰に?」
「町長」
今も目に焼きついている光景。
窓から覗く外の雪景色。
その一面の雪景色が、赤く染まっていた。
その翌日に出会した町長が言ってたことはあまり理解できなかった。ただこれだけは覚えている。
『もう大丈夫だよ。君をいじめる人は……もういないからね』
ソーファは町長の方が怖かった。自分に酷いことをする住民にはいなくなって欲しかったが、死など望んではいなかった。
「幼くして両親を亡くした私を、心配しているのだと思う。でもそれが異常過ぎる気もしている。だから、私は……怖い」
「……いつから、視線、感じてる?」
「気づいたのは最近……って言っても二、三年は経ってるかな。たまたまね、昔、それは親切な旅商人さんがいて。私の家まで物資を売りに来てくれたの」
「ああ」
「その時に言われたの。その人、狩猟もやっててね。気配に敏感なんだって言って。その時、初めて気づいた」
異常な視線、見張られている感覚。
「視線、町長なのかな、と思う。他に思いつかない。私は静かに、平穏に暮らしたいだけなのにーー」
「ソーファ」
ルカは思う。彼女をここに置いておくべきではないと、そう感じている。
何故、生きているだけで苦しい思いをしているのか。
「一緒に町を出ないか?」
「え?」
「町長。治安所に突き出しても良いけど、証拠がないだろう?」
「うん。でも突然出るって言っても……」
頭の中にある人物が過ぎる。
「ジーナの事が心配?」
ソーファはこくりと頷く。
「そうだな……無理強いはしないが、ソーファ。ジーナに相談してもいいかもしれないな。ただこれだけは知っていて欲しいんだが」
ルカはソーファの背中に手を置く。
まるで支えられてるみたいに。
「俺はあなたを連れて行くことに、躊躇いはないよ。それだけの恩を、ソーファ、あなたに感じているんだ」
ソーファはその言葉に目を見開いた。
変化が怖いと言っておきながら、いつかこの異様な環境を壊してくれることを望んでいた。いつかここから誰か連れ出してくれるのではないかと、切望していた。
それがルカだった。
願ってもないことだった。
「ルカ」
「なに?」
「明日、ジーナのところへ行ってくる」
自分の手のひらを握る。
握った手のひらは冷たくはなかった。
(ちょっと大きかったかな)
いかんせん、身体の大きさは目測。肩周りはそれとなく、長さは適当に作ったのだ。
商品として売り出す時にも大体適当だったが、今回はルカに着せるという目的があったためもう少し正確に作りたかったと思っていた。
ブラックベアの毛皮の色はルカに良く合いそうだと思っていたが、やはり正解だった。
素材に関しては満足しているソーファだった。
「それ、どうしたの?」
「あ、ルカ。起きて平気なの?」
「あれから三日だよ。もう大丈夫だよ」
「もう大丈夫、が心配なんだけど」
「心配しすぎ」
そう言って、ソーファの横に立つ。壁にかけられたコートはごつく、ソーファが着るのには似合わないなとルカは思った。
「これ誰の?」
「ルカの」
「……俺の?」
「作ったの。旅行中なんでしょ。この国寒いから、こういうの一着あると良いかなって思って」
「すごいな、上手じゃないか」
「これが仕事だからね」
どうやってソーファが生活していけてるのか気にはなっていたが、なるほど、こういう事かと妙に納得したルカであった。
「そうだ……恩返し、決まった?」
ルカの発言に、ソーファはどきりとした。
「ん、まだ、かな。中々、何して欲しいとか、なくて」
「そう?」
なんでもいいのに、とルカが呟く。
そのなんでも、がソーファには難しかった。叶えて欲しい願いはきっと叶わないし、ルカに負担を強いることもなんとなくだが、嫌だった。それはすなわちルカには何も頼めないのだろうな、とソーファは思っていた。
だから、元気な姿で、このコートを持って、また旅行に出てくれたら良いと。ソーファはそれだけで充分だと思っていた。
そんなソーファを見て、ルカがぽつりと口を開く。
「ソーファが望むなら、あなたをこの町から連れ出す事だって出来るよ」
「……え?」
「この部屋を見張ってる奴を、あなたの前に連れて来てもいいし」
ルカの口が止まらない。
「ソーファが望むなら、あなたに平穏をあげることができるよ」
「ーー!」
開いた口が、空気を吸わない。
どっ、どっ、と心臓が嫌な音を立てている。
「え、と?」
「気付いてないの? まさかだよね。ソーファ、こんなにビシバシ視線送られてるのに」
「え、あ」
「怖いから気付かないようにしてる?」
心が、見透かされたように感じた。
「ルカ、ちょっと待って。私、見張られてるって?」
「うん」
「そう……今も、そう?」
「うん」
「とんでもないね、本当に。ルカってケンカ強いでしょ?」
「そんな事ないけど」
あは、と。ソーファがから笑いをする。それからソーファがルカの手を引き、共に暖炉の前に座った。
手は握られたままだった。
「やっぱり……ルカには話しておこうかな」
「教えてよ。ソーファの事が知りたい」
ソーファは自分語りが苦手だった。いつもどう話せば真実が伝わるのか悩んでいる。
「うん……もしかしたらルカは気づいてるかもしれないけど。この家、見られてるんだ」
「ああ」
「昔から。でも毎日じゃ、なかったと思う。でも、最近どうだろう。ルカは」
「毎日感じてる。俺が起きてる時は、必ず」
ソーファは目を閉じた。そっか、と。そう呟いた。
「昔、この辺りにはもっと人がいて。町も町っぽかったんだけどね」
「ああ」
「いなくなっちゃったの。色々あってね」
「前も言ってたな、色々って」
「うん」
「色々ってなに?」
暖炉の薪が爆ぜる。ぱちぱちといった音が部屋に響いた。
「みんな、死んだの。原因は遭難って事になってる」
ソーファは続ける。
「でも私は遭難なんかじゃないって思ってる。みんな、殺された」
「ーー誰に?」
「町長」
今も目に焼きついている光景。
窓から覗く外の雪景色。
その一面の雪景色が、赤く染まっていた。
その翌日に出会した町長が言ってたことはあまり理解できなかった。ただこれだけは覚えている。
『もう大丈夫だよ。君をいじめる人は……もういないからね』
ソーファは町長の方が怖かった。自分に酷いことをする住民にはいなくなって欲しかったが、死など望んではいなかった。
「幼くして両親を亡くした私を、心配しているのだと思う。でもそれが異常過ぎる気もしている。だから、私は……怖い」
「……いつから、視線、感じてる?」
「気づいたのは最近……って言っても二、三年は経ってるかな。たまたまね、昔、それは親切な旅商人さんがいて。私の家まで物資を売りに来てくれたの」
「ああ」
「その時に言われたの。その人、狩猟もやっててね。気配に敏感なんだって言って。その時、初めて気づいた」
異常な視線、見張られている感覚。
「視線、町長なのかな、と思う。他に思いつかない。私は静かに、平穏に暮らしたいだけなのにーー」
「ソーファ」
ルカは思う。彼女をここに置いておくべきではないと、そう感じている。
何故、生きているだけで苦しい思いをしているのか。
「一緒に町を出ないか?」
「え?」
「町長。治安所に突き出しても良いけど、証拠がないだろう?」
「うん。でも突然出るって言っても……」
頭の中にある人物が過ぎる。
「ジーナの事が心配?」
ソーファはこくりと頷く。
「そうだな……無理強いはしないが、ソーファ。ジーナに相談してもいいかもしれないな。ただこれだけは知っていて欲しいんだが」
ルカはソーファの背中に手を置く。
まるで支えられてるみたいに。
「俺はあなたを連れて行くことに、躊躇いはないよ。それだけの恩を、ソーファ、あなたに感じているんだ」
ソーファはその言葉に目を見開いた。
変化が怖いと言っておきながら、いつかこの異様な環境を壊してくれることを望んでいた。いつかここから誰か連れ出してくれるのではないかと、切望していた。
それがルカだった。
願ってもないことだった。
「ルカ」
「なに?」
「明日、ジーナのところへ行ってくる」
自分の手のひらを握る。
握った手のひらは冷たくはなかった。
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