65 / 101
65話、姉。
しおりを挟む
強盗や空き巣目的で家に侵入したら、家人が洗い物をしているときには襲わないほうが良い。
そう、冒頭に記入してから、ハウツー本は売るべきだ。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください」
発したのは、私ではない。侵入者のほうだ。
仕方がない。彼の目の前には、右手に包丁、左手にトングを持った家人がいるのだから。
「私は落ち着いています。あなたが近づいたら包丁で切りかかるので、近づかないでください」
「は、はい」
過剰防衛になったとしても、自分のことは自分で守らなきゃ。その覚悟だけはある。
帽子をして、黒いパーカーを着た、怪しいひょろひょろの男は、見知らぬわけではないと私の記憶が告げている。どこかで見たことがある顔だ。
「目的は何ですか?」
「高梨くんと、美郷店長の交際をやめてほしいとお願いに」
「美郷、店長?」
途端に思い出す。
この人は、昨日私にお茶を出してくれた人だ。
なるほど、ねぇ。
「弟は、美郷店長とはお付き合いをしていませんよ。それに、お願いに来るにはひどい状態ですよね? 鍵がかかっていなかったから勝手に入り込み、菓子折り一つもなく、軽装で」
「そ、それは」
今から空き巣をします、と言っているような格好の人に、そんなことを言われて信じるような私ではない。
私は無駄にトングを振りかぶる。
一瞬びくっとした男ではあったが、少し余裕がでてきたのか、状況を整理したのか、ゆっくり上体を起こし始める。
あ、まずい。
いくら包丁を持っているとは言え、私は女だ。スマートフォンもリビングだ。相手にそれらを確認されたら、形勢は逆転されてしまう。
「高梨くんの、お姉さんですね?」
「あなたはショウのバイト先の人ですよね? 昨日はお茶をありがとうございました」
「……記憶力がいいんですね」
「用件は手短にお願いします。あと少しで友人が来ますので」
「あぁ、すぐすみますよ」
キッチンは狭い。そして、テーブルもないので、ひらけている。大人の男の歩幅で五歩もあれば、私に到着してしまう。私は包丁とトングのみで身を守らなければならない。この、震える手に持った二つの調理器具で。
男は一歩踏み出した。
「こ、来ないでくださいっ」
「店長を手に入れるためには、高梨くんが邪魔なんです」
「ひっ」
「高梨くんに愛されるあなたも邪魔なんです」
男は、一歩一歩近づいてくる。
こういうとき、普通の女は非力だ。手が震えて、上手に二つの調理器具を持てないなんて。振り回して武器にするなんて、無謀すぎる夢だ。
「こっ、こなっ」
「かわいそうに、こんなに震えて」
すでに男は目の前に立っていた。
振り回すはずの包丁は、いつの間にか手を離れ、床に落ちている。トングは握ったままだ。
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い……。
「大丈夫ですよ、お姉さん」
男は、震えるトングを床にたたき落とし、私の顎をぐいっとつかんだ。
痛い、痛いよ、やめて、やめてよ。
私の体に触らないで。
私の視界に入ってこないで。
お願い、やめて。
「避妊はしますから」
全っっ然、大丈夫じゃない!!
ショウ、助けて――!!
そう、冒頭に記入してから、ハウツー本は売るべきだ。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください」
発したのは、私ではない。侵入者のほうだ。
仕方がない。彼の目の前には、右手に包丁、左手にトングを持った家人がいるのだから。
「私は落ち着いています。あなたが近づいたら包丁で切りかかるので、近づかないでください」
「は、はい」
過剰防衛になったとしても、自分のことは自分で守らなきゃ。その覚悟だけはある。
帽子をして、黒いパーカーを着た、怪しいひょろひょろの男は、見知らぬわけではないと私の記憶が告げている。どこかで見たことがある顔だ。
「目的は何ですか?」
「高梨くんと、美郷店長の交際をやめてほしいとお願いに」
「美郷、店長?」
途端に思い出す。
この人は、昨日私にお茶を出してくれた人だ。
なるほど、ねぇ。
「弟は、美郷店長とはお付き合いをしていませんよ。それに、お願いに来るにはひどい状態ですよね? 鍵がかかっていなかったから勝手に入り込み、菓子折り一つもなく、軽装で」
「そ、それは」
今から空き巣をします、と言っているような格好の人に、そんなことを言われて信じるような私ではない。
私は無駄にトングを振りかぶる。
一瞬びくっとした男ではあったが、少し余裕がでてきたのか、状況を整理したのか、ゆっくり上体を起こし始める。
あ、まずい。
いくら包丁を持っているとは言え、私は女だ。スマートフォンもリビングだ。相手にそれらを確認されたら、形勢は逆転されてしまう。
「高梨くんの、お姉さんですね?」
「あなたはショウのバイト先の人ですよね? 昨日はお茶をありがとうございました」
「……記憶力がいいんですね」
「用件は手短にお願いします。あと少しで友人が来ますので」
「あぁ、すぐすみますよ」
キッチンは狭い。そして、テーブルもないので、ひらけている。大人の男の歩幅で五歩もあれば、私に到着してしまう。私は包丁とトングのみで身を守らなければならない。この、震える手に持った二つの調理器具で。
男は一歩踏み出した。
「こ、来ないでくださいっ」
「店長を手に入れるためには、高梨くんが邪魔なんです」
「ひっ」
「高梨くんに愛されるあなたも邪魔なんです」
男は、一歩一歩近づいてくる。
こういうとき、普通の女は非力だ。手が震えて、上手に二つの調理器具を持てないなんて。振り回して武器にするなんて、無謀すぎる夢だ。
「こっ、こなっ」
「かわいそうに、こんなに震えて」
すでに男は目の前に立っていた。
振り回すはずの包丁は、いつの間にか手を離れ、床に落ちている。トングは握ったままだ。
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い……。
「大丈夫ですよ、お姉さん」
男は、震えるトングを床にたたき落とし、私の顎をぐいっとつかんだ。
痛い、痛いよ、やめて、やめてよ。
私の体に触らないで。
私の視界に入ってこないで。
お願い、やめて。
「避妊はしますから」
全っっ然、大丈夫じゃない!!
ショウ、助けて――!!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる