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第四章 竜騎士編
第106話 蛮族襲来 ②
敵襲を知らせる声と共に、俺は平原の彼方を眺めてみた。
敵は南蛮族だ。
しかし、いつまで眺めてもその姿は見えなかった。
象に乗ってパオーンとくるのを予想していたのだが。
刹那、物凄い風が吹き荒れる。
「コウ、上! 上!」
ピートがそんな事を叫んでいた。
上ってなんだよ。
そう思いながらも、頭上を見上げる。
そして、目が釘付けになった。
ゴウっという派手な風切り音を残して、それは通り過ぎていった。
巨大な影が落ちる。
鱗に覆われた巨体、コウモリのような翼、頭には2本の角がついていた。
空を自由に飛ぶその姿を見て、とある単語が脳裏を過ぎった。
今まで一度も見たことはないが、物凄く有名なもの。
「……ドラゴン」
それは紛うことなきドラゴンだった。
ドラゴンは1匹だけではなかった。
轟音と共に、次々に飛来する。
気づけば、空を埋め尽くさんとするドラゴンの大群が出現していた。
よく目を凝らしてみると、ドラゴンの背には人間が跨っている。
もしかして、あのドラゴンを操っているのだろうか。
「……これが噂に聞く、南の蛮族」
ピートがそんな事を呟いて、ゴクリと喉を鳴らしている。
つうか、ふざけんな。
南の蛮族?
どう見ても竜騎士じゃないか。
それならそうと言ってくれれば良かったのに。
てっきり象と戦うものだとばかり思っていた。
だから、そういう気持ちの準備しかしてなかった。
象と戦うと思ってたらドラゴンが出てくるとか。
そういうサプライズ、ホントにいらないから!!
頭上を飛び交うドラゴンは数百匹はいそうだ。
ドラゴンたちが頭上を旋回し始めた。
その鋭い目は地上にいる俺たちを見定めているようだ。
「グガアアアアアアア!!」
その時、頭上を飛んでいたドラゴンの1匹が咆哮した。
腹の奥にずうんと響く。
思わず漏らしそうになった。
え、アレどうやって戦うんだろう。
剣なんて届く気がしないんだけど。
「大丈夫。飛竜の相手は我らではない」
アマーティ子爵が声をかけてくれる。
刹那、砦の方向から感じる凄まじい魔力。
一瞬の間を置いて、空を幾筋もの閃光が走る。
それは、炎や雷、岩、風や氷などの様々な属性魔法だった。
魔法がドラゴンの群れに衝突すると、空中に轟音が響き渡る。
魔法とドラゴンが飛び交う戦争とか。
まるで映画でも見ているかの光景に、俺は呆気にとられた。
魔法にやられた何匹かのドラゴンが地面に落下する。
重い地響の後、地上の王国軍がドラゴンに群がっていく。
空には砦の方向から無数の矢が飛来した。
砦には魔導師部隊だけではなく、弓隊もいるようだ。
放たれた矢はドラゴンに次々に命中していく。
しかし、ハリネズミのようになったドラゴンは普通に空を飛び続けている。
矢は魔法ほどの効果はないようだ。
砦の方からは再び魔力が蓄えられていくのが感じられた。
次の攻撃が準備されているのだろう。
そして、空中を舞台に壮絶な対空戦闘が繰り広げられる。
というか、俺やることないんだけど。
せっかくディープインパクトにライドオンしたのに拍子抜けである。
砦の前には数万の軍隊が集まっているように見えるが、空を飛ぶドラゴンに地上戦力はあんまし意味ない気がする。
皆で魔法使い達の応援でもするつもりだろうか。
「……来たぞ。我らの相手はあっちだ」
アマーティ子爵の言葉と同時に、地面が揺れ始めた。
何か大質量のものが移動してくる。
不意に、いつかのオーク騎馬隊を思い出した。
いや、あの時よりも地揺れが大きい気がする。
平原の彼方。
そこに無数の影がせり上がる。
巨大なトカゲに人が乗っている。
その数は数万。
トカゲはデカかった。
少なくとも馬より大きい。
象やいつかのバイコーンほどはないが。
というか、ちゃんと地上の敵もいたらしい。
いなくてもよかったんだけどなー。
「地竜との戦闘に備えよ! いつでも出撃するぞ」
アマーティ子爵が部隊に檄を飛ばす。
周りを見渡して見ると、独立遊撃隊は結構な人数がいた。
千人くらいだろうか。
そんな部隊の空気がアマーティ子爵の激によって一気に張り詰めていく。
このピリピリした感じは久しぶりだ。
迫りくる地竜。
蛮族とか言っていたが、ちゃんと隊列を保って横一戦になって突撃してくる。
見事な陣形を組んだ王国軍が待ち構える。
数は圧倒的に王国軍が優勢のようだ。
そして、地竜と王国軍が衝突した。
巻き上がる粉塵。
響き渡る怒号と悲鳴。
金属と金属がぶつかりあう音。
肚まで響くドラゴンの咆哮。
数万と数万の軍がぶつかりあっている。
以前の体験した戦争のようなドロドロの混戦ではない。
規律を保った軍隊同士の戦争。
遠目から見ていると、まるで意識を持った2匹の獣が力比べをしているかのように見える。
「右翼が押されている。行くぞ、皆の者! 突撃!」
アマーティ子爵が剣を抜き、馬を走らせる。
俺も子爵に続くように馬腹を蹴った。
ディープインパクトは静かに走り出すと、徐々に速度を上げていく。
ぐんぐん迫りくる戦場。
人の熱気が頬を撫でる。
「声を上げよ! 敵の横っ腹を突く! うおおおおお!」
俺も自然と叫んでいた。
眼前に地竜に跨る蛮族。
俺たちに気づいて、顔を青ざめさせている。
その顔には民族色豊かな化粧が施されていた。
ディープインパクトが地竜に衝突した。
圧倒的に地竜のほうが大きいが、勢いに乗ったディープインパクトは地竜をよろめかせた。
バランスを崩す蛮族の首を跳ね飛ばす。
まずはひとつ。
勢いの止まってしまったディープインパクトの手綱を操作して、地竜の群れの中を進む。
俺に気づいた蛮族が槍を振りかざす。
すかさずその首を月光魔剣で跳ね飛ばした。
そのまま、土の剣を生成して、別の蛮族が繰り出す槍を防いだ。
ディープインパクトの手綱を離してしまったが、馬体を腿で押さえ込むようにして操作する。
見渡す限り敵だらけの中、ひたすら月光魔剣と土の剣を振り回し続けた。
かなりの数の蛮族を屠った頃。
不意にディープインパクトがぴくりと痙攣した。
腿に力を込めても、反応がない。
「…………」
それもそのはずで、ディープインパクトの頭がなかった。
そばでは口をモゴモゴさせている地竜がいる。
まじか。
ディープインパクトは次第に力を失っていき、ドサッと地面に倒れた。
俺も一緒に地面に投げ出されてしまう。
全身で落下の衝撃を味わった瞬間。
頭上から、大口を開けた地竜が迫ってくる。
とっさに転がって、地竜の顎(あぎと)を回避する。
転がりながら、地竜の頭に斬りつけた。
鋭い金属音。
鱗に月光魔剣が弾かれる。
嘘だろ、と思った。
跳ね起きながら、土の剣を振り下ろす。
土の剣はボロボロと崩れた。
地竜の鱗が硬すぎる。
「キシャア!」
地竜が吠える。
その口からは、蛇のような二又に別れた舌がチロチロと覗いていた。
くそが!
咄嗟の判断で月光魔剣に魔力を込めた。
ボワッと青白く発光する月光魔剣。
MPが僅かに減る。
月光魔剣を思い切り横に振るう。
月光のような光が残像を描く。
月光魔剣は今度こそ地竜の鱗を切り裂いた。
長い首筋から鮮血を迸らせて、仰け反る地竜。
騎乗していた蛮族が振り落とされる。
そんな蛮族の胸に月光魔剣を突き立てた。
『レベルが21になりました。』
『スキルポイント1を獲得しました。』
ちょっとどころじゃない量の経験値が加算されてレベルが上ってしまった。
え、地竜強すぎんだけど。
想像以上に苦戦した。
他の皆は大丈夫だろうか。
周りを見渡してみると、騎乗の騎士は一人もいなかった。
空の馬だけが何頭か彷徨っている。
皆振り落とされたか、討ち取られたのだろう。
その中には、あのウザい男爵の馬もいた。
あいつ死んだのだろうか。
それはいいけど。
ピート。
不意に思い出した。
あいつ大丈夫か。
振り返ると、丁度そのピートが地竜に食われようとしている所だった。
咄嗟に《火形成》を発動させる。
ピートに牙を向けていた地竜は、その背に跨る蛮族ごと火柱に包まれた。
そのまま、ピートの下に駆けつけて、背中に庇う。
「コウ! コウ!」
ピートが泣きついてくる。
泥だらけだったが、怪我はないようだ。
良かった。
「俺の傍から離れるなよ」
月光魔剣を両手で握る。
鱗の硬い地竜相手では土の剣は無意味なので、二刀流は諦めた。
魔力を込めた月光魔剣を力いっぱい振るう。
俺たちを食い殺そうとしていた地竜の首が3つ同時に飛んだ。
「さすがだな、アサギリ卿」
そう言って、ボロボロになったアマーティ子爵が駆け寄ってくる。
徒士になっているが生きていたらしい。
「皆の者! アサギリ卿を中心に防御陣を組むのだ! このまま反撃するぞ!」
アマーティ子爵がそう叫ぶと、わらわらと生き残った独立遊撃隊の面々が集ってくる。
その数は、数十人くらいしかいなかった。
え、最初千人くらいいたじゃん。
どゆこと???
「すまん。地竜がこれほど強いとは思わなんだ」
アマーティ子爵が悔しそうに言った。
いやいや、すまんじゃねえから。
というか、こんな状態で反撃とか何を言っているんだ。
そんな事を考えながらも、迫り来る地竜を斬り殺す。
辺りは見渡す限り敵だらけだ。
完全に囲まれている。
遠くで王国軍の喚声が聞こえてくるから、健在なんだろうけど。
俺たち独立遊撃部隊は全滅の危機に陥っていた。
くそ、こんなことならピートを連れてくるんじゃなかった。
ピートは俺の傍で果敢にも地竜に斬りつけているが、全然歯が立っていない。
ピートに反撃しようとした地竜の首を飛ばす。
アマーティ子爵は地竜の攻撃を掻い潜りながら、騎乗している蛮族を槍で突き殺していた。
騎乗者を失った地竜は、見るからに戦意を消失していく。
なるほど、そういう戦い方もあるのか。
とはいえ、槍とは違って、月光魔剣のリーチは短いので、地竜を殺すしか無いのだが。
そう思いながら、地竜の足を切り払う。
悲鳴を上げて崩れる地竜。
投げ出された蛮族の首を落とした。
だんだんだるくなってきた。
疲労耐性のログが出力され始める。
「魔導師部隊が……」
その時、部隊の誰かがそんな事を呟いた。
ふと砦の方を見てみると、砦から火の手が上がっていた。
その上空では、赤いドラゴンが口から火を吹いている。
え、火吐けんの?
反則じゃん……。
「……まずい。魔導師部隊がやられたら、飛竜までこっちに来るぞ」
そう呟いたアマーティ子爵の肩口に地竜が噛み付く。
悶絶するアマーティ子爵の喉元に蛮族の剣が突き刺さった。
即死だろうか。
思わず重い溜息が漏れる。
やばいな。
疲労でどんどん重くなっていく月光魔剣を振り回し続けた。
周囲では味方が次々にやられていく。
ピートは戦意消失して、腰を抜かしていた。
そんなピートを庇いながら、剣を振るう。
敵の数は一向に減る気配がない。
次から次へと湧いてくる。
じわじわと月光魔剣がMPを吸い取っていく。
まだかなり余裕はあるはずなのに、焦燥を抑えきれない。
MPが切れたら、地竜への攻撃手段がなくなってしまうのだ。
どう考えても――。
迫りくる地竜の爪を辛うじて避ける。
――MPが尽きるまでに、辺りの敵を一掃できるとは思えない。
這い寄ってくるのだ。
絶望が。
そんな時、遠くの王国軍から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
飛竜が王国軍に襲いかかっている。
飛竜は上空に旋回して、背に乗る蛮族が地上目掛けて槍を落としたり、急降下して何人もの兵士を同時に爪で引き裂いたりしていた。
飛竜に掴まれて、上空から地面に叩き落される兵士もいた。
地上の王国軍は飛竜に為す術がない。
しかも、地竜も容赦なく襲いかかっているのだ。
天地双方から攻められて、王国軍が瓦解しようとしていた。
「グアアアア!」
頭上から嫌な咆哮が聞こえてくる。
地竜の牙を月光魔剣で受け止めながら、振り仰ぐ。
頭上を旋回するドラゴンが5匹。
くそが。
頭上からバラバラと何本もの槍が落下してくる。
竜騎士の投げた短槍だった。
ピートを抱えて、咄嗟に横に飛ぶ。
着地同時に群がる地竜を切り払う。
味方の悲鳴が聞こえてきた。
「コウ、もう……」
ピートが情けない声を上げている。
「うるさい黙れ」
剣先が見えなくなる程の速度で、月光魔剣を振り回した。
地竜や蛮族の血しぶきが舞う。
頭上から飛竜の気配を感じると、再びピートを連れて回避した。
もう既に辺りから味方の気配はない。
この辺にいるのは俺とピートだけかもしれない。
というか、邪魔だな上のやつら。
地竜を斬り殺しながら、周囲に5つの火球を生成した。
火球は稲妻を纏わせて、小さな矢の形になっていく。
いつかセレナと戦った時に使った圧縮火矢だ。
チラッと上空を確認して敵の位置を把握する。
――飛べ。
ボッという音を立てて、火矢が一斉に上空に向かった。
全弾命中の気配がする。
火だるまになった飛竜が落下してきて、地竜の群れを押しつぶす。
周囲に僅かな空白ができたが、すぐに他の地竜が押し寄せてくる。
思わずため息が漏れた。
今の火矢でMPをかなり消費してしまった。
その時、王国軍に襲いかかっていた飛竜の群れが一斉にこっちを向いた。
魔法を使ったのが不味かっただろうか。
かなりの数の飛竜がこっちに向かってくる。
不意に脳裏にルーナの笑顔が浮かんできた。
なんでこんな時に。
死ぬ前に見るっていうアレだろうか。
ルーナ。
俺が死んだら泣くだろうな。
クソ。
……こんな所で死んでたまるか。
「うおおおお!」
思わず吠えていた。
地竜を跳ね除けながら、飛竜を迎撃するための火球を生成する。
迫りくる飛竜の数に生成される火球の数は圧倒的に足りない。
MPが限界だった。
月光魔剣の発光が止む。
まだだ!
歯を思い切り食いしばる。
『根性:レベル7が発動しました。』
突然、生成される火球の数が増えた。
MPはとっくに枯渇していて、ぐわんぐわんと視界が歪んでいるのに。
見ればMPではなくHPがごそっと減っている。
酷い頭痛だった。
ちょっとゾッとしたが、構わずに圧縮火矢を迫り来る飛竜目掛けて、解き放った。
唸りを上げて飛竜に命中していく火矢。
さっきからバラバラと流れ続けていた経験値取得のログが一気に加速した。
何度かレベルアップのログが出たが、ログ出力が速すぎて目で追えない。
月光魔剣に尽きたはずの魔力を込める。
月光魔剣に輝きが戻り、HPがじわじわと減りだす。
上空には目をくれずに周囲の地竜を薙ぎ払った。
火達磨になった飛竜が重い音を響かせて、地面に落下していくのを視界の端で捉えた。
「クソが、クソが、クソがあああ!!」
気が狂ったように月光魔剣を振り続けた。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。
それでも、一向に敵が減る気配はない。
終りが全く見えない。
徐々に減っていくHP。
ガンガンと痛む頭。
湧き上がってくる、絶望。
刹那、上空からバサっと何かが羽ばたく音が聞こえた。
またかよ。
舌打ちしながら、音の方向に圧縮火矢を飛ばす。
地竜の殲滅に忙しくて、上を見る余裕がなかった。
火矢が命中した感覚がした。
それでも、上空から聞こえる羽音が消えることはなかった。
「……火竜」
ピートの呟きは絶望に満ち溢れていた。
思わず振り仰いでみれば。
そこには真赤なドラゴンが悠然と羽ばたいていて。
ドラゴンの口から漏れた炎が陽炎を作っている。
さっき砦を燃やしていたドラゴンだ。
ドラゴンの背中には、全身をスケイルメイルで覆った騎士の姿が見えた。
騎士は顔まで鱗で出来た面頬に覆われていて、その表情を伺うことはできなかった。
咄嗟にその騎士に向かって火矢を飛ばす。
火矢はわずかに上昇したドラゴンにあっさり防がれていた。
赤いドラゴンは火耐性が強いのか、火矢は鱗に当たって霧散してしまった。
ドラゴンはゆっくりと息を吸い込んでいく。
なんとなく。
俺はドラゴンが何をしようとしているのか判ってしまった。
だから、反則だって、ソレ。
あーあ、ダメだったかー。
結構頑張ったんだけどなー。
全身を脱力感が襲う。
ぽろりと血まみれの月光魔剣が手から落ちた。
とりあえず、ピートの上に覆いかぶさる。
せめてこいつだけでも守ろう。
まだ子供なのだ。
ごめんな、ルーナ。
帰れそうにないわ。
そして、燃え盛る火炎が俺を焼き尽くした。
敵は南蛮族だ。
しかし、いつまで眺めてもその姿は見えなかった。
象に乗ってパオーンとくるのを予想していたのだが。
刹那、物凄い風が吹き荒れる。
「コウ、上! 上!」
ピートがそんな事を叫んでいた。
上ってなんだよ。
そう思いながらも、頭上を見上げる。
そして、目が釘付けになった。
ゴウっという派手な風切り音を残して、それは通り過ぎていった。
巨大な影が落ちる。
鱗に覆われた巨体、コウモリのような翼、頭には2本の角がついていた。
空を自由に飛ぶその姿を見て、とある単語が脳裏を過ぎった。
今まで一度も見たことはないが、物凄く有名なもの。
「……ドラゴン」
それは紛うことなきドラゴンだった。
ドラゴンは1匹だけではなかった。
轟音と共に、次々に飛来する。
気づけば、空を埋め尽くさんとするドラゴンの大群が出現していた。
よく目を凝らしてみると、ドラゴンの背には人間が跨っている。
もしかして、あのドラゴンを操っているのだろうか。
「……これが噂に聞く、南の蛮族」
ピートがそんな事を呟いて、ゴクリと喉を鳴らしている。
つうか、ふざけんな。
南の蛮族?
どう見ても竜騎士じゃないか。
それならそうと言ってくれれば良かったのに。
てっきり象と戦うものだとばかり思っていた。
だから、そういう気持ちの準備しかしてなかった。
象と戦うと思ってたらドラゴンが出てくるとか。
そういうサプライズ、ホントにいらないから!!
頭上を飛び交うドラゴンは数百匹はいそうだ。
ドラゴンたちが頭上を旋回し始めた。
その鋭い目は地上にいる俺たちを見定めているようだ。
「グガアアアアアアア!!」
その時、頭上を飛んでいたドラゴンの1匹が咆哮した。
腹の奥にずうんと響く。
思わず漏らしそうになった。
え、アレどうやって戦うんだろう。
剣なんて届く気がしないんだけど。
「大丈夫。飛竜の相手は我らではない」
アマーティ子爵が声をかけてくれる。
刹那、砦の方向から感じる凄まじい魔力。
一瞬の間を置いて、空を幾筋もの閃光が走る。
それは、炎や雷、岩、風や氷などの様々な属性魔法だった。
魔法がドラゴンの群れに衝突すると、空中に轟音が響き渡る。
魔法とドラゴンが飛び交う戦争とか。
まるで映画でも見ているかの光景に、俺は呆気にとられた。
魔法にやられた何匹かのドラゴンが地面に落下する。
重い地響の後、地上の王国軍がドラゴンに群がっていく。
空には砦の方向から無数の矢が飛来した。
砦には魔導師部隊だけではなく、弓隊もいるようだ。
放たれた矢はドラゴンに次々に命中していく。
しかし、ハリネズミのようになったドラゴンは普通に空を飛び続けている。
矢は魔法ほどの効果はないようだ。
砦の方からは再び魔力が蓄えられていくのが感じられた。
次の攻撃が準備されているのだろう。
そして、空中を舞台に壮絶な対空戦闘が繰り広げられる。
というか、俺やることないんだけど。
せっかくディープインパクトにライドオンしたのに拍子抜けである。
砦の前には数万の軍隊が集まっているように見えるが、空を飛ぶドラゴンに地上戦力はあんまし意味ない気がする。
皆で魔法使い達の応援でもするつもりだろうか。
「……来たぞ。我らの相手はあっちだ」
アマーティ子爵の言葉と同時に、地面が揺れ始めた。
何か大質量のものが移動してくる。
不意に、いつかのオーク騎馬隊を思い出した。
いや、あの時よりも地揺れが大きい気がする。
平原の彼方。
そこに無数の影がせり上がる。
巨大なトカゲに人が乗っている。
その数は数万。
トカゲはデカかった。
少なくとも馬より大きい。
象やいつかのバイコーンほどはないが。
というか、ちゃんと地上の敵もいたらしい。
いなくてもよかったんだけどなー。
「地竜との戦闘に備えよ! いつでも出撃するぞ」
アマーティ子爵が部隊に檄を飛ばす。
周りを見渡して見ると、独立遊撃隊は結構な人数がいた。
千人くらいだろうか。
そんな部隊の空気がアマーティ子爵の激によって一気に張り詰めていく。
このピリピリした感じは久しぶりだ。
迫りくる地竜。
蛮族とか言っていたが、ちゃんと隊列を保って横一戦になって突撃してくる。
見事な陣形を組んだ王国軍が待ち構える。
数は圧倒的に王国軍が優勢のようだ。
そして、地竜と王国軍が衝突した。
巻き上がる粉塵。
響き渡る怒号と悲鳴。
金属と金属がぶつかりあう音。
肚まで響くドラゴンの咆哮。
数万と数万の軍がぶつかりあっている。
以前の体験した戦争のようなドロドロの混戦ではない。
規律を保った軍隊同士の戦争。
遠目から見ていると、まるで意識を持った2匹の獣が力比べをしているかのように見える。
「右翼が押されている。行くぞ、皆の者! 突撃!」
アマーティ子爵が剣を抜き、馬を走らせる。
俺も子爵に続くように馬腹を蹴った。
ディープインパクトは静かに走り出すと、徐々に速度を上げていく。
ぐんぐん迫りくる戦場。
人の熱気が頬を撫でる。
「声を上げよ! 敵の横っ腹を突く! うおおおおお!」
俺も自然と叫んでいた。
眼前に地竜に跨る蛮族。
俺たちに気づいて、顔を青ざめさせている。
その顔には民族色豊かな化粧が施されていた。
ディープインパクトが地竜に衝突した。
圧倒的に地竜のほうが大きいが、勢いに乗ったディープインパクトは地竜をよろめかせた。
バランスを崩す蛮族の首を跳ね飛ばす。
まずはひとつ。
勢いの止まってしまったディープインパクトの手綱を操作して、地竜の群れの中を進む。
俺に気づいた蛮族が槍を振りかざす。
すかさずその首を月光魔剣で跳ね飛ばした。
そのまま、土の剣を生成して、別の蛮族が繰り出す槍を防いだ。
ディープインパクトの手綱を離してしまったが、馬体を腿で押さえ込むようにして操作する。
見渡す限り敵だらけの中、ひたすら月光魔剣と土の剣を振り回し続けた。
かなりの数の蛮族を屠った頃。
不意にディープインパクトがぴくりと痙攣した。
腿に力を込めても、反応がない。
「…………」
それもそのはずで、ディープインパクトの頭がなかった。
そばでは口をモゴモゴさせている地竜がいる。
まじか。
ディープインパクトは次第に力を失っていき、ドサッと地面に倒れた。
俺も一緒に地面に投げ出されてしまう。
全身で落下の衝撃を味わった瞬間。
頭上から、大口を開けた地竜が迫ってくる。
とっさに転がって、地竜の顎(あぎと)を回避する。
転がりながら、地竜の頭に斬りつけた。
鋭い金属音。
鱗に月光魔剣が弾かれる。
嘘だろ、と思った。
跳ね起きながら、土の剣を振り下ろす。
土の剣はボロボロと崩れた。
地竜の鱗が硬すぎる。
「キシャア!」
地竜が吠える。
その口からは、蛇のような二又に別れた舌がチロチロと覗いていた。
くそが!
咄嗟の判断で月光魔剣に魔力を込めた。
ボワッと青白く発光する月光魔剣。
MPが僅かに減る。
月光魔剣を思い切り横に振るう。
月光のような光が残像を描く。
月光魔剣は今度こそ地竜の鱗を切り裂いた。
長い首筋から鮮血を迸らせて、仰け反る地竜。
騎乗していた蛮族が振り落とされる。
そんな蛮族の胸に月光魔剣を突き立てた。
『レベルが21になりました。』
『スキルポイント1を獲得しました。』
ちょっとどころじゃない量の経験値が加算されてレベルが上ってしまった。
え、地竜強すぎんだけど。
想像以上に苦戦した。
他の皆は大丈夫だろうか。
周りを見渡してみると、騎乗の騎士は一人もいなかった。
空の馬だけが何頭か彷徨っている。
皆振り落とされたか、討ち取られたのだろう。
その中には、あのウザい男爵の馬もいた。
あいつ死んだのだろうか。
それはいいけど。
ピート。
不意に思い出した。
あいつ大丈夫か。
振り返ると、丁度そのピートが地竜に食われようとしている所だった。
咄嗟に《火形成》を発動させる。
ピートに牙を向けていた地竜は、その背に跨る蛮族ごと火柱に包まれた。
そのまま、ピートの下に駆けつけて、背中に庇う。
「コウ! コウ!」
ピートが泣きついてくる。
泥だらけだったが、怪我はないようだ。
良かった。
「俺の傍から離れるなよ」
月光魔剣を両手で握る。
鱗の硬い地竜相手では土の剣は無意味なので、二刀流は諦めた。
魔力を込めた月光魔剣を力いっぱい振るう。
俺たちを食い殺そうとしていた地竜の首が3つ同時に飛んだ。
「さすがだな、アサギリ卿」
そう言って、ボロボロになったアマーティ子爵が駆け寄ってくる。
徒士になっているが生きていたらしい。
「皆の者! アサギリ卿を中心に防御陣を組むのだ! このまま反撃するぞ!」
アマーティ子爵がそう叫ぶと、わらわらと生き残った独立遊撃隊の面々が集ってくる。
その数は、数十人くらいしかいなかった。
え、最初千人くらいいたじゃん。
どゆこと???
「すまん。地竜がこれほど強いとは思わなんだ」
アマーティ子爵が悔しそうに言った。
いやいや、すまんじゃねえから。
というか、こんな状態で反撃とか何を言っているんだ。
そんな事を考えながらも、迫り来る地竜を斬り殺す。
辺りは見渡す限り敵だらけだ。
完全に囲まれている。
遠くで王国軍の喚声が聞こえてくるから、健在なんだろうけど。
俺たち独立遊撃部隊は全滅の危機に陥っていた。
くそ、こんなことならピートを連れてくるんじゃなかった。
ピートは俺の傍で果敢にも地竜に斬りつけているが、全然歯が立っていない。
ピートに反撃しようとした地竜の首を飛ばす。
アマーティ子爵は地竜の攻撃を掻い潜りながら、騎乗している蛮族を槍で突き殺していた。
騎乗者を失った地竜は、見るからに戦意を消失していく。
なるほど、そういう戦い方もあるのか。
とはいえ、槍とは違って、月光魔剣のリーチは短いので、地竜を殺すしか無いのだが。
そう思いながら、地竜の足を切り払う。
悲鳴を上げて崩れる地竜。
投げ出された蛮族の首を落とした。
だんだんだるくなってきた。
疲労耐性のログが出力され始める。
「魔導師部隊が……」
その時、部隊の誰かがそんな事を呟いた。
ふと砦の方を見てみると、砦から火の手が上がっていた。
その上空では、赤いドラゴンが口から火を吹いている。
え、火吐けんの?
反則じゃん……。
「……まずい。魔導師部隊がやられたら、飛竜までこっちに来るぞ」
そう呟いたアマーティ子爵の肩口に地竜が噛み付く。
悶絶するアマーティ子爵の喉元に蛮族の剣が突き刺さった。
即死だろうか。
思わず重い溜息が漏れる。
やばいな。
疲労でどんどん重くなっていく月光魔剣を振り回し続けた。
周囲では味方が次々にやられていく。
ピートは戦意消失して、腰を抜かしていた。
そんなピートを庇いながら、剣を振るう。
敵の数は一向に減る気配がない。
次から次へと湧いてくる。
じわじわと月光魔剣がMPを吸い取っていく。
まだかなり余裕はあるはずなのに、焦燥を抑えきれない。
MPが切れたら、地竜への攻撃手段がなくなってしまうのだ。
どう考えても――。
迫りくる地竜の爪を辛うじて避ける。
――MPが尽きるまでに、辺りの敵を一掃できるとは思えない。
這い寄ってくるのだ。
絶望が。
そんな時、遠くの王国軍から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
飛竜が王国軍に襲いかかっている。
飛竜は上空に旋回して、背に乗る蛮族が地上目掛けて槍を落としたり、急降下して何人もの兵士を同時に爪で引き裂いたりしていた。
飛竜に掴まれて、上空から地面に叩き落される兵士もいた。
地上の王国軍は飛竜に為す術がない。
しかも、地竜も容赦なく襲いかかっているのだ。
天地双方から攻められて、王国軍が瓦解しようとしていた。
「グアアアア!」
頭上から嫌な咆哮が聞こえてくる。
地竜の牙を月光魔剣で受け止めながら、振り仰ぐ。
頭上を旋回するドラゴンが5匹。
くそが。
頭上からバラバラと何本もの槍が落下してくる。
竜騎士の投げた短槍だった。
ピートを抱えて、咄嗟に横に飛ぶ。
着地同時に群がる地竜を切り払う。
味方の悲鳴が聞こえてきた。
「コウ、もう……」
ピートが情けない声を上げている。
「うるさい黙れ」
剣先が見えなくなる程の速度で、月光魔剣を振り回した。
地竜や蛮族の血しぶきが舞う。
頭上から飛竜の気配を感じると、再びピートを連れて回避した。
もう既に辺りから味方の気配はない。
この辺にいるのは俺とピートだけかもしれない。
というか、邪魔だな上のやつら。
地竜を斬り殺しながら、周囲に5つの火球を生成した。
火球は稲妻を纏わせて、小さな矢の形になっていく。
いつかセレナと戦った時に使った圧縮火矢だ。
チラッと上空を確認して敵の位置を把握する。
――飛べ。
ボッという音を立てて、火矢が一斉に上空に向かった。
全弾命中の気配がする。
火だるまになった飛竜が落下してきて、地竜の群れを押しつぶす。
周囲に僅かな空白ができたが、すぐに他の地竜が押し寄せてくる。
思わずため息が漏れた。
今の火矢でMPをかなり消費してしまった。
その時、王国軍に襲いかかっていた飛竜の群れが一斉にこっちを向いた。
魔法を使ったのが不味かっただろうか。
かなりの数の飛竜がこっちに向かってくる。
不意に脳裏にルーナの笑顔が浮かんできた。
なんでこんな時に。
死ぬ前に見るっていうアレだろうか。
ルーナ。
俺が死んだら泣くだろうな。
クソ。
……こんな所で死んでたまるか。
「うおおおお!」
思わず吠えていた。
地竜を跳ね除けながら、飛竜を迎撃するための火球を生成する。
迫りくる飛竜の数に生成される火球の数は圧倒的に足りない。
MPが限界だった。
月光魔剣の発光が止む。
まだだ!
歯を思い切り食いしばる。
『根性:レベル7が発動しました。』
突然、生成される火球の数が増えた。
MPはとっくに枯渇していて、ぐわんぐわんと視界が歪んでいるのに。
見ればMPではなくHPがごそっと減っている。
酷い頭痛だった。
ちょっとゾッとしたが、構わずに圧縮火矢を迫り来る飛竜目掛けて、解き放った。
唸りを上げて飛竜に命中していく火矢。
さっきからバラバラと流れ続けていた経験値取得のログが一気に加速した。
何度かレベルアップのログが出たが、ログ出力が速すぎて目で追えない。
月光魔剣に尽きたはずの魔力を込める。
月光魔剣に輝きが戻り、HPがじわじわと減りだす。
上空には目をくれずに周囲の地竜を薙ぎ払った。
火達磨になった飛竜が重い音を響かせて、地面に落下していくのを視界の端で捉えた。
「クソが、クソが、クソがあああ!!」
気が狂ったように月光魔剣を振り続けた。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。
それでも、一向に敵が減る気配はない。
終りが全く見えない。
徐々に減っていくHP。
ガンガンと痛む頭。
湧き上がってくる、絶望。
刹那、上空からバサっと何かが羽ばたく音が聞こえた。
またかよ。
舌打ちしながら、音の方向に圧縮火矢を飛ばす。
地竜の殲滅に忙しくて、上を見る余裕がなかった。
火矢が命中した感覚がした。
それでも、上空から聞こえる羽音が消えることはなかった。
「……火竜」
ピートの呟きは絶望に満ち溢れていた。
思わず振り仰いでみれば。
そこには真赤なドラゴンが悠然と羽ばたいていて。
ドラゴンの口から漏れた炎が陽炎を作っている。
さっき砦を燃やしていたドラゴンだ。
ドラゴンの背中には、全身をスケイルメイルで覆った騎士の姿が見えた。
騎士は顔まで鱗で出来た面頬に覆われていて、その表情を伺うことはできなかった。
咄嗟にその騎士に向かって火矢を飛ばす。
火矢はわずかに上昇したドラゴンにあっさり防がれていた。
赤いドラゴンは火耐性が強いのか、火矢は鱗に当たって霧散してしまった。
ドラゴンはゆっくりと息を吸い込んでいく。
なんとなく。
俺はドラゴンが何をしようとしているのか判ってしまった。
だから、反則だって、ソレ。
あーあ、ダメだったかー。
結構頑張ったんだけどなー。
全身を脱力感が襲う。
ぽろりと血まみれの月光魔剣が手から落ちた。
とりあえず、ピートの上に覆いかぶさる。
せめてこいつだけでも守ろう。
まだ子供なのだ。
ごめんな、ルーナ。
帰れそうにないわ。
そして、燃え盛る火炎が俺を焼き尽くした。
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