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元Sランクの俺、ハプニングが発生する
しおりを挟むリルネスタと談笑してから数時間が経ち、レンは疲れのあまり寝てしまっていた。
その談笑というものは中身のない話ばかりであったが、不思議と話が弾んでしまい、日をまたいでも二人で話し続けていた。
「……ぅ、うぅ…………」
半開きになっている窓から聞こえてくる小鳥の鳴き声を聞き、レンは水底に沈んでいた意識を取り戻す。
だが最初にある異変に気付いた。
それは甘いようで爽やかな果物のような香りがまず最初に漂ってきたのである。
その香りは異常なほど鼻腔をくすぐるもので、嗅げば嗅ぐほど夢中になってしまうものであった。
「……なんだこれ」
目を覚ましたレンは、自分が絹のようななにかを鼻に近付けていることに気付く。
その絹のようななにかは髪の毛であった。そしてその髪の毛を辿っていくと、そこにはここにいるはずのないリルネスタの姿があった。
「あ、あはは……おはよう、レン」
「あぁ、おはよう……?」
リルネスタが朝の挨拶をしてきたので、レンはそれに答えて瞼を擦る。だが途中でおかしいことに気付き、ベッドから飛び起きていた。
「な、なんでリルネスタがここにっ!?」
「えーと、それは話すと長くなるんだけど……聞く?」
「……それは、悪い話か?」
「んー……レンにとってはあまりいい話じゃないかも」
そう言われると聞きたくないような気もするが、だからといってこのまま聞かずに終わるのは気になって仕方がなくなってしまう。
なら聞いた方がいいのだが、やはりいい話ではないということはなにかやらかした可能性があるわけで。
「どうする……?」
「あー、とりあえず聞かせてくれ」
結局気になって仕方がないので、レンはリルネスタに昨日起きたことを話してもらうことにした。
「えーとね、簡単に話すよ?」
「おう」
「夜遅くまで話してたらいつの間にかレンが寝ちゃったから、私も寝ようかなって帰ろうとしたら髪の毛を掴まれちゃって。少し待てば離すかなって思って待ってたら寝ちゃったの」
「……本当にそれだけか?」
「うん、でもまさか匂いを嗅がれるとは思わなかったからちょっと恥ずかしかったかな……あはは」
なんというか、よく分からない複雑な心境である。
一番危惧していたことは起きなかったようだが、無意識といえど女性の髪の毛を掴み、その挙句匂いを嗅ぐというのはどうなのだろう。
人によっては嫌われる可能性がある。今回はリルネスタが優しいおかげで笑い話になっているが、本当に気を付けないとこれからとんでもない過ちを犯してしまうかもしれない。
「その……気持ち悪いことをしてしまってすまなかった」
「ううん、大丈夫だよ。恥ずかしいけど、悪い気はしないしね」
「そうか、ありがとう」
そんな朝から照れくさいやりとりをしつつも、レンはベッドに腰を下ろして大きくあくびをする。
眠気はまだ残ってるものの、二度寝する必要はない。それに早くギルドに行かないとクエストがなくなってしまう可能性があるので、レンは気合を入れて自分の頬を強く叩いた。
「よし、目が覚めたぞ。ところでリルネスタ。少し聞きたいことがあるんだが」
「え、どうしたの?」
「さっきから気になっていたんだが……その、服。乱れてるから着直さないと大変なことになるぞ」
レンにそう指摘され、リルネスタは視線を下げて自分の体を見る。
すると自分でもビックリするくらい服が乱れており、大きく開いた胸元がリルネスタの豊かな胸を強調していた。
それに気付き、リルネスタはすぐさま自分の胸を隠す。そしてレンをじっと見つめ、頬をぷくっと膨らませていた。
「……えっち」
「はぁ!? いや、これは俺悪くないだろ!?」
「だってレン『さっきから気になっていたんだが』って言ったじゃん! ということは気付いてたのにあえて言わなかったってことでしょ!」
「ま、待て待て! 確かに俺はそう言ったが、なにも凝視していたわけではない! ただちょっと見えてるなぁと思ってただけだ!」
レンの中ではしっかり弁解したつもりだったが、リルネスタに「やっぱり見てたじゃん!」と布団を投げつけられてしまう。
そんな朝からドタバタとしつつも、二人は一旦そこで終わりにし、外出の準備をしてから部屋を出る。
そのときレンがリルネスタから21番の部屋の鍵を受け取り、しっかりと鍵がかかっていることを確認してから食堂に向かう。
そして食堂で朝から贅沢にご飯三杯食べたレンはリルネスタが食べ終わるのを待ちつつ、水で喉を潤していた。
「ごちそうさまでした! 行けるよ、レン!」
「よし、じゃあギルドに行きますか」
二人は宿から出る前にカウンターのおばさんに会いに行き、一言お礼を言ってから宿を出る。
そして少し雲が多い空を仰ぎ見たレンはリルネスタを連れ、ギルドへと早足で向かうのであった。
───────────
ギルド前に辿り着いたレン達は、早速ギルドの扉を開けて中に入る。
すると中は驚くほど静かで、冒険者らしき人物は数名ほどしか居らず、皆ギルドの奥にある休憩所で水を飲み、なにかを話し合っていた。
きっとこれから受けるクエストの作戦でも考えているのだろう。
休憩所は朝は人が少ないものの、昼前になると大勢の冒険者がやってきて酒臭くなり、話し合いができる環境ではなくなってしまう。
だからこんな朝早くからギルドに来ているのである。
そんな冒険者達を見ていると、突然後ろから肩を掴まれてしまった。
「誰だっ──」
「レンさん、私ですよ。あは、引っかかりましたね」
レンが肩を掴んできた張本人を探るため後ろを振り向くと、自分の頬に指が当てられる。その指を辿ると、そこにはモップを持ったティエリナが嬉しそうに笑っていた。
そんなティエリナからは昨日は視線は感じられない。だがレンは別の意味で脅威を感じていた。
なぜただの受付嬢であるティエリナが気付かれることもなく自分の背後に回り込めたのか──と。
「おはようございます。ティエリナさん!」
「はい、おはようございます。リルネスタさん、こんな朝からギルドに来るなんて珍しいですね」
「そうですか? 私はレンについて行ったからこれが普通だと思ってました」
意外にも、リルネスタとティエリナは仲慎ましく会話していたのでレンはホッと一息つく。だがそれと同時に、二つの疑問が生まれた。
一つはなぜリルネスタが『レン』と呼ぶたびティエリナは優しい笑顔のままこちらを横目見てくるのかという疑問。
そしてもう一つはなぜいつもタメ口で話しかけてくるリルネスタがティエリナには敬語を使うのかという疑問だ。
確かにリルネスタはティエリナとはほぼ初対面である。なので敬語を使うのは正しいことなのだが、ならなぜ自分には初めからタメ口だったのだろう。
別にタメ口をやめてほしいというわけではない。むしろ、敬語を使われるよりは楽なので、タメ口の方が良いまである。
だがあの自由で、頭が少しお花畑気味なリルネスタが敬語を使っているのを見ると、なんだか歯痒いのだ。
「レン、さっきからどうしたの? なんか考えているように見えるけど」
「いや、まさかリルネスタが敬語を使えるとは思わなくて、てっきりティエリナさんにも親しげに接すると思ってたから」
「ん~……だってティエリナさんは年上でしょ? だから敬語は普通だって」
「そうか、年上に敬語を使うのは普通──おい、ちょっと待て」
再び面と向かってティエリナと話だそうとするリルネスタの肩を掴み、レンはわざとらしく咳き込みをする。
だがリルネスタはその行動の意味が分からないのか、キョトンとレンを上目遣い気味な視線で見つめていた。
「えーと、リルネスタは俺のこと何歳だと思ってるんだ?」
「え? 私と同じか一個下くらい」
それを聞き、レンは俯いて落ち込んでしまった。
きっとレンの年齢不相応の大人らしくない顔から同年代だと思われてしまったのだろう。
そんなレンが気にしてることを以前聞いたティエリナはレンを慰めるため口を開くが、なにを言えばいいのか分からず、その場であたふたしていた。
「……ちなみに、ティエリナさんは何歳だと?」
「ティエリナさんは20歳くらいだと思う。それにレンがさん付けで呼んでるから、レンより上なのかなって」
「残念ながら、俺とティエリナさんはどっちも19歳だぞ」
それを聞き、「嘘でしょ?」と言いたげな顔でリルネスタはティエリナを見る。だがティエリナは無言で頷くだけで、それ以上はなにも言わなかった。
「えーと…………レン、さん?」
「いや、今更敬語は変だからいつも通りにしてくれ」
「わ、分かった……そうか、レンは私より年上だったんだ……」
そんなことをポツリと呟くリルネスタであったが、その表情はどこか嬉しそうに見えた。
その理由は分からない。レンは気のせいだと感じていたが、ティエリナはなにか気付いたようにハッと目を見開いていた。
「では、私はまだ清掃があるので……一旦失礼しますね」
「そうか、だからモップを持ってたんだな」
「その通りです。ではまた後で。レンさん、リルネスタさん」
それだけ言い残し、ティエリナは鼻歌を歌いながらモップを床につけて清掃を再開する。
そのとき聞こえた鼻歌のメロディーがやけに暗く、静かなものであったが、きっと気のせいだろう。いや、気のせいだと信じたい。
「ねぇ、レン」
「ん? どうした?」
「あそこ、ルーセフさんだっけ? なんかレンのこと見てるよ?」
リルネスタが指をさした方を見ると、確かにそこにはギルドマスターであるルーセフの姿があった。
そして目が合うと、笑顔になって手招きされる。その時点でレンはイヤな予感しかしなかった。
だがここで無視するのもなんだか気が引ける。なのでレンは小さくため息を吐きながらルーセフの元へ歩み寄った。
「おはよう。レンくん、リルネスタくん。こんな朝早くからギルドに来るとは、他の冒険者も見習ってほしいものだ」
「まぁ、早く来ないとクエストがなくなってしまいますから」
「それはいい心がけだ。あ、そういえばティエリナから聞いたよ。FランクなのにEランクの、しかも討伐クエストを達成したって。すごいじゃないか」
「ありがとうございます。ですが少し腕に怪我をしてしまうほど厳しい戦いでした」
厳しい戦いでした。これはただの嘘である。
だがここで余裕だったことを伝えてしまうと、変に思われる可能性がある。
これに関しては考えすぎかもしれないが、こんな些細なことですら用心しておかないと何が起きるか分からない。
それに紋章を隠してる包帯を怪我であるとカモフラージュすることで、変な疑いがかかることがなくなるのである。
「そうか、なら無理は禁物だな」
「そうですね。これからは気を付けたいと思います。では、自分たちはこれで──」
「ギ、ギルドマスター!」
あまり話が長引くとボロが出てしまいかねないので、レンがルーセフと別れようとすると、突然ギルドの扉が荒々しく開かれる。
そこに現れたのは三人の冒険者で、その中のリーダー格らしき男が汗水を流して声を荒らげていた。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
「き、聞いてください! 僕達は昨日の夜ラット大森林の奥に眠るスレイヴスネークの討伐に向かったんです!」
「あぁ、確か二匹眠る内の一匹を討伐するクエストだな。オスとメスだから繁殖しないように片方を倒すという」
その話を聞き、レンは冷や汗を滝のように垂れ流していた。
まるで良い予感がしなかった。というより、厄介事の匂いがプンプンして先ほどから胃がキリキリとして痛かった。
「なんと、森の真ん中で首から上が無くなったスレイヴスネークの死体があったんです!」
内容を聞いた瞬間、レンはついむせ込んでしまった。そのせいで少しだけ視線が向けられるが、一言謝ってその場から一歩引き下がった。
「それは、人がやったのか? それとも魔物か?」
「分かりません。ですが、死体の近くにあるものを見つけました」
「あるもの?」
「えーと……これですっ!」
そこで男がポケットから取り出し、掲げたのは一枚の黒い布切れであった。
最初はなんの布切れか分からなかったが、その十センチはある布切れを見て、レンはあることを思いだした。
それは昨日、リルネスタを抱えてスレイヴスネークから逃げ回っていたときのこと。
そう、その黒い布切れはレンの隙をついて大口を開けたスレイヴスネークからリルネスタを守ったときに破かれた黒いローブの切れ端であった。
「あれ……? レン、あれってもしかして……」
「……言い忘れてたが、その通りだ。リルネスタをスレイヴスネークから守ったときに破かれたやつだ」
「え、なら私がこのローブを着てたらまずくない?」
「あぁ、非常にまずいな」
すぐさま脱ごうとするリルネスタの手を掴み、静止させる。
ここで下手に動かれるよりは、静かに息を潜めてことが過ぎるのを待つのが最善の手なのである。
「あれ、それって……」
そんなレン達の横から清掃を終えたティエリナがやってくる。
そしてリルネスタの着ている少し破けた黒いローブと黒い布切れを見て、指をさそうとしていた。
「リルネ──」
「あ、ちょっとティエリナさん。教えてほしいことが! し、失礼しますっ!」
「レ、レンさ──むぐぐっ!?」
多少強引ではあるが、ここでバレるよりはティエリナに真実を話した方が被害は少なくなるだろう。
そう考えたレンは多少視線を浴びながらも、ティエリナの口元を押さえてギルドの奥へと消えていった──
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