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35.傷にキス(四)
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「今の母がスウェーデン人で、父が日本人。二人の養子になってる。そういう話は協会がやってくれるから、僕は思春期を彼らのもとで過ごして、年齢と外見の食い違いが酷くなってきたら……失踪したり、死んだことにしたり、するんだ」
なるほど。そうやって、養子になって身分を獲得するわけか。昔、私も使っていた手段だ。
スウェーデンでずっと過ごしてきたわけではないらしく、「協会」によってヨーロッパの各地で養子になっていたようで、たいていの言語は習得している、とケントくんは笑う。日本語は昔から習っていたようで、スウェーデンでも養子になってからスクールに通っていたようだ。そして、父親の仕事の都合で日本にやってきて、一年。
だから、日本語が上手なのか。日本だけで生活していた私とは大違い。
麦茶を飲みながら、お菓子を頬張りながら、私の大きめのTシャツを着て、「他には何を聞きたい?」と左の頬を保冷剤で冷やしているケントくんが笑う。めちゃくちゃ真っ赤になっていたのは、本当に申し訳ないと思うけど、謝りはしない。
「本当に、妊娠しない?」
「しない。協会でも実験済みだよ。そもそも、あかりちゃん、生理ないでしょ?」
「……確かに。卵子がないと妊娠もしない、か……あ、じゃあ、ケントくんの精液は?」
「無精子症みたいな状態だね。精子は全くいない。ゼロだよ」
シャワーを浴びる前に太腿を伝っていった精液は白かったけど、あの中に精子はいないらしい。不思議なものだ。人間の精液とそう変わらないように見えたのに。
じゃあ、私たちはどうやって生まれたのか――それはケントくんも「わからない」と首を振る。協会も把握していないらしい。
ただ、人間のように赤ん坊として生まれたとしても、「性質」が現れるのは思春期を終えてから、そして、それまでの記憶はすべてなくなっているのが普通、らしい。
「じゃあ、次は僕の質問。あかりちゃんのセフレは何人?」
「今は、四人、かな」
「その中に僕を加える気は?」
思わずケントくんを睨む。淫行条例違反とやらで警察のご厄介にはなりたくありません!
けれど、彼は涼しげに笑うだけ。
「僕のセフレは今七人なんだけど、半分以上がスウェーデンの子なんだ。日本の子は三人。父の仕事の関係で日本に来たばかりだから、ちょっと少なくて」
「三人……は、不安だね、確かに」
「そう。だから、一人は安全な人が欲しい。安全に愛液を提供してくれる人、ね」
気持ちはよくわかる。「この人なら絶対に大丈夫」な人は、私にとっては宮野さんだった。彼は安心安全な人だった。
「会いたい」と言えば会ってくれるし、私への執着心を微塵も見せなかった。最高のセフレだった。
たぶん、もう彼のような人は現れない。それくらい貴重な人だった。
「あかりちゃん」
するりとショートパンツの上から太腿を触る指。その手の甲をつねると、ケントくんが苦笑する。
「触らせてよ」
「触らないで」
「触りたいんだ。わかるでしょ? あかりちゃんに触れていたい」
わかるでしょ?
……わかるよ。私だってそうだ。
同族というものはこれほどまでに凶暴な食欲で結ばれるものなのだと、今、恐怖している。食欲ではなくて性欲かもしれないけど、とにかく、あんなことをされたのに、満腹のはずなのに、私の体は「欲しい」と訴えてくる。
――ケントくんの精液が欲しい。
「僕たち同族は、体の結びつきを欲するようにできている。でもね、勘違いしちゃうんだよ。相手の心まで欲していると」
「勘違い、したの?」
ケントくんは頷く。その茶色の瞳が寂しげに細められる。
「バカンスでフランスに行ったときに出会ったサキュバスと、恋に落ちたんだ。彼女の体が欲しくて、心が欲しくて……でも、彼女は、サキュバスが抱かないはずの母性が強すぎた」
『僕は、愛する人が一番欲しがるものを、与えてあげられないんだ』
ケントくんはそう悲しそうに言ったけれど、そうか、彼女は人間と同じような幸せを欲したのか。
愛する人と家族になりたい。
愛する人との子どもが欲しい。
普通の女性なら簡単に手に入れられる幸せを、サキュバスは手に入れられない。
「僕は彼女とパートナーになれるなら、子どもなんていらなかったんだけど、彼女はどうしても納得してくれなくて。協会から『無理だ』と言われても納得しなくて……」
それ以降は、言われなくてもわかる。
彼女は心を病んだのだ。愛する人との子どもが望めないことを知り、絶望に叩き落され、自分の体のことを嘆き、否定し――おそらく、死んだ。
自死か、餓死かはわからないけれど、たぶん、そうだ。ケントくんの表情がそう告げている。この世に彼女はいないのだと。
「あかりちゃんは『先生』と家族になれた?」
「……」
うなされていたときに、口走ってしまったか。
叡心先生とは夫婦にはなれたけど、子をなすことはできなかったし、先生もそれは望まなかった。二人で生きて行くだけでよかった。
けれど、それも叶わなかった。
水森貴一のせいか、先生の歳のせいか、それはわからない。私は水森貴一のせいにしたけれど、先生は年々衰えていく自分の体に怯えていた節も、ある。
晩年は「お前は綺麗だな」が先生の口癖だった。「それに比べて俺は」と嘆くこともあった。「自分が精液を出せなくなったら水森貴一に面倒を見てもらえ」と言われたこともある。
先生が「狂って」そう言ったのか、私に十分なご飯を与えられない焦燥感や劣等感があったのか、もう確かめようがないけれど。
「……夫婦にはなれたけど、夫は先に亡くなったよ」
「あとを追わなかったの?」
「ある人が、追わせてくれなかった」
叡心先生の死後、水森貴一は私を無理やり屋敷に閉じ込めて、毎日毎晩私を抱いた。私が叡心先生のあとを追わないように、私が生きていけるように。十分なご飯を与え、世話をしてくれた。
憎んでいたけど、許せなかったけど……優しい人でもあった。
「僕も追えなかった」
ケントくんの指が私の手に触れる。冷たいのか、熱いのか、わからない。
「追いたかったけど……何でだろうね。お腹が空いたからかな? 次の週には、他の女の子を抱いてた」
「そういう、種族なんだよ」
「そう、納得させるしか、ないよね」
指が、絡まる。絡め取られる。
視線が絡む。想いが交錯する。
そう。そういう種族なんだ、私たちは。
「あかりちゃん、ごめん。我慢できない。もっと触れたい」
「ケン――」
引き寄せられ、床に押し倒され、その次の瞬間には、唇が、舌がお互いを求め合う。床に落ちていた両手を、ケントくんの首の後ろに伸ばして、抱き寄せる。
「あかり、っ」
許したわけじゃない。信じているわけじゃない。
でも、彼のこの傷口は、私でないと治せない。それだけはわかる。
今から、空腹を満たすための交わりではなくて、傷を舐め合うためだけのセックスを、始めよう――。
◆◇◆◇◆
「っ、ふ、あ……っ」
挿入されたまま唇と舌で乳首をいじめられるのが、好き。そして、唾液まみれの乳首を指で捏ねられながらキスをし合うのも、好き。
ゆっくり穏やかに、お互いを徐々に高めるように、抑えられた抽挿が気持ちいい。汗ばんだ背中を撫で、腰を抱くと、ケントくんがぐっと深くまで挿れてくれる。
「っあぁ!」
「煽らないで、あかりちゃん。我慢できなくなる」
手錠はない。やっぱり、裸で抱き合うのが一番気持ちいい。
ケントくんの裸は白い。白人だからか、全体的に色素が薄い。鍛えてはいるのだろう、余計な肉はあまりついていない。
カーテンの向こう、空が白んでくる。朝だ。カーペットの上からそれを見て、結局、今週末はセックスばかりだったと自嘲する。
「あかりちゃん、僕を見て」
「っ、あ、ん」
「今は僕のことだけ考えて」
少しずつ律動が速くなる。ケントくんの息が荒くなり、顔をしかめることが多くなる。
我慢、しているようだ。
「あかり、ちゃん、お腹いっぱい?」
「だいじょぶ。中でイキたいでしょ?」
「うん……奥に出して、いい?」
ケントくんをぎゅうと抱きしめ、キスの合間に答える。
「いいよ、おいで、っ」
深く深く何度も最奥を目指す肉棒に、襞が擦れて気持ちいい。愛液の量をケントくんが調整してくれているのか、濡れすぎることもない。
お互いの唾液を求めながら、さらに体液が混ざり合う瞬間を待つ。
「っ、あかり!」
私の名前を呼ぶ切ない声のあと、ケントくんはキスをしたまま何度も身震いした。最奥に吐き出された精液は、少しずつ私の中が搾り取っていく。
甘くて美味しい、媚薬。
暴力的なまでの性欲を人間に与える私たちの体は、同族同士でさえ、愛を錯覚するほどの凶器となる。
溺れちゃいけない。
相性がいいのは、愛じゃない。
セックスのあと、お互いを愛しいと思うのは、愛じゃない。
「あかり」
繋がったまま、何度もキスをする。ケントくんの肉棒は、まだ硬さを保ったままだ。……まだ、足りない?
「やっぱり、パートナーになってよ、あかり」
「イヤ」
「なんで? 僕のことを真剣に怒ってくれたのは、あかりだけだよ。あかりが欲しい。あかりと一緒に生きたい」
ケントくんの情熱的な言葉には悪いけれど、その言葉は、叡心先生の言葉には届かない。
愛じゃない。
愛がない。
私が欲しいのは、叡心先生の言葉だけ。
「ごめん。私、夫のことが忘れられないの。ケントくんだって、そうでしょ?」
「……あかりは、ずるいね」
ケントくんは切なげに苦笑して、キスを落とす。
ただ一人の人。忘れられるわけがない。
そんなこと、お互いが一番わかっている。
だからこそ、傷を舐め合うだけの関係が一番適切なのだ。
「あかりはずるいよ」
ぐちゅと音が鳴る。ケントくんの腰が動いて、最奥を突く。
「でも、そういうプレイなら、好き」
「ケ、ケント?」
「意地悪するのも、されるのも、大好き」
質量を増した肉棒が、ケントくんの表情と同じように、嬉しそうに動く。
「今日一日、セックスしよ、あかり」
「え、やだ、無理! お金、下ろすまでって――」
「大丈夫、僕はまだイケる。あかりが無理でも僕が頑張るから」
「だ、だからっ!」
「うん、だから、僕のセフレになるって言うまで、あかりを犯してあげる」
話が通じない!
この強姦魔!!
その後、笑顔のケントくんは、宣言通り私を何度も絶頂まで導き、自らも何度も精液を吐き出して……結局、昼になる前に私から希望通りの言葉を引き出すことに成功した。
そうして、ひと夏だけのセフレが欲しいなんて願望は露と消え、二週連続で中長期的なセフレを獲得するという、ありがたい状況になったのだけれど。
「あかり、出るよ。受け止めて」
「も、無理……溢れちゃ……!」
「溢れさせてあげる」
「むりっ……!」
満腹にも関わらず精液を注ぎ込まれるというセックスは初めてで、膣口から溢れ出る白濁液を感じながら、そして、ケントくんの悪魔の笑顔を見ながら、「人選を誤った」と感じていた。
空腹を満たすのにも限度がある。
その限度を簡単に超えてくる悪魔、インキュバスの性欲と食欲は――サキュバスには御しがたいものだったのだ。
もう、当分、セックスはいりません!
なるほど。そうやって、養子になって身分を獲得するわけか。昔、私も使っていた手段だ。
スウェーデンでずっと過ごしてきたわけではないらしく、「協会」によってヨーロッパの各地で養子になっていたようで、たいていの言語は習得している、とケントくんは笑う。日本語は昔から習っていたようで、スウェーデンでも養子になってからスクールに通っていたようだ。そして、父親の仕事の都合で日本にやってきて、一年。
だから、日本語が上手なのか。日本だけで生活していた私とは大違い。
麦茶を飲みながら、お菓子を頬張りながら、私の大きめのTシャツを着て、「他には何を聞きたい?」と左の頬を保冷剤で冷やしているケントくんが笑う。めちゃくちゃ真っ赤になっていたのは、本当に申し訳ないと思うけど、謝りはしない。
「本当に、妊娠しない?」
「しない。協会でも実験済みだよ。そもそも、あかりちゃん、生理ないでしょ?」
「……確かに。卵子がないと妊娠もしない、か……あ、じゃあ、ケントくんの精液は?」
「無精子症みたいな状態だね。精子は全くいない。ゼロだよ」
シャワーを浴びる前に太腿を伝っていった精液は白かったけど、あの中に精子はいないらしい。不思議なものだ。人間の精液とそう変わらないように見えたのに。
じゃあ、私たちはどうやって生まれたのか――それはケントくんも「わからない」と首を振る。協会も把握していないらしい。
ただ、人間のように赤ん坊として生まれたとしても、「性質」が現れるのは思春期を終えてから、そして、それまでの記憶はすべてなくなっているのが普通、らしい。
「じゃあ、次は僕の質問。あかりちゃんのセフレは何人?」
「今は、四人、かな」
「その中に僕を加える気は?」
思わずケントくんを睨む。淫行条例違反とやらで警察のご厄介にはなりたくありません!
けれど、彼は涼しげに笑うだけ。
「僕のセフレは今七人なんだけど、半分以上がスウェーデンの子なんだ。日本の子は三人。父の仕事の関係で日本に来たばかりだから、ちょっと少なくて」
「三人……は、不安だね、確かに」
「そう。だから、一人は安全な人が欲しい。安全に愛液を提供してくれる人、ね」
気持ちはよくわかる。「この人なら絶対に大丈夫」な人は、私にとっては宮野さんだった。彼は安心安全な人だった。
「会いたい」と言えば会ってくれるし、私への執着心を微塵も見せなかった。最高のセフレだった。
たぶん、もう彼のような人は現れない。それくらい貴重な人だった。
「あかりちゃん」
するりとショートパンツの上から太腿を触る指。その手の甲をつねると、ケントくんが苦笑する。
「触らせてよ」
「触らないで」
「触りたいんだ。わかるでしょ? あかりちゃんに触れていたい」
わかるでしょ?
……わかるよ。私だってそうだ。
同族というものはこれほどまでに凶暴な食欲で結ばれるものなのだと、今、恐怖している。食欲ではなくて性欲かもしれないけど、とにかく、あんなことをされたのに、満腹のはずなのに、私の体は「欲しい」と訴えてくる。
――ケントくんの精液が欲しい。
「僕たち同族は、体の結びつきを欲するようにできている。でもね、勘違いしちゃうんだよ。相手の心まで欲していると」
「勘違い、したの?」
ケントくんは頷く。その茶色の瞳が寂しげに細められる。
「バカンスでフランスに行ったときに出会ったサキュバスと、恋に落ちたんだ。彼女の体が欲しくて、心が欲しくて……でも、彼女は、サキュバスが抱かないはずの母性が強すぎた」
『僕は、愛する人が一番欲しがるものを、与えてあげられないんだ』
ケントくんはそう悲しそうに言ったけれど、そうか、彼女は人間と同じような幸せを欲したのか。
愛する人と家族になりたい。
愛する人との子どもが欲しい。
普通の女性なら簡単に手に入れられる幸せを、サキュバスは手に入れられない。
「僕は彼女とパートナーになれるなら、子どもなんていらなかったんだけど、彼女はどうしても納得してくれなくて。協会から『無理だ』と言われても納得しなくて……」
それ以降は、言われなくてもわかる。
彼女は心を病んだのだ。愛する人との子どもが望めないことを知り、絶望に叩き落され、自分の体のことを嘆き、否定し――おそらく、死んだ。
自死か、餓死かはわからないけれど、たぶん、そうだ。ケントくんの表情がそう告げている。この世に彼女はいないのだと。
「あかりちゃんは『先生』と家族になれた?」
「……」
うなされていたときに、口走ってしまったか。
叡心先生とは夫婦にはなれたけど、子をなすことはできなかったし、先生もそれは望まなかった。二人で生きて行くだけでよかった。
けれど、それも叶わなかった。
水森貴一のせいか、先生の歳のせいか、それはわからない。私は水森貴一のせいにしたけれど、先生は年々衰えていく自分の体に怯えていた節も、ある。
晩年は「お前は綺麗だな」が先生の口癖だった。「それに比べて俺は」と嘆くこともあった。「自分が精液を出せなくなったら水森貴一に面倒を見てもらえ」と言われたこともある。
先生が「狂って」そう言ったのか、私に十分なご飯を与えられない焦燥感や劣等感があったのか、もう確かめようがないけれど。
「……夫婦にはなれたけど、夫は先に亡くなったよ」
「あとを追わなかったの?」
「ある人が、追わせてくれなかった」
叡心先生の死後、水森貴一は私を無理やり屋敷に閉じ込めて、毎日毎晩私を抱いた。私が叡心先生のあとを追わないように、私が生きていけるように。十分なご飯を与え、世話をしてくれた。
憎んでいたけど、許せなかったけど……優しい人でもあった。
「僕も追えなかった」
ケントくんの指が私の手に触れる。冷たいのか、熱いのか、わからない。
「追いたかったけど……何でだろうね。お腹が空いたからかな? 次の週には、他の女の子を抱いてた」
「そういう、種族なんだよ」
「そう、納得させるしか、ないよね」
指が、絡まる。絡め取られる。
視線が絡む。想いが交錯する。
そう。そういう種族なんだ、私たちは。
「あかりちゃん、ごめん。我慢できない。もっと触れたい」
「ケン――」
引き寄せられ、床に押し倒され、その次の瞬間には、唇が、舌がお互いを求め合う。床に落ちていた両手を、ケントくんの首の後ろに伸ばして、抱き寄せる。
「あかり、っ」
許したわけじゃない。信じているわけじゃない。
でも、彼のこの傷口は、私でないと治せない。それだけはわかる。
今から、空腹を満たすための交わりではなくて、傷を舐め合うためだけのセックスを、始めよう――。
◆◇◆◇◆
「っ、ふ、あ……っ」
挿入されたまま唇と舌で乳首をいじめられるのが、好き。そして、唾液まみれの乳首を指で捏ねられながらキスをし合うのも、好き。
ゆっくり穏やかに、お互いを徐々に高めるように、抑えられた抽挿が気持ちいい。汗ばんだ背中を撫で、腰を抱くと、ケントくんがぐっと深くまで挿れてくれる。
「っあぁ!」
「煽らないで、あかりちゃん。我慢できなくなる」
手錠はない。やっぱり、裸で抱き合うのが一番気持ちいい。
ケントくんの裸は白い。白人だからか、全体的に色素が薄い。鍛えてはいるのだろう、余計な肉はあまりついていない。
カーテンの向こう、空が白んでくる。朝だ。カーペットの上からそれを見て、結局、今週末はセックスばかりだったと自嘲する。
「あかりちゃん、僕を見て」
「っ、あ、ん」
「今は僕のことだけ考えて」
少しずつ律動が速くなる。ケントくんの息が荒くなり、顔をしかめることが多くなる。
我慢、しているようだ。
「あかり、ちゃん、お腹いっぱい?」
「だいじょぶ。中でイキたいでしょ?」
「うん……奥に出して、いい?」
ケントくんをぎゅうと抱きしめ、キスの合間に答える。
「いいよ、おいで、っ」
深く深く何度も最奥を目指す肉棒に、襞が擦れて気持ちいい。愛液の量をケントくんが調整してくれているのか、濡れすぎることもない。
お互いの唾液を求めながら、さらに体液が混ざり合う瞬間を待つ。
「っ、あかり!」
私の名前を呼ぶ切ない声のあと、ケントくんはキスをしたまま何度も身震いした。最奥に吐き出された精液は、少しずつ私の中が搾り取っていく。
甘くて美味しい、媚薬。
暴力的なまでの性欲を人間に与える私たちの体は、同族同士でさえ、愛を錯覚するほどの凶器となる。
溺れちゃいけない。
相性がいいのは、愛じゃない。
セックスのあと、お互いを愛しいと思うのは、愛じゃない。
「あかり」
繋がったまま、何度もキスをする。ケントくんの肉棒は、まだ硬さを保ったままだ。……まだ、足りない?
「やっぱり、パートナーになってよ、あかり」
「イヤ」
「なんで? 僕のことを真剣に怒ってくれたのは、あかりだけだよ。あかりが欲しい。あかりと一緒に生きたい」
ケントくんの情熱的な言葉には悪いけれど、その言葉は、叡心先生の言葉には届かない。
愛じゃない。
愛がない。
私が欲しいのは、叡心先生の言葉だけ。
「ごめん。私、夫のことが忘れられないの。ケントくんだって、そうでしょ?」
「……あかりは、ずるいね」
ケントくんは切なげに苦笑して、キスを落とす。
ただ一人の人。忘れられるわけがない。
そんなこと、お互いが一番わかっている。
だからこそ、傷を舐め合うだけの関係が一番適切なのだ。
「あかりはずるいよ」
ぐちゅと音が鳴る。ケントくんの腰が動いて、最奥を突く。
「でも、そういうプレイなら、好き」
「ケ、ケント?」
「意地悪するのも、されるのも、大好き」
質量を増した肉棒が、ケントくんの表情と同じように、嬉しそうに動く。
「今日一日、セックスしよ、あかり」
「え、やだ、無理! お金、下ろすまでって――」
「大丈夫、僕はまだイケる。あかりが無理でも僕が頑張るから」
「だ、だからっ!」
「うん、だから、僕のセフレになるって言うまで、あかりを犯してあげる」
話が通じない!
この強姦魔!!
その後、笑顔のケントくんは、宣言通り私を何度も絶頂まで導き、自らも何度も精液を吐き出して……結局、昼になる前に私から希望通りの言葉を引き出すことに成功した。
そうして、ひと夏だけのセフレが欲しいなんて願望は露と消え、二週連続で中長期的なセフレを獲得するという、ありがたい状況になったのだけれど。
「あかり、出るよ。受け止めて」
「も、無理……溢れちゃ……!」
「溢れさせてあげる」
「むりっ……!」
満腹にも関わらず精液を注ぎ込まれるというセックスは初めてで、膣口から溢れ出る白濁液を感じながら、そして、ケントくんの悪魔の笑顔を見ながら、「人選を誤った」と感じていた。
空腹を満たすのにも限度がある。
その限度を簡単に超えてくる悪魔、インキュバスの性欲と食欲は――サキュバスには御しがたいものだったのだ。
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