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67話、姉。
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私、絶対に護身術習う! 絶対に! カナにも誘われていたし!
私は今、ハンカチのような布を口に詰められ、台所のマットの上に男に押し倒されている。先ほど弟と愛を交わした場所で、偶然にも、組み敷かれている。
気持ちが悪くて吐きそう。
最悪だ。
「んーっ!」
「大丈夫ですよ、俺に任せてください」
任せられません!
嫌がる女の扱いには慣れているのか、男の行動に無駄はない。両手首は左手で押さえられ、太ももは男の腰に押さえつけられている。なるほど、下半身の動きを封じる上に、片手をどんなふうにも動かすことができる、最高で最低の押し倒し方だ。
怖い。
男の顔が私の顔に寄ってくる。
いやだ。
男の唇が私の耳元に近づく。
怖い。
「高梨くんが邪魔なんです」
だから、私も邪魔?
男の人の考え方ではないと直感的に判断する。
これは、女の考え方だ。男に敵意を向けるのではなく、その女に向ける、女が悪いと考える――女の思考回路だ。
この男の思考の先に、女がいる。おそらくは、美郷店長、だろう。
この男を利用して、私を辱めて、結果として激怒したショウを、どうやって懐柔するというのだろう。
たぶん、もう、彼女には憎しみしか残っていないのだろう。私に対する憎悪で、心が支配されている。
私を傷ものにした先の未来を、彼女は、考えてすら、いない。
こんな状況下で冷静になってしまった私は、現状を確認して、未来のことを考える。
先のことを考えていない女に、負けるわけにはいかない。
「あお」
あの、と言ったつもりだったが、男に届いただろうか。
男は、右手でブラトップの上から胸を揉み、首筋に唇を這わせているところだった。
「あお、ういあえん」
あの、すみません。
「……何ですか?」
男は私を組み敷いたまま、怪訝そうな視線を寄越す。
あぁ、この人は、悪者にはなりきれないのだなと判断する。
さっさと私を凌辱して、さっさと出ていけばいいものを、こんなふうに私の声を気にしてしまう。下半身からではなく胸や首筋から始めてしまうあたりにも、男のセックスの流儀が垣間見えてしまう。そもそも、太ももに感じなければならないはずの男のモノは、熱を帯びてすらいない。
あなた、本当は、女を犯したことなんてない、優しい人なんでしょうに。
「勃っていませんよ」
最近ディープキスばかりしていた私の舌の動きを舐めてはいけない。
男は私の顔の横に落ちたハンカチを取ろうとして、やめる。悲しそうな表情に、彼も自覚していたのだなと納得する。
逆上されなくて、よかった。
「私、優しいあなたが、私を犯せるとは、どうしても思えません」
「……」
「あなたがやっていることは、あなたのためにもならないし、美郷店長のためにもなりません」
「……あなたに何がわかるのですか」
「わかりませんよ。どういう経緯をたどったら、こういう結果になるのか、私には理解できません」
「……なら、口出ししないでください。本当に、犯しますよ」
本当に、の語気が強かった。迷っている、と白状しているようなものだ。
もう少し、あなたに響く言葉があればいいのに。
「でも、考えてください。私があなたに辱められて、誰が得をしますか? あなたは逮捕され、私は心にも体にも傷を負う。ショウは怒りのままに美郷店長を叱責し、罵倒するでしょう」
「……美郷店長は関係ありません」
「ショウはきっと、美郷店長のせいだと言って彼女を責めますよ。そういう子です。そのとき、あなたは、傷ついた美郷店長を慰めることが、できないんですよ」
「……」
もう少し、かな。
「あと少しで、友人が来ます。この現場を見たら、あなたを投げ飛ばした上で、すぐに警察に通報する行動力のある子です。そうなる前に、やめせんか?」
「……」
「私、あなたを犯罪者にしたくありません。お願いします」
そのときだった。
コンコン、と玄関をノックする音と、「今日はパティスリー・シマのチョコレートケーキだぞぅ」というカナの間の抜けた声。
男は弾かれたように立ち上がり、私に向かって頭を下げた。
「すみませんでした。また後日、謝罪に伺います」
「……チョコレートケーキ、一緒に食べます?」
「いえ、仕事に戻ります」
そして、男はきびすを返して、玄関に向かって走っていった。
玄関で男とすれ違い、その様子のおかしさに疑問を持ちながら、カナがキッチンにやってくる。
「あれ、誰? 弟くん?」
「いや、違うよ。弟の同僚だって」
「えっ、なんで?」
髪を直し、トングと包丁を拾いながら、私はついでにハンカチも拾い上げる。
「ハンカチ、持ってきてくれたの。弟が忘れたみたいで」
「ふぅーん? 律義な人だね」
カナは私の態度に疑問を抱くことなく、リビングへ向かっていく。その後ろ姿を見ながら、私は大きなため息を吐き出した。
「……よかったぁ」
何もなくて、良かった。
本当に。
本当に。
良かった……。
私は今、ハンカチのような布を口に詰められ、台所のマットの上に男に押し倒されている。先ほど弟と愛を交わした場所で、偶然にも、組み敷かれている。
気持ちが悪くて吐きそう。
最悪だ。
「んーっ!」
「大丈夫ですよ、俺に任せてください」
任せられません!
嫌がる女の扱いには慣れているのか、男の行動に無駄はない。両手首は左手で押さえられ、太ももは男の腰に押さえつけられている。なるほど、下半身の動きを封じる上に、片手をどんなふうにも動かすことができる、最高で最低の押し倒し方だ。
怖い。
男の顔が私の顔に寄ってくる。
いやだ。
男の唇が私の耳元に近づく。
怖い。
「高梨くんが邪魔なんです」
だから、私も邪魔?
男の人の考え方ではないと直感的に判断する。
これは、女の考え方だ。男に敵意を向けるのではなく、その女に向ける、女が悪いと考える――女の思考回路だ。
この男の思考の先に、女がいる。おそらくは、美郷店長、だろう。
この男を利用して、私を辱めて、結果として激怒したショウを、どうやって懐柔するというのだろう。
たぶん、もう、彼女には憎しみしか残っていないのだろう。私に対する憎悪で、心が支配されている。
私を傷ものにした先の未来を、彼女は、考えてすら、いない。
こんな状況下で冷静になってしまった私は、現状を確認して、未来のことを考える。
先のことを考えていない女に、負けるわけにはいかない。
「あお」
あの、と言ったつもりだったが、男に届いただろうか。
男は、右手でブラトップの上から胸を揉み、首筋に唇を這わせているところだった。
「あお、ういあえん」
あの、すみません。
「……何ですか?」
男は私を組み敷いたまま、怪訝そうな視線を寄越す。
あぁ、この人は、悪者にはなりきれないのだなと判断する。
さっさと私を凌辱して、さっさと出ていけばいいものを、こんなふうに私の声を気にしてしまう。下半身からではなく胸や首筋から始めてしまうあたりにも、男のセックスの流儀が垣間見えてしまう。そもそも、太ももに感じなければならないはずの男のモノは、熱を帯びてすらいない。
あなた、本当は、女を犯したことなんてない、優しい人なんでしょうに。
「勃っていませんよ」
最近ディープキスばかりしていた私の舌の動きを舐めてはいけない。
男は私の顔の横に落ちたハンカチを取ろうとして、やめる。悲しそうな表情に、彼も自覚していたのだなと納得する。
逆上されなくて、よかった。
「私、優しいあなたが、私を犯せるとは、どうしても思えません」
「……」
「あなたがやっていることは、あなたのためにもならないし、美郷店長のためにもなりません」
「……あなたに何がわかるのですか」
「わかりませんよ。どういう経緯をたどったら、こういう結果になるのか、私には理解できません」
「……なら、口出ししないでください。本当に、犯しますよ」
本当に、の語気が強かった。迷っている、と白状しているようなものだ。
もう少し、あなたに響く言葉があればいいのに。
「でも、考えてください。私があなたに辱められて、誰が得をしますか? あなたは逮捕され、私は心にも体にも傷を負う。ショウは怒りのままに美郷店長を叱責し、罵倒するでしょう」
「……美郷店長は関係ありません」
「ショウはきっと、美郷店長のせいだと言って彼女を責めますよ。そういう子です。そのとき、あなたは、傷ついた美郷店長を慰めることが、できないんですよ」
「……」
もう少し、かな。
「あと少しで、友人が来ます。この現場を見たら、あなたを投げ飛ばした上で、すぐに警察に通報する行動力のある子です。そうなる前に、やめせんか?」
「……」
「私、あなたを犯罪者にしたくありません。お願いします」
そのときだった。
コンコン、と玄関をノックする音と、「今日はパティスリー・シマのチョコレートケーキだぞぅ」というカナの間の抜けた声。
男は弾かれたように立ち上がり、私に向かって頭を下げた。
「すみませんでした。また後日、謝罪に伺います」
「……チョコレートケーキ、一緒に食べます?」
「いえ、仕事に戻ります」
そして、男はきびすを返して、玄関に向かって走っていった。
玄関で男とすれ違い、その様子のおかしさに疑問を持ちながら、カナがキッチンにやってくる。
「あれ、誰? 弟くん?」
「いや、違うよ。弟の同僚だって」
「えっ、なんで?」
髪を直し、トングと包丁を拾いながら、私はついでにハンカチも拾い上げる。
「ハンカチ、持ってきてくれたの。弟が忘れたみたいで」
「ふぅーん? 律義な人だね」
カナは私の態度に疑問を抱くことなく、リビングへ向かっていく。その後ろ姿を見ながら、私は大きなため息を吐き出した。
「……よかったぁ」
何もなくて、良かった。
本当に。
本当に。
良かった……。
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